男の娘な真央先輩は俺を放っておかない   作:ろあタルト大福

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第27話 「目を見て話そう&力比べ&お姫様」

 「目を見て話そう」

 

 

 午前の授業が終わり、たまたま会った竜崎と共にいつもの場所へ向かうと、

そこにはベンチに横たわっている先輩がいた。

その姿はまるで、長時間の労働で力尽きたサラリーマンのようだ。

 

「……あ、やあ……りゅりゅ、枕木君」

 

 先輩の声はいつもより元気がないのか、かすかな風にもかき消されそうなほど小さい。

 

「ど、どうしたんですか先輩」

「そうですわ。大丈夫ですか先輩……?」

「ん……授業で疲れてしまっただけさ……。いま、起きるね」

 

 先輩がゆっくりと、横たわっていた体を縦にしていく。

 

「はい、これで二人とも座れるよ」

「あ、どうも……」

「では座りますわ……」

 

 俺たちはベンチに座り、お弁当を食べようとした。

だが、先輩がなぜこんなに元気がないのか気になってそれどころではない。

……直接聞いてみよう。

 

「あの……なんかあったんですか。悩んでるなら聞きますよ先輩」

「そうですわ。いつも先輩にお世話になっているので、今度は私たちを頼りにしてください」

「……二人とも、優しいね。まあ、それなら僕も話すよ」

 

 そして、先輩は話し始めた。

どうやら午前の授業にグループワークがあり、そこで人と話したから疲れてしまったらしい。

俺もグループワークは苦手なので気持ちが分かるが、

ある疑問が出てきた。

 

「……あれ、先輩って人と話すの苦手でしたっけ。その割には入学式に初対面なのに俺に話しかけてきましたよね」

「確かに、私と初対面の時も優しく会話してくれましたわ」

「ん……話すこと自体は苦手ではないけれど、ほら『人と話すときは目を見て話せ』というだろう?」

「まあ、そう聞いたことはありますけど」

「僕の場合は、人の目を見て話すと、その人の思考が勝手に見えてしまうのさ。それに疲れてしまってね……」

「あー……」

 

 確かに、それは嫌かもしれない。

人の思考が勝手に流れてきたら、俺も嫌だ。

特に、失敗した時などに人からの「あっ……かわいそ」みたいなものまで読めてしまうと想像しただけで、発狂してしまいそうだ。

しかし、先輩の読心術がそんな不便なものだったとは……もしかして読心術ではなく、ただ感受性が高いだけなのではないだろうか。

 

「まあ、とにかくそういうわけで疲れてしまって、横になっていたわけさ」

「そうだったんですわね……それは疲れるのも当然ですわ」

「そうでしたか……そうだ、先輩を元気づけてあげますよ」

「……? どうするつもりなのかな枕木く……んむぐ」

 

 俺は先輩に顔を見られ、なにをするか察される前に、先輩を優しく抱きしめた。

 

「先輩はよく俺を抱きしめてくれるから、お返しです」

「……ふふ、枕木君は優しいね」

 

 先輩の顔を見ると、先ほどまでの疲れていた顔に、いつもの元気が戻っていた。

そのあとも抱きしめていると、竜崎が口を大きく開けて呆然としていた。

 

「なっ、わ、私もやりますわっっっ」

 

こうして、俺たちは先輩をサンドイッチのように挟み、昼休みが終わるまで先輩を元気づけた。

 

「……ありがとうね。二人とも」

「大丈夫ですよ先輩」

「そうですわ」

「ふふっ、二人となら、顔を見て話しても、疲れなくて楽しいよ。それじゃあ、僕は教室に戻るね……あっ」

「ん? どうしました先輩」

「お弁当、食べ忘れてしまったね」

「あ……」

 

 そのあと、俺は空腹に耐えながら授業を受けた。

竜崎もかなり辛そうな表情で、授業を受けている。

……お昼はきちんと食べよう──。

 

 

 

 「力比べ」

 

 

 それは突然だった。

 

「やあ、枕木君。突然だけど力比べをしないかい?」

 

 いつものように校門に立っていた先輩と話している最中、

本当に突然、先輩はそう言い出した。

 

「えっ? なんですか急に」

「ふふっ、君の力と僕の力がどれだけ離れているのか気になってね」

「まあ、いいですけど……ここでやるんですか? 他の生徒いますよ」

「その点は問題ないさ、さっ、校舎裏へ行こうか」

 

 そして、俺は先輩に連れられ、校舎裏へと向かった。

……しかし、なぜ急に力比べを提案してきたのか俺には分からない。

先輩の力は俺に遠く及ばないというのは分かっているはずだというのに、

わざわざ俺と勝負するなんて、実は筋トレでもしているのだろうか?

