「生徒会」
「生徒会に入りませんか?」
いつも通り三人でお昼を食べていると、突然竜崎がそう言ってきた。
「なんだよ突然……」
「もうそろそろ一年生でも生徒会に入れる時期ですので、聞いてみようと思いまして」
「はあ……てか、竜崎は入るつもりなのか?」
「ええ、私は生徒会長の座を狙っていますので」
「えっ」
まだ一年生だというのに、生徒会長を目指しているとは立派な心意気だ。
「……でも、一年でなれるもんなのか?」
「ええ、校則などを何度も確認しましたがルール上はいけますわ」
「ルール上はって……結構難しいんじゃないのか?」
「やりますわ」
竜崎の顔を見ると、自信に満ち溢れているのが見える。
まあ、やる気があるのはいいことなのではないだろうか。
「ま、俺は応援してるよ」
「僕もりゅりゅを応援するよ」
「ありがとうございますっ。それで、生徒会に入るつもりはありませんか?」
なんと、竜崎が話題をループしてきた。
そんなに俺たちに生徒会へ入ってほしいのだろうか。
正直、俺はめんどくさそうだから入りたくないが……。
俺がそう思っていると、先輩が俺の顔を見てこう言った。
「まあまあ、一度りゅりゅの話を聞いてみようよ。入りたくなるような誘い文句があるかもしれないよ」
「確かに、聞いてみてからでも遅くはないか……。じゃあ、なんか入りたくなるようなこと言ってくれよ竜崎」
「ええ、もちろん。誘う側として説明はきちんといたしますわっ」
そう言うと、竜崎はどこからかフリップを出してきた。
そこには「生徒会に入る4つのメリット」と書いてある。
「……そのフリップどこから出したんだよ」
「気にしないでください。ではまず一つめ『内申点』 よく言われる定番のメリットですわっ」
「おおっ……で、内申点上がったらなにがいいんだ?」
俺がそう聞くと、竜崎が近づいてくる。
「ち、近い」
「いいところに気づきましたね。上がると大学の推薦入試などで有利なのですが……正直これだけを目的にして生徒会に入るほどではないですわ」
「はあ」
「それより、ここからが本番ですわっ」
そして竜崎は残りのメリットを話し始めた──。
「社会で役立つスキルが〜」とか「他学年の先輩や後輩との繋がりが〜」などを、
熱く語ってくれた。
だが、社会でのスキルはともかく、
人との繋がりの方は、もともと俺は人と関わるのがあまり得意ではない上に、
そもそも俺にはもう先輩がいるので、正直惹かれない。
あと、忙しくなって帰りが遅くなりそうなのも嫌だ。
ということで──。
「ここまで語ってくれて悪いが……俺は入らないっ」
俺は断った。
「あら、そうですか残念ですわ。それよりっ、先輩はどうしますかっ?」
竜崎が目を輝かせて先輩を見ている。
もしや、俺はどうでもよくて先輩を生徒会に入れるのが本命だったのではないだろうか。
だとしたらそれは止めなくてはならない。
なぜなら、先輩が生徒会に行ってしまっては、俺も先輩に会うために生徒会に入らざるを得ないからだっ。
「さあ、先輩はどうしますかっ」
「うーん、どうしようかな〜」
(頼む、入らないって言ってくれえっ)
俺が必死にそう祈っていると、先輩が口を開いた。
「僕は、帰りが遅くなってしまいそうだから遠慮しておくよ。ごめんね」
その言葉を聞いた瞬間、俺は心の中でガッツポーズを決めた。
(よっしゃああっっ)
先輩に断られ、竜崎が残念そうな顔になっている。
だが、すぐに自信に満ちた顔に戻った。
「……なんとなく、こうなることは分かっていましたわ。決めましたわ。私、生徒会長になります」
「それはいいけど……話が繋がってないぞ。なんで断られたら生徒会長になる決心がつくんだよ」
