未来の崩壊世界に転生したら、職業くじでハンターを引いたので旧文明を漁る 作:パラレル・ゲーマー
旧ハーモニーモールでの週次リセット調査から一夜明けた。
目覚めとともに、俺は昨日の出来事を少しだけ頭の中で反芻していた。
完全に復元された巨大なガーディアン。持ち出した部品さえも残したままの、不気味な同一性の複製。
そして何より、ナギがいたあの『白い空間』だけが、どこにも復元されなかったこと。
『戻る場所が、ない』
ナギのその言葉が、ずっと頭の片隅に引っかかっている。
だが、考えても答えは出ない。そもそも手持ちの情報が少なすぎるのだ。
「……まあ、いくら考えても仕方ないか」
俺の性格上、分からないことを延々と悩み続けるのは性に合わない。今は目の前の生活と、ハンターとしての仕事に集中するべきだ。
それに、昨日の調査立会いの報酬も口座に振り込まれていたし、旧家電量販店で稼いだ分もまだ十分残っている。身体もすこぶる元気だ。
ベッドから起き上がると、ナギもいつものように空中で目を開けた。
「ごはん」
「はいはい」
リビングで朝食を摂っていると、母さんが聞いてきた。
「今日はどうするの? 昨日も調査のお手伝いがあったし、少しは休む?」
「いや、今日は普通に周回へ出るつもりだよ」
俺がトーストを齧りながら答えると、横でナギが反応した。
「探索?」
「ああ」
「行く」
即答だった。もはや俺の探索に同行することが、彼女の中で完全にデフォルトになっているらしい。
*
朝食後、俺とナギは第十四区画のハンター協会支部へと向かった。
目的は、新しい新人周回ルートの情報を一本購入することだ。
協会に入り、いつものように受付の端末を見ていると、片桐が奥から歩いてきた。昨日の調査の疲れも少し抜けたのか、いくぶん顔色が良くなっている。
「片桐さん、おはようございます。今日のルートなんですけど」
俺が声をかけると、片桐は俺とナギを見てから、無慈悲に言い放った。
「お前には、もう新人ルートは売らん」
「…………」
俺は少しの間、思考が停止した。
「また休めってことですか?」
「違う」
「じゃあ何で!?」
「卒業だよ」
片桐が平然と言う。
「……何をですか?」
「新人ルートをだ」
「卒業?」
ナギが首を傾げる。
「学校じゃないぞ」
「悠真、卒業する?」
「俺にもまだよく分かってない」
俺たちがポカンとしていると、片桐がため息をついて説明を始めた。
「いいか。お前ら新人に割り当てられる『新人周回ルート』ってのは、新人に手っ取り早く安全に稼がせるための、ただの高効率な狩場ってわけじゃねえんだよ」
「じゃあ、何なんですか?」
「目的は、外の世界の歩き方を覚えること。ライフルに慣れること。AR誘導に従うことに慣れること。リポップ地点の安全な回収方法を覚えること。そして何より、危険を見たら引き返すことと、一人でゲート外へ出てちゃんと生きて戻ってくる経験を積ませることだ」
なるほど、確かにそうだ。初日に銃を渡されて放り出された俺が、なんとかここまでやってこれたのは、安全な新人ルートという揺り籠があったからだ。
「だから、あそこは危険度が低く設定されてるし、協会や警備隊が定期的に巡回して、危険な自律機械や大型の崩落箇所なんかを事前に排除・封鎖してる」
「つまり、新人ルートはある意味、協会が管理してる安全な資源採取場ってことですね」
「そういうことだ。当然、維持コストもかかってる」
片桐はそこで言葉を切り、ジト目で俺を睨んだ。
「そこをだ」
「はい」
「お前みたいな規格外の奴が、二時間でインベントリの九十八パーセントまで根こそぎ埋めて帰ってくると、他の新人が回る時に取るものがなくなって困るんだよ」
「…………」
「言われてみれば、確かに」
「重い物も、高い所にある物も、崩落で遮られた向こう側にある物も、お前の念動力なら全部ノーリスクで取れるだろ」
「まあ、取れますね」
「だから卒業しろ」
完全な出入り禁止というわけではないだろうが、新人でも安全に取れる物資を、能力持ちの俺が独占する理由はない。
「お前ならもう、もっと危険で、もっと稼げるところへ行け」
「……なんか、急にハンターっぽくなってきましたね」
「お前はもう立派なハンターだよ」
この世界なので、大袈裟な昇格試験や卒業式なんてものはない。
一定回数、登録ルートから無事に帰還し、最低限の戦闘と事故対応能力があることを協会担当者が認めれば、一般探索ルートの情報を購入できるようになる。
俺は条件自体はすでに満たしていたが、突然現れたナギの扱いも含めて、片桐が判断を少し保留していたらしい。