まあ、なんにせよ挑まれたからには受けるしかない。

 

「さて、ここなら人はいないよ。早速やろうか」

「そういや、どうやって比べるんですか?」

「それは『手四つ』さ。ほら、手を出して僕の手を握って」

 

 俺は先輩と指を組み、手四つの体勢になった。

この体勢になって改めて気づいたが、先輩の手は俺より一回り小さく、

それでいて腕も、あまり力があるとは思えない細さだ。

正直、俺が力を入れすぎたら折れてしまいそうで不安になってくる。

すると先輩が俺の顔を見つめてきて、そのあと少し笑った。

 

「心配してくれるなんて、君は優しいね。まあ、さすがに折れることはないだろうし、万が一折れても賠償を君に求めることはないし大丈夫さ」

「そういう問題じゃないですけど……じゃあどうなっても知りませんからね」

「ふふっ、そうこなくっちゃ。じゃあ、いくよ。よーい、スタート」

 

 先輩の合図と共に、俺は力を込め始めた。

……俺は筋トレなどもしていないし、力にも自信があるわけではないが、

そんな俺の力を、先輩の力は大きく下回っている。

全力で握っているのか、腕が少し震えているが、全く痛いともなんとも思わない。

こうなることはなんとなく分かっていたはずだが、先輩は何のためにこんな勝負を挑んできたのだろうか。

 

「……まだ枕木君は本気じゃないでしょ」

「そりゃそうですよ」

「それじゃダメだよ……ほら、本気でやって……」

「……じゃあ本気でやりますけど、後悔しても知りませんからねっ」

 

 俺は本気で力を込めた。

すると、先輩の力が弱くなっていく。

顔も少し、辛そうだ。

 

「はは……容赦ないね枕木君」

「先輩がやれって言ったんじゃないですか」

「そうだよ……だから大丈夫さ」

 

 だが、さらに先輩の力が弱くなっていき、

そろそろ限界そうだと思った俺は、先輩に勝負の終了を提案した。

 

「……もう止めていいですか」

「ん……いいよ」

 

 俺が組んでいた手を離すと、先輩は力が尽きたのか腕をぷらんとさせ、

息も絶え絶えになっている。

 

「はっ……はあ……枕木君はやっぱり強いね」

「先輩が弱いんですよ。それより、なんで挑んだのか教えてくださいよ」

「ん……? それはね、僕が……君に勝てないって、再確認したかったんだ……」

「はい? 意味が分かんないですよ」

「……単純に言うと、君が本気になったら、僕は逆らえないってことさ」

 

 先輩は息切れで顔を赤くし、トロンとした目でそう言った。

言ってる意味は分からないが、その顔は俺をドキドキさせるには十分なものだった。

 

「な、なに言ってんですか」

「ふふっ……君はまだ分からなくていいのさ。さて、僕は教室へ行くよ。またね……」

 

 そして、先輩は足をよろめかせながら歩いていったが、途中で足をもつれさせ転んだ。

幸い、怪我はなさそうだったが心配なので、

俺は赤ちゃんを抱っこするように先輩を対面抱きにして、教室まで運んでいった。

 

「もお〜。先輩は体力がないんですから、自分の体力を考えて挑んでくださいよ」

「はは、ごめんね……でも、こうして運んでもらえるなら悪くないかもね」

「そんなこと言うなら次こうなっても運びませんからねっ」

「ふふっ、君と話すのは楽しいね。それとさ……」

「ん? なんですか」

「その……お姫様抱っこで運んでみてほしいな……」

 

 この状態でさらに要望を重ねるなんて、なんて厚かましいんだ。

 

「今は他の生徒いるから嫌ですよ」

「はは、じゃあ人がいなければやってくれるんだ」

 

 先輩がニヤけながら俺を見つめてくる。

……こんなからかいに心を乱してはいけない。

俺は先輩の方を見ずに、急いで先輩の教室前まで行き、先輩を下ろした。

 

「はい、教室ですよ」

「ありがとうね、枕木君」

「はあ……もう変なことして運ばせないでくださいよ」

「ふふっ、気をつけることにするよ。それじゃあ、またね枕木君」

 

 そして、先輩は教室へ入っていった。

……力比べのあとに言っていたことの真意は分からないが、

まあ、朝から先輩の手に触れ、さらに抱っこまでできたからいいのかもしれない──。

 

 お昼休み──。

 

