真央先輩はおとこ♂の娘    作:ろあタルト大福

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第8話 「お泊まり会&体育」

 「お泊まり会」

 

 

 俺は今、先輩の家に来ている。

きっかけは先輩の一言だった。

 

 ある日の昼休み──。

 

『突然だけどお泊まり会をしないかい?』

 

 急な先輩の発言に、俺も竜崎も驚いてしまった。

 

「せ、先輩、ちょっと突然すぎませんか?」

「ですが私、興味ありますわ」

「まあ、俺も興味はありますけど……」

『じゃあ予定を決めようか』

 

 そうして俺たちは各々の予定を確認し、

日程が決まった。

 

「というかどこでやるんですか」

『ん?僕が誘ったんだから僕の家だよ』

「真央先輩のお家……最高ですわっ」

 

 竜崎のテンションが上がって変な感じになっているが、

俺には一つ疑問があった。

 

「先輩、お姉さんは他人が家に泊まっても大丈夫なんですか」

『聞いたけど大丈夫と言ってたよ。君と会ってから少し社交的になったみたいだね』

 

 そう言った先輩の表情は、少し嬉しそうだった。

そして少し時が経ち、お泊まり会当日──。

 

『やあ、待っていたよ』

「お邪魔します、先輩。お手土産ですわ」

「あっ、先輩、俺も手土産持ってきました」

『ふふっ、ありがとう、さあ入って』

 

 相変わらず綺麗な家だ。

竜崎は先輩の家に来れて嬉しいのか、

目を輝かせている。

すると奥から人が現れた。

 

「あっ、遊星くんだ」

「リオさ……」

 

 その瞬間、先輩からのとてつもない気配を感じた。

先輩の表情はにこやかだが、なにか圧を感じる。

 

「……お姉さん、こんにちは」

「えへへ、リオでいいのに、あっ、こっちが竜崎さんかな」

「初めまして、お姉さん。私、竜崎竜奈と申します」

「わ……私はリオだよ〜、よろしくね、へへへ……」

 

 付き合いは短いが、リオさんが初対面の人と話せているのに、

成長を感じてしまった。

俺の時は家から帰ってほしそうにしていたというのに……。

 

『そしたらなにをして遊ぼうか……そうだ、あれがいいかな』

 

 そう言うと先輩は、なにかを探しに行った。

そして少しすると、なにかを持って帰ってきた。

 

「なんですかそれ?」

『人生すごろくだよ。最終的に資産が一番多い人が勝ちなんだ』

「へえー、面白そうですね」

『ふふっ、四人でやったらきっと楽しいと思うよ』

 

 そして俺たちは、すごろくを始めた。

 

『じゃあ僕からいくね、おっ10マスだ幸先がいいね』

「私は8マスです、おやマスに何か書いてありますわ」

 

 そこには「宝くじが当たった、12億もらう」と書かれている。

 

「ちょちょ、序盤から大金すぎないですか!?」

『これが人生すごろくなんだよ枕木君』

「はあ……」

「つ…次…は私の番かな……あっ9マスだ。【国家予算を着服した、100兆もらう】って書いてあるよ」

「いやいや金額の桁おかしいですよね、普通こういうのって最初は千円単位ですよね!?」

『これも人生だね、枕木君』

「それ誤魔化せてませんからね、ま……まあ最後は俺の番ですね」

 

 俺がルーレットを回すと、1が出た。

そこには「あなたの人生はここで終わりだ」

と書かれている。

 

『残念だね、枕木君はここで脱落だよ』

「えっ、これで終わりとか……まだ1ターン目ですよね」

『これも人……』

「誤魔化せてませんからね!!」

 

 そして俺は眺めているだけで終わった。

なんてすごろくだ。

 

 その後、いろいろなゲームをしたが、

俺が勝つことはなかった。

だが悪いことばかりではない。

 

 負け続きで落ち込んでいると、先輩が頭を撫でて慰めてくれた。

竜崎がこちらを嫉妬の目で見ている。

これだけで勝った気分だ。

そんなことをしていると──。

 

『おや、もうこんな時間だね、そろそろ夜ご飯にしようか』

「マオのご飯だ〜」

「先輩、俺も手伝いましょうか」

『ん、僕は一人でも大丈夫さ、三人は遊んでてくれて構わないよ』

「真央先輩の手料理……想像しただけで最高ですわっっ」

 

