男の娘な真央先輩は俺を放っておかない   作:ろあタルト大福

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第28話 「目を合わせないでください&ルーレット&涼しい」

 「目を合わせないでください」

 

 

 俺と先輩は、先日の出来事のせいでお互いに目を合わせられなくなっていた──のだが、

数日後の朝、学校へ行くと先輩が平気な顔で俺の顔を見てきた。

 

「やあ、枕木君」

 

 俺は急いで顔を逸らし、先輩に聞いた。

 

「な、なんで顔見るんですかあっ」

「だってもう数日経ったからね。いつまでも君と顔を合わせられなかったら寂しいじゃないか」

「そうかもしれませんけど……そしたら、前のこと気にして先輩の顔見れない俺がバカみたいじゃないですか……」

「枕木君はバカなんかじゃないよ。気にするのも当然だからね。でも、僕はそれより君の顔を見たいと思っただけさ」

 

 確かに、もう数日経ったのだから顔を見て話していいのかもしれない。

先輩も、俺の顔を見たいらしいし……。

 

「じゃ、じゃあ見ますよ」

「ふふ、その意気だよ枕木君」

 

 そして俺はゆっくりと振り向き、先輩の顔を……。

見れなかった。

俺は先輩の顔が視界の端に入った途端、顔を見られたら思考を読まれてしまうと思い、

また顔を背けてさっきまでの体勢に戻った。

 

「どうかしたのかな枕木君」

「そ、その、思考読まれたくないのと、恥ずかしくて……」

「ふうん、まあ、もっともな理由だね。そしたら、僕は君の顔を見ないように目を瞑っていることにするよ。これでどうかな」

「……本当ですか?」

 

先輩は急に目を開けて「ははっ、騙されたようだね枕木君」とか言ってからかってきそうなので、

一応、確認してみた。

 

「本当さ。だって目を開けたりなんかしたら枕木君に嫌われてしまうからね」

「流石に嫌うまではいきませんけど……まあ先輩のことを信じて見ますからね」

「ふふっ、じゃあ僕は目を閉じるよ……閉じたよ〜枕木君」

 

 どうやら、閉じたみたいなので、俺は勇気を出して先輩の方を向いた。

……本当に目を閉じている。

俺はてっきり目を開けていると思っていたが、先輩はきっちり約束を守ったようだ。

しかし、久しぶりに先輩の顔をしっかり見ると、やっぱり先輩はとても綺麗だと再確認できる。

 

「……綺麗だ」

 

 思わず、そんな言葉が口から漏れてしまう。

 

「ん? 今、なにか言ったかな枕木君」

「えっ、あっ、な、なんでもないですよ」

「ふう〜ん、まっ、いいや。それより、目を開けていいかな。僕も君の顔を見たいのだけれど」

「えっっ」

 

 それは困る。

今、目を開けられたら先輩の顔を綺麗だと思っていたことがバレてしまう。

いや、それ自体は何度も思っているし、バレていると思うが、今バレるのは嫌だ。

 

「目を開けるのは……だ、ダメです」

「え〜なんでダメなのかな?」

「その……先輩の綺麗な瞳はまるで太陽のように輝いていて刺激が強すぎるからです」

「そんなこと、君の思考から感じたことはないし、どちらかと言えば僕は月のようだと思うのだけれど」

「月のようとかそれこそ聞いたことないですよっ。とにかく開けたらダメですっ」

 

 俺がそう言うと、先輩は頬を膨らませて不満を表した。

 

「むう、僕は君と顔を合わせたいだけなのにね」

「……でも、思考読まれたら恥ずかしいですし」

「君はそんなに見られたら恥ずかしいことを考えていたのかな? 多分『先輩が綺麗だな〜』くらいしか考えていないんじゃないのかい?」

「なっ、なぜそれを……」

 

 先輩に答えを当てられ、その衝撃のあまり答えを漏らしてしまった。

 

「ふふ、やっぱりね」

「か、顔は見られてないはずなのに、まさか……薄目で見てたんですかっ」

「違うよ、君の考えていることを予想しただけさ。結果、大当たりだったみたいだけどね」

 

 先輩が口角を上げ、ニヤニヤしている。

目は開いていないが、俺を笑っているのは分かる。

 