「……りゅりゅは優しいね。本気でいいよって言ったのに本気じゃないなんて」

「先輩に本気は出せませんわ……」

「ふふっ、そっか」

 

 お昼休みにいつもの場所へ行くと、先輩と竜崎が手四つをしている。

……そんなに先輩は力比べをしたいのだろうか。

それはともかく、竜崎が本気を出さないのが気に食わない。

本気を出した俺が悪いみたいになるからだ。

 

「あ、枕木君だ」

「……またやってるんですか」

「そうさ。でも、今回は僕も力をセーブしているから朝みたいなことにはならないよ」

「そうですか……っていうか竜崎はなんで本気出さないんだよ」

「先輩を傷つけるわけにはいきませんわ」

「ふふ、優しいね」

 

 ……許せないっ、先輩が本気を出してと言っているのだから本気を出すべきだろうっ。

じゃないと、本気を出した俺がバカみたいじゃないかっ。

そして、俺は思っていることを口に出した。

 

「ええいっ竜崎。本気で戦えぇっ」

 

 先輩と竜崎が少し困惑している。

 

「どうしたの枕木君」

「だ、だって俺は本気で戦ったのに竜崎は本気出さないなんておかしいですよ。俺は本気を出したのにっ」

「別に君は君、りゅりゅはりゅりゅでいいじゃないか」

「私が本気を出さないのは、先輩を傷つけないためですわ」

「そんなの俺は納得できないぞっ」

 

 二人はさらに困惑している。

 

「……枕木君は変な所を気にするんだね、君らしいよ。あっ、そうだ。なら枕木君とりゅりゅが本気で力比べすればいいんじゃないかな」

「なるほど、それはいい提案ですわ。私があなたと本気で力比べをすれば、この力を先輩に向けるわけにはいかないと気づくはずですわ」

「言ったな竜崎い〜。もし俺より弱かったら本気で先輩を握ってもらうからなあっ」

 

 そして俺は朝に先輩とやっていたように、竜崎と手を組み、力比べの体勢になった。

竜崎の腕は、先輩ほどとは言わないが、かなり細い。

正直、俺が負ける未来が見えない。

 

「……いきますわよ。早めにギブアップしてくださいね」

「ふんっ、大げさだな竜崎」

「それじゃあ僕が合図するよ。よ〜い始めっ」

 

 先輩の合図と共に、俺は力を込めた。

その時「すぐ勝てる」と思っていた俺に鈍い痛みが走る。

なんだと思い、手を見ると、竜崎の指が俺の手にめり込んでいるのが見える。

 

「い、いだだだだっ。力強すぎだろ……っ」

「ちなみに、まだ本気じゃありませんわ。しかし、本気でやると決めたのでさらに強くいきますわよ」

 

 そして、さらに竜崎が万力のような握力でこちらの手を握り、指がめり込んでくる。

そのあまりの力に俺の手が悲鳴をあげ「ミシッ」という音が聞こえてくる。

もう俺は、その痛みに耐えることはできなかった。

 

「ギっ……ギブっ、ギブアップウウっ」

 

 思わず心が折れ、ギブアップを口にしてしまった。

……確かにこれは、先輩にやったら大変なことになりそうだ。

 

「あら、もう終わりですのね」

「当たり前だろ……強すぎんだよ……」

「ふふっ、でも本気でって言ったのは枕木君だけどね」

「先輩うるさいっ」

「ふふふっ」

「とにかく、これで分かっていただけましたか?」

「十分すぎるほど分かったよ……」

 

 そして、俺は敗北の痛みを噛み締めながら、その日の昼休みを過ごした。

だが、問題はここからだった──。

 

(痛っっ)

 

 俺は勝負の後遺症で、その日は一日中手を痛めてしまった。

それはもう、シャーペンすら持てないほどに。

……自分で勝負を挑んでおいてボロ負けなんて俺はなんて恥ずかしいんだ。

一応、あとで竜崎から高そうなお詫びの品と、謝罪が来たので気にしてはいないが、

もう、竜崎に力比べを挑むのはやめよう──。

 

 

 

 「お姫様」

 

 

 休日、俺は家でだらんと過ごしていた。

普段は先輩や竜崎と遊んだりしているが、

たまには一人、家でくつろぐのもいいものだ。

そんなことを思っていると、突然チャイムが鳴った。

 

(……ったく、宅配便を頼んだ覚えはないぞ〜? くそ〜誰だか知らんが俺のいい休日を邪魔しやがって……)

 

 俺は心の中で毒づきながら眉間に皺を寄せ、

玄関のドアを開けに行った。

そして、ドアを開けると立っていたのは先輩だった。

 

