真央先輩はおとこ♂の娘    作:ろあタルト大福

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第20話 「夏休みの宿題&クーラーが直った&ぶどうジュース」

 「夏休みの宿題」

 

 先輩の家での暮らしは楽しい。

夜はいつも通り先輩と一緒に寝て、

朝起きると、いなくなっている先輩に寂しさを感じつつ、

顔を洗って歯磨きをし、そのあとみんなで朝ごはんを食べる。

なんて素晴らしい生活なんだろう。

 

 そんなことを俺は食後、先輩に話していた。

 

「ふふ、君が楽しそうでよかったよ」

「へへへ」

 

 そのあとも先輩と話していると、

先輩が急に時計を見た。

 

「どうしました?」

「ん〜、そろそろ勉強の時間だと思ってね。僕はあらかじめ勉強する時間を決めているのさ」

「さすが先輩。勉強熱心ですね……ん、勉強……?」

 

 俺はその瞬間、夏休みの宿題がまだ残っていることを思い出した。

一応、持ってきてはいたが、

先輩たちとの生活が楽しかったせいで、俺は宿題のことをすっかり忘れてしまっていた。

 

 そして宿題のことを思い出し、それが俺の顔に出てしまったのか、

先輩に宿題のことが見抜かれてしまった。

 

「ふうん、君は宿題がまだ残ってるんだね」

「だ、だってしょうがないじゃないですか。と、というかそもそも先輩も宿題残ってますよね」

「僕はもう夏休みの宿題は終わったよ」

「で、でもさっき勉強するって……」

「それは自主的なものさ。宿題が終わっても勉強をするのは大事だからね」

 

 俺は先輩のその言葉に衝撃を受けた。

俺の中では、夏休みは宿題が終わったら勉強せず遊ぶものだと思っていたからだ。

 

 ……人間的に負けた気分だ。

見た目がいいのに勉強熱心だなんて、

体力がない以外、欠点がないじゃないか。

先輩はなんてずるいんだ。

 

「ずるくないよ」

「なっ、俺の顔見ないでくださいっ」

 

 先輩は、隙を見せるとすぐ俺の顔を見てくる。

恐ろしい人だ。

 

「ふふっ、さて、君はどうするのかな?」

「どうするってなんですか……」

「宿題をするかしないかってことさ。まあ、するもしないも君の自由だけれど、もしするなら……」

「するなら?」

 

 先輩は、少し微笑みながらこう言った。

 

「僕が、君の宿題を手伝ってあげるよ」

「手伝うって……」

「僕の部屋で、僕が教えてあげるよ」

 

 俺はその言葉に、少し戸惑ったあと、

先輩の部屋に入りたいので、その誘いに乗った。

ああ、先輩の部屋に入れる。

そして、先輩の部屋の空気を……。

 

 そんなことを考えていると、

先輩がこちらを見つめてきていた。

 

「……やっぱり君の部屋でやろうか」

「なっ、なんでですかあっ」

 

 そのあと、俺は先輩に「先輩の部屋がいいです」と粘ったが、

俺の部屋でやることになってしまった。

先輩の前で、変なことを考えるのはやめよう──。

 

 そして、先輩は自分の部屋で準備をしたあと、

俺の部屋に来た。

 

「やあ、枕木君」

「あっ、メガネ先輩だ」

「ふふ、まあ度は入っていないのだけどね。さて、まずはなにが残っているのか教えてほしいな」

 

 俺は、先輩に残っている宿題を伝えた。

 

「ふうん、数学と英語のワークシートと、読書感想文だね」

「苦手なのが残っちゃって……」

「そっか、でも大丈夫だよ。僕が教えてあげるから」

 

 そう言った先輩の顔は、

とても綺麗で、優しい笑顔だった。

それに、メガネをかけているからか、いつもより大人っぽく見える。

 

 もし、先輩が俺の家庭教師だったら、

俺はクラス……いや、学年一位を取れるくらい勉強のやる気が出そうだ。

 

「ほら、僕に見惚れてないで勉強を始めるよ」

 

 俺は「見惚れてないですよっ」と言おうとしたが、

見惚れているのは事実だし、早く宿題に移りたかったので、

なにも言わなかった。

 