「も、もお〜笑わないでくださいっ」

「ふふ、ごめんね。さて、これで思考もバレてしまったことだし、君が目を開けてほしくない理由も無くなったんじゃないかな?」

「ま、まあそうですね……」

「じゃ、開けるね」

「え、ちょっ、まっ」

 

 俺は開けるのを止めようとしたが、そんなのお構い無しに先輩は目を開いた。

そして、先輩のサファイアのように青く澄んだ瞳がこちらを向いてくる。

 

「やあ、枕木君」

「勝手に目を開かないでくださいよ……」

「今なら、枕木君も怒らないかなって。実際、怒ったりしてないみたいだしね」

「もぉ……顔勝手に見ないでくださいってば」

「ふふっ、ごめんごめん……ねえ、枕木君」

「なんですか」

「久しぶりに君の顔を見れて嬉しいよ」

 

 先輩が、軽く首を傾げて笑った。

 

「……俺も嬉しいです」

「ふふっ、さて、久しぶりに枕木君の顔を見れたし僕は教室へ行こうかな〜」

「えっ、もう行くんですか。もっと余韻というか……」

「メインはもう済んだから、僕はそれより授業に遅刻しないことを優先するのさ」

 

 先輩は、どこを引きずって、どこをあっさり流すのか、相変わらずよく分からないが、

これも先輩らしくていいのかもしれない。

 

「……はあ、じゃあ、俺もそろそろ教室に行きますよ」

「ふふっ、じゃあ途中まで一緒に行こうか」

「えっ……まあ、いいですけど……」

「じゃあレッツゴーだね──」

 

 そして俺たちは一緒に歩き、教室のある階が違うので途中で別れた。

……数日間、顔を合わせられなかったが、こんなにあっさり元に戻れるとは。

まあ、お互いの顔を見れる方が幸せだからいいか──。

 

一方そのころ──。

 

(……どうやら先輩と枕木は元に戻れたようですわね。お互いの顔を見ないようにしてた時はどうなるかと思っていましたが、二人が幸せそうでよかったですわ──)

 

 竜崎は、近くの物陰から一部始終をずっと見つめていた──。

 

 

 

 「ルーレット」

 

 

 休みの日に先輩からこんなメールが届いた。

 

【先輩】 「やあ、枕木君。僕の家でいいものが見つかったからよかったらおいで。特別な時間を過ごそうよ」

 

 ……いいものとはなんだろうか?

特別な時間とは?

いくつか疑問はあるが、先輩の家に行けるなら深く考えなくてもいいか。

俺は急いで身だしなみを整え、先輩の家に向かった──。

そして、玄関の前まで行くと、先輩がドアを開けて出てきた。

 

「あ、どうも先輩」

「やあ、枕木君。ふふっ、突然メールしたのにすぐ来てくれて嬉しいよ」

「暇でしたし……それで、いいものってなんだったんですか?」

「……そのことなんだけど、とりあえずリビングで待っていて欲しいんだ」

 

 俺は「なんで待っていてほしいんだ?」と思いつつも、

とりあえず先輩と共に家の中へ入り、リビングへ向かった。

すると先輩が「じゃあ、待っていてね」と言い、どこかへ行ってしまった。

そのあと五分ほど待っていると──。

 

「やあ、お待たせ」

「おっ、先輩待ってました………って、なんですかその格好」

 

 先輩は先ほどまでの普段着から、白いワイシャツに黒いベスト、

そして、上の白シャツを際立たせるような深い黒のズボンという、

フォーマルな服装になって戻ってきた。

 

「なにって、ディーラーさ。テレビとかで見たことないかい?」

「見たことはありますけど……もしかして着替えるから『待ってて』って言ったんですか?」

「ご名答、よく分かったね。さすが枕木君」

「なんですかそれっ、褒められても嬉しくないですよっ。ていうか『いいもの』ってなんなんですか。まさか『僕のこの格好こそがいいものなのさ』とか言わないですよね」

 

 俺が先輩を問い詰めると、先輩は笑ったあとこう言った。

 

「ふふっ、そんなことはないよ。じゃあ、僕についてきておくれよ。そこにあるからね」

「……分かりましたよ」

「ふふっ」

 

 そして、先輩についていき、ある部屋にたどり着いた。

 

