「バレンタイン」
『君、チョコは好きかな?』
先輩に話があると言われ、わざわざ休み時間に会いに行ったのだが、
会って早々、よく分からないことを聞かれたので驚いてしまった。
「な……なんですか急に」
「まあチョコは好きですけど…これ聞くなら、メールでよくないですか……」
『君の生の声が重要なんだよ。なにしろバレンタインだからね』
「はい??」
俺は思わず声が出てしまった。
とっくに今年のバレンタインの時期は終わっているし、
来年のバレンタインのことなら早すぎる。
今は6月だというのに……。
「なんでバレンタインなんですか」
『ん?僕と君が会ったのが入学式、つまり4月だよね』
「まあ、はい」
『だから、今年のバレンタイン分のチョコをあげようと思ってね』
「ぜんぜん意味が分からないんですけど…」
『まあいいじゃないか、……おっとそろそろ時間だね、またね枕木君』
そう言うと先輩はクラスへ戻っていった。
正直まだ事態を飲み込めていないが、
俺もクラスへ戻ることにした──。
「ふう……」
授業が終わり一息ついていると、
先輩からメールが届いた。
【先輩】 『君は、チョコの甘さはどれくらいがいいかな?』
【まくらぎ】 「俺はハイカカオがいいです。というか生の声が重要じゃなかったんですか」
【先輩】 『生の声はさっき聞いたから大丈夫だよ』
相変わらず、先輩の考えていることはよく分からない。
だが先輩が俺のためにチョコを作ってくれるのはかなり嬉しい。
俺は今まで生きていて、バレンタインにチョコなどもらったことがない。
だいぶ季節外れではあるが、楽しみだ。
そして後日──。
【先輩】 『校舎裏に来てくれるかな?』
そうメールで言われ、校舎裏へ向かうと、
そこには包みを持った先輩が立っていた。
『やあ、はいこれ』
「あ……ありがとうございます」
『せっかくなら今食べてみてほしいな』
「じゃあいただきます」
俺は包みを開け、チョコを手に取った。
先輩が後ろで手を組みながら、にこやかに笑っている。
感想を待っているのだろうか。
とにかく一口食べてみると、口の中にカカオの風味が広がった。
ほどよい苦味のあと、心地のいい酸味がやってくる。
これこそ俺が求めていたチョコだ。
「美味しいです」
『ふふっ、なら良かったよ』
『さて、バレンタインの次はホワイトデーだね』
「えっ?」
『お返しに期待しているよ』
そう言うと先輩は上目遣いでこちらを見つめ、なにかを待っている。
まさか名前で呼んでほしいのだろうか、それともキス待ち?
どちらにせよ今の俺にそんなことをする勇気はない。
だがチョコを貰ってしまった以上、お返しをしないのも、
気が引ける。
「な……なんですか」
『ん?お返しを待っているんだよ』
「お返しって……なにがいいんですか」
『それは君の気持ち次第だよ』
おそらく先輩の中ではしてほしい行動があるのだろうが、
俺はテレパシーを持っているわけではないので、分からない。
そもそもチョコのお返しに、なぜこんなことを…なんてことを思っていると、
『まだかな』と先輩が急かしてくる。
「なにしてほしいか言ってもらわないと困りますって……」
『確かにそうだね、ならヒントをあげるよ』
「はあ」
『親しい人と』
先輩がこちらへ近づいてくる。
『体を近づけて』
さらに近づいてくる。
『互いに見つめ合いながら、そっと触れ合うことだよ』
そう言うと、先輩は俺の目の前まで来て、俺の顎にやさしく触れた。
上目遣いでこちらを見つめてきている、その顔は少し赤い。
間違いない、先輩はキスを望んでいる。
ドクンドクンと自分の心臓の鼓動が聞こえてくる。
だが俺はまだキスなんかできない。
この状況を切り抜けるために頭を回転させると、あることを閃いた。
俺は地面に座って、先輩を持ち上げ、膝の上に乗せた。
『ん?』
先輩が驚いている。
「ほ、ほら、体を近づけて触れ合ってますよ」
『見つめ合っていないじゃないか』
「あっ」
慌てて先輩をこちらへ向ける。
