「予定」
俺はだんだんと夏休みが終わりに近づいていることに、
焦りと恐怖を感じながら、朝を過ごしていた。
(ひい〜っ、もう今日含めて二日しかないぃ……。あー、神社行って夏休みが伸びるようにお参りしてこようかな)
そんなふうに現実逃避をしていると、
突然、先輩から電話がかかってきた。
「枕木君、急にごめんね。今から、家に行ってもいいかな?」
「なんですか急に……まあ、いいですけど」
「ありがとう」
先輩がそう言い終わった瞬間、チャイムが鳴った。
俺は「いや、まさかな……」と思いながら玄関へ向かい、ドアを開けた。
……どうやら俺の予想は当たってしまったようで、外には先輩が立っている。
「やあ、急に言ったのにありがとうね。枕木君」
「……もしかして、電話をかけてる時には、もう玄関前にいたんですか……?」
「うん、君が『いいよ』って言ってくれたらすぐ入るためにね。はい、手土産だよ」
「あ、どうも……」
俺は先輩から手土産を受け取った。
それは小さい箱だが、黒と金を基調としたデザインで、リボンまで巻かれている。
なんだか、高そうだ。
「先輩、これは……」
「チョコだよ。もちろん、君が好きな『ハイカカオ』さ。僕の手作りだよ」
「え゛っ」
その一言に、俺は驚いて腰が抜けそうになってしまった。
わざわざ俺のために、バレンタインでもないのに手作りしてくれるだなんて。
しかも、俺がハイカカオが好きと言ったのを、覚えてくれていたのも嬉しい。
「せ、先輩……」
俺はきちんと自分の好みを覚えてくれていたことに、感動してしまい、
思わず目に涙を浮かべながら先輩の名前を呼んだ。
「枕木君……」
先輩も、なにか言いたげな表情で、
俺を見つめている。
きっと、俺と同じで感極まってしまい、言葉が出ないのだろう。
「先輩……お、俺いま嬉し……」
「枕木君、そろそろ家に入ってもいいかな?」
「あっ……どうぞ」
どうやら、先輩は早く家に入りたくて、俺を見ていたらしい。
なんて恥ずかしい勘違いをしていたんだろう。
俺は急いで涙を拭き、先輩を家に入れた。
「それで……今日はなんで俺の家に来たんですか? もしかして『ん〜? なんとなくさ』とか言わないですよね」
「違うよ。ほら、夏休みがもう終わりだろう? だから、予定を話し合いたいなって思ってね」
「そういうことですか……でも、それならメールか電話で……」
「君と直接話すことが大事なのさ」
別にメールでも直接でも一緒だと思うが、
手土産まで持って来てくれたし、気にしないことにした。
すると、先輩がこちらの顔を見てきた。
「直接とメールは違うよ、枕木君。まず、メールだと……」
「分かりましたよっ。それより、予定の話をしましょうよ」
「おっと、そうだったね。ごめんよ、枕木君。そしたら、予定を決めようか」
そのあと、俺たちは残り少ししかない夏休みの予定について話し合った。
まず、俺が提案したのは遊園地だ。
一日中遊べるし、お化け屋敷で「怖いから……枕木君に近くにいてほしいな……」
なんて言ってくる先輩が見られるかもしれないのも素晴らしい。
そう思っていると、先輩が俺の顔を見たあと、話しかけてきた。
「……期待している君には悪いけど、僕はお化け屋敷は平気だよ」
「じゃあ、遊園地はいいです」
「そっか」
次に俺が提案したのは夏祭りだ。
ちょうど、明日に近くでやるし、
そのお祭りは花火も打ち上げる、結構豪華なお祭りだ。
それと、浴衣の先輩が見たい。
「先輩、夏祭りはどうですか?」
「いいね。僕も夏祭りを提案するつもりで今日来たからね」
「……じゃあ、早く言ってくれればよかったじゃないですか」
「だって、いろいろな案を聞きたいだろう? あと、君と少しでも話したくてね」
俺には先輩の言っていることがよく分からないが、先輩の顔を見ると楽しそうだったので、
「まあいいか」と思った。
「ふう〜、まっ、とりあえず夏祭りで決まりですね」
「そうだね」
「……そういえば、先輩は浴衣着るんですか?」
「もちろんさ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず叫んでしまった。
それはもう、俺の家どころか町中に響き渡るほどに。
「嬉しいのは分かるけど、静かにね」
「す、すいません」
「ふふっ、まあ、そんなところも君らしいけどね」