「ここが目的地ですか?」

「そうさ。入っていいよ」

「分かりましたよ」

 

 俺がドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開けた先の部屋は、

なにもない殺風景な部屋だった……ただ、一つだけを除いて。

それは、ルーレットがついた大きなテーブルだ。

 

「先輩……いいものってまさか……」

「そう、このテーブルのことだよ。掃除した時に物置部屋から出てきたから、遊びたいと思ってね。だから、一応綺麗にはしたけれど少し埃っぽいかもしれないね」

 

 物置部屋からルーレットテーブルが出てくるのは意味が分からないが……。

まあ、先輩の家なら勢いで意味の分からないことをしてそうだし、

そんなものなのかもしれない。

というか、先輩の家は部屋が多すぎる。

 

「……もしかしてルーレットだからディーラーの格好に着替えたんですか」

「ふふ、そういうことさ。雰囲気は大事だからね。さあっ、早速ルーレットを始めようか」

 

 そう言うと、先輩はルーレットテーブルの側に立った。

 

「とりあえず、今回はシンプルに球が赤に落ちるか黒に落ちるかの二択でやろうか」

「は、はあ……じゃ、じゃあ『黒』で」

「ふふっ『黒』だね。それじゃあいくよ〜」

 

 先輩が球を投げ入れると、球がルーレットの外周を回っていく。

物置部屋に置いてあった影響か、球が転がるたびに少し埃が舞っていく。

そして球は次第に速度を落としていき、最終的に「赤」に落ちた。

 

「あら〜残念だったね枕木君」

「は、はあ……」

 

 ……正直、心が動かない。

「赤か黒か」と言われても、別に当たろうが外れようがなにもないからだろうか。

わざわざ服まで着替えた先輩には申し訳ないが、あまり楽しくはない。

そんなことを思い、少し俺がテンションを下げていると、

先輩が俺の顔を見てきて、そのあと口を開いた。

 

「ふふっ、あまり楽しくなさそうだね」

「そ、そんなことは……いや、先輩に隠してもしょうがないか。正直、先輩の言う通りです」

 

 ただ二択を繰り返すだけではドキドキは生まれない。 

勝ってなにかを得るか、負けてなにかを失うかのヒリつきがないと……。

そんなことを思っていると、先輩が俺の顔を見てきた。

 

「……じゃあ、なにか賭けるかい?」

「えっ」

「ふふっ、だって君の心はなにかを賭けたいみたいだよ」

「ま、まあ確かにそんなこと思いましたけど……なに賭けるんですか。まさかお金とか言いませんよね」

「そんなわけないじゃないか。僕たち捕まってしまうよ」

「よかった……先輩なら『お金を賭けようか』とか言ってくるかと思ってヒヤヒヤしてましたよ」

「君は僕のことをなんだと思っているのかな?」

 

 そのあと、先輩に人差し指でお腹の辺りを突かれたりしたが、

話は「なにを賭けるか」に戻った。

 

「……で、なに賭けるんですか」

「どうしようね、今着てる服でも賭けるかい?」

「そういう冗談はやめてくださいっ」

「ふふっ。そうだ、枕木君はお財布は持ってきているかな?」

「ありますけど……お金はダメなんじゃなかったんですか」

「ん、負けた方が今日の夜ご飯を奢るというのはどうかと思ってね」

 

 ……その提案はかなりいけている。

最近、俺は少し金欠気味なので奢ってもらえると嬉しい。

それに、先輩はお金をいっぱい持ってそうなので、勝てたらたくさん食べられそうなのも嬉しいポイントだ。

 

「それ、いいですね。それにしましょうっ」

「ふふっ、じゃあルーレットを回そうか」

(……引っかかったね枕木君。僕は最初からこうするつもりだったのさ。賭けるものがないと君が楽しめないのも、賭け金を『奢り』にすることで君が喜んで飛びつくことも……ね。僕も前に君へ贈った『高級お菓子』のせいで金欠だったから助かるよ)

「……よしっ。じゃあ俺、ルーレットはもう一回『黒』を選びますっ」

「ふふっ、そっか。じゃあ『黒』で君の勝ち。『赤』で僕の勝ちね。じゃあいくよ〜」

 

 そして、先輩は球を投げ入れると、また埃が舞っていく──。

 