『これはなにかな?』
「い……いや、前に先輩が俺の膝の上に座りたがってたから……」
『……そうだね、僕も少し焦りすぎてしまったよ』
『でもせっかくだし、もう少し君の上にいることにするよ』
どうやら切り抜けられたようだ。
キスもしたかったが、俺に勇気が足りなかった。
しかし、先輩が俺の膝に座っているという事実だけで、俺はドキドキする。
しばらくして、先輩が満足したのか立ち上がり、
『そろそろ僕は行くよ、素敵なお返しをありがとう、枕木君』と言って、
どこかへ行ってしまった。
俺もそろそろ行こうと、立ち上がろうとしたが、
まだ先輩の感触が残っている──。
俺はその余韻で立ち上がることができなかった──。
「水着」
『やあ』
「なんですか、先輩」
俺は今、先輩に呼び出されて、二人きりで校舎裏にいる。
『次の休みは暇かな? よかったら一緒に買い物に行かないかい?』
「はあ、まあいいですけど。なに買うんですか」
『水着だよ』
「え゛っ」
思わず変な声が出てしまった。
先輩の水着……?想像しただけで胸がドキドキする。
鼻血も出てしまいそうだ。
『そろそろ夏だろう?だから水着が欲しいと思ってね』
「は、はあ」
『あ、最初に言っておくと、今回は二人きりで行くよ』
「え゛っ」
またもや変な声が出てしまった。
先輩と水着を見るだけでも、おかしくなりそうなのに二人きり……?
俺は鼻血が出てしまう前に、顔をハンカチで押さえた。
『相変わらず君の反応は可愛いね』
「い……いやだって急に二人きりとか言われたら」
もしかしてこれは遠回しなデートのお誘いなのだろうか。
先輩ならやりそうだ。
『だって恥ずかしいじゃないか』
「はい?」
『りゅりゅは女の子だからね、異性と一緒に見に行くのは少し恥ずかしいからさ』
(先輩に恥ずかしいという感情があったのか……)
デートの誘いではなくて少しがっかりはしたが、
先輩と二人きりで行くというのなら、行かない理由はない。
俺は誘いをOKし、その日は一度別れた。
そして後日──。
「すいません、お待たせしました」
『やあ、僕もちょうど来たところさ』
『じゃあ、行こうか』
そして俺たちは水着売り場へと向かった。
向かう道中、俺にはある疑問が浮かんできた。
(先輩の水着ってどっちの性別なんだ……?)
(男? それとも女? いやジェンダーレス水着かも……)
そんなことを考えていると、先輩がこちらをチラッと見てきた。
「な……なんですか」
『どれだと思う?』
「はい?」
『君が今考えていたじゃないか、僕の水着のことだよ』
「また俺の考えていることを……」
『ふふっ、あっ着いたよ、答えはお預けだね』
先輩と話していると、いつのまにか水着売り場に着いていた。
ここには様々な水着が売っている。
可愛いもの、カッコいいもの、セクシーなものまで置いてある。
『いろいろあって悩んでしまうね。君もよかったら、僕に似合いそうなものを探してほしいな』
「えっ、いいんですか」
『一緒に来たんだから当然だよ。あっ、あまりセクシーなものはダメだよ』
「なっ、そ……そんなの選ぶわけないじゃないですか!」
『ふふっ、じゃあ探そうか』
そうして俺と先輩の水着探しが始まった。
どうやら、まず男性用の売り場を見るらしい。
「へえー、男水着にするんですか?」
『まだどんな水着を買うか決めてないからね』
「えっ、決まってなかったんですか。答えはお預けって言うから決まってると思いましたよ」
『まあいいじゃないか、おっ、これとかどうかな?』
先輩が選んだのは、少しゆったりとしたサーフパンツだ。
「サーフパンツですか、いいです……」
そう言いかけた瞬間、俺の頭をよぎったのは、
白い砂浜に佇む、サーフパンツを穿いた先輩……。
そしてその上半身は…。
「だあああああっ、せっ先輩それはセンシティブすぎますっ」
『ん?これにするなら上にラッシュガードを着るに決まっているじゃないか。枕木君はスケベだね』
やってしまった。
