「終わりが近づく」
夏休みが始まってしばらく経ち、
夏休みも終わりに近づいている。
だが、俺はその事実を受け入れることができず、
ご飯は素麺やかき氷などの夏休みを感じさせるようなものばかりを食べ、
さらに日付も極力見ないように過ごしていた──。
「は〜いい朝だ。きっと今日は夏休みが始まったばかりに違いない。うん……もう少しで終わるなんてありえないんだ。うん。」
そうやって現実逃避しながら朝を過ごしていると、
先輩から電話がかかってきた。
「やあ、枕木君」
「急にどうしましたか先輩」
「ほら、もう少しで夏休みが終わってしまうだろう? だから終わってしまう前に思い出を……」
「だああああッ、先輩っ、夏休みはまだ始まったばかりなんですう〜。終わるわけないじゃないですかっ。そう、今日は八月一日なんですよおっっ」
……先輩に事実を言われ、見ないようにしていたものを再認識してしまった俺は、
反射で意味の分からないことを言ってしまった。
そのことに、俺は言ってから気づいた。
「あ……えっと、先輩、その……今のは……」
「……そっか、暑さに気をつけてね、枕木君」
そして、電話は切れてしまった。
……俺はなにをやっているのだろう。
現実逃避をするのは勝手だが、
それで先輩のことを傷つけてしまうなんて……俺は最低だ。
そのあと、先輩にメールで謝罪したあと、
俺は先輩への申し訳なさで、
ベッドの上で布団にくるまりながら後悔していた。
(もうダメだあ……先輩の話を遮って意味の分からないこと叫んで……なにしてんだ)
そのまま、過去の行いを悔いながら、
布団の中で啜り泣いていると、チャイムの音が聞こえてくる。
俺は急いで涙を拭き、玄関のドアを開けた。
すると、そこには先輩が立っていた。
「やあ、枕木君」
「ひいっ」
今、先輩と会うのは気まずいので、
ドアを閉めて鍵をかけようとしたが、先輩に止められてしまった。
「閉めないでおくれよ」
「で、でも、だって……」
「ふうん……えいやっ」
俺が喋ろうとすると、
先輩が俺の額になにかを貼ってきた。
「な、なにするんですか」
「熱を冷ますシートだよ」
「はあ……」
「君が暑さでおかしくなってないか心配になったから、お見舞いに来たのさ。あとこれ、スポーツドリンクだよ」
「あ、どうも……」
あんなことを言った俺を心配してくれるなんて……先輩は優しい。
「先輩……その、さっきはごめんなさい……」
「別に気にしていないよ。それより」
「はい」
「家に入っていいかな?」
「えっ」
俺は、先輩の発言に少し戸惑ったが、
断るのも申し訳ないので、俺は先輩を家へ入れた。
入るなり、先輩はクーラーのリモコンを見つめ、
設定温度を確認し始めた。
「あの……クーラー寒かったですか」
「違うよ、きちんと冷えているかなと思ってね」
どうやら、まだ暑さでおかしくなってしまったと思われているらしい。
「俺は別に暑さでおかしくなったわけじゃ……」
「なら、いいけれど……おや」
先輩がなにかを見つけたのか、そちらへ歩いていく。
先輩の視線の先にあったのは、日付を見ないようにするために、
壁から外しておいたカレンダーだった。
「ふうん……よっぽど夏休みが終わるのが嫌なんだね」
「だ、だって学校めんどくさいですし……夏休みの方が楽しいですし」
「学校だって、楽しいことはあるさ。文化祭とかね」
「俺、クラスの人と準備とか苦手なんですけど……」
「……ふふっ」
先輩が急に笑った。
「な、なんですか」
「ん〜? 言い返せるくらいの元気が出てよかったと思ってね」
確かに、先輩と話していると、
先程までより元気になった気がする。
「君が元気になってくれたみたいだし、僕はそろそろ帰るとするよ」
「あっ、先輩……その、わざわざ心配してくれてありがとうございました」
「当然のことさ……そうだ、枕木君」
「はい?」
「夏休みはあと少しで終わってしまうけれど……それまでに、たくさん思い出を作ろうね、枕木君」
「……は……はいっ」
そして、先輩は帰っていった。