「いけっ、黒っ、黒に落ちろっ」

「……僕は赤に落ちてほしいなあ」

(ふふ、祈っても無駄だよ枕木君。僕は君が来る前に練習を重ね、百発百中で決まった所に球を落とせるようになったのだからね)

 

 球はまだまだ速度を保ったまま、ルーレットの外周を回り続けている──。

 

「赤に落ちますように」

「うおおっ、黒に落ち……はっ……はっ……」

 

 その時だった。

 

「はっくしょんっ」

 

 俺は舞っていた埃のせいでくしゃみが出てしまい、

その拍子に体が動いてテーブルに当たってしまった。

先輩が「あっ」と声を漏らしている。

 

「あ……ごめんなさい。埃でくしゃみが出ちゃって……」

「……だ、大丈夫さ。綺麗にしきれなかった僕のせいだからね」

(ま、まずい。今の衝撃で球の軌道が……いや、それでも二分の一さ。まだ慌てるような時間では……)

 

 そのあと少し経ち、球が止まり──。

 

「あっ、黒に入ってる。俺の勝ちだあっ」

「……えっ?」

 

 先輩は声を漏らしたあと、 

負けたのが悔しかったのか、黒に入った球をじっと見つめている。

 

「はは、今日は俺の勝ちだったみたいですね。まあ、あんまり気にしないでくださいよ」

「……そうだね。うん、そうだね、うん……気にしない気にしない……」

「いやあ、今日の夜なに食べましょうね〜あっ、サイゼリオ行きましょうよ」

「……そうだね」

 

 そして俺たちはお店へ行き、俺はパスタやアロスティチーニなどをたくさん食べ、先輩に奢ってもらった。

だが……。

 

「いやー、今日は家に誘ってくれた上に奢ってくれてありがとうございました」

「……えいや」

 

 先輩が人差し指で俺の脇腹を突いてくる。

 

「いたっ、なにするんですかっ」

「……えいえい」

「いだだだだっ」

 

 お店へ行った帰り、俺は先輩に人差し指で突かれまくった。

そんなに負けたのが悔しかったのだろうか──。

 

 

 

 「涼しい」

 

 

 まるでサウナに入っているのだろうかと思ってしまうほど蒸し暑く、

普段日傘を使わない人にも使用を決断させるほど日差しが強かった夏も、

今は昔のことのように思え、風に冷たさを感じるようになってきた今日この頃。

俺は朝、校門で待ってくれていた先輩と話していた──。

 

「いや〜、最近風が冷たくなってきましたね先輩」

「ふふっ、そうだね。夏が嘘のようだよ。もう少ししたら紅葉のシーズンだし、みんなで見に行きたいね」

「それいいですね〜。はあ、暑さがおさまってよかったですよ。夏はほんと暑かったんですから……」

「ふふ、涼しくなってよかったよ……ところで、君は本当に今涼しいと思っているかい?」

 

 急に先輩が真顔になって、俺によく分からない質問を投げかけてきた。

別に俺は涼しくなってきたと思うが……。

いきなり変なことを言ってくるので、俺は少し驚いてしまったが、一応答えた。

 

「……え、いやまあ、だいぶ涼しくなってきましたけど」

「本当にそう感じているのかな……?」

「そ、そもそもこの質問なんですか。そんなに気になるなら俺の顔見ればいいじゃないですか」

「君の言葉が大事なのさ……おっと、そろそろ授業の時間だね。それじゃあ今日、君がずっと涼しいと感じていることを願っているよ」

 

 よく分からないことを口にしながら、先輩は教室へ向かっていった。

……本当にどういう質問だったのだろうか。

先輩は涼しいと感じていなくて、俺が涼しいと感じているのがよく分からなかったのだろうか。

それとも、ただ俺に絡みたかっただけなのだろうか。

 

 俺はいろいろ考えたが、ここで考えても分からないし、

なにより授業に遅れると思い、俺も教室へ向かった。

そして授業中も考えてみたりしたが、結局分からず、

そんなこんなしているうちに昼休みになり、いつも通りお昼を三人で食べた……のだが。

お昼休みが終わる直前、そこでも先輩は「ねえ、今も涼しいかい?」と俺に問いかけてきた。

 

