「カラオケ」
俺たちは今、三人でカラオケにいる。
近くに新しくカラオケができたらしいので来てみたが、かなりワクワクする。
学校の先輩や同級生とカラオケ…まさに俺が望んでいた学生生活だ。
……が、現在俺たちはポテトをつまんでいるだけで、
誰も、一曲も歌っていない。
カラオケボックスの中は気まずい空気が流れている──。
「……そろそろなんか歌いませんか」
「じゃあ、最初は君に譲るよ」
「私も先輩と同意見です」
「なんでそんな押し付ける感じなんですか!?」
「人前で歌うのはあまり経験がなくてね」
「私も先輩と同意見です」
「お前それしか言わないな……」
そんなこんなでしぶしぶ俺が最初に歌うことになった。
(しかし何を歌おう……)
何を歌えばいいのか悩んでしまう。もし俺が選んだ曲を二人が知らなかったら、
間違いなく今より気まずい空気が流れてしまうだろう。
俺はとりあえず、二人も知っていそうな有名な曲を歌った──。
「ふう」
「いい歌唱力だったよ」
「私も先輩と同意見です」
「あのなあ竜崎……」
そう言った瞬間、画面に点数が表示された。
そこには88点と出ている。
「枕木君は88点だって」
「……そうだ先輩、せっかくなら点数を競いませんか?」
「それは名案だね、負けた人にはカラオケ代を払ってもらおうかな」
「私も先輩と同……」
「もう分かったよ!」
順番を決めるために先輩と竜崎がじゃんけんをし、
先に竜崎が歌うことになった。
曲は俺が最初に歌ったものだ。
「いい歌声だったよ、りゅりゅ」
確かに竜崎の歌声は素晴らしかった。
実は歌手ですと言われても驚かないほどに。
「お褒めの言葉ありがとうございます、さて私は何点でしょうか」
モニターには95点と表示されている。
「おお」
「これはすごいね、さて次は僕の番だね」
ついに先輩の番だ。
そういえば、俺は先輩が歌うのを見るのは初めてだ。
先輩は上手いのだろうか?俺的にはカラオケ代を払いたくないから、
あまり上手くない方が嬉しい。
だが先輩には歌が上手くあってほしいというのもあって、
内心、複雑な気持ちだ。
「悪いけど、今日の代金は枕木君が払うことになるだろうね」
そう言うと先輩は歌い始めた。
先輩の声は綺麗で、それでいて引き込まれるようだ。
気づくと、いつのまにか曲が終わっていた。
「どうだったかな?」
「やはり真央先輩は素晴らしいです」
「な……なんかすごかったです」
「ふふっ、ならよかったよ」
モニターには100点と表示されている。
「これで今日の支払いは枕木君になったわけだね」
「あっ」
先輩の素晴らしさですっかり忘れていた。
どうして点数勝負なんてしてしまったのだろうと後悔していると、
先輩がこちらの顔を覗き込んできた。
「まあでも、負けた人が払うっていうのは僕が言い出したことだし、君に全部払わせるのも悪いから、僕も半分払うよ」
「先輩…・」
「私は払いません」
「竜崎い!!」
なんだかんだで、今日もいい一日だった──。
「姉」
俺は今、人生で一番気分が良い。
それはなぜか……昨日の夜、先輩からこんなメールが来たからだ。
【先輩】 「明日は暇かな?もしよかったら僕の家においでよ」
と誘われたからだ。
人の家に遊びに行くのは、生まれて初めてだ。
竜崎の家は勉強のためだったのでノーカウントとする。
それはともかく、先輩の家に誘われるなんて、
しかもどうやら竜崎は来れないらしく、二人きりらしい。
竜崎には悪いが、正直嬉しい。
そして俺は、いつも以上に身だしなみを整えて、
先輩の家へと向かった。
道中、先輩と二人きりということは、
あんなことやこんなことがあるかもしれない…などと邪な妄想を膨らませていると、
ようやく先輩の家に着いた。
先輩の家は、高層マンションの最上階らしい。
竜崎といい、俺の知り合いは金持ちばかりなのだろうか?