 竜崎のテンションがおかしくなってしまった。

そんなこんなで三人で話をしていると、先輩の声が聞こえてきた。

どうやら料理ができたらしい。

 

「マオ〜、今日のご飯なに〜?」

『今日はボロネーゼだよ』

 

 他にもいろいろな料理が並んでいる。

一人でこれを作るなんて先輩はすごい。

 

『それじゃあいただこうか』

 

 俺たちは会話を楽しみながら、食事を楽しんだ。

竜崎は先輩の料理を食べて、もっとおかしくなると思っていたが、

食事中だからか落ち着いて上品に食べていた。

 

 そして食事が終わり、少し経ち、

俺たちが片付けを手伝っていると、

部屋にお風呂がたまったというアナウンスが流れた。

 

『おや、お風呂がたまったようだね』

「あれ、いつためてたんですか?」

『アプリを入れてあるから遠隔でためられるんだよ』

「へえ〜」

『さてと枕木君』

「なんですか先輩」

『一緒にお風呂に入るかい?』

「えっ゛」

 

 俺はその言葉の衝撃に気絶しかけてしまった。

はたして俺はどうなってしまうのだろうか──。 

 

                        

 

『一緒にお風呂に入るかい?』

 

 俺はその一言でフリーズしてしまった。

先輩と一緒にお風呂など、俺には刺激が強すぎる。

少し経って、ようやく俺は口を動かすことができた。

 

「は……はは、先輩の冗談は面白いですね、はは……」

『……』

 

 先輩は何も言わなかった。

ただ無言で、こちらを見つめている。

その表情はまるでなにかを期待しているようだった。

 

 まさか冗談じゃないのか?そう思い始めると竜崎が、

「入浴の順番はどうしましょう?」と言い、

先輩の視線が竜崎へ移った。

 

 俺が今のは冗談なのか、本気だったのかを考えていると、

どうやらお風呂の順番は、じゃんけんで決めることになったらしい。

そして竜崎→リオさん→先輩→俺の順番になることが決まった。

 

 じゃんけんでも負けてしまうなんて、

今日の俺はとことんゲームが弱いらしい。

 

 そして竜崎がお風呂へ向かった。

俺は竜崎がお風呂に入っている間に、

さっきのことを先輩に聞くことにした。

 

「先輩」

『ん〜?どうしたのかな』

「さっきのは冗談ですよね……?」

『半分冗談だよ』

「えっ、あ……あと半分は」

『君が「はい!」って即答したら一緒に入ろうかなって』

「えっっ」

 

 俺は即答しなかったのを少し後悔したが、

竜崎もリオさんもいるのに一緒に入るのは、

冷静に考えて危険だと思い直した。

 

『まあ、またいつかね』

「それは……?」

『冗談だよ』

 

 そのあと、先輩と会話を楽しんだり、

いつのまにか寝ていたリオさんを起こしたりしていると、

竜崎がお風呂から上がり、眠たげなリオさんがお風呂へ行った。

 

「先輩、お風呂ありがとうございました」

『りゅりゅはきちんとしてるね』

 

 そのあと、なにやら先輩と竜崎はスイーツやらのことを話している。

混ざりたいが、俺は話に入れるほど詳しくないので、

部屋の隅っこでじっとしていた。

 

 そしてリオさんがお風呂から上がり、先輩が入っていった。

するとリオさんがこちらを、じーっと見つめてきた。

 

「な……なんですか」

「リオって呼んでほしいな……」

「えっ?」

「今ならマオがいないから……言っても大丈夫だよ」

「はあ……」

 

 俺が名前を言おうとすると、竜崎が無表情で見てきた。

 

「な……なんだよ竜崎」

「先輩には言わないのに、お姉さんには言うんですのね」

「ベ……別に、竜崎には関係ないだろ」

 

 するとリオさんが「んむぅ……」と鳴き声のような音を発した後、

俺の膝の上に座ってきた。

 

「マオにも言ってあげないとダメだよ〜」

「なっ、リオさんまで……」

「二人きりの時でいいから、言ってあげてね……」

 

 そう言うと、リオさんは俺の膝の上で眠った。

 

「お姉さんの言う通りですね」

「……というか竜崎はなんでそんなこと知ってるんだよ」

「たまに先輩がメールで送ってくるんです」

 

 俺はそうだったのかと思い、今度こそ二人きりのタイミングで、

言おうと心の中で誓った。

そんなことを思っていると、先輩がお風呂から上がってきた。

 