 俺がそれに「涼しいですよ」と返すと、

先輩は声を出さずに微笑んだあと「そっか」と言い、笑顔のまま教室へ戻っていった。

意味が分からない。

今までも意味の分からないことを言ってくることは何回かあったが、

これはその中でもトップクラスで分からない。

そんなに俺が涼しいと感じているのかが気になるのだろうか──。

 

 そんなことを思いながら午後の授業を受けていると、

いつのまにか終わって放課後になってしまった。

 

(もお〜先輩のせいで集中できなかったよ……帰りに聞くか。というか、聞かないとすごいモヤモヤするし)

 

 そう決意し、俺はいつも通り校門で待っていた先輩に会いに行った。

 

「おや、枕木君じゃないか。今も涼し……」

「もおっ、その意味わかんないこと聞くのやめてくださいよっ。てかどういう意味なんですかそれっ」

 

 俺は周りからは目立たないほどの声量で、先輩を問い詰めた。

すると、先輩が笑いながらこう言った。

 

「ふふ、ごめんね。君を困らせてしまっていたようだ。意味は単純に、君が涼しいと思っているか聞きたかっただけだよ」

「なんですかそれ……というか、なんでそんなに俺が涼しいと思ってるかが気になるんですか」

「……それは、ここではできないな」

「はあ……じゃあ、俺帰りますね」

「そっか、ついていくね」

「なんでですかっ」

 

 そのあと、俺が帰ろうとすると先輩が本当に横に並んでついてきた。

まあ、先輩が近くにいるのは嫌ではなく、むしろ嬉しいのだが、

この行動には理由があるのか気になってしまう。

 

「あの……」

「ん? なんだい枕木君」

「なんでついてきたんですか」

「なんでって……さっき言ったじゃないか『ここではできない』ってね」

「……もしかして俺の家でなんかやるつもりですか?」

「そうかもしれないね。外でもいいけれど、できれば玄関まで入れてほしいな……」

 

 先輩が声を甘えたものに変え、上目遣いで俺を見てくる。

……先輩に甘えられたら、俺に断るという選択肢はない。

 

「はあ、今日は玄関までですからね」

「ふふ、ありがとうね。枕木君」

「もお、特別なんですからね」

「ふふっ」

 

 そのあと、俺たちはいろいろ話しながら歩き、

家に着くとドアを開けて玄関へ入った。

 

「さあ、玄関入ったんですから理由を教えてくださいよ」

「……そうだね。じゃあ、いくよ」

 

 先輩はそう言うと両腕を広げ、そのまま俺の背中に両腕を回し、抱きついてきた。

 

「なっ、なんですか」

 

 突然の行動に、俺は思わず驚いてしまう。

だが、先輩はいつも通りの、冷静な声でこう言った。

 

「これが理由だよ、枕木君」

「……はい? どういうことですか」

「涼しく感じているなら、僕が抱きついてもいいかなって」

「別に、俺はいつ抱きつかれても……」

「嘘だね。僕が夏に抱きついたら君に『暑い暑い』と言われたことを、僕は忘れていないのさ」

「う……い、いやでもそれは……」

 

 俺は先輩に言い訳を始めた。

 

「た、確かに、俺は夏の時に『暑い』って言いましたけど、それは本当に暑かったからで……。そもそも先輩の体温は温かめだから夏の蒸し暑さがさらに加速するというか……」

 

 俺が一通り言い訳を終えると、先輩が口を開いた。

 

「ふうん、それなら仕方ないね。それじゃあ今日は?」

「え?」

「今日はどうなのかな?」

 

 先輩は俺を抱きしめたまま頭を上に向け、俺の顔を見つめてくる。

 

「か、顔見てるんだからもう分かってますよね」

「僕は君の口から直接聞きたいなあ〜」

「……分かりましたよ。その、今日は……涼しいから、先輩があったかいです」

 

 それを聞いた先輩は、嬉しそうに笑ったあと、

俺を見つめるために上げていた頭を下げ、俺の胸に顔をうずめた。

 

「ちょ、なにしてるんですか」

「君があったかいなら、もう少し、こうしていてもいいよね」

「……はあ、しょうがないですね」

「ふふっ」

 

 そのあと、俺も先輩の背中に腕を回し、しばらく抱き合った。

夏の時は暑かったが、今は……ずっとこうしていたくなるほどあたたかい──。

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