「二人きり」
竜崎が両親との海外旅行で、
夏休み中いなくなってしまった……。
つまり、ここからの夏休みは俺と先輩の二人きりだ。
いろんな所に二人で出かけたり、
お泊まりしたり……デートしたり……。
そんなことを妄想するだけで、
胸が躍ってしまう。
……そうだ。
俺から先輩を誘ってみよう。
先輩からの誘いを待っているだけではダメだ。
夏休みを先輩と二人きりでいっぱい過ごすために、
俺から誘うのだ。
そして、俺は先輩にメールを送った。
【まくらぎ】 「先輩……俺とどこか遊びに行きませんか?」
すると、すぐに返信が来た。
【先輩】 『それはいいね、じゃあいつ行こうか』
俺は先輩からの返信にテンションが上がり、
ウキウキで予定を明日に決め、
10時に俺の家に集合したあと、出かけることにし、
どこに行くかは、俺が決めることになった。
そして明日──。
『やあ、待ったかな』
「いや、全然待ってないですよっ」
思わず、声に嬉しさが出てしまった。
なんて言ったって二人きりなのだ。
先輩が、俺一人のものなのだから、
テンションが上がるのも仕方ない。
『ふふ、楽しそうだね枕木君』
「へへへ、そ、そう見えますか?」
『うん。楽しそうでいいね。まあ、僕は君一人のものではないけれどね』
先輩に俺の考えていることがバレたが、
そんなことはどうだっていい。
だって先輩と二人きりなのだから。
「まあ、そろそろ行きますか」
『そうだね、そういえば、今日はどこに行くのかな? 君が決めてくれるんだったよね』
「どこって、それはあの……」
ここで俺はあることに気づいた。
どこに行くか、なにも決めていなかったのだ。
俺がどこへ行くか決めるはずだったというのに、
先輩と二人きりであることに浮かれすぎて、
忘れてしまっていた。
『……もしかして決めてないのかな?』
「そ、そんなわけないじゃないですかっ。ほ、ほら行きますよ」
俺は、目的地を決めるのを忘れていたのを、
先輩にバレたくないので、
強引に出発し、先輩に顔を見られないように先輩の前を歩いた。
……しかし、どうしよう。
予定もないのに歩き始めたせいで、
俺もどこへ向かっているのか分からない。
そんなことを考えていると、先輩が話しかけてきた。
『これはどこへ向かっているのかな?』
「そ、それは秘密ですよ」
『ふうん……それより、今日の君はいつもより歩くのが速いね』
その言葉を聞いた俺は、
顔を見られないように、一瞬だけ後ろを振り向いた。
すると、先輩は、俺より三歩ほど後ろにいた。
先輩に顔を見られるのが嫌で、
体が自然と速めに歩いてしまったのだろうが、これは良くない。
俺はいつも、先輩と横並びになるくらいで歩いている。
それが今日だけ、先輩を置いて歩くなんて、
先輩が悲しんでしまうかもしれない。
だが、顔だけは見られたくない。
ここでいつものように横並びで歩いてしまうと、
先輩に顔を見られた瞬間、予定を決めていなかったことがバレてしまう。
どうしようか悩みながら、先輩の前を歩いていると、先輩が話しかけてきた。
『僕に顔を見られるのが嫌なのかな』
「えっ」
『そして顔を見られたくないのは、今日の予定関係のことじゃないかな』
顔を見られなくても、俺の考えていることがバレてしまった。
『僕は予定がなくてもいいよ。それより、一緒に歩きたいな』
先輩は、俺と一緒に歩きたがっていたのに、
俺は先輩よりも、自分が恥をかかないことを優先してしまった。
なんて最低な男だろう。
俺は一旦歩くのをやめて、先輩を待った。
そして、先輩と横並びになってから、また歩き始めた。
「ごめんなさい先輩……俺、浮かれて予定とか決めてなくて……それがバレるのが嫌だから先輩をおいて歩いて……」
俺がそう言うと、先輩は周りに人がいないか確認したあと、