「一般探索ルートって、新人ルートと何が違うんですか?」
「既知の登録ルートであることに変わりはない。未踏の地へ行けってわけじゃないからな。ただし、安全確認の頻度は極端に低い。危険な旧文明の自律機械も普通に徘徊してるし、リセット地点によっては自律機械まで復元される。一本道じゃなく枝道が多いし、崩落や地形変化も日常茶飯事だ。コロニー警備隊の巡回範囲からも遠くなるから、何かあっても救援まで時間がかかる」
片桐が脅すように言うが、最後に付け足した。
「その代わり、手に入る物資の価値は新人ルートの比じゃねえ」
「……どんなところがあります?」
俺が身を乗り出すと、片桐は「食いつくと思ったよ」と笑って端末を操作した。
画面にいくつかの候補が表示される。
《旧地下鉄第十二駅区画》
狭く立体的な構造。旧電力設備や電子部品が出るが、一部が浸水しており、小型自律機械の巣になっている。
《旧医療機器保管区》
医療設備という超高価な物資が出るため非常に人気が高く、他のハンターとの回収競争が激しい。汚染区域も存在する。
《旧北部データセンター》
記録媒体や演算機器など、インベントリの容量単価が非常にいい。ただし、警備システムが未だに生きており、かなり手強い。
《旧東部第六物流センター》
大型の産業用倉庫。産業用バッテリー、工作機械部品、制御装置、大型モーターなどが出る。大型物資が多数。危険度:中。
《旧北部データセンター》はかなり魅力的だった。
小型で高額な部品や記録媒体が中心なら、今のインベントリでも効率よく稼げる。
だが、俺の目が止まったのは別の場所だった。
《旧東部第六物流センター》。
普通のハンターなら、重量や運搬の問題で諦めるような大型の産業部品が大量にある。
俺にとって、重量はほとんど制約にならない。
「……これですね」
俺は《旧東部第六物流センター》を指差した。
「やっぱそれ選ぶか」
理由は明白だ。俺の念動力と相性が良すぎる。
他のハンターなら重すぎて持って帰れないような大型の産業用部品を、俺なら重量を無視して回収できる。
「でも、その前に一個問題がある」
片桐が真剣な顔をした。
「何です?」
「お前のインベントリの容量だ」
「…………」
痛いところを突かれた。
念動力がいくら便利で重量を無視できても、インベントリキューブの『収納容積』そのものは増えない。旧家電量販店でも、二時間ほどで九十八パーセントまで埋まってしまった。
物流センターは大型物資が多い。重量はどうにかなっても、体積まではどうにもならない。
「もっと大きいインベントリって、ないんですか?」
「あるぞ」
俺は目を輝かせた。
「マジですか!」
「高いぞ」
「…………」
協会端末の装備カタログを見せてもらう。
現在俺が使っているのは、新人支給用の【標準型】。壊れにくく維持費も低いが、容量は最小クラスだ。
その上に、【中容量型】というモデルがある。現在の約三倍の容積が収納でき、外寸は一回り大きい程度。
さらに上には【大容量型】、あるいは車両や物流業者向けの【業務用収納装置】などがあるが、ハンターが腰につけるレベルではない。
俺は【中容量型】の価格を見た。
「…………」
もう一度、桁を確認する。
「…………」
「どうした?」
「片桐さん、これ、桁間違ってません?」
「合ってる」
「高っ!?」
「当たり前だろ。空間圧縮装置だぞ。普通の服や鍋と同じ値段で売れるわけねえだろ」
一般の日用品はコロニーの工場で大量生産できる。だが、高性能な空間収納装置は、高精度な部品や特殊な制御装置、現在では量産しづらい旧文明規格の部材を必要とし、限られた設備でしか生産・修理ができない。だから桁違いに高いのだ。
新人ルートの平均的な稼ぎなら、何十回も回らなければ手が届かない額だ。
だが、一般探索ルートで高価な産業部品を回収できれば、数回から十回程度の『当たり』を引けば届くかもしれない。
「……まあ、現実的ではあるな」
「だから働け」
俺の中で、初めて明確な『装備更新』の目標ができた。
今までは、渡された装備で死なないように探索するだけだった。だがこれからは、自分で稼いで、より良い装備を手に入れる。
よし、まずは中容量型インベントリを買う。それが俺の短期目標だ。
「中を大きくすればいい」
ナギが不意に言った。
「またそれ言うのかよ!」
「何の話だ?」
「旧家電量販店でも、こいつに同じこと言われたんですよ」
「私なら、できるかも」
「やめろ」
俺は即答した。
「どうして?」