「ははは……いやー、でも本当に楽しみですよ。先輩の浴衣姿が見れますし……あっ、お母さんとかは来るんですか? リオさんは……来ないで家にいるかな、ははっ」
俺がそう言うと、先輩は黙ってしまった。
「え、あ……ごめんなさい。余計なこと言っちゃいましたか……?」
すると、先輩は俺から顔を背け、
俺に顔を見せないまま話してきた。
「二人は……呼ばないよ」
「えっ」
俺が驚くと、先輩がこちらを向いた。
「明日は、二人きりがいいから……」
そう言ったあと、先輩はまた顔を背けた。
一瞬だけ見えた表情は、俺でも見ただけでなにを思っているか分かってしまうほど、頬が赤く染まっていた。
「あ、あの先輩……」
「今のは……忘れてね、枕木君」
「えっ、あっはい」
「それじゃあ、僕は帰るよ。急にお邪魔してごめんね、それじゃあまた明日、夏祭りで会おうね」
そして、先輩は顔を見せないまま、足早に帰っていった。
……先輩の「二人きりがいい」発言、赤い頬、
これはまさか、明日の夏祭りはデートなんじゃないのか──。
「夏祭り」
先輩が帰ったあと、
俺はさっきの言葉に思考を巡らせていた。
(二人きりがいいって、つまりそういうことだよな……)
言葉について考えるたび、
頬が赤く染まっていた先輩を思い出して、
なぜか胸の鼓動が早くなって、苦しくなってくる。
……俺は、俺たちは明日、どうなってしまうのだろうか──。
──そして次の日。
結局、俺は考えすぎたせいでなかなか眠れず、
朝日が昇ってから眠りについた。
そして起きると……。
(……やべ、寝ちゃった。いま何時だ……?)
恐る恐るスマホで時刻を確認すると、
そこには「16:00」と表示されている。
これはまずい。
夏祭りは17時に待ち合わせだというのに、
これでは準備が間に合わないかもしれない。
俺は急いで目を覚まし、歯を磨き、服を着替え、準備を終えた。
……準備は一通り終わったが、これでいいのだろうか。
先輩が真意はともかく「二人きりがいい」と言ってきたのだ。
俺も、それ相応の準備をしなければならない気がする。
だが、どうしようか悩んでいる間にも時間は進んでいく。
俺は結局、いつもとなにも変わらない服装で、家を出て夏祭りへ向かった──。
……不思議だ。
楽しみなはずなのに、なぜか足取りが重い。
まるで足枷をつけられているようだ。
こんなに重いのは、普段通りの格好に妥協してしまった罪悪感か、
それとも先輩と、どうなるのか不安だからだろうか。
そんなことを考えていると、俺は夏祭り会場の入り口へ着いた。
……辺りは夕焼けですっかり赤く染まっていて、
祭りはまだ17時だというのに、すでに人がいっぱいで賑わっている。
屋台も道に沿って沢山並んでいて、この先これが永遠に続いているのではないかと思ってしまうほどだ。
(……屋台の料理美味しそうだな。先に食べて待ってようかな)
なんてことを思っていると、後ろから肩を触られた。
「なっ、なんですかっ」
俺の肩を触ってきた人物の正体を暴くため、
後ろを向くと、そこには先輩が立っていた。
「驚かせてしまってごめんね」
「え、あっ……」
黒い浴衣で袖には赤い花柄があしらわれていて、とても綺麗だ。
さらに先輩の髪のように白い帯が、差し色になっていて、
全体の色のバランスも素晴らしい。
その上、髪を後ろで結んでいて、花のような髪飾りもついている。
「どうかな枕木君……似合っているかな?」
「す、すごい似合ってますよ先輩」
人が多く、その分綺麗な人も多いこの会場だが、
その中でも、先輩だけが俺の目には輝いて見えた。
「……ふふ、頑張って準備をしたからね。似合っていてよかったよ」
「そ、そうですか。ごめんなさい、先輩はそんな頑張っているのに俺はいつもの格好で……」
「そんなの気にしないさ。まあ、そんなことを気にするのも君らしいけどね」
「……あ、あっ、それじゃあ行きますか」
俺は先輩の姿に目を奪われながら、
二人で並んで歩き、中の方へ進んだ──。
「ねえ、枕木君。なにか食べたいものとかあるかい?」
「えっ、あ……お、俺はフランクフルトとか食べたいです……」
「ふふ、じゃあ買っていこうか」
先輩はフランクフルトの屋台へ向かっていく。
だが、俺はその場に立ち止まったまま動けなかった。
(先輩……なんだかいつも通りだな。気にしてたのは俺だけだったのか……?)