 そのあと、俺は先輩に教えてもらいながら、

ワークシートに取り掛かった。

前も思ったが、先輩の教え方はうまい。

あと可愛い。

 

 だが、あまり先輩ばかり見ていると怒られてしまうので、

俺は、宿題が終わったあと先輩をじっと見ることにした。

 

 途中、お昼ご飯を挟んだりしたが、

先輩のおかげで、ワークシートを終えることができた。

 

「ふう〜ワークシート終わりました」

「ふふ、よく頑張ったね枕木君」

「先輩……」

 

 俺は終わったので、先輩をじっと見つめようとしたが、

先輩の手で、顔を塞がれてしまった。

 

「な、なにするんですか。前が見えないです」

「まだ全部が終わっていないからね。僕を見ていいのはそのあとさ」

 

 先輩の言葉で、読書感想文が残っていることを思い出してしまった。

面倒くさい。

読書感想文は嫌いだ。

 

「俺、読書感想文苦手なんですよ……」

「でも、やらないと終わらないよ。僕がコツを教えてあげるから大丈夫さ」

「そうですけど、本がないですよ先輩……よしっ、本がないなら今日はこれで終わりにしましょう。いやーしたかったけど本がないならしょうがないですねえ〜」

「本はあるよ」

「えっ」

 

 そう言うと、先輩はどこからか、いろいろな本を取り出した。

 

「な、なんですかこれ」

「僕の部屋の本だよ。読書感想文に向いてると思ってね」

 

 俺は、先輩が持ってきた本たちを軽く読んだ。

確かに、読書感想文を書きやすそうな、

作品のテーマが明確な本ばかりだ。

 

 あと、先輩の部屋にあった本だからか、

少し先輩の……。

 

「枕木君」

「あ、すいません」

「さて、どれにするかな?」

「……じゃあ、これで」

 

 俺は、先輩が持ってきた本から一冊を選んだ。

 

「へえ、それを選ぶんだ。そしたら、それ読んでから書き始めようか」

「はい」

 

 選んだのは、高校生が夢を叶えるという本だ。

理由は自分も高校生だからというのと、

単純に他の本は、余命を宣告された子供が残りの人生を過ごす物語など、

暗そうな話ばかりだったからだ。

 

 そして、俺は本を読み、

そのあと読書感想文を書いた。

先輩にコツを教えてもらったからか、するすると書くことができた。

 

「ふう、書けました先輩」

「頑張ったね、枕木君。これで夏休みの宿題は終わりかな?」

「はい」

「ふふふ、そっか。じゃあ、頑張った枕木君にご褒美だね」

 

 俺は「ご褒美」という言葉にワクワクし、

なにをしてくれるのか気になって、先輩をじっと見た。

だが、先輩はずっと動かない。

 

「せ、先輩、ご褒美は……」

「ん? ほら、僕を見たかったんだろう? 見ていいよ」

 

 そういえばそうだった。

そして、俺は先輩をじっと見つめた。

……可愛い。

 

 先輩が可愛くて綺麗なのはいつも通りだが、

いつもと違うのは、メガネをつけていることだろう。

普段から大人っぽい先輩が、

もっと大人っぽく見えて、とても良い。

 

 そんなことを思いながら見つめていると、

お母さんの「マオ〜っ、ご飯の支度手伝ってー」という声が聞こえてきた。

 

「おや、もう夜ご飯の時間みたいだね」

「えっ」

「ふふ、数時間も僕を見つめるなんて、よっぽど僕を見たかったんだね。じゃあ、僕は行くよ」

 

 そして、先輩は部屋からいなくなってしまった。

まさか、先輩を見つめているだけで時間が過ぎてしまうなんて……。

まあ先輩を見られたし、よかったのかもしれない──。

 

 

 

 「クーラーが直った」

 

 

 俺は朝起きて、日付を見た時、

少し悲しくなってしまった。

 

俺の家のエアコンが壊れた時に頼んでおいた業者さんが、

今日、直しに来るのだ。

 

 ……泊めてもらい始めたときは、

早く自分の部屋のエアコンを直して欲しいと思っていたが、

今は直ってほしくないかもしれない。

 