エントランスを見回すと、先輩が待っていた。
「やあ」
「あっ、どうも……」
「ふふっ、じゃあ行こうか」
俺は先輩に連れられ、エレベーターに乗って移動した。
「ここが僕の家だよ」
「おお……」
どうやら、最上階の1フロア全てが先輩の家らしい。
俺は住んでる世界の違いに息を呑んだ。
玄関を通り、リビングへ行くと、テレビでしか見たことがないような、
おしゃれで広い部屋が見えた。
「……すごいですね」
「でしょ、じゃあ僕の部屋へ案内するよ」
先輩に案内されている途中、俺は気になる部屋を見つけた。
その部屋のドアには「リオのへや」というプレートがかかっている。
そういえば、先輩にはお姉さんがいるんだったか。
おそらくその部屋はお姉さんの部屋なのだろう。
そんなことを考えていると、先輩の部屋に着いた。
「僕は飲み物と、お菓子を持ってくるから先に入ってて」
「あっ、はい」
「それと…あんまり僕の部屋から出たらダメだよ」
「……わかりました」
そう言うと先輩はキッチンの方へと行った。
俺はなんで部屋から出たらダメなんだ?と思いながら、先輩の部屋へと入った。
部屋の中はとても良い匂いがする。先輩が住んでるからだろう。
俺はめいっぱい空気を吸い込もうとしたが、
さすがにそれは気持ちが悪いのでやめておいた。
俺が先輩の部屋にドキドキしていると、
先輩が戻ってきた。
「おまたせ、なにして遊ぼうか?」
そうして、俺は先輩とポーカーで遊んでボロ負けしたり、
レースゲームで甲羅をぶつけられてボロ負けしたり、
格闘ゲームでボロ負けしたりした。
「ちょっと手加減してくださいよ!」
「ふふっ、ごめんね、でも君は手加減されたら気にするかなって」
「まあ、確かに……」
「でも負けっぱなしもあれだろうし、次は君がなにやるかを決めていいよ」
「うーん……」
俺は先輩に勝てそうなものを思いついた。
「腕相撲をやります」
俺がそう言うと、先輩は少し目を丸くしたあと、
口角を上げながら「……勝ちに来たね」と言ってきた。
「そりゃ勝ちたいですもん」
「ふふっ、いいよ、さあやろうか」
そして俺は先輩と腕を組み、勝負を始めた。
「じゃあ俺が合図だしますから、それで始めますよ」
「うん、さあやろうか」
「行きますよ……レディ……ファイト!」
「うぐっ」
圧勝してしまった。
俺が勝ちたさで、力がいつも以上に入ったのもあるだろうが、
思ったよりも先輩の力が弱かった。
「だ、大丈夫ですか」
「か……構わないよ、僕はあまり力勝負は得意じゃなくてね。それより、勝者にはご褒美で、僕がなにか一つ言うことを聞いてあげるよ」
「急になんですか」
「気にしないで、ほら言ってみてごらん」
「そう言われても悩みますよ……」
なんで先輩は急にこんなことを言い出したかは分からないが、
せっかくなら何かしてもらおう。
「俺と抱き合うとかどうですか」
「……」
「あっ、いや冗談ですよ、いやほんとに」
「いいよ」
「えっ」
「ほら、おいで」
いつのまにか主導権が先輩に握られている気がするが、
そんなことはもはやどうでもいい。
先輩が腕を広げて待っている。
これはもう行くしかない。
俺が先輩へ向かっていったその時だった。
ドアの向こうから「まお〜」と声が聞こえてきた。
それを聞いた先輩は、ガッカリした表情になったあと、
扉の向こうへ行った。
俺もガッカリしてしまった。
せっかく先輩と抱き合えると思ったのに…。
そう思っているとドアの向こうから話し声が聞こえてきた。
「どうかしたの、お姉ちゃん」
(さっきの声は先輩のお姉さんだったのか)
