第24話 「久しぶり&もう嫌だ」
「久しぶり」
朝、俺は内心「行きたくねー」と思いながら、
渋々準備をして、家を出て学校へ向かった。
……夏休みが終わり秋に近づいたせいか、風がいつもより冷たく感じる。
ああ、学校へ行くと思うと足取りが重くなってしまう。
いっそこのまま遅刻してしまおうか……。
などと思いながら歩いていると、後ろから背中を軽く叩かれた。
「な、誰だあっ」
俺は叩いてきた奴の正体を暴くため、勢いよく振り向いた。
「僕だよ、枕木君」
「せ、先輩?」
どうやら、叩いてきたのは先輩だったらしい。
それはさておき、先輩と通学中に出会うなんて珍しい。
普段は校門の辺りで待っているはずなのに。
「な、なんでここにいるんですか」
「君が『学校嫌だよ〜』ってなってるか心配になっただけさ」
「はあ……まあ、嫌ですけど……」
「ふふ、やっぱりね。じゃあ僕を見て」
そう言うと先輩は両腕を大きく広げた。
急な行動に、俺はなにを考えているのか気になり、先輩の顔を見ると、
なにか自信を感じるような、そんな表情だった。
「えっと……腕広げてどうしました? あと見るって……?」
「ん? 制服の僕だよ。ほら、夏休みは私服だっただろう? ほら、よく見て元気を出してほしいな」
「はあ……」
確かに、夏休みの先輩は私服ばかりで、
制服を見るのは久しぶりだ。
……だが「可愛い」とか「綺麗」とか「美しい」とは思うが、
別に元気は出ない。
それより学校が嫌という気持ちの方が強い。
「どう? 元気が出たかな」
「まあ……はい」
俺は先輩の言葉に肯定的に答えたが、
その返事を不審に思われたのか、俺の顔を見てきた。
「どうやら制服の僕では足りなかったようだね」
「足りないっていうか……それより学校が嫌っていうか……」
「ふうん、そっか。じゃあこれならどうかな」
先輩は俺の横に来て、
腕を絡ませて、くっついてきた。
「ちょ、なにするんですかっ。他の生徒に見られたらどうするんですかっ」
「別にいいじゃないか、これくらい。昨日キスしたんだしね」
「キ……キス……」
先輩の言葉をきっかけに、昨日の記憶が蘇ってくる。
浴衣の先輩や、花火の光景、ただ一番は先輩の唇の感触……。
「だああああっっ」
先輩とのキスの思い出は、朝の俺には強烈すぎる。
俺は思い出した衝撃で、叫んでしまった。
「……ふふ、そんなによかったかな枕木君」
先輩が微笑みながら、こちらへ話しかけてくる。
……叫んでしまったのが恥ずかしい。
先輩の顔も、心なしか俺をからかっているかのように見える。
その顔を見た俺は、恥ずかしさのあまり、逃げるように先輩の腕から離れ、ダッシュで学校へ向かった。
ダッシュしている最中、先輩から「気をつけてね枕木君」と言われた気がするが、もうそんなの関係ない。
そのあと、俺は全力で走って校門を通り、その勢いのまま教室へ入った。
(はあ……。先輩がからかってくるせいで、いつもより早く教室に来ちゃったじゃないか)
そんなことを思いながら、席に座ってホームルームを待っていると、
俺は見慣れていて、それでいて少し懐かしい顔を見つけた。
(あ、竜崎じゃん)
海を最後に、竜崎は海外旅行へ行き、夏休み中は会っていないので、
だいぶ久しぶりな気がする。
普通なら「おっ、久しぶりじゃーん。海外どうだった?」と話しかけたりするのだろうが、
竜崎は他のクラスメイトに囲まれていて、話しかけるのが恥ずかしいので、
俺は機を窺いながら、竜崎の方を見つめた。
そのままじっと見つめていると、竜崎の周りのクラスメイトに、
見つめているのがバレてしまった。
「やだ〜、なんかあの子すごいこっち見てくるんだけど〜」
(やべ……めんどくさいことになったぞ……)
俺がどうなるのか想像し、恐怖に震えていると、
竜崎がこっちに来た。
「……着いてきてください」
「えっ?」
「いいから来てください」
俺は竜崎に連れられ、
教室を出て、人が来ない場所へ移動した。
「な、なんだよ竜崎」
「あのまま教室にいると、面倒なことになると思っただけですわ」
「まあ助かったよ……というか、俺に気づいてたのか?」
「いえ、影が薄くて周りが言及するまで、私は気づきませんでしたわ」
「……俺の影が薄いだと? こいつ、ナチュラルに失礼なことを言いやがってえ〜」と思ったが、
あれ以上騒ぎになる前に助けてくれたし、
俺はその思いを言わないことにした。
「とりあえず、久しぶりですわね」
「まあ、久しぶりだな」
「では、そろそろ教室に戻りますわ」