『やあ、最後は枕木君だね』

「あっ、じゃあ入ってきますね」

 

 俺は先ほどまでの話を先輩に表情から察されたくなかったので、

膝の上のリオさんをそっと先輩に預けて、そそくさとお風呂へ向かった。

 

 先輩の家のお風呂は綺麗でお湯も気持ちよかったが、

俺は先輩と二人きりの時に名前を言えるだろうかと考えていたので、

あまり心は休まらなかった。

 

 それから、急に先輩がお風呂に入ってこないだろうかと、

妄想をしたりしたが、特になにも起こらず、

俺はお風呂から上がった。

 

 少し遊んだあと、歯磨きを済ませて就寝時間になった。

先輩とリオさんは自分の部屋、

俺と竜崎は、普段使っていない空き部屋で寝ることになった。

 

 使っていない部屋にもベッドとちょっとした机が置いてあり、

先輩の家の凄さを感じる。

そして先輩がリビングの電気を消し、各々の寝室へ向かった。

 

 ──俺はすぐ寝ようとしたが、なかなか眠れない。

先輩の名前のことを考えているからだろうか。

 

(俺は……二人きりの時に、名前を呼んであげれるんだろうか……)

 

 そう考えていると、ドアがノックされた。

なんだと思い、鍵を開けると、そこには先輩がいた。

 

『やっぱり起きてたね』

「起きてたって……そりゃノックされたら起きますよ」

『……それもそうだね』

「というかこんな時間になんですか」

『君と話したいなって』

 

 とりあえず俺は先輩を部屋に入れ、電気をつけた。

 

「話ってなんですか」

『僕がお風呂に入っている時、僕の名前のこと話してたでしょ』

「えっ、なんでそれを……まさか竜崎が」

『ん?違うよ。君の顔で分かっただけだよ』

 

 俺は表情に出していないつもりだったが、

どうやらバレていたようだ。

 

『何回か言ったけど、無理して言わなくていいんだよ。僕も無理して言われても嬉しくないしね』

「……すいません、気を遣わせちゃって」

 

 先輩にこんなことまで言わせてしまって……俺は最低だ。

 

「先輩も俺なんかに構わず、部屋に戻っても大丈夫ですよ……」

『……いてて、急に足を痛めてしまったよ』

「どうしましたか?」

『この痛みじゃ僕は自分の部屋に戻れないね』

「痛いなら自分が運びますけど…」

『君と一緒の部屋で寝たら治る気がするな』

「はい??」

 

俺は先輩の急な言葉に思考が追いつかなかった。

こんなの明らかに嘘だろう。

 

「冗談……ですよね?」

『違うよ』

『君と一緒にいたいんだ』

 

 俺は、先輩のストレートな言葉に衝撃を受けた。

いつも本気かよく分からない冗談を言ったり、

直接的なことを言わない先輩の素直な言葉に……。

 

「え、あっ」

 

 言葉が出ない。

すると先輩が少し背伸びし、俺を抱きしめた。

先輩は温かい。

俺も、先輩を強く抱きしめると、

『んっ、息ができないよ枕木君』と言われてしまった。

 

「す……すいません先輩」

『いいよ、ふふっ、元気になったね』

「そ……そうですか?」

『うん、じゃあそろそろ寝ようか』

 

 そう言うと先輩はベッドの布団に入った。

 

『おいで、枕木君』

「えっ、本当にここで寝るんですか」

『さっき言ったじゃないか』

「い…いや俺は床で寝ますから、どうぞベッドは使ってください」

『……足がさらに痛くなってしまったよ。これを治すには……』

「分かりましたよ!」

 

 そして俺は先輩が待っている布団へ入った。

そこはとても温かい。

先輩の体温や身体を感じる。

 

『枕木君ってあったかいね』

「そ、そうですか?」

 

 俺は人と添い寝などしたことがない。

しかも相手が先輩なので、さらにドキドキする。

だが、不思議と落ち着いていく。

先輩のおかげだろうか。

 

「先輩」

『ん〜?』

「足が痛いって嘘ですよね」

『うん、君と一緒に寝るための口実だよ』

(先輩にしてはだいぶ下手な嘘だった気がするけど……)

「でも俺、先輩がそんなに俺のことを思ってくれて嬉しいです」

『ふふっ、そうだね』

「……ありがとうございます、マオ先輩」

 

 あんなに悩んでいたのに不思議と、自然に声が出た。

 

『……ふふっ、君はずるいね枕木君』

 

 その時の顔は暗くてよく見えなかったが、

今までの先輩の顔で、一番嬉しそうだった気がする。

そのあともいろいろと話をし、いつのまにか寝てしまった。

 

 朝起きると、先輩はいなくなっていた。

昨日の夜のことは俺の夢だったのだろうか?