「だって、その……落ち着かなくて……知らない人が家にいるから……」
どうやら俺は不審者扱いされているらしい。
「昨日言ったじゃないか、僕の友達を連れてくるって」
「知ってるけどお……だってぇ……」
お姉さんの声は小さくてよく聞こえないので、
俺はドアに耳を当てて聞くことにした。
「はあ、しょうがないね、枕木君に今日はお開きだって伝えるよ」
そう言うと先輩はドアを開けた。
だがドアに耳をすませていた俺は、急にドアを開けられたことで体勢を崩し、
部屋の外に倒れてしまった。
「あ、枕木君だ」
「あ……ど、どうも」
「びええ……」
お姉さんはパジャマ姿で見た目は先輩と瓜二つだった。
だが、髪の色は金色で、目元には少しクマがあり、先輩よりなんというか、幼く見えた。
「ここまできたらせっかくだし紹介するよお姉ちゃん。この子が枕木君だよ」
「先輩にはいつもお世話になってます……あはは」
「お姉ちゃんもせっかくなら、自己紹介してみたらいいんじゃないかな」
「……理央《りお》です……」
「あっ、どうも……」
気まずい空気が流れている──。
先輩の家に遊びに行っていた俺は、ひょんなことから先輩のお姉さんと出会ってしまい、
そのせいで気まずい空気が流れているのだった──。
「じゃ……じゃあ俺はそろそろ帰りますね」
「えー、もう帰ってしまうのかい?」
「いや先輩が、さっきお開きって言ってたじゃないですか……」
「そうだけど、まあいいかなと思って」
「いやいや、お姉さん……リオさんに迷惑かなと……」
「わ……私は顔見られたからもうなんでもいい……」
「あっ、そうですか……」
「じゃあもう少し遊ぼうか」
そして俺は先輩と部屋へ戻った。
だがさっきのことが気になって遊びに集中できないし、
なによりお姉さんがドアから、こちらを覗いてきているのが気になる。
「どうかしたのかな?」
「えあ…別に……なんでも……」
「もしかして……お姉ちゃんも一緒に遊びたいのかな?」
「びえっ」
どうやらお姉さんは図星だったようだ。
「枕木君もいいかな?」
「自分はぜんぜんいいですよ」
「じゃあおいで、お姉ちゃん」
「うん……」
そう言うと、お姉さんは先輩の膝の上に座った。
先輩の膝の上は落ち着くのだろうか、さっきまでより表情が明るい気がする。
俺も座ってみたい。
「ふふっ、今度、枕木君も座らせてあげるよ」
「な、なんで分かったんですか」
「顔に出てるからね」
「ま……マオの膝上は私の場所だぞ」
「別にお姉ちゃんの場所ではないよ」
俺はもっとギスギスしているのかと思っていたが……、
先輩とお姉さんは意外と仲が良さそうだ。
だが、さっきから先輩に甘えてばかりで、お姉さんというよりは妹に見える。
それはともかく俺たちは、三人でいろいろなゲームをした。
そこで分かったのは、お姉さんはゲームが上手いということだ。
レースゲームでも格闘ゲームでも、ボコボコにされてしまった。
「リオさん強いですね」
「うへへ……私ずっと家にいて暇だからさ……」
「……ふふ、お姉ちゃん楽しそうだね」
「そ、そんなことないよ」
「本当かな?おや、もうこんな時間だね」
俺が時計を見ると、いつのまにか18時になっていた。
「ほんとだ、もうこんな時間ですか。ご飯の時間なんでしたよね」
「うん、あっそうだ、もし君がよかったら一緒にご飯を食べていかないかい?」
「えっ、いいんですか」
「僕はいいよ、お姉ちゃんはどうかな?」
「わ……私もいいよ」
「ふふっ、だってさ」
ということで、俺は先輩の家で夜ご飯をごちそうになることにした。
先輩がキッチンで料理をしている間、
俺とお姉さんはリビングで待っている。