俺がその思考に支配され、その場に立ち止まったままでいると、
フランクフルトを買った先輩が戻ってきた。
「はい、枕木君」
「え、あっ……どうも」
「君が来ないから二本買ってきたのさ。あっ、もちろんあとでお金は貰うよ」
「も、もちろん払いますよ……とりあえずベンチに座りますか」
俺たちは空いているベンチに座り、
先輩はフランクフルトを食べ始めた。
「美味しいね、枕木君」
「はは……ですね」
俺は、一口も食べていない。
そのあとも、なるべく先輩に顔を見られないように話していたが、
先輩にバレてしまった。
「……枕木君、今日は元気がないね」
「いや……そんなことは……」
一瞬、このまま隠そうかと思ったが、
先輩なら言っても大丈夫と思い、思っていることを話した。
「……な、なんかその、先輩は昨日顔赤かったのに、今日はいつも通りだし、昨日のを気にしてるの俺だけなのかなって……」
俺がそう言うと、先輩は少し目を丸くしたあと、笑った。
「な、なんで笑うんですかあっ」
「はは、ごめんね。君が僕の言葉をそんなに真剣に考えてくれていたんだと思ってね」
「もお〜っ、先輩はすぐ俺を笑うんですから」
「ふふふ、そんなことないよ……さて、じゃあその質問に素直に答えるとするよ。気にしているのは君だけじゃないよ。僕もちゃんと気にしているのさ」
その言葉に、俺は不信感を覚えた。
「その割にはいつもと同じに見えますけど……」
「だっていつも通りにするよう頑張っているからね。ほら、これが証拠だよ」
そう言うと先輩は、俺のフランクフルトを持っていない方の腕を持ち、
自分の心臓のあたりに当てた。
……いつも通りの表情とは裏腹に、
先輩の心臓は、触っているだけで音が聞こえてくるほど、激しく鼓動していた。
「……これで分かってくれたかな? 僕だって心臓が破裂しそうになるくらい緊張しているということさ」
「それなら、別に隠さなくても……」
すると、先輩が俺から少し顔を背けこう言った。
「だって……緊張しているってバレたら恥ずかしいじゃないか……」
先輩は恥ずかしいのか、いつもより小さい声でそう言った。
そのあと、俺は先輩の顔が気になり、覗きに行くと、
先輩の頬は、昨日のように赤く染まっていた。
「人の顔を覗くなんて……枕木君はいやらしいね」
「先輩がいつもやってることじゃないですか」
「……赤く見えるのは夕焼けのせいさ。それより、これで僕への疑惑が晴れてスッキリしたかな?」
俺は「あっ、話を逸らしたな」と思ったが、
先輩の言葉通り、疑惑も晴れて、
さらに先輩の恥ずかしがっている顔も見れたし、
俺はスッキリした気分で祭りを楽しむことにした。
「ふふ、そうこなくっちゃね」
そのあと、俺たちはさまざまな屋台で食べ物を買ったりして楽しんだ。
最初はりんご飴を先輩が買って美味しそうに食べていて、
それを見た俺が同じ飴を買おうとして屋台に並んだら、
俺の番でちょうど無くなるというハプニングが起きた。
次に二人でかき氷を買い、
俺が普通に食べていると、
先輩が「見て見て、枕木君。ブルーハワイを食べたから、舌が青くなってしまったよ」と言いながら舌を見せてきて、
なんだか変な気持ちになったりした。
だが、とても楽しい時間だった。
そのあとも、いろいろ食べながら祭りを楽しんでいると、
いつのまにか日が沈み、辺りが暗くなっていて、
思わず時刻を確認すると、すでに19時になっていた。
「先輩、もうすぐ花火始まっちゃいますね。でも今から行ってもいい場所空いてるかな……」
「ふふ、僕はいい場所を知っているから付いてきて」
先輩が俺の手を握ってくる。
「えっ、ちょっ」
そのまま先輩に連れられ、よく分からない場所を進み、どこかの高台に出た。
そこは先ほどまでの賑わいが嘘だったかのように、とても静かだ。
「ここは花火がよく見えるんだよ。毎年このお祭りに家族で来ていたから知ってるんだ」
「へえ、そうなんですか」
「ふふ、今年は二人きりだけどね」
先輩は目を細めて笑いながらそう言った。
「な、俺をからかってるんですか」
「どうかな〜。あっ、そうだ。この場所のこと、他の人に言ったらダメだよ。ここに人が集まってしまうからね」
「言いませんよ……」
そのあと、俺たちは会話を楽しみながら、花火が打ち上がるのを待った。
「はあ……これで夏休みも終わりかあ」