俺の肩口をグイッと下に引っ張り、
それによって位置が下がった俺の唇に、
人差し指を当てた。
先輩の細くて綺麗な指が唇に当たって、
ドキドキする。
『反省はこれで終わりね。このままだと空気が重くなってしまうからね』
「でも……」
『でもじゃないよ。……そうだ、お詫びとして僕と手を繋いで歩こうよ。これで、今日のことはチャラということさ』
これでチャラになるという先輩の話はよく分からないが、
俺が断る理由もないので、俺は先輩と手を繋いで歩き始めた。
……先輩の手は柔らかい。
ずっと握っていたくなる。
そんなことを思っていると、先輩が話しかけてきた。
『僕と手を繋ぐのは楽しいかな?』
「なんですか急に……」
『楽しいか気になっただけさ』
「まあ……はい」
『ふふ、よかったよ。ちなみに、僕も楽しいよ』
先輩の顔を見ると、
いつもより嬉しそうな顔だ。
そんなに、俺と手を繋ぎたかったのだろうか。
そのあと、俺たちは目的地もなく、
ただただ手を繋いで歩いた──。
そして日が暮れてきたので、
俺は先輩を家まで送って、その日は別れることにした。
「今日はその、すいませんでした」
『反省はあれで終わりって言ったのに。まあ、それも枕木君らしいね』
「す、すいません」
『ふふ、僕は今日楽しかったよ。たまにはこういう日があってもいいと思うんだ』
……先輩がそう言ってくれてよかった。
確かに、たまには、予定もなくただ歩く日があってもいいのかもしれない──。
後日──。
俺は先輩と電話で話していた。
『そうだ、枕木君。明日、よかったら遊ばないかい?』
「お、いいですね。予定はどうしま……」
そう、俺が言いかけると、
先輩が食い気味に『あっ、予定は僕が決めるから大丈夫さ。君が考えなくても大丈夫だよ』
と言ってきた。
……俺は、もう先輩との予定を決めることはできなさそうだ──。
「クーラー」
ある日の朝、俺は急に目が覚めてしまった。
そして、少し経ったあと、俺はなぜ目が覚めてしまったのかが分かった。
部屋が暑いのだ。
そのせいか、パジャマも汗で濡れてしまっている。
……だが、これはおかしい。
俺は昨日、クーラーをつけて寝たはずだ。
なのに、目が覚めてしまうほど暑くなることがあるだろうか?
そう思い、クーラーを見ると、
なんとクーラーが作動していなかったのだ。
(あれ、昨日クーラーつけ忘れてたのか……? いや、昨日の夜も暑いからつけた気がするんだけどな……)
そう思いながら、
俺は部屋を冷やそうと、クーラーの電源をつけた。
だが、まったく動かない。
……嫌な予感がしてくる。
その後も、俺はクーラーの状態を薄々察しつつ、
それでも、それが嘘であってくれと祈りながら、
電源ボタンを押したり、いろいろ試してみたが、
クーラーが動くことはなかった。
そこで俺はようやく現実を受け入れた。
このクーラーは壊れている──と。
(ま、まあ最悪、直るまで別の部屋で寝ればいいしな……。てか、業者さん今から頼んだらいつ来るかな……)
そんなことを考えつつ、俺は自分の部屋を出て、
リビングのクーラーをつけようとした。
……動かない。
何度押しても、返ってくるのはリモコンの「ぴっ」という音だけだ。
これはまずい。
俺は自分の部屋のクーラーが直るまで、
リビングで寝ようと思っていたが、これでは無理だ。
真夏にクーラーなしでは、
俺は死んでしまう。
(こうなったら、あそこへ行くか)
そう思い、俺は親の部屋へ向かった。
あまり入りたくはないが、背に腹は代えられない。
エアコンが直るまでここで過ごすしかない。
だが、ここでも悲劇的なことが起きた。
この部屋のクーラーも壊れている──。
真夏に家のクーラー全てが壊れるなんて、こんなことがあるだろうか?