だがやはり、二人きりだとまだ少し気まずい。
そうして会話もなにもない時間を過ごしていると、
お姉さんがこちらをチラチラ見てきた。
「俺の顔なんかついてますか……?」
「え、あ、君のな……名前が気になって……」
「俺は枕木遊星です」
「枕木遊星……あ、あの遊星くんって呼んでもいいかな……」
「別にいいですよ」
俺がそう言うと、お姉さんは俺の膝の上に乗ってきた。
急に乗ってきたので思わず、驚いてしまった。
「えっ」
「あえ、ご、ごめんね、私あんまり人との距離感が分からなくて……」
「いやまあ、座りたいなら座ってもらっても……」
(なんか先輩もそうだけどこの姉弟、初対面からの距離の詰め方がすごいな……)
そんなことを俺が考えていると、先輩がこちらへやってきた。
どうやらご飯ができたらしい。
「おや、ずいぶんと仲が良くなったみたいだね。僕もまだ枕木君の膝には座ったことがないのにね」
「いや先輩、これは違くて……」
「まあいいよ、ご飯にしようか」
そしてテーブルへ移動すると、そこには美味しそうな料理があった。
なんの料理か気になったので聞いてみると、これはアクアパッツァというらしい。
「それじゃあ、いただこうか」
そうして俺たちは夜ご飯を食べ始めた。
先輩の手料理だからだろうか、とても美味しい。
先輩を俺の家に呼んで、毎日作ってほしいくらいだ。
お姉さんも美味しそうにバクバク食べている。
そして、あっという間になくなってしまった。
「やっぱりマオの料理は美味しいな〜」
「ふふっ、ならよかったよ。枕木君はどうだったかな?」
「あっ、ほんとにもう、人生で一番美味しかったです」
「君はオーバーな表現をするね、でも嬉しいよ」
そして食後少し、三人で談笑したあと、
俺はそろそろ家に帰ることにした。
「じゃあ俺はそろそろ帰りますね」
「枕木君、今日は楽しかったよ、またね」
そして俺が帰ろうとすると、お姉さんが俺の手を握ってきた。
「な……なんですかリオさん」
「……また来てね遊星くん」
「久しぶりに家族以外と話したけど……遊星くんは落ち着くの」
「……また来ますよ、さようなら」
そして、リオさんは嬉しそうな顔をして、
自分の部屋へ戻っていった。
だが帰ろうとすると先輩が玄関で立っていた。
その表情はにこやかだが、その裏に暗い感情が見え隠れしている。
「ど、どうしましたか先輩」
「さっきからずいぶんとお姉ちゃんと仲が良さそうだね」
「えっ、まあはい」
「しかもお姉ちゃんのことは名前で呼ぶんだね」
(あっ……これはまずい)
「僕もお姉ちゃんに言う時みたいに、マオと呼んでもらいたいものだね」
俺はどう切り抜けるか悩んだ末に、
ある手段に出ることにした。
「先輩……」
「ん〜?」
「腕相撲の時、勝者の言うことを一つ聞くって言いましたよね」
「うん」
「そして抱き合う直前だったから、まだその権利は使ってませんね?」
「そうだね」
「だからその権利を今使って、今日は帰ります!さようなら!」
「ダメだよ」
ダメだった。
「でも君を引き止め続けてもあれだし、さっきの続きをしようか」
「え?続き?」
そう言うと先輩は俺の方へ来て、抱きしめてきた。
「ほら、君も僕を抱きしめていいんだよ」
言われるがまま、俺も先輩を抱きしめた。
先輩と密着したからか、いつもより先輩の匂いを感じる。
まるで花のような……とてもいい匂いだ。
服越しに感じる先輩の感触も、俺を惑わせる。
すると、先輩が顔を上げて、こちらを見ながら、
「これで、約束は終わりだね」と誘惑的で妖艶な表情で言った。
俺はまた、先輩の沼へと沈んだ──。