俺は思わずツッコんでしまった。
すると、竜崎が笑いながらこう言ってきた。
「帰りが遅くなったり忙しくなりそうなのが不安だということなら、私が生徒会長になったあと、権限を使って二人専用の役職を作り、仕事はさせないようにすればいいのですわっ」
「はあっ?」
意味の分からない発言に声が漏れてしまう。
そこまでして俺たちを生徒会に入れる必要があるのだろうか。
「い、いやそんな形で生徒会に入ってもいいのかよ……」
「いいんですわっ。なぜなら私が生徒会長になるので」
これはダメだ。話が通じない。
「ちょ、先輩も竜崎になんか言ってあげてくださいよ」
「それなら、僕も生徒会に入れるね」
「ちょっと先輩っ、なに竜崎に賛同してるんですかっ」
「ふふふん。そうと決まれば、早速、選挙に向けた草の根活動ですわ〜っっっ」
竜崎はそう言いながら、衝撃波が発生しそうなほどの速度で、どこかへ走り去っていった──。
「……行っちゃいましたね」
「行っちゃったね」
「行っちゃったね……って、よく平然としてられますね」
「まあ、生徒会長になるために努力するのは悪いことではないし、生徒会に入ることも、りゅりゅが当選してから考えればいいよ」
「はあ……まあ確かに」
「ふふっ、それじゃあお昼ご飯へ戻ろうか」
そう言うと、先輩はお昼ご飯を食べ始めた。
……先輩が言っている通り、今は忘れて、あとで考えればいいのだが、
本当に竜崎が生徒会長になったらどうなってしまうのだろうか──。
「食堂」
……空を雲が覆い、雨が降ってきている。
天気予報では晴れのはずだったのに……。
まあ、雨の日は嫌いではない……が、いい部分と悪い部分がある。
いい部分は、雨の日はいつもの場所だと雨に打たれてしまうので食堂で食べることになり、
竜崎は人気すぎて食堂に来られないので先輩と二人きりで食べられること。
悪い部分は……。
「食堂かあ……」
「別にいいじゃないか食堂でも、教室で食べるよりはいいだろう?」
「まあ……そうですけど……」
俺は先輩と食堂の席に座り、先輩に愚痴をこぼしていた。
そう、悪い部分とは食堂だ。
お昼時の食堂……それは生徒が一番集まっている場所と言っても過言ではない。
そして集まった生徒たちは授業の内容、または学校に関係のない日常の出来事などを思い思いに話す……。
人が集まり、みんなが話すとどうなるか……そう、騒がしいのだっ。
「俺は騒がしいから食堂苦手なんですう〜っ」
「ふうん、そっか。別にいいじゃないか、みんな楽しそうに話してて」
「でもお……」
「まあ、雨で外に出れないから今日は我慢しようね」
俺の愚痴は先輩に流されてしまった。
「はあ……確かに雨だから我慢するしかないですね……。じゃあ、お弁当を……」
俺が自作のお弁当を取り出し、蓋を開けて食べようとすると、
先輩が止めてきた。
「待って、枕木君」
「な、なんですか先輩。ここの食堂は持ち込みOKですよ。というか、雨の日は先輩もこうしてるじゃないですかっ」
「ルールの話じゃないよ。ひとまず、僕の話を聞いてほしいな」
「はあ……」
俺は先輩がお弁当を食べる手を止めてきた意味を知るため、先輩の話に耳を傾けることにした。
そして、先輩が少し笑ったあと話を始め、
内容は「毎回、雨の日に食堂に来ても持ってきたお弁当ばかり食べているから、食堂のメニューを頼もうよ」というものだった──。
「どうかな、枕木君。僕も食堂のメニューを食べたことがないから、頼んでみたいんだ」
「はあ、まあいいですけど。お弁当を食べないと痛んじゃうじゃないですか」
「……確かに、お弁当が傷んでしまうのは仕方ないね。それじゃあ、僕だけなにか頼んでくるよ」
「ん? 先輩はお弁当持ってきてないんですか」