……確かに夏休みの終わりは近いが、まだ終わるわけではない。
残された時間で、先輩と思い出を作ろう。
俺たちの夏休みは、もう少しだけ続く──。
「流しそうめん」
朝、今日は予定がないので、
俺は「暇だし、二度寝しようかな」などと思っていると、
先輩から電話がかかってきて「よかったら、僕の家でお昼ご飯を食べないかい?」と言われ、
俺は寝ぼけていた体を、冷水のシャワーを浴びて無理やり目覚めさせ、
身だしなみを整えてから、先輩の家へ向かった──。
「やあ、枕木君。待っていたよ」
「お、お邪魔します。す、すいません、急に誘われたから手土産とかなくて……」
「ふふ、気にしないで。それよりほら、手を洗って、そのあとリビングの方に来てね」
「あっ、はい」
俺は手を念入りに洗い、そのあとリビングへ向かった。
リビングでは、テーブルが片付けられていて、
その代わりに縦に半分切られた竹が傾斜をつけるように置いてある。
その竹には水が流れていて、終着点には、水を受け止める受け皿があった。
……これはまさか。
俺が「お昼ご飯」の正体に気づきかけていると、
先輩のお母さんが話しかけてきた。
「あら〜遊星君じゃない。待っていたわよ〜」
「あ、どうも……お母さん」
「ふふ、『フレイヤ』って呼んでくれていいのに〜」
「は、はあ。それより、この竹は……」
「ふふん、夏に竹といえば、流しそうめんよ〜!」
どうやら、俺の予想は当たっていたらしい。
「本当は外でやりたかったのだけれど、家でやる方が楽だから家でやることにしたのよ」
「そ、そうなんですか」
家の中でやる方が楽なのは分かるが、
それでも機械ではない流しそうめんを、家でやるなんて珍しい。
そんなことを思っていると、リオさんもやってきた。
「あ、遊星君。来たの〜?」
「はい。来ましたよリオさん」
「へへへ〜。私が遊星君の分もそうめん食べちゃうもんね〜」
「や、やめてくださいよ」
「へへへ」
リオさんは、相変わらず妹のようで可愛い。
俺にも妹がいたらこんな感じだったのだろうか。
いや、実際の妹は理想とは程遠い存在と聞いたことがあるし、
リオさんに夢を見るくらいがちょうどいいのかもしれない。
まあリオさんは妹ではなく姉だし、俺より年上なのだが……。
「おや、みんな集まったようだね」
「あ、先輩」
「ふふ、流しそうめんは、夏の思い出になるだろう? 枕木君」
「もしかして、俺と思い出を作るために用意してくれたんですか……?」
「さあ、どうかな。さて、じゃあそろそろいただこうか」
そして、俺たちは麺つゆと箸を用意し、
竹の横に立った。
「ふふ、そしたら『いただきます』をしようか」
「ですね、先輩」
「それじゃあみんないくよ、せーの」
「「「「いただきます」」」」
俺たちは一緒に、いただきますを言い、流しそうめんが始まった。
流す人は、お母さんがやってくれるらしい。
「いくわよー」
上流から、そうめんが流れてくる。
俺は急いでそうめんを箸で掴み、麺つゆにそうめんをくぐらせた。
「枕木君にそうめん取られてしまったよ」
「そうだぞ、ずるいぞ〜遊星君」
「流しそうめんにずるいもなにもないと思いますけど……まあ、最初は俺がいただきまーす」
俺は先輩とリオさんからの視線を気にせず、
そうめんをいただいた。
……美味しい。
最初に取ったという優越感もあるだろうが、
まず明らかに、俺がいつもスーパーで買っているものとは、
比べ物にならないほどの喉越しとコシがあり、
弾力がありながらも、するりと食べられてしまう。
やはり先輩の家が買っているそうめんは一味も二味も違う。
きっと、一万円以上する高いものなのだろう。
「こ、これすごく美味しいですよ先輩っ」
「そっか」
俺がそうめんの美味しさを伝えると、
先輩がじっと俺を見てくる。
そうめんを取られたせいだろうか。
「ははっ、まだそうめんはありますから気にしないでください」
「……まあ、そうだね」
(このそうめんはスーパーで買った普通のものなのだけれど……まあ枕木君が美味しそうにしてるならいいかな)