 そう思ってしまうくらい、先輩の家での生活は楽しかった。

家は広くて綺麗で、ご飯も美味しい。

なにより、先輩やリオさん、お母さんがいて、

賑やかで楽しかった。

 

 「本当はまだ帰りたくない……」そう思いながら、

帰りの準備をしていると、

先輩が突然、俺の部屋に入ってきた。

 

「やあ、おはよう枕木君」

「なっ、ノックぐらいしてくださいよ」

「ふふ、ごめんね」

 

 先輩は笑っている。

いつもより、暗い気持ちの俺と比べて、

先輩はいつも通りだ。

 

「……それで、なんの用事ですか先輩?」

「ああそうだったね。ほら、君は今日帰ってしまうんだろう?」

「まあ……はい」

「だから、少しでも一緒にいたいと思ったんだ」

 

 その先輩の一言で、

暗かった俺の心が、明るくなった。

 

「へへっ、せ、先輩はそんな俺といたかったんですかあ〜? しょうがないですねえ」

 

 俺がそう言うと、

先輩は少し笑いながら、小声でなにか言った。

 

「ふふ、君は浮き沈みが激しいね」

 

 俺は、先輩がなにを言っているか聞き取れなかったが、

今の俺は明るいので、気にしないことにした。

 

 そのあと、俺は先輩と一緒にダイニングへ行き、

朝ご飯を、みんなで話しながら食べた。

 

「は〜、雄星君が今日帰っちゃうなんて寂しいわ〜。もっと長くいてもいいのよ」

「でも仕方ないよお母さん。業者さんが今日来るんだからね」

「ですね、俺は業者さんに立ち会わないといけないので……」

 

 俺は、本当は帰りたくないと思いながらそう言った。

 

 そして、俺は朝ご飯を食べ終わってから部屋に戻り、

部屋に忘れ物がないか、チェックしていた。

 

(忘れ物は……なさそうだな。はあ、やっぱ帰りたくないなあ。でも業者さん呼んじゃったしなあ)

 

 そんなことを思いながら荷物を整理していると、

また、先輩が部屋に入ってきた。

 

「やあ」

「あっ、先輩」

 

 入ってくるなり、先輩は俺の横に立ってきた。

 

「な、なんですか」

「一緒にいたいといっただろう? だからここにいるだけさ。気にしなくていいよ」

 

 気にしなくていいと言われても、隣にいられると気になってしまう。

 

「君がいなくなるなんて寂しくなってしまうよ。二週間というのはあっという間だね」

「ですね」

「ふふ、今度は僕が君の家に二週間泊まってしまおうかな」

「えっ」

「冗談だよ」

 

 先輩は相変わらず、冗談なのか本気かどうか分からない。

でも、今はこの会話が楽しい。

そのあとも、俺は先輩と話し続け、気がつくと帰る時間になっていた。

 

「おや、もうこんな時間だね。じゃあ行こうか」

「……はい」

 

 そして、俺は玄関へ向かった。

そこには、お母さんもリオさんもいて、

俺を待っていた。

 

「あっ、遊星君。そろそろ行くわよ〜忘れ物はないかしら」

「だ、大丈夫です」

「じゃあレッツゴー〜っ」

 

 お母さんはそう言うと、玄関のドアを開けた。

そして、俺も行こうとすると、リオさんに服を引っ張られた。

 

「ど……どうしましたリオさん」

 

 俺が聞いても、リオさんはなにも言わずに、

俺の服を引っ張り続けている。

 

「こら、だめよリオ。遊星君の服が伸びちゃうでしょ」

 

 そして、お母さんは俺の服を引っ張っている手を離させ、

リオさんを抱き抱えた。

 

「ごめんね〜きっと、リオも帰ってほしくないのよ」

「そうだったんですか……大丈夫ですよリオさん、また来ますから」

 

 俺がそう言うと、リオさんはお母さんから離れ、

俺にくっついてきた。

 

「ほんと……? また来てね」

「はい、来ますよ」

 