「うん。今日は雨が降ると思ったから、食堂で食べるためにお弁当をあえて持ってこなかったのさ」
……先輩は凄い。
天気予報では晴れだったのに、自分の勘を信じ、あえてお弁当を持ってこないとは。
もし外れたらどうするつもりだったのだろうか。
「予想通り晴れてたら先輩はどうするつもりだったんですか」
「ん? 君のお弁当を少し貰うつもりだったよ」
「勝手に人のお弁当を貰う前提にしないでくださいっ」
「ふふっ、さてと、それじゃあ僕はメニューを見てくるよ」
そう言って、先輩は席を立っていった。
……先輩はなにを頼むつもりなのだろうか。
メニューになにがあるか気になり、周りの席を見回すと、カレーやラーメン、他にもカツ丼やハンバーグなど、
さまざまな料理を食べている生徒が見える。
どうやら、この学校の食堂はメニューが豊富らしい。
しかし、どれもガッツリ系というか、先輩が食べそうな感じではない……というか、
先輩がなにを頼むのか俺には分からない。
ここは、先輩がいつも作ってきているお弁当から推測してみることにしよう。
先輩のお弁当はいつもパンで、前に俺が「なんですかそれ」と聞いたとき、
「これは『カスクート』だよ」と言っていた。
そのときの俺は「はえ〜なんかおしゃれ」なんてことを思った記憶がある……。
つまり、先輩が頼みそうなのは「おしゃれな料理」だろう。
思い返せば、先輩の家で食べた料理も「ボロネーゼ」だの「アクアパッツァ」だの、横文字の料理ばかりだ。
(決まりだ……先輩はおしゃれな料理を頼んでくるはずだ……おっ)
噂をすればなんとやら、ちょうど先輩が料理を持って戻ってきた。
俺は当てる前に料理を見ないように、目を瞑った。
「やあ、枕木君。美味しそうだったからこれを……」
「ちょっと待ってください先輩っ。先輩が頼んだ料理は……なんかカタカナで書かれてるおしゃれなやつですね」
「ん? 僕が頼んだのは『豚丼』だけど」
「え゛っ」
思わず目を開けて見ると、先輩が持っていたのは本当に豚丼だった。
「う、嘘だ……先輩はカタカナで書かれてる料理しか食べないはずでは……」
「僕はそんなこと言った覚えはないよ、枕木君」
「う、うわあああっ」
俺は自信満々で答えたのに外したショックで、机に突っ伏した。
突っ伏しながら、チラッと先輩を見たが、
先輩は気にしていないのか「いただきます」をしたあと、普通に食べ始めた。
俺は思わず、顔を上げて口を開いた。
「ちょ、ちょっとなに普通に食べてるんですか。目の前で俺が落ち込んでるのに」
「君が勝手に落ち込んだんじゃないか」
「それはそうですけど……もっと慰めるとか……」
「ん〜、がんばれ枕木君〜応援してるよ〜。さて、慰めたしご飯に戻るね」
先輩は俺をテキトーに慰めたあと、豚丼を食べ始めた。
美味しいのか、先輩の口角が上がっていく。
……最初は慰めがテキトーだったことにモヤモヤして先輩の顔を見ていたが、
今は、そんなに豚丼が美味しいのかが気になって、先輩を見ている。
「あ、あの……それそんなに美味しいんですか」
俺が思わず聞いてしまうと、
先輩はきちんと飲み込んでから話し始めた。
「これ、すっごく美味しいよ。もっと早く食堂を利用すればよかったと思うほどにね」
「なっ、そんなに……。そ、その一口とか……」
「いくら君といえどそれはできないな〜。僕は口をつけたものをあげたり貰ったりはしない主義なのさ」
「そ、そんなあ…………」
「ふふっ、君はお弁当があるからね。お弁当を食べた上でお腹に余裕があれば頼んだらいいんじゃないかな」
先輩はそう言うと、再び豚丼を食べ始めた。
そのあと、俺は絶対に豚丼も食べてやると思い、お弁当を食べたが、