「ん? どうかしました先輩」
「いや、なんでもないさ。それより、最初のそうめんを楽しむべきだよ」
「……ですねっ。いやー美味しいなあ〜」
そのあとも、俺たちは流しそうめんに夢中になり、
そうめんを取るために小競り合いが起きたり、
小競り合いの影響で竹が倒れて水が床にこぼれるなどのアクシデントが起きたりしたが、
なんだかんだで、楽しい時間だった。
そして──。
「あら〜、そうめんなくなっちゃったわ」
気がついたら、そうめんがなくなってしまっていた。
俺はそうめんがなくなったことに嘆いた。
「そ、そんな……もうなくなるなんて……」
「ふふふ、マオも遊星君も、みーんな、いっぱい食べたからしょうがないわね〜」
「……確かに、みんな食べてたからしょうがないですね……あれっ、お母さん食べてなくないですか?」
「私はいいのよ。みんなの楽しそうな姿……それを見られただけでお腹いっぱいになれたわ」
「お母さん……」
俺はお母さんの優しさに感動していると、
リオさんが俺に喋りかけてきた。
「今のは嘘だよ遊星君。お母さんは体重が増えてダイエットしてるから食べないだけだよ」
「は、はあ……」
俺はそれにどう返事をすればいいのだろうか。
そして、俺が返事に困っていると、
お母さんが笑顔のまま、リオさんに詰め寄った。
「リ〜オ〜? なにを遊星君に吹き込んでいるのかしら〜?」
「わっ。じゃあね、遊星君」
リオさんは自分の部屋へ逃げ込み、
お母さんもそれを追って行ってしまった。
その光景に、俺が唖然としていると先輩が話しかけてくれた。
「お姉ちゃんは余計なことを言うのが好きなだけさ。まあ、気にしなくていいよ」
「はあ……」
「それより……流しそうめんは楽しかったかな?」
「た、楽しかったです」
「ふふ、ならよかったよ。これでまた、夏休みの思い出が一つ増えたね」
やはり、思い出を作るために、用意してくれていたらしい。
先輩は……優しい。
「……ありがとうございます。先輩」
「ふふ、いいんだよ。それじゃあ枕木君、これからも……思い出を作ろうね」
「は、はい!」
夏休みの日数は減っていくが、
そのぶん、思い出は増えていく──。
「スイカ割り」
「枕木君、僕の家でスイカ割りをしないかい?」
「はあ」
朝、先輩から電話がかかってきたので出ると、
内容は急なお誘いだった。
最近は毎日先輩と会っている気がする。
……まあ、先輩の家に行けて、なおかつ思い出も作れるのだから、
行かない理由はない。
「分かりました、今から準備して行きますね」
「ふふ、それじゃあ、待っているよ」
そして、電話は終わった。
そのあと俺は身だしなみを整え、
先輩の家に向かおうとした。
だが、その時、ある考えが俺の脳内に浮かんできた。
(……最近、よく先輩の家に行ってるけど、一度も手土産渡してないし、申し訳ないな。でもだからと言って今から買いに行くのも……)
先輩たちは手土産が無くても気にしないし、
今すぐ家に向かった方がいいのは分かっているが、
俺はどうしても余計なことを考えてしまう。
(うーん……どうしたら……あっ、あれなら実用的だし、いい感じな気がするぞ)
そして、俺はある物をポケットにしまい、
先輩の家に向かった──。
「やあ、枕木君。待っていたよ」
「どうも……先輩。あ、あの、今日は手土産持ってきたんです」
「ふふ、別になくても大丈夫なのにね。まあ、そんなところも君らしいよ」
「じゃあ、あの……これ」
俺はポケットから、
外袋がくしゃくしゃのポケットティッシュを出して、先輩に渡した。
いつ貰ったか忘れたが、中のティッシュは綺麗だし、
きっと先輩も喜んでくれるはずだ。
「……これはなにかな、枕木君」
「ティッシュです。鼻をかんだり、汚れを拭いたりする……」
「それは知っているよ。それより、このティッシュ、ずいぶんと年季が入っているようだけれど」
「中身は綺麗ですよ」
「そう……まあいいや、せっかくの手土産だし、ありがたくいただくよ。ありがとうね、枕木君」