早とちりした結果、俺のいやらしさがバレてしまった。
『うーん、ここにはなさそうかな、次は女性用へ行くよ』
「ううっ……」
『まだ落ち込んでるのかい?ほら、行くよ』
そう言うと、先輩は俺の手を握って、女性用売り場まで連れて行った。
『やっぱり女性用の方がデザインがいろいろあっていいね。ほら枕木君、これとかどうかな?』
その水着は、タンクトップのようなデザインだった。
「俺はもっと……その肌が見えた方が……」
『やっぱりスケベなんだね』
「うっ」
その後もいろいろ探したが、先輩と俺が納得するような水着はなかった。
「なかなか見つからないですね」
『そうだね……というか探してるのは僕ばかりじゃないか』
『君にも探してほしいのだけど』
「だ、だって俺が選ぶやつはその……多分あれですから」
『露出が多いってことかな?』
「……はい」
またスケベだと思われてしまった。
もう俺はダメかもしれない。
だが次の先輩の一言は俺の予想とは違っていた。
『じゃあ一回それを選んできてほしいな』
「えっ」
『せっかく一緒に来たんだから、君の選ぶものが知りたいんだ』
「じゃ……じゃあ」
俺が選んだのはフレアビキニという、
胸の部分にフリルがついていて可愛らしい水着だ。
それに加えて、パレオという、
腰に巻いて着用する布がついているものだ。
『へえ、こういうのが君の好みなんだ』
「あっ……嫌なら全然、気にしないでください」
『それいいね、気に入ったよ。せっかくだし試着してこようかな』
「えっ」
そう言うと先輩は俺が選んだ水着を手に取り、
試着室へ向かった。
『一応言っておくけど、見たらだめだよ』
「しませんよそんなこと!」
『ふふっ、じゃあ着替えるね』
そして少し時間が経ったあと、
声が聞こえてきた。
『着替え終わったよ』
そう言ったあと、先輩は試着室のカーテンを開けた。
『どうかな?似合っているだろうか』
「すごく……すごく似合ってますよ先輩!」
黒を基調とした水着は、先輩の白い髪と合わさり、
美しい色合いに感じる。
そしておへそと肩が出ているのが、俺的には素晴らしい。
だが、パレオのおかげで露出も多すぎず、いい塩梅だ。
『あまり、こういう水着は着たことがないから恥ずかしいね』
「いやでも、いいですよ!ほんとに」
『……じゃあこれを買おうかな。だって、君が選んでくれたんだからね』
そう言った先輩の顔は、少しだけ赤く見えた。
『それと……』
「なんですか?」
『恥ずかしいから閉めていいかな』
「あっ、はい」
そして少し時間が経ったあと、先輩が試着室から出てきた。
その表情は満足そうだった。
そして俺たちはレジへ向かい、水着を買って店を出た。
『今日はありがとう、枕木君』
「自分も楽しかったですよ」
『いろいろといやらしいことを考えていたもんね』
「それは忘れてください……」
『ふふっ、じゃあまたね枕木君』
「さようなら、先輩」
そして後日──。
「先輩とプールに行けるなんて、私幸せですわ」
「はあ」
今日は先輩とプールに来ている。
竜崎もいるがまあいい、なぜなら先輩の水着は俺が選んだものだからだ。
おそらく竜崎は驚くだろう。
「おや、先輩が来たようですわ」
『ごめんね、遅れてしまったよ』
「いや、いいですよ、せんぱ……」
水着が違う。
サーフパンツの上にラッシュガードを着ている。
俺の選んだものじゃない。
「せ…先輩、あの水着はどうしたんですか!?」
『……だって』
「だって?」
『露出が多くて恥ずかしいじゃないか』
その日、俺の選んだ水着が見れることはなかった──。
「バレンタイン」のおまけ
【まくらぎ】 「俺、昨日先輩にチョコ貰ったんだ。」
【竜崎】 「そうですか」
【まくらぎ】 「羨ましいだろ」
【竜崎】 「私は先週いただいたので」
【まくらぎ】 「……」
【竜崎】 「羨ましいですか?」
先輩が俺より先に竜崎へチョコを渡していたという事実と、
竜崎に煽り返されたことにより、
俺は嫉妬と悔しさでベッドの上でのたうち回った──。