 今日の先輩は、足首まで隠れるロングスカートを履いていて、

上はカーディガンという、なんとも秋らしい服装だ。

全体的にゆったりとしていて、肌の露出が少なく、先輩に似合っている。

それと、手におしゃれで高そうな紙袋を持っている。

 

「あっ……先輩でしたか」

 

 俺は急いで寄せていた皺を伸ばした。

 

「ふふ、急に来ていい休日を邪魔してごめんね。でも、皺を寄せて人に対応しない方がいいよ」

「ご、ごめんなさい……っていうか、勝手に顔見ないでくださいっ」

「ふふっ、ごめんごめん」

「まあ、いいですけど。というか、なにか用事があって来たんですか?」

「うん、お見舞いと頼み事があってね」

 

 先輩の話を聞くと、前に竜崎との力比べで俺が負傷したので、

大丈夫か見に来てくれたらしい。

 

「手は大丈夫かな? 枕木君」

「ふふん、もう大丈夫ですよ。そもそも大した怪我じゃなかったし……もう、いつも通りのパワーを発揮できますよ」

「ふふっ、ならよかったよ」

「でも、先輩は優しいですね。わざわざお見舞いに来てくれるし、お見舞いの品まで……」

「……この紙袋のことかい? これはお見舞いではないよ」

「えっ?」

 

 ずっとお見舞いの品だと思っていた俺は、その言葉に腰を抜かしそうになってしまった。

 

「お、お見舞いのやつじゃないんですか」

「うん、りゅりゅから、もうお詫びの品を貰ったらしいじゃないか。だから僕はいいかなって」

「そ、そんなあ〜」

 

 「別にお詫びとお見舞いは違うのだから、先輩もくれていいじゃないか」と思ったが、

言葉には出さないようにした。

まあ、言わずとも先輩にはバレてるかもしれないが。

しかし、じゃあ手に持っているそれはなんだというのだろうか。

 

 まさか、他の人に渡すために出かけていた時、

たまたま俺の家の近くに通りがかったから、ついでにお見舞いしにきただけなのだろうか。

そんな邪推をしていると、先輩に「違うよ。枕木君は想像力が豊かだね」と言われてしまった。

 

「じゃ、じゃあそれはなんですか」

「ほら、さっき頼み事があると言っただろう? タダで頼むのも申し訳ないから、それ用の品ということさ」

 

 そういえば、確かにさっきそんなことを言っていた気がする。

まあなんにせよ、貰えるならなんだっていい。

紙袋が高そうなので、中身にも期待が膨らむ。

 

「はい、どうぞ。枕木君」

「あ、ど、どうも。ありがとうございます。ちなみに、中身ってなんですか?」

「ふふ、それはね、君の大好きな『高級』お菓子さ」

 

 先輩がニヤニヤしながら、そう言ってくる。

確かに俺は高いものが好きだが、こう言われると、

高い物ばかりねだる、いやらしい男みたいで恥ずかしい。

 

「こ、高級をそんな強調しないでくださいよ」

「ふふ、ごめんね。じゃあ、家の中にお邪魔するよ」

「え? まあはい……えっ?」

 

 あまりにも自然に家に入ってこようとしたので、

一旦、手で先輩を止めた。

 

「おや、この手はなにかな」

「なにかなって……そりゃ急に入ろうとされたらビックリしますよ」

「僕の頼み事は、君の家でしかできないからね。もし家の中がダメだったら、僕は帰ることにするさ」

「ええ……」

 

 アポ無しで来ておいて、家に入ろうとするのはどうかと思うが、

よく考えれば先輩はいつもこんなものだし、なによりお土産も貰ったので、

俺は家に入れることにした。

 

「もお〜先輩じゃなかったら家に入れてませんからね」

「ふふ、ありがとうね。枕木君」

 

 そして、先輩をリビングに招いた。

 

「とりあえずお茶持ってくるから、ソファーに座って待っててください」

「分かったよ。ありがとうね」

 

 そのあと、お茶を持っていって、俺もソファーに座ると、

先輩がこちらに近づいてきて、俺の膝に座った。

 

「えっと……なんですか先輩」

「ん? 君の膝は座り心地がいいからね。嫌なら離れるよ」

「嫌ではないですけど……」

「じゃあ、座ったままにするよ。それじゃあ頼み事についてだけど……」

 

 先輩は普通に話し始めたが、膝の上に乗られているせいで集中できない。

……先輩から花のようないい匂いがしてくるし、

先輩の柔らかい感触も、体重がかかってきているせいか、とても感じる。

 

「……というのをしてほしいのだけど、どうかな?」

 