「えっ、もう終わりかよっ」
俺はもう少し、なにか言われるかと思っていたので、驚いてしまった。
「もう少しなんか…あるだろ。先輩と二人きりでどうだったかとか…」
「それは別にあなたじゃなく、先輩に聞けばいいですわ」
思わず「確かに」と思ってしまった。
しかし、竜崎はなんて嫌なやつなんだ。
「それと、海外旅行のお土産があるので、今度渡しますわね」
「ほ、本当か!?」
やっぱり竜崎はいいやつだ。
そのあと、俺たちは教室へ戻り、
校長先生の話をプロジェクター越しに聞いた。
小中学生の時は直接聞いていたというのに、今は教室で聞けるなんて便利になったものだ。
そのあと、クラス委員長の竜崎が少し連絡事項を話し、今日の学校は終わった。
始業式は終わるのが早くて助かる。
そして、帰ろうと校門へ向かうと、先輩が立っていた。
「やあ、待っていたよ枕木君」
「……なんですか」
「だって朝、君に逃げられてしまったからね」
「そ、それはだって先輩がキスのことを……」
俺が言おうとすると、竜崎がやって来てしまった。
「お久しぶりですわ、先輩〜」
「久しぶりだね、りゅりゅ」
「先輩は相変わらず、お綺麗ですわ」
先輩と竜崎が楽しそうに話している。
……キスのことは聞かれていないだろうか。
竜崎にそのことがバレたら「ズルいですわっっ」とか言いながら、
先輩にキスを迫るかもしれない。
そんなこと、俺は許せないっ。
「ところで先輩、先ほど、キスがどうとかの話をしていませんでしたか?」
(ま、まずい。聞かれていたのか)
俺が少し焦っていると、先輩は平然とした顔で口を開いた。
「ん〜? それはキスの天ぷらを枕木君と食べに行った話さ。美味しかったよね枕木君」
「え、あっ、はい」
先輩の機転を利かせた嘘に助けられた。
先輩は、平気な顔で嘘をつくのが上手い。
しかし、わざわざキスしたのを誤魔化すなんて、
先輩も、隠しておきたいのだろうか。
「そうでしたか。私もいつかその天ぷらを食べてみたいですわ」
「ふふ、いつかね。それじゃあ、せっかく久しぶりに三人集まったんだし、どこか行かないかい?」
「お、いいですね先輩」
「私も賛成ですわ」
「ふふっ、じゃあ行こうか」
そうして、俺たちは歩き始めた。
歩いている途中、俺はさっきのことが気になって、小声で先輩に聞いてみた。
「あの……なんで竜崎に聞かれた時、誤魔化したんですか?」
「ん? だって……あれは二人だけの秘密だからね」
先輩は、口に人差し指を当てながらそう言った。
……そうだ。
竜崎には悪いが、あれは二人の秘密なのだ。
「今、なにか言いましたか?」
「気のせいだよ、りゅりゅ。あっ、このお店いいんじゃないかな」
「そうですね。ではこのお店にしましょう」
先輩は、誤魔化すのが上手い。
俺たちは入ったお店で、スイーツを食べ、
そのあと、竜崎の家へ寄り、お土産をもらって解散した。
(いや〜このお土産凄いな。めっちゃ高そうじゃん。さっすが竜崎)
俺は竜崎の高そうなお土産にワクワクしながら家に帰った──。
……今日は久しぶりの学校で、最初は嫌だったが、
行ってしまえばどうということはなかったし、
なにより、みんなに会えて楽しかった。
二学期からも、みんながいる限り、いい学校生活になりそうだ──。
「もう嫌だ」
「先輩、もう学校嫌です〜」
俺は朝、校門で俺を待ってくれていた先輩に、
学校の愚痴を話していた。
そもそも、少し前まで夏休みで自由だったというのに、
急に自由時間がガクッと減り、その上宿題まで出してくるような、
鬼畜な学校に文句を言わない方が難しい。
「ふうん、そっか。枕木君、君は学校が始まったばかりなのに、こんなに文句ばかり言って、これまでどうやってきたのか僕には不思議でしょうがないよ」
「それは……気合いで……」
「じゃあ、今回も気合いで頑張ってね。応援してるよ枕木君。それじゃあね」
先輩はそう言って、教室へ向かっていった。
先輩は基本、俺の話を真剣に聞いてくれるが、
愚痴の時だけはテキトーに流してくる。
確かに、俺の愚痴は暗くて長くて、聞きたくないものだと自分でも分かっているが、
それでも、先輩には聞いてほしい。
でも、先輩が聞きたくないのも……。
そんなことを頭の中でぐちぐち考えながら、
俺は午前の授業を受けた──。
そしてお昼──。
「やあ、枕木君」
「あ、どうも……」
午前の授業を終え、昼休みになった俺は、
久しぶりに、いつもの場所に三人で集まって、お昼を食べながら話していた。
「枕木君、久しぶりの授業はどうだったかな?」