食べ終わったとき、俺の胃には豚丼が入らないと分かった。
そのとき、俺は決意した。
「次の雨の日はお弁当を持ってこないようにしよう」と。
そして、俺は次の雨の予報の日、お弁当を持たずに登校したが──。
「なんで晴れるんだああっっっ」
「予報だから仕方ないね、枕木君」
予報は外れて晴れてしまい、
俺は泣きながら先輩と竜崎のお弁当を分けてもらった──。
「先輩の一日」
やあ、僕は月城真央《つきしろ まお》、男子高校生さ。
今日は僕の一日を紹介するよ。
「ん……朝だ」
目覚ましの音でベッドから立ち上がり、目をこすりながら顔を洗いに行く。
そして水の冷たさで完全に目が覚め──。
「よし、目が覚めたよ。次は……」
僕はキッチンへ行き、朝ご飯とお弁当を作り始める。
すると、お母さんも起きてきた。
「おはよう、お母さん」
「ん〜、朝ご飯のいい匂いで起きちゃったよマオ〜」
「ふふ、今日はお母さんの好きな『イングリッシュブレックファースト』だからね」
「本当っ? ふふふ、なら、いっぱい食べちゃうもんね〜」
そう言って、お母さんは顔を洗いに行った。
そのあと、僕とお母さんで朝ご飯を食べ、洗い物は任せて僕は学校の支度を始めた。
ちなみに、朝起きてこないのでお姉ちゃん分の朝ご飯は作ってあげない。
作って欲しいなら、きちんと朝起きられるように生活習慣を改善してほしいね。
それはともかく、僕はいつものように、どちらかの制服を着るか考えていた。
(うーん……今日の風なら、スカートでも大丈夫そうだよ。よし、今日は女子制服に決まりだね)
そして僕は制服に着替え、歯を磨いたり、髪をといたりの準備を終え、
「行ってくるね、お母さん」と声をかけ、家を出た。
僕はいつも早めに家を出る。
それはなぜか……枕木君より早く校門に着くためさ。
その方が先輩らしいからね。
そのあと、校門に着いて、周りを見回して枕木君がいないことを確認し、
僕は校門の近くに立って枕木君を待った。
そして──。
「やあ、枕木君」
「あ、おはようございます。先輩」
枕木君が学校に着いた。
そのあと、いつも通り枕木君とたわいのない話をしている最中、
僕はふと、枕木君の顔を見た。
枕木君がなにを考えているのか知るため、毎朝こっそりと見ているのさ。
(先輩……今日も綺麗だな。あと、太ももが……)
……いつも通りだね。
枕木君は僕がスカートを履いている時は、いつも太ももを見てくる。
初対面のときは、理性が働いていたのか、あまり見てくることはなかったのに、
付き合いが長くなるうちに、だんだんと太ももを見てくるようになったんだ。
(ふふっ、まあ、枕木君にいやらしい目で見られるのは悪い気分ではないけれどね……)
「ん? どうかしましたか先輩」
「え?」
「いや、急に先輩が笑ったから……なんかおかしかったですか、俺」
どうやら、僕は自然と笑ってしまったみたいだ。
「なんでもないさ」
「本当ですか〜?」
「本当さ……おっと、そろそろ授業の時間だね。またね、枕木君」
「はあ……さようなら、先輩」
僕は笑った理由を誤魔化して、教室へ向かった。
……教室にいる時間は、さっきまでと違って、あまり楽しくはない。
友達も、気兼ねなく話せる相手もいないから。
(……早く、お昼休みにならないかな)
そんなことを思っていると、授業が始まった。
授業自体は、学びを深められるから苦手じゃない。
グループワークじゃなければね。
(さてと、授業は真面目に聞かないとね)
心の中で気合を入れ、授業を受けた。
そして数時間が経ち、お昼休みのチャイムが鳴った──。
(お、お昼休みだね。早く行かないと)
僕はお弁当を持っていつもの場所へ行った。