そんなことを思いながら顔を洗い、歯を磨いてリビングへ行くと、

そこには先輩がいた。

 

『やあ、おはよう枕木君』

「おはようございます先輩」

『ふーん、結局その呼び方なんだね』

「えっ」

『ふふっ』

 

 昨日の夜は夢のようだったが、夢じゃない。

だが、夢のような時間だった──。

 

 

 

 「体育」

 

 

 体育の授業は嫌いじゃない。

俺は家ではあまり身体を動かさないから、動く機会があるのは楽しい。

ただし、チームでやる授業は別だ。

 

 コミュニケーションは苦手だし、

足を引っ張ったらどうしよう、

授業後に陰口を言われていないだろうかと思うと、

気分が落ち込んできて──。

 

「だから俺、今日の体育やりたくないです先輩」

 

 俺は登校時にたまたま会った先輩に愚痴っていた。

 

『君は嫌なものが多くて大変だね』

「なんとかしてくださいよ先輩……」

『無理だよ』

『そもそも今日はなにするのかな?』

「バレーボールです」

『なら他の人に任せて後ろにいればいいんじゃないかな』

「でも……だって……」

 

 確かに、後ろの方で味方に任せておけば、

こちらにボールが来ることはあまりないかもしれない。

だが低確率でもある時点で俺は嫌なのだ。

 

『君は文句ばかりだね。おや、そろそろ時間だね。まあ、頑張ってね、枕木君』

 

 そう言うと先輩は校舎へ入っていった。

俺も遅刻はしたくないので、

いやいや自分のクラスへ向かった。

 

 体育は4限目……。

俺は憂鬱な気持ちで1限目の授業を受けた。

だが、授業がまったく頭に入ってこない。

 

 どれだけ嫌がろうと避けられない体育、

それが近づいてきているという絶望感で、

俺の頭はいっぱいになってしまった。

 

そして時間が経ち──。

 

「えー、ではまず準備運動から始めます」

 

 ついに体育の時間がやってきてしまった。

ここからなにかの間違いで個人競技にならないだろうか。

そんなことを考えていると、準備運動が終わり、

チーム分けが始まってしまった。

 

 この時間も苦手だ。

周りは友人とチームを組んでいる。

だが俺に友人はいない。

竜崎が男ならば話は変わっただろうが…。

 

 女子の方をチラッと見ると、

クラスの女子とチームを組んでいる竜崎が見えた。

 

(竜崎はクラスのカーストでも上の方だもんなあ……)

(あーっ、今からでも仮病で休もうかな)

 

 なんて邪な考えをしていると、

先生から「君はこのチームね」と言われ、

俺はチームに入れられた。

 

 俺以外のチームメンバーは知り合いらしく、

楽しそうに会話をしている……俺を除いて。

 

 そしてバレーボールが始まり──。

そこからの記憶はない。

思い出したくもない。

 

『ふうん、だから落ち込んでいるんだね』

 

俺は昼休み、とにかく先輩に話していた。

愚痴ったり、落ち込んだり、とにかくいろいろ話した。

竜崎はクラス委員の仕事かなにかで来れないらしい。

こんな姿は見られたくないからちょうどいい。

 

「もういやです、今日は帰りたいです先輩」

『まだ午後も授業があるよ』

「クラスに戻りたくないです」

『戻ってね』

「もっと慰めてくださいよ……」

『えー、しょうがないね』

 

 そう言うと先輩は、俺を優しく横に倒して、

膝枕をしてくれた。

 

『これでいいかな』

「……」

『反応が薄いね、そんなに落ち込んでるのかい?』

「さっきからそう言ってるじゃないですか……」

 

 俺の心の傷は先輩の膝枕でも癒せない。

だがそれはそれとして、膝枕は続けてもらった。

 

『まあ、君の気持ちはわかるよ。僕も体育は苦手だしね』

「でもそれは先輩が体力ないだけじゃないですか」

『僕も人と話すのは苦手だよ』

「本当ですか〜?」

『ま、それくらい言い返せる元気があるなら大丈夫だね。おっと、そろそろ時間だね』

 