「どうって……もう嫌ですよ。ああー、夏休みに戻りたい〜っ」
「はあ、あなたの愚痴も久しぶりに聞きましたわ。いつ聞いても情けないですわね」
「なんだと竜崎っ」
俺と竜崎が言い争っていると、先輩が笑った。
「ふふふ、騒がしくて楽しいね。でも、いつまでも愚痴られたら、ご飯が美味しくなくなってしまうよ……そうだ、せっかくだし楽しくなるようなことを考えようよ」
「楽しくなることってなんですか……?」
「秋の学校行事さ。考えるだけで、きっとワクワクしてくるよ」
「はあ……」
そのあと、先輩は「枕木君の学校生活を楽しくしてあげようの会」と称して、
秋の学校行事を挙げていった。
……が、俺の心が動くことはなかった。
そもそも、学校が嫌なのに学校行事でテンションが上がるわけがないのだ。
「ふうん、枕木君の『学校楽しくないよ愚痴が止まらないよ病』は一筋縄では解決しないね」
「なんすかそれ……」
「僕が命名したのさ……おっと、そろそろ午後の授業が始まるね。じゃあまたね枕木君」
「そしたら、私も教室へ行きますわ」
そして、二人は教室へ戻っていった。
……久しぶりにお昼休みに三人で集まったというのに、
俺は愚痴ばかりで、得たものは先輩から宣告された意味の分からない病名だけだ。
なんて、情け無い男なんだろう。
そのあと、俺も落ち込んで地面の方を向きながら、
教室へ戻り、授業を受けた。
そして──。
(はあ……ようやく授業終わった。さて、校門で待ってるであろう先輩に会いに行くか……)
だが校門へ行っても、先輩はいなかった。
少し待ってみたが、先輩が来ることはなかった──。
(もしかして、俺にまた愚痴られると思って、帰っちゃったのかな……それも当然か……あんなに愚痴ばっか言ってたら……)
俺は、自分の行いがいかに愚かで、人を嫌な気持ちにさせるものだったのかということを、
反省しながら、家へ重い足取りで帰った。
そして、家へ着き、ドアの鍵を開けようとすると「あ、来たね」という声がした。
「え、そ、その声は……」
「僕だよ、枕木君。驚かせてごめんね」
「ど、どうしてここに……」
「ふふ、それはね……」
先輩の話によると「放課後なら、時間があるし、君の愚痴を聞いてあげるよ」とのことらしい。
こんな愚痴ばかりの俺に優しくしてくれるなんて、先輩は……先輩は……。
「感動するのはいいけど、家に入ってからでもいいんじゃないかな」
「あっ、はい」
俺たちは、家に入り話し始めた。
「それじゃあ、君の愚痴を聞かせてほしいな」
「え、いいんですか……?」
「うん。放課後だから時間はあるし、今は愚痴を覚悟してるから大丈夫さ。ほら、話してみて、僕が聞いてあげるから」
先輩が胸を軽く叩いている。
「この胸で受け止めてあげる」ということだろうか。
……俺は、先輩の優しさに甘え、愚痴を話した。
休み明けで、単純に学校が面倒くさいことや、
宿題やグループワークが嫌なことなど、全てを話した──。
「そうなんだ。ふふ、君は嫌なことがいっぱいだね」
「もお〜笑わないでくださいよ……」
「でも、話して少しスッキリしただろう?」
「……まあ」
「ふふっ、ならよかったよ。じゃあ最後に『あれ』をしてあげるよ」
「……『あれ』ってなんですか?」
俺が先輩にそう聞くと、
先輩はなにも言わずにこちらに近づいてきて、
そのまま俺を抱きしめてくれた。
「えっ、な、なんですか」
「ん? ご褒美さ。嫌なことがいっぱいあるのに、それでも頑張ってる枕木君は偉いよ」
そう言いながら、先輩は俺の背中を優しくさすってくれる。
……先輩は、まるで聖母のように優しい。
「先輩……ありがとうございます」
「ふふ、これで君の『学校楽しくないよ愚痴が止まらないよ病』も終わりだね」
「だからなんなんですかその病名……」
「ふふっ」
なにはともあれ、俺は先輩に愚痴ることで、心の霧が晴れたような気がした。
これで、明日から学校生活を楽しく過ごせるはずだ──。
次の日の朝──。
「先輩、学校嫌です。でもそれでも頑張ってるから俺、偉いですよね。ぎゅーってしてください」
「……はあ、そう来るとはね。まあ、ぎゅーっとしてあげるから、少し屈んでくれるかな」
「え、なんで屈む必要が……別にいいですけど……」
指示に従って屈むと、先輩がヘッドロックを極めてきた。
「あだだっ、なにするんですかあっ」
「お望み通り、ぎゅーっとしてあげてるのさ。うりゃうりゃ」
「あだだだだだっ」
どうやら、いつでも抱きしめてはくれないらしい──。