 それを聞いたリオさんは嬉しそうな顔をしたあと、

ダッシュで自分の部屋の方へ帰って行った。

どうやら、俺を見送ってはくれないらしい。

 

「ごめんね遊星君。リオは……自分の部屋が好きだから」

「はは……大丈夫です。それは、なんとなく分かってますから」

 

 そのあと、お母さんと少し話していると、

先輩に「いつ行くのかな?」と言われてしまい、

俺たちは会話をやめ、車へ向かった。

 

 そして、俺たちは車に乗り、

俺の家へと向かい始めた。

 

「先輩も、一緒に来るんですね」

「ん? 一緒にいたいと言ったじゃないか。君の家までついていくのは当然さ」

「先輩……ありがとうございます」

「ふふっ」

 

 俺と先輩は、俺の家に着くまで話した。

それが楽しそうに見えていたのか、

信号待ちをしている時にお母さんから「仲がいいのね〜」と言われてしまい、

少し恥ずかしかった。

 

 そんなこんなしていると、俺の家に着いてしまった。

俺は車から降り、荷物をトランクから出したあと、

お母さんにお礼を言った。

 

「あの、二週間泊めていただきありがとうございました。しかも家まで送ってもらっちゃって……」

「ふふ、いいのよ〜」

 

 そして、先輩にもお礼を言おうと、

先輩が座っている席のドアへ行くと、

先輩が車から降りてきた。

 

「あ、先輩」

 

 俺が先輩にそう言うと、先輩は俺に近づいてきて、

そのまま俺を抱きしめてきた。

 

「えっ、あっ、えっ」

 

 俺が突然抱きついてきた先輩に戸惑っていると、

先輩は俺を抱きしめながら、話しかけてきた。

 

「二週間楽しかったよ、枕木君。またね」

「……俺も楽しかったです」

 

 そして、俺も先輩を抱きしめた。

そのまま抱き合っていると、

お母さんから「ふふ、お二人ともお熱いわね〜」と言われ、

恥ずかしくなったので、俺は抱きしめるのをやめた。

 

 先輩の表情が真顔になっていく。

 

「まあ……あの、ありがとうございました、先輩」

「……またね、枕木君」

 

 そして、先輩は車に戻り、

先輩たちは家へ戻っていった。

車が走り去っていく途中、先輩がお母さんを詰めているのが見えた。

さっき茶化されたのが、嫌だったのかもしれない。

 

 それはともかく、俺は家へ入り業者さんを待った。

 

 しばらくして──。

 

「今日はありがとうございました──」

 

 業者さんが一礼したあと、ドアを開け、帰っていく。

 

 ついに……ついに、家のクーラーが直った。

全てのクーラーが壊れた時はどうなるかと思ったが、

なんとかなってよかった。

 

 ああ、涼しい。

だけど……寂しい。

 

 家にいるのは俺一人だけで、膝に乗ってくるリオさんも、明るい先輩のお母さんも、

俺と勉強してくれたり、遊んでくれた先輩も、ここにはいない。

ただ、クーラーの稼働音と冷たい風だけが、俺の家に流れている──。

 

 (なんか、寂しいな……)

 

 そう思っていると、急に携帯が鳴った。

画面を見ると、それは先輩からだった。

 

「やあ」

「な、なんですか」

「君が寂しがってるかなと思ってね」

「先輩……」

 

 そのあと、俺は先輩と電話でずっと話した。

先輩と話していると、先ほどまでの寂しい気持ちが吹き飛んでいく。

先輩は、温かい──。

 

 

 

 「ぶどうジュース」

 

 

 俺が家でだらんと過ごしていると、

先輩から電話がかかってきた。

 

「やあ、枕木君」

「どうしましたか先輩」

「良いぶどうジュースを貰ったから、僕の家で一緒に飲まないかな?」

「はあ」

 

 その言葉を聞いた時、

俺は先輩の家に行けるのは嬉しいという気持ちと、

なんでわざわざ、ぶどうジュースのために……という気持ちが生まれた。

そして、俺が行くか行かないか悩んでいると、

先輩がこう言ってきた。

 

「枕木君、このぶどうジュースはとても高くていいものだよ」

 

 とても高くていいもの……?