するとそこには、枕木君はまだいなくて、りゅりゅだけがいる。
枕木君は、よく遅れてくる。
もっと早く来てほしいものだよ。
「やあ」
「あ、先輩。待っていましたわ」
そのあと、僕たちは枕木君が来るまで、少し雑談をした。
りゅりゅとの話は、スイーツだったり趣味の話だったり、枕木君と違った内容を話せて楽しい。
……話している最中、りゅりゅがなにを考えているのか気になって、
顔を見ると「先輩はいつも綺麗ですわ〜」と考えている。
いつも通りだね。
ただ、りゅりゅも枕木君と一緒で、僕のことを綺麗だと考えているけれど、
一つだけ、決定的に違う部分がある。
それは、りゅりゅは太ももを見てこないということさ。
枕木君はいやらしく見てくるのにね。
「ふふ、そのお店に僕も行ってみたいよ」
「もちろんですわ……おや、来たみたいですよ」
そのあとも話していると、突然、りゅりゅの視線が、僕から別の方向へ移る。
きっと、枕木君が来たんだろう。
「少し遅いですわね」
「だ、だって、トイレが混んでたんだからしょうがないだろっ」
「そういうのは、余裕を持って済ませるものですわ」
「あのな、竜崎〜っ」
枕木君とりゅりゅが、少し言い争っている。
ふふ、いつも通りだね。
「ふふっ、二人とも言い争いは結構だけど、お昼を食べようよ」
「……まあ、先輩がそう言うなら」
「そうですわね」
二人とも、僕が止めに入るとすぐにやめてくれるんだ。
優しいね。
「それじゃあ、食べようか。せーの」
「「「いただきます」」」
僕たちは一緒にお弁当を食べ始めた。
……楽しいな。
まあ、枕木君が食べながら学校の愚痴を言ってきたけれどね。
気持ちは分かるけれど、やめてほしいものだよ。
そのあと、愚痴ばかりの枕木君の口を、りゅりゅに無理矢理塞いでもらい、
僕たちは楽しいお昼休みを過ごした──。
「りゅ、竜崎……お前、手で口塞ぐのはなしだろ……。お前自分の握力をだな……」
「加減したので大丈夫ですわ」
「あのなあ……」
また枕木君とりゅりゅが言い争い始めた。
二人とも仲がいいね。
ただ、そんなこんなしていると、お昼休み終了のチャイムが鳴った。
楽しい時間というのは過ぎるのが早いものだね。
「それじゃあ、僕はそろそろ行くね。ばいばい、二人とも」
言い争っている二人を放っておいて、僕は先に教室へ戻った。
……はあ、また楽しくない時間になってしまったよ。
でも、これを終えれば帰れると思うと、少し元気が出てくる。
(あと少し、頑張ろう)
気合を入れ直し、僕は授業を受けた。
それで、順調に進んでいた……今日最後の授業までは。
最後の授業は体育で、それだけでも僕は気分が落ち込んでしまうけれど、
問題は……。
「はい、ではペアを組んでください」
(んえ……ペアか……)
ペアでやる体育は僕がもっとも苦手な授業だ。
体育が苦手で、他人と組む授業も苦手。
マイナスとマイナスでプラスになってくれればいいのだけれど、
現実はマイナスが大きくなっただけの辛い授業さ。
……帰りに枕木君に愚痴りたい気分だよ。
ただ、いつも枕木君に「愚痴らないでね」と言っている手前、そんなことはできないけれどね。
はあ、早く終わってほしいな……。
一時間後──。
(……疲れたな)
僕は体育で体も心もへとへとになってしまい、
いつもは僕が校門で枕木君を待っているのに、今日は枕木君に待たれてしまった。
「あ、先輩、今日は遅……大丈夫ですか? なんか顔色もよくないし、すごい疲れてそうですけど……」
「ん……なに、ただ最後の時間が体育だっただけさ」
「本当にそれだけですか……?」
「本当さ」
僕は本心を隠して枕木君と接した。
「……まあ、先輩が隠したいならそれでいいですけど、家まで歩けるんですか」