そのあと、俺はショックで倒れそうになったが、
なんとか耐え、水分補給しながらどうすればいいかを考えた。
(業者さんに連絡するか。ああ、なんかの奇跡で今連絡すれば、業者さんが明日くらいに来てくれないかな……)
そして、俺は祈りながらエアコン業者さんに連絡した。
「お世話になります。クーラーの修理をお願いしたいのですが……」
「お電話ありがとうございます。クーラーの修理でございますね」
「はい。それと、あの、今から最短の日程となるといつ頃になりますかね……」
「そうですね……。今からですと、大体、二週間後になります。」
終わった。
普通に考えて、真夏に二週間もクーラーなしで過ごせるわけがない。
一応、他の業者さんにも電話してみたが、どれも同じくらいの時間がかかるそうだ。
(もうダメだ……。俺はもうこの家で干からびるしか道はないのか……)
そんなことを思っていると、
突然、先輩から電話がかかってきた。
『やあ、枕木君。今度、どこかへ遊びに……』
「先輩っ、助けてください〜っ」
俺は先輩の話を遮って、助けを求めた。
『……どうやら困っているようだね。話してごらん』
俺は話を遮ったというのに、先輩は優しい。
そして俺は、今の現状を伝えた。
『……それは大変だね。クーラーなしでは、熱中症になってしまうよ』
「そうなんですよお……でも修理も全然来なくて、俺もうどうしたら……」
すると、先輩は少し間を置いてからこう言った。
『そしたら、僕の家に来るかい?』
「えっ」
その提案に、俺は思わず声が出てしまった。
『君がそんな状況では放っておけないよ。修理が来るまで僕の家で泊まっていいよ』
「い、いや、気持ちはありがたいですけど、そっちは大丈夫なんですか……?」
『……そしたら、ちょっと待っててね枕木君』
そして、時間にして約一分ほど待つと、
先輩が戻ってきた。
『いいよって』
「誰に聞いたんですか?」
『お母さんだよ。枕木君なら、泊まってもいいよ〜ってさ』
「い、いやでも……」
先輩の提案はありがたいが、俺は少し悩んでしまった。
一日か二日程度ならともかく、
二週間も人の家に泊まるのは申し訳ない気持ちが強い。
『君が嫌なら無理強いはできないけど、そしたら枕木君は直るまで、どうやって過ごすのかな?』
「うぐ……確かに……」
そして俺が悩んでいると、先輩が悪魔のように囁いてきた。
『……僕の家に泊まったら、毎日僕と会えるよ』
「行きまぁすッ」
俺はその一言で、先輩の家に泊まるのを決めた。
『ふふ、枕木君はわかりやすいね』
「だって先輩が……」
『ふふふ、それより後でお母さんと君の家まで向かうから、持っていく服とかをまとめておいてね。それじゃあ』
そう言うと、先輩は電話を切った。
──先輩の家に泊まることになってしまった。
だが、先輩に毎日会えると言われてしまったのだから仕方ない。
俺は胸を高鳴らせながら、準備をした。
そして準備が終わったころ、
先輩が来た──。
『やあ、枕木君。準備は大丈夫かな? 忘れ物はない?』
「は、はい大丈夫です」
『ふふっ、じゃあ行こうか。お母さんが車で待っているからね』
俺が家を出ると、家の前に車が停まっていた。
その車の運転席を見ると、先輩のお母さんが見える。
……少し緊張してしまう。
そんなことを思っていると、
先輩に『ほら、早く荷物を後ろに乗せて』と言われてしまった。
そして荷物を乗せたあと、俺は車に乗った。
俺が車に乗ると、先輩のお母さんが話しかけてきた。
「あら〜遊星君、久しぶりね」
「あっ、お久しぶりです……すいません泊めてもらっちゃって……」
「いいのよ〜、遊星君が熱中症で倒れたりなんかしたら、マオが悲しんじゃうしね〜」
『そうだよ、だから気にしなくていいよ枕木君』
「ははは……」
そして、車は先輩の家に向かって走り始めた。
……先輩の家に泊まれて、しかも毎日先輩に会えるだなんて、
俺はこの先、平気でいられるだろうか──。