先輩の家はお金持ちだ。

その先輩が「高くていいもの」と言うなんて、

これはもう飲みに行くしかない。

 

「行きますっ」

「ふふ、枕木君は高いものが好きだね。それじゃあ、待っているよ」

 

 そして、電話を終えたあと、

俺は急いで身だしなみを整えて、

スキップしながら先輩の家へ向かった。

 

 しかし、高級なぶどうジュースなんて、

俺は飲んだことはない。

せいぜい、スーパーで売っている果汁100%の500円ほどのものをたまに飲むくらいで、

それも俺からしたら結構高級品だが、先輩のは一体いくらなのだろうか。

 

(1000円……? いや、5000。いやっ1万円は超えてるだろうな〜)

 

 そんな風に値段を想像しながら歩いていると、

ついに先輩の住んでいるマンションに着くことができた。

そして、先輩がエントランスで待ってくれている。

 

「やあ、枕木君。悪いね、急に呼んでしまって」

「いいんですよ〜さっ、早く行きましょう」

「ふふ、そうだね」

 

そして、俺たちはエレベーターへ乗って、先輩の家へ向かった。

……しかし、なんて心が躍るんだろう。

ぶどうジュースでこんなにワクワクするのは、

俺の人生で初めてだ。

 

 俺はエレベーターの中でも、ぶどうジュースのことで頭がいっぱいで、

思わず踊ってしまった。

そして先輩に「落ち着いてね」と言われてしまった。

 

「す、すいません」

「ふふ、いいよ。枕木君が高いものに目がないのは知っているからね」

「なっ、そ、そんなことは……」

 

 言い返そうとすると、ちょうど先輩の住んでいる階層に、

エレベーターが止まってしまった。

 

「ほら、行こうか」

 

 もう言い返す気もなくなってしまった。

まあ、そんなことよりぶどうジュースだ。

俺は言葉を飲み込み、先輩についていって、

家の中へ入った。

 

「それじゃあ、手洗いしてからリビングへ行こう」

「はいッ」

 

 思わず大きな声が出てしまった。

そして、先輩に少し笑われたあと、

俺たちは手洗いうがいをして、リビングへ向かった。

 

「じゃあ、持ってくるから、ここで座って待っていてね」

「はーい」

 

 そのあと、先輩がどこかへ行ったあと、

なにやらワインボトルのようなものを持ってきた。

 

「せ、先輩……これが」

「そう、ぶどうジュースさ」

 

 そのぶどうジュースのボトルは、

よく見るいかり形だというのに、

重厚で、気品を感じさせてくる。

高級なものは味だけではなく雰囲気も違うということだろうか。

 

「お、おお……」

 

 俺は思わず、声が漏れてしまった。

 

「感動しているみたいだね。それじゃあ、これで飲もうか」

 

 そう言うと、先輩はテーブルにワイングラスを置いた。

 

「これは……」

「ふふ、せっかくならグラスにもこだわりたいと思ってね」

「せ、先輩、本当はワインとかじゃないですよね……」

「未成年同士でお酒を飲むなんてこと、僕がするわけないじゃないか。ほら、注ぐよ」

 

 そして、先輩は俺と自分のグラスにぶどうジュースを注いだ。

その姿は、まるでソムリエのようだった。

 

「先輩。俺は注ぎ方よく分かんないですけど、なんか上手いですね」

「ふふ、そうかな。さて、飲もうか」

「は、はい」

 

 ついに飲めると思うと、

緊張で思わず手が震えてしまう。

そんなことをしていると、先輩が俺の、

グラスを持っているのと反対の腕を優しく握ってくれた。

 

「緊張しないで、大丈夫だよ。落ち着いてゆっくりと飲むんだ。きっと、そっちの方が美味しいよ」

 

 俺は先輩の言葉で、手の震えが止まった。

 

「あ、ありがとうございます先輩」

「ふふ、大丈夫さ。では乾杯だね。あっ、グラス同士が触れないようにね」

 

 そして、俺たちはグラスが触れ合わないように乾杯し、

香りを楽しんでから、ゆっくりと口へ含んだ。

 

(こっ、こここ、これはっ……)

 