「大丈夫さ、今日はお母さんが迎えに……」
その時、僕はあることを閃いた。
このままいけば枕木君と一緒に帰れるんじゃないか……と。
そして、枕木君と帰るために僕は急いでお母さんに「迎えはいらない」と連絡をした。
「ああ、先輩のお母さんが迎えに来てくれるなら……」
「……僕、歩けないな」
「あれ、今お母さんがって……」
「歩けないな……」
僕は無理矢理押し通した。
最初は、枕木君の顔を見ても「本当か〜?」と疑われていたけれど、
疲れているのも、一人では歩けないのも本当だから、次第に信じてくれた。
「……まっ、先輩の頼みなら仕方ないですね。一緒に帰りますよ」
「ありがとうね、枕木君」
そして、僕たちは手を繋いで帰った。
……枕木君の手は、僕より大きくて、僕の手はすっぽりと覆われている。
でも、あったかくてなんだか安心する。
そんなことを思いながら、歩いていると、枕木君が口を開いた。
「先輩」
「ん、なんだい?」
「本当は、お母さんに迎えに来てもらう予定だったんですよね」
「……どうかな」
「いや、あんな雑な誤魔化し方なら誰でも気づきますよ」
「それなら、僕を放っておいて一人で帰ればよかったのに」
「それは、疲れてる先輩を放っておけないですし、あと……」
枕木君は、一呼吸置いて再び口を開いた。
「先輩が、俺と帰りたいと思ってそうだったから……」
枕木君に本心を見抜かれていたことを知り、
僕は少し恥ずかしくなったけれど、その気持ちを胸の奥にしまい込んだ。
「先輩? 少し顔が赤くなって……」
「……夕日のせいじゃないかな」
「本当ですか〜?」
「……本当さ」
そのあとも、枕木君は聞いてきたけど、僕ははぐらかした。
……そういえば、体育であんなに疲れていたのに、
枕木君と話してからは、少し元気になってきた気がする。
「……ありがとうね、枕木君」
「え、なんですか急に」
「一緒に帰ってくれたお礼さ」
そして、家に着き、枕木君は玄関前まで付いてきてくれた。
「ありがとうね、ここまで着いてきてくれて」
「だって、ここまで送らないと先輩が急に倒れたりしたら大変ですし……」
「ふふっ、じゃあね、枕木君」
「さようなら、先輩」
「あ、やっぱり少し待ってほしいな……」
「え?」
僕は枕木君に近づき、繋いでいた枕木君の手の甲にキスをした。
「な、なにするんですか」
「ん、お礼をしようと思ってね」
「……だったら俺もしますよ」
そう言うと、枕木君は僕の手の甲にも、キスをしてくれた。
「お返しです」
「……ふうん、前だったらおどおどして終わりだったのに、やり返すようになってきたね」
「成長ですよ。それじゃあ先輩、また明日」
「……また明日、枕木君」
そして、枕木君は帰っていった。
まだ、僕の手に感触が残っている。
(……ふふ、枕木君にキスを返されるなんてね)
手を見ながら、さっきまでのことを思い出していると、
突然玄関のドアが開いてお母さんが出てきて、
その顔を見ると、とてもにやけている。
「おやあ〜、体育なのに、マオが私のお迎えを拒否したから何事かと思えば、これが目的だったのね〜」
「……見てたの、お母さん」
「インターホンのカメラ越しにね。ふふふ」
「…………」
僕はお母さんの脇腹を人差し指でつついたあと、家に入り、自分の部屋へ向かった。
(はあ、お母さんのああいう癖は直してほしいね……そんなことより『また明日』か……)
……枕木君と、明日も会えると思うと、元気が出てくる。
(枕木君のために、明日からも頑張るとするよ──)
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