そう言うと、先輩はポケットティッシュを受け取った。
先輩の眉が、八の字に下がっている気がするが、きっと気のせいだろう。
「ありがとう」と言われたし、きっと喜んでくれているに違いない。
手土産を渡せて、心の霧が晴れたようないい気分だ。
「……おっと、ティッシュのせいで本題を忘れるところだったよ。ほら、スイカ割りをするから家に入って」
「はいっ」
俺たちは家に入り、手洗いなどを済ませたあと、
リビングへ向かった。
リビングには、俺と先輩以外の人はいない。
普段なら、リオさんやお母さんがいそうなものだが……。
俺は気になったので、そのことを先輩に聞いてみることにした。
「先輩、今日って、お母さんとリオさんはいないんですか?」
「そうだよ。ほら、流しそうめんの時にお姉ちゃん余計なこと言っただろう?」
「あー……そんなこともありましたね」
「だからお母さんが罰として、お姉ちゃんを家から連れ出して二人きりで出かけているのさ」
「はあ」
二人きりで出かけるのが罰になるくらい、
リオさんはお母さんのことが怖いのに、
どうして余計なことを言ったんだろうか……。
俺は少しそのことについて考えたが、
それより、先輩と二人きりだということが重要だと気づき、
それを考えるのをやめた。
「そういえば先輩。本当に家でスイカ割りするんですか? スイカの破片とか大変なんじゃ……」
「ふふ、安心して。きちんと対策しているからね。そうしたら、今から僕はスイカを持ってくるから、ここで待っていてね」
「は、はい」
そして、先輩は自分の部屋の方へ向かって行った。
……どうしてスイカを自分の部屋に取りに行くのだろうか?
この家にはパントリーがあるのだし、
そこに保存しておけばいい気がする。
それに、対策もどうするのか気になる。
そんなことを考えていると、先輩がスイカを持って戻ってきた。
「じゃーん、これが今日割るスイカさ」
先輩が持っているスイカはとても大玉で、
その上、黒いシマ模様が濃くはっきりとしている。
昔、シマ模様がはっきりしているスイカは美味しいと聞いたことがあるが、
このスイカはその特徴にぴったりと当てはまっている。
きっと俺のために、良いものを選んでくれたんだろう。
先輩は優しい。
「す、すごいスイカですね。なんだか、すごい美味しそうです!」
「ふふ、そう思うかい?」
「そりゃ思いますよ」
「そしたら、触ってみて。きっとすごさに気づくよ」
俺は先輩の言葉通りに、
スイカを触った。
(ん? なんだこれ……スイカじゃないぞ。なんだか紙みたいな手触りのような……)
俺が予想していた感触と違い、不思議に思いながら触っていると、
先輩が俺の顔を見つめて、こう言った。
「実はこれ、スイカではないんだ」
「えっ」
「これは『ピニャータ』さ」
「『ピニャータ』ってあの、吊るして叩くやつで、中にお菓子とかが入ってるあの……?」
「そうだよ。これなら、本物のスイカを割るより、汚れないだろう?」
確かに、これならスイカ割りをして、
数日経ったあとに腐った破片が出てくる、なんてことはなさそうだ。
「先輩が言ってた『対策』ってこれだったんですね……てか、触るまで本物だと思ってましたよ」
「ふふ、僕が頑張って作ったからね。そしたら……始めようか。はいこれ、目隠しと棒」
「あ……どうも。というか、俺がやるんですね」
「ほら、僕はあまり力がないから、割れないと思ってね。ほら、早く目隠しをして」
俺は先輩の言葉に押され、目隠しをつけ、スイカ割りを始めた。
……当たり前だが、真っ暗でなにも見えない。
視覚を封じられた俺に残されているのは、先輩の言葉だけだ。
「先輩、ど、どっちにスイカがありますか?」
「枕木君、スイカじゃなくてピニャータだよ」
「それは今、どっちでもいいですっ」
「ふふ、ごめんね。ちなみにスイカは君から見て左だよ」
「……左ですね、分かりました」
(先輩、自分でスイカって言ってるじゃんっ、スイカじゃなくてピニャータでしょおっ?)