 話し終えた先輩が、こちらに顔を向け、俺の顔を見てくる。

 

「……おや、僕が膝の上に座ったせいで聞こえてなかったみたいだね」

「だ、だって先輩を感じて……」

「ふふ、そっか。興奮したかな?」

「してませんっ」

 

 俺は図星を突かれ、衝動的に否定したが、

そもそも、先輩は顔を見たら分かるだろうし、

わざわざ聞いてくるなんて、いじわるな先輩だ。

 

「まあ、興奮はしていなかったということにしてあげるよ。ちなみに、頼み事は『お姫様抱っこ』をしてほしいんだ」

「えっ?」

「ほら、君が前に言っただろう?『人がいるから嫌だ』ってね。でも、今は二人きりだからね」

「……分かりましたよ。じゃあ、しますから膝から下りて一度立ってください」

「ふふっ、嬉しいよ」

 

 先輩に立ってもらい、俺はその背中と膝の裏に手を回して、抱き上げた。

 

「えっと……これでいいんですよね」

「うん、あっ、そうだ」

 

 そう言うと、先輩は俺の首に手を回した。

 

「やっぱりお姫様抱っこは、首に手を回さないとね」

「はあ、そうですか」

「ふふっ、重くないかい? 枕木君」

「ん……まあまあですよ」

「……ふふっ、そっか。『まあまあ』か、君らしいよ」

 

 「君らしい」の意味は分からないが、先輩が嬉しそうにしているので、それでいいのかもしれない。

そのあとも、俺はずっと先輩をお姫様抱っこし続けた──。

 

「……ねえ枕木君」

「どうかしました?」

「今の僕ね……本当にお姫様になった気分だよ。ありがとうね、枕木君」

 

 先輩が、とても嬉しそうに笑っている。

その笑顔に俺まで嬉しくなってきてしまう。

 

「ふふ、先輩嬉しそうですね。そんなにお姫様になれたのが嬉しかったですか?」

「うん、嬉しいよ……君にとってのお姫様になれたみたいで……」

 

 先輩は俺の顔を見ながら、頬を赤らめてそう言った。

……先輩が、俺に気持ちを伝えてくれた。

だったら、俺も先輩に気持ちを伝えたい。

 

「お、俺にとっては、前からずっとお姫様ですけどね……」

 

言ってしまった。

少し恥ずかしい台詞を口にしたせいで、自分の体温と心拍数が急激に上昇していくのを感じる。

先輩も俺が喋ってから黙っているし……。

そんなことを思っていると、先輩は赤かった頬をさらに赤らめて笑った。

 

「ふふふ、そっか、僕はもうお姫様だったんだね」

「な、なんで笑うんですか」

「……ははっ。だって顔を見ても、同じ言葉しか見えてこないから、本当にそう思ってくれてるんだなって思っただけさ」

「も、もお〜。恥ずかしいんですから、顔見たり笑ったりしないでくださいよっ」

「ふふ、ごめんね」

 

 そのあとも、俺たちはお姫様抱っこを続け、

しばらく経ってから先輩をゆっくり下ろした。

 

「……お姫様抱っこ、ありがとうね。枕木君」

「べ、別に大丈夫ですよ」

「そっか、そしたら僕はそろそろ帰るね」

「あっ、そしたら……玄関まで見送りますよ」

「優しいね、枕木君」

 

 そして先輩は玄関へ行き、靴を履いてドアに指をかけた。

すると、先輩はこちらを向いてきた。

 

「忘れ物とかありましたか?」

「ん? ただ君に、最後にもう一度お礼を言いたかっただけさ」

「そうでしたか」

「ふふ、じゃあ今日はありがとうね。僕の『王子様』」

 

 先輩の思わぬ一言に、一瞬フリーズしてしまった。

先輩は俺のことを王子様だと思っていたのか。

なんてことを考えていると、お姫様抱っこの時のように先輩が顔を赤くし、

俺から顔を背けるようにドアの方を向いた。

 

「や、やっぱり、今のは恥ずかしいから……忘れてほしいな」

「えっ、あ、はい」

「じゃ、じゃあね」

 

 先輩は空気に耐えきれなくなったのか、そそくさと外へ出ていった。

……忘れてほしいとは言っていたが、忘れることなんてできないだろう。

だって、先輩が俺のことを大事に思ってくれていたのだから──。

 

 そして休みが明け、学校の日の朝──。

 

「あ……やあ、枕木君……」

「ど、どうも……」

 

 昨日のせいで、お互い恥ずかしくなり、

しばらく俺たちは顔を見て喋れなくなってしまった──。

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