「ふふっ、枕木君はまだそれを気にしてたんだ」
「そりゃ気にしますよ。学校始まったらまた美術とか体育とかありますし、宿題も出るし」
「はは、君らしい悩みだね。でも、学校に行ったら僕と会えるよ」
先輩は笑いながらそう言った。
「なんですかそれ……まあ会えるのはいいですけど、夏休みならもっと会えるじゃないですか。ずっと一緒に……」
「……ふうん、君は僕とそんなに一緒にいたいんだ?」
俺は恥ずかしさでその問いに答えることができず、
口を閉じ、先輩から顔を背けた。
「おや、顔を背けられてしまったね。僕は悲しいよ」
「なんすかそれ……」
「ふふ、まあ冗談さ。ちなみに、僕は君と一緒にいたいけどね」
「はあ、そうですか……えっ?」
自然に言ってきたので、思わず流してしまうところだった。
先輩が、俺と一緒にいたいだなんて……。
先輩の言葉のせいで、動揺し、体が震えてきてしまう。
「ふふっ、そこまで驚くとは思わなかったよ。これくらい、何度か言ったことはあるだろう?」
「それはそうですけど……何回言われても慣れないんですよっ」
俺の言葉を聞いて、先輩はまた笑い始めた。
「笑わないでくださいよおっ」
「ははは、ごめんね……ねえ、枕木君」
「なんすか」
「月が……綺麗だね」
先輩が頬を赤くしている。
「なんですか急に頬を赤くしながら月の話なんかして、先輩、俺たちは月じゃなくて花火を見にきたんですよ」
「……そうだね。そうだ、これをあげるよ枕木君」
そう言うと先輩はミントガムをくれた。
「えっと……俺、臭ってました……?」
「違うよ。むしろいい匂いさ」
「じゃあなんで……」
「いいから食べてほしいな」
俺は先輩に押し切られ、ミントガムを食べ、
先輩は俺が食べるのを見たあと、同じようにガムを食べた。
そして、しばらくガムを噛み続けたあと……。
「はい、枕木君。ティッシュだよ」
「あ、どうも。いやーやっぱミントはすっきりしますね」
「そうだね……そうだ、こっちを向いて屈んでほしいな」
「えー、なんでそんなこと……まあいいですけど」
先輩の言葉に困惑しながらも、
俺は指示通り先輩の方を向いて屈んだ。
「しましたよ先輩。ちなみにこれはなんの意味が……」
「……キス」
「へっ?」
「キスだよ、枕木君。どうやら君は直接言わないと分かってくれないみたいだから、直接言うことにしたんだ」
「もしかしてミントガムの意味って……」
「そういうことさ」
どうやら、俺はもうキスするしかないらしい。
……先輩とキスすると思うと、
心臓が破裂しそうになって、先輩以外が視界から消えていく──。
「じゃあ……いきますよ先輩」
「うん……」
俺が目を閉じながら、先輩と唇を合わせようとすると、
先輩がそれを避けた。
「な、なんで避けるんですっ、提案したの先輩じゃないですかあ」
「……男同士だけどいいの?」
先輩は視線を俺から逸らしながらそう言った。
「今更そんなこと言うんですか……? 俺は別に気にしませんよ。先輩相手だし……」
「……そっか」
先輩は嬉しそうに呟いたあと、キスをしてきた。
俺は一瞬驚いたが、すぐに驚くのをやめ、
キスに集中した──。
先輩の唇は柔らかくて、ずっとこうしていたくなる。
そうして、俺たちはしばらくキスを続けた──。
「……ぷはっ、ははは……ついにしてしまったね枕木君」
「……そうですね」
そのあと、お互いになにを言えばいいか分からず、
静かな時間を過ごしていると「パンッ」という音と共に、花火が打ち上がった。
「綺麗だね、枕木君」
「ですね……あの、先輩」
「どうかしたのかな?」
「キス……よかったです」
俺がそう言うと、先輩が笑った。
その笑顔は、花火に照らされ、いつもより明るく見えた。
「はは、今それ言うんだ」
「なっ、別にいいじゃないですか」
「別にいいよ。それじゃあ枕木君……これからもよろしくね」
「は……はいっ」
そのあと、俺たちは二人で、祭りが終わるまで一緒に花火を眺めた。
今日は夏休みで一番……いや、人生で一番楽しい日だった。
先輩とお祭りを楽しみ、キスもできた。
明日からまた学校が始まってしまうが、先輩がいればなんとか頑張れる気がしてくる。
……いや、まだ今日が人生で一番と決めるのは早いかもしれない。
なぜなら、俺たちの学校生活は、まだまだ続いていくのだから──。