そんなモヤモヤを抱えつつ、
俺は先輩の言葉通りに動き、棒を振り下ろした。
すると手応えがあり、先輩から「目隠しを外していいよ」と言われた。
目隠しを外すと、そこには叩かれた衝撃で形が崩れたスイカ、もといピニャータがあった。
「おめでとう枕木君。スイカ割り成功だね」
「……えっ、もう終わりですか」
「うん、終わりさ」
「なんか随分とあっさりというか……」
「まあ、本物よりも脆いしこんなものじゃないかな」
「……確かにそうですね。おっと、それよりピニャータの中身はなにかな〜」
俺は中身への期待で、胸を高鳴らせながら、ピニャータの中身を確認した。
だが、そこにあるのは俺の期待を裏切るような「無」だった。
「せ、先輩……中身は? チョコレートとかグミとか……」
「中身はないよ」
中身がない……?
俺はその言葉に力が抜け、その場に倒れ込んだ。
ピニャータにはお菓子が入っているものではないのか。
せめて、スイカグミくらいは入れて欲しかった。
そして、俺が倒れ込んでいると、
先輩が背後から話しかけてきた。
「ごめんね、お菓子がなくて」
「……いいんです。先輩と二人きりでスイカ割りができただけで……うん、それでいいんです」
俺は自分を納得させるようにそう言った。
「ごめんね、枕木君」
「気にしないでください……先輩。俺が勝手に期待したのが悪いんです」
「……その、こっちを向いてほしいな。お詫びをしたいんだ」
「お詫びって……そんなの別に……」
そう言いながら、俺は立ち上がり先輩の方を向いた。
……先輩の顔を見ると、なぜか笑っている。
しかも、お皿を両手で抱えて持っていて、
そこにはカットされたスイカが乗っていた。
「これって……」
「ふふ、今日は『スイカ割り』だからね。お菓子はないけれどスイカはあるということさ。あらかじめ冷蔵庫で冷やしていたんだ。」
「せ、先輩……」
「勘違いさせてごめんね」
「も、もおー、あるなら最初から言ってくださいよお」
「ふふっ、そしたら、一緒に食べようか」
そして、俺たちはスイカを一緒に食べ始めた。
このスイカは、とても美味しい。
スイカ自体が美味しいのもあるだろうが、
スイカ割りをやった後に食べたからか、さらに美味しい。
それに、塩をかけていないのに不思議と塩の味がして、より甘く感じる。
「お、美味しいでずっ、先輩」
「ふふっ、ならよかったよ。しかし、君がそんなに感動するとは思わなかったよ。ほら、ティッシュで拭いてあげるよ」
「ず、ずいません」
先輩は俺の顔を優しく拭いてくれた。
「あ、ありがとうございまず」
「ふふ、今度は落ち着いて食べてね」
「は、はいっ」
そのあと、俺たちは会話を楽しみながらスイカを食べ終わり、
しばらく過ごしてから、俺は帰ることにした。
「じゃあ俺、そろそろ帰りますね」
「そっか。気をつけてね」
「はい」
「あっ、そうだ。君にプレゼントを渡したいんだ。手土産のお返しというやつだね」
「えっ、な、なんですか〜ちょっと期待しちゃうじゃないですか〜」
「ふふ、期待してくれていいよ。はい、これ」
先輩は、くしゃくしゃのポケットティッシュを渡してきた。
これは、俺があげたものだ。
しかも、さっき先輩が俺を拭くのに使ったから、中身が少し減っている。
「あの……これは……」
「ティッシュだよ。鼻をかんだり、汚れを拭いたり……」
「それは知ってますよっ。これ、俺があげたやつですよね?」
「手土産のお返しさ。はい、受け取って」
そして、先輩に強引にティッシュを返された。
俺は先輩に手土産を返されたショックで、
顔がティッシュのようにくしゃくしゃになった──。