「めちゃくちゃ高い精密機械なんだよ! お前が変なことして壊したら、洒落にならないからな!」
「壊さない」
「今も自分が何者か分かってない奴の『壊さない』を信用できるか!」
ナギが少し不満そうに唇を尖らせる。
「今回は相馬に賛成だ」
片桐も同調してくれた。これでナギのデタラメな解決策は封印できた。
物流センターの地図データを眺める。
巨大な倉庫、高い棚、立体的な搬送通路、壊れたコンベア、一部崩落した床。
地図を見ているうちに、俺はふと思いついた。
「……あ」
「今度は何だ?」
「そういえば俺、飛べるかもしれない」
「…………」
片桐が沈黙した。
「何です、その顔」
「お前、今度は何始める気だ」
「いや、念動力で自分自身を持ち上げれば飛べるんじゃないかって、前から思ってたんですよ」
「飛べる」
ナギが確信を持って肯定する。
「お前は黙ってろ」
片桐は頭を抱えたが、「危険だから絶対やるな」とは言わなかった。
「……外でぶっつけ本番でやって死なれるくらいなら、ここで試せ」
非常に合理的な判断だった。
俺たちは、協会裏にある荷役訓練場へと移動した。
高い天井と、荷役事故対策用の衝撃吸収床が敷かれたスペース。周囲に重量物はない。
見学者は片桐と数人の職員、そしてナギ。大袈裟な研究所での実験ではなく、ほんの二十分ほど試すだけの簡単なテストだ。
第一回。
俺は床の真ん中に立ち、自分自身に念動力をかけようとした。
普段は「あの箱を持つ」「あの棚を動かす」というように、外部の対象に向けて力をかける。
今回は、自分自身だ。
「…………」
何も起きない。
「飛ばんぞ」
「分かってます!」
自分を『物』として掴む感覚が分からないのだ。手だけか? 身体全部か? 服や装備は含めるのか?
「俺って、どこまでが俺なんだ?」
「今ここで哲学始めるな」
ナギが横から助言をくれた。
「悠真を、持つ」
「それが分かんないんだよ」
「私は、私を浮かせてる」
「お前のやり方は感覚的すぎて参考にならねえんだよ」
でも、『自分の身体全体を一つの塊として認識して掴む』というイメージはなんとなく掴めた。
第二回。
足先から頭のてっぺん、着ている服から背負ったライフルまで、すべてをひっくるめて「相馬悠真」という一つの対象として認識する。
そこに、グッと力をかける。
——フワッ。
靴底が、衝撃吸収床から数センチ離れた。
「…………」
「浮いたな」
「浮いた」
「浮いた!」
十センチ。二十センチ。五十センチ。
ゆっくりと空中に上がる。出力は全く問題ない。数トンの機械を動かせるのだから、俺の体重と装備の数十キロ程度なら余裕がある。
むしろ、勢いよく天井に激突しないように、弱く力をかける方が難しかった。
ナギがスーッと横に並んできて、俺と同じ高さで静止した。
「おそろい」
「お前は最初から標準装備だろ」
「悠真も、浮いた」
ナギは少しだけ嬉しそうに目を細めた。俺も悪い気はしなかった。
次は横への移動だ。
上下は簡単だが、前へ進むのはどうだ。
俺は念じ、空中で前進しようとした。
スーッ。
「おお——」
身体が前に進む。だが。
足元はそのままに、上半身だけが先に引っ張られるように前のめりに傾いた。
「うわっ!」
バランスが完全に崩れ、顔面から床に落ちそうになる。
落ちる直前。
ナギがフワリと近づき、俺の手首をガシッと掴んだ。半透明のはずなのに、本人が「掴む」と意思を持てば、しっかりとした感触がある。
「大丈夫?」
「……助かった」
「手、離す?」
俺の身体はまだ空中で斜めに傾いている。
「……もうちょっとだけ待ってくれ」
「何イチャついてんだ。真面目に練習しろ」
「イチャついてません!」
俺はすぐに姿勢制御の問題を理解した。
ただ身体を前へ引っ張るだけでは駄目なのだ。重心、身体の角度、慣性。それらすべてを意識して制御しなければならない。
だが、俺の念動力はすでにかなりの精密操作が可能になっている。コツさえ掴めば早かった。
五分後にはゆっくりと直進できるようになり、十分後には方向転換もできるようになった。
十五分後には上昇と下降を交えながら移動できるようになり、二十分後には歩くのと同じくらいの速度なら安定して飛べるようになった。
「……お前、本当に数日前に能力を貰ったばっかりなんだよな?」
片桐が信じられないものを見る目で言った。
「俺もそこが一番怖いんですよ」
「一回、能力を切れ」
「え?」
「落ちた時に、空中で自分を拾い直せるか確認しろ。外で失敗してからじゃ遅いからな」
高さ一メートル程度で、俺は念動力をスッと解除した。
ストン。