 美味しい。

今まで飲んできたぶどうジュース……いや、

今まで飲んできた飲み物で1番美味しい。

俺はあまり舌に自信はないが、

そんな俺にでも違いを感じさせるような、そんな味だった。

 

 美味しい、とにかく美味しい。

俺の語彙ではこれ以上表すことができないが、

とにかく美味しい。

 

「どうかな? 枕木君」

「おっ、美味しいです。すっごく、すっごく美味しいです。先輩もどうでしたか?」

「うん、とっても美味しいよ」

 

 そのあと、俺はあっという間に注がれた分を飲んでしまった。

 

「ふふ、よほど美味しかったみたいだね」

「だ、だって本当に美味しかったんですもん。なんというか、頭がぶわーってするっていうか……」

「君の食レポは面白いね」

「じゃ、じゃあ先輩も食レポしてくださいよ」

 

 俺がそう言うと、先輩は少し悩んだ様子を見せたあと、

真面目な顔で「美味しい」と言ってきた。

 

「あの、それ食レポじゃないですよね。なんかもっと『口に含んだ瞬間、ぶどう畑が脳裏に浮かんでくるような〜』みたいなのじゃないんですかっ」

「あっ、それいいね。口に含んだ瞬間……」

「俺のをパクんないでくださいっ」

 

 先輩は食レポができないのだろうか、それともしないだけなのだろうか。

先輩は俺より語彙が豊富そうだし、

やろうと思えばできそうだが……。

そんなことを思いながら先輩を見ていると

「まあまあ」と言いながら先輩はぶどうジュースを注いでくれた。

 

「ほら、飲んで落ち着こうよ」

「まあ、さらに飲めるなら……」

 

 そのあと、俺たちはたくさん飲み、

ボトルが空になってしまった。

 

「あっ、なくなっちゃいました……こ、これ全部飲んじゃって大丈夫ですか」

「大丈夫だよ〜だからこそ君を呼んで一緒に飲んだわけだしね。それより……」

「それより?」

「僕、酔ってきてしまったな〜」

 

先輩の顔が、少し赤みを帯びている。

俺は先輩の一言に「実はワインだったのか!?」と思い、

ラベルを見たが、アルコールは入っていなかった。

 

「……酔ってないですよね先輩。これ、ワインじゃないし、アルコール入ってないですし」

「……もう少し乗ってくれてもいいじゃないか」

 

 そう言うと、先輩の顔から赤みが消えた。

 

「酔ったふりをしたら、君がどんなふうになるのか気になってね」

「もしかして、そのために俺を呼んだんですか?」

「うん」

 

 先輩の考えていることは、よく分からない。

まさかそんなことのためだけに俺を呼ぶなんて。

まあ、先輩の家で先輩と高級なものを飲めたのだから、俺に不満はないが……。

 

「でも、先輩が本当に酔ったらどうなるんですかね。ほら、泣き上戸とかいろいろあるじゃないですか」

「確かに、僕も僕が酔ったらどうなるか気になるよ」

「ですね。俺も自分がどうなるか気になります。20歳になったら一緒に酔いましょうね」

「ふふ、りゅりゅも一緒にね」

 

 そのあと、二人で楽しく話していると、

奥の部屋からうめき声のようなものが聞こえてきた。

気になって、二人で音の出どころの部屋を見ていると、

ドアが開き、先輩のお母さんが出てきた。

 

「あ〜あ〜、明日、久しぶりにあの人と会えると思ったのにさあ〜、急に忙しくなって会えないとか意味わかんないーっ。あー遊星君じゃーん来てたの〜? ねえ〜聞いてよ遊星君〜っ。久しぶりに夫と会えると思ったらさあ〜、急に会えなくなったんだよお……意味わかんないいっ」

 

 どうやら、お母さんはだいぶ酔っているようだ。

普段より感情的だし、お酒の匂いがしてくる。

 

「あ〜もうこうなったらやけ酒してやるもんね〜。マオ、ワイン三本持ってきて、あと水ーっ」

 

 それを聞いた俺と先輩は、思わず顔を見合わせてこう思った。

こんなふうになるなら酔いたくない……と──。

 

 

 

 

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