 そう言うと、先輩は俺の頭をそっと持ち上げ、俺を立たせた。

 

「なんですか先輩」

『君に元気をあげようと思ってね、じゃあいくよ』

 

 すると先輩が俺の背中に手を当てた。

 

「なんですかこれ」

『元気を送ってあげたんだよ』

「はあ」

『じゃあ僕は教室へ戻るよ、ばいばい枕木君』

 

 行ってしまった。

だが確かに、少し元気が出てきたかもしれない。

そして俺は先輩パワーで午後の授業を乗り切り、放課後になった。

 

 俺が帰ろうと校門へ行くと、先輩が立っていた。

 

『やあ、頑張れたみたいで嬉しいよ』

「多分、先輩のおかげですよ」

『ふふっ』

 

 そんなことを話していると、先輩の服装に違和感を覚えた。

 

「先輩、いつもと制服がちょっと違いますね」

『だってこれ、体操服だからね』

「えっ」

『最後の授業が体育だったんだ。それで疲れてしまってね、着替える気力が湧かずに、体操服の上からブレザーとスカートを着たんだ』

 

 そう言われてみると、先輩の顔が少し赤い気がする。

それと匂いも、少し汗が……。

 

『君はなにを考えているのかな』

「あっ、いやなんでもないです」

 

 先輩にバレてしまった。

 

『はあ、ふらふらするよ』

 

 先輩が少しふらついている。

本当に身体を動かすのが苦手らしい。

俺は先輩を支えて、水を飲ませた。

 

『ありがとうね、枕木君』

「いやまあ、そんな目の前でふらふらされたら」

『ふふっ、優しいんだね。と、そろそろ僕は帰ることにするよ』

「……一人で大丈夫ですか?」

『大丈夫だよ』

 

 先輩はそう言うが、俺は心配だ。

ただでさえ先輩は綺麗で、変なやつに狙われるかもしれないのに、

今のへとへとの先輩を一人で帰すのは危ない気がする。

 

「お…俺、一緒に行きますよ」

『……ふふっ、それは頼もしいね』

 

 そうして俺は先輩についていった。

すると道中、先輩がこけてしまった。

 

「だ……大丈夫ですか」

『ん、怪我はないよ、安心して』

「ならよかったですけど……やっぱりついてきてよかったです」

『そうだね』

 

 俺は、これ以上先輩を歩かせて大丈夫なのか心配になってくる。

だが俺はここで名案を思いついた。

 

「先輩、俺が抱っこしてあげます。俺は……先輩をこれ以上歩かせられません」

 

 先輩は目を丸くしていたが、少しして、承諾してくれた。

そして俺は先輩を持ち上げ、抱きかかえた。

 

 先輩との距離が近づき、より匂いを感じる。

いつもの先輩のいい匂いに汗が混じっている。

だけど、嫌な匂いじゃない。

むしろもっと嗅ぎたくなるような…。

 

『……』

 

先輩がこちらを見ている。

 

「へ……変なことなんか考えてませんからね!?」

『僕はなにも言っていないけれど…まあいいや。重くないかい?』

「まあまあです」

『……ふうん』

 

 なにかまずいことを言ったのだろうか、先輩が少し不満げな顔になった。

俺は話題を変えるために、別の話を振った。

 

「せ、先輩、一年生の時どうやって体育がある日に帰ってたんですか。こんなへとへとになるのに…・」

『体育の日だけは、お母さんが迎えに来てくれていたんだ。でも最近はお母さんが忙しいから、一人で帰っているのさ』

「はあ、そうなんですか。まあその、対策を考えた方がいいですよ先輩、毎回俺がついていけるわけじゃないんですから」

『……そうだね、考えておくよ』

 

 そんなことを話していると、先輩のマンションに着いた。

 

「着きましたよ、先輩」

『ありがとね、枕木君。おかげで助かったよ』

「じゃあ、俺は帰りますね」

『少し、待ってほしいな』

「はい?」

『あと、しゃがんでほしいな』

「はあ」

 

 俺がしゃがむと先輩が近づいてきて、

俺の頬に軽いキスをした。

 

「えっ、あっ」

『今日のお礼だよ。じゃあ、またね枕木君』

 

 俺が衝撃で止まっていると、先輩はエレベーターに乗っていった。

俺の頬にはまだ先輩の感触が残っている。

とても柔らかくて、先輩の温度を感じた。

 

 先輩には毎日、体育を受けてほしいと思った──。

 

 

  

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