重力に引かれ、身体が落ちる。
俺は反射的に、空中で再び自分自身を『掴んだ』。
床まで二十センチのところで。
ピタッ。
完璧に静止した。
「おお……!」
そのまま静かに床へ着地する。
「それなら、低空での使用なら問題なく使えるな」
片桐は飛行を禁止しなかった。
「ただし、いきなり高層ビルの屋上まで飛んで、集中を切らして落ちて死んでも知らんぞ」
「やりませんよ!」
「お前なら、好奇心でやりそうなんだよ」
低空で使う分には、もう十分実用になる。
ただし、急加速や高速飛行、急旋回はまだ試していない。高高度まで上がるのも、今の俺には怖すぎる。
能力そのものの限界ではなく、単純に俺の操作技術の問題だ。練習すれば、もっと高く、速く飛べるようになるだろう。
「これなら、崩落した床とか、階段がない場所とかも普通に越えられますね」
「……また一つ、ハンター向きの能力に磨きがかかったな、お前」
高所の商品、縦穴、崩れた橋、水場。対応できる状況が一気に増えた。
「一緒に飛べる」
ナギが嬉しそうに言う。
「まだお前みたいに自然じゃないけどな」
「教える?」
「お前は感覚で全部済ませるから、教師には向いてないと思うぞ」
「そう?」
*
訓練を終え、俺たちは協会カウンターへ戻った。
一般探索ルート《旧東部第六物流センター》の詳細情報を確認する。
コロニーから約六キロ。途中までは比較的安定した道路が続く。
地上三階建ての巨大な倉庫棟で、一部が別地域の工業地帯と空間接続を起こしている。
推奨人数は【2〜4名】。
「俺たち、二人いますよ」
俺が言うと、片桐はナギを見た。
「そいつを一人に数えていいのか、まだ世界の誰も分からん」
「一人」
ナギが主張する。
「そういう意味じゃねえ」
単独での進入が禁止されているわけではない。
俺には数トン級の念動力があり、ライフルがあり、低空飛行もできる。ナギも同行する。
片桐としても、もはや俺を『普通の新人一人』としては見ていないようだ。
ルート情報料を支払う。新人ルートの数倍の値段がした。
「情報だけでこんなに取るんですか?」
「安全確認、地図の更新、敵の配置情報、リポップの記録が全部込みだ。命の値段だと思え」
納得だ。
「よし、じゃあ今から——」
「待て」
「え?」
「一般ルートの初日くらい、地図を全部頭に入れてから行け」
片桐は俺を止め、一時間ほどかけてルートデータの確認を行わせた。
「ここの東棟には入るな」
「理由は?」
「床が三回も落ちてる。地盤が安定してねえ」
「了解」
「ここの自律搬送機は、近づくと突っ込んでくるようにプロトコルが狂ってる」
「壊していいですか?」
「回収できるなら、むしろ壊せ」
崩壊世界らしく、ひどく実務的なアドバイスだった。
新人ルートより危険だ。だが、物資もいいし、地図も広いし、分岐も多い。
俺の中で、探検へのワクワク感が抑えきれなくなっていた。
「ここ、大きい」
ナギも地図を覗き込んで言った。
「物流センターだからな」
「いっぱいある?」
「たぶん。ただし、高いやつから優先的に拾うぞ」
「私も探す」
旧家電量販店で高密度記憶素子を見つけた経験からか、ナギも二人で探索するという意識が強くなっている。
*
翌朝。
俺はライフルを背負い、母機とインベントリキューブを確認した。
南第三ゲートの警備員は、もう俺とナギのコンビに完全に慣れていた。
「おはよう。今日はどこだ?」
「旧東部第六物流センターです」
警備員が一瞬、顔を上げた。
「新人ルートじゃないのか」
「昨日、卒業しました」
「早いな」
巨大な扉が開く。
いつもの崩壊世界だ。でも、ARコンタクトに表示される目的地が違う。
これまでは【新人周回ルート】という文字が必ず付いていた。
今日は違う。
【一般探索ルート:旧東部第六物流センター】
初めて、《新人》という二文字が消えた。
「悠真」
「ん?」
「おめでとう」
俺は一瞬だけナギを見て、それから笑った。
「……ありがと」
歩き出そうとして、思い直す。
足元に念動力を集中させる。
フワッ。
地面から二十センチほど浮き上がり、そのまま前へ滑るように進む。
まだ歩くのと同じくらいの速度しか出ないが、確実に前へ進める。
ナギが横にスッと並んできた。
「悠真、おそろい」
訓練場では茶化して返したその言葉に、今度は素直に頷いた。
「……そうだな」
二人で地面から少しだけ浮いたまま、初めての一般探索ルートへ進んでいった。
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