未来の崩壊世界に転生したら、職業くじでハンターを引いたので旧文明を漁る   作:パラレル・ゲーマー

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第6話 生まれた時から、私は全知全能だった

 生まれてきた時から、私は全知全能だった。

 知りたいと思えば、どんなことでも知ることができた。

 やりたいと思えば、大抵のことはその通りになった。

 世界の法則も、時間の流れも、物質の形も、私が「そうなる」と思えば、何の抵抗もなく書き換わった。

 私はそれが、何か特別なことだとは、長い間まったく気づいていなかった。

 なぜなら私は、世界中の人間はみんな、私と同じことができるのだと信じて疑わなかったからだ。

 

 私が生を受けたのは、一九九九年の七月だったらしい。

 らしい、というのは、当時の私がまだ「暦」や「年号」という概念に興味を持っていなかったからだ。

 外では蝉がけたたましく鳴いていて、部屋の中はエアコンの冷たい風が循環していた。

 私は母親の腕の中に抱かれ、少し離れた場所では父親が分厚いブラウン管のテレビを眺めていた。

 テレビの中では、「恐怖の大王」「人類滅亡」「ノストラダムスの大予言」といった言葉が、不安を煽るような仰々しい音楽とともに繰り返し流れていた。世紀末がどうのこうのという特別番組だったと思う。

 私はその言葉に、特に興味を持たなかった。

「恐怖の大王」。ずいぶん大げさな名前だと思っただけだ。

 ただ、テレビの中の人間たちが本気で人類滅亡を心配しているのを見て、数日後に世界が滅びるのかどうかだけは少し気になった。

 だから、それだけを知ろうと思った。

 少なくとも、数日後に人類が滅亡することはない。

 それで十分だった。

 私はあくびを一つして、そのまま母親の腕の中で眠りについた。

 

 私が少し大きくなって、三歳くらいの頃。

 母親が、色鮮やかな動物の絵本を読んでくれたことがある。

「これは、キリンさんよ。首が長いの」

 私は絵本の中の、黄色と茶色の模様をした動物の絵を見つめた。

 これは何だろう、と思った。

 その瞬間。

 その動物の正式な学名、生息している地域、食べている植物の種類、平均的な寿命、首が長い理由の進化論的仮説と遺伝子構造、そして今現在、地球上に何頭のキリンが生存しているかという正確な個体数。

 それらすべてが、私の意識の中に存在した。

 誰かが頭の中に直接語りかけてくるわけではない。膨大な情報量に脳が焼き切れるような感覚もない。

 ただ、目を開けば目の前に広がる景色が見えるように。耳をすませば音が聞こえるように。

 知りたいと思ったから、知った。

 私にとって、「知る」ということは、呼吸や視覚と同列の、ごく当たり前の生理機能だった。

 

 保育園に通い始めた頃。

 私は、周囲の人間たちの行動に、小さな違和感を覚えるようになった。

 ある日、先生が子供たちを集めて、紙芝居を読んでいた時だ。

 一人の男の子が、先生に向かって手を挙げた。

「せんせー、恐竜ってどうしていなくなったの?」

 先生は優しく微笑んで、「それはね、ずっと昔に大きな隕石が落ちてきて……」と説明を始めた。

 私は、首を傾げた。

 どうして、先生に聞くのだろう。

 知りたいなら、自分で知ればいいのに。

 

 また別の日。

 園庭で砂遊びをしている時、友達が空を見上げて言った。

「宇宙って、どこまで続いてるのかなぁ」

 そしてまた、先生のところへ走っていって同じ質問をした。

 私には、それがひどく奇妙な行動に見えた。

 

 ある時、お絵描きの時間に、隣の席の女の子が私に話しかけてきた。

「ねえ、これ知ってる? アニメのキャラクター」

「知ってる」

「じゃあ、このお花の名前は?」

「知ってる」

「なんで、そんなことなんでも知ってるの?」

 女の子が不思議そうに尋ねてきたので、私はありのままを答えた。

「知りたいと、思ったから」

 女の子は、きょとんとした顔をした後、つまらなそうに言った。

「……変なの」

「?」

 私からすれば、自分で知ろうとせずに、わざわざ声に出して他人に「質問する」彼女たちの行動の方が、よほど変に見えた。

 

 家に帰ってから、私は母親にその疑問をぶつけた。

「お母さん。どうして、みんな先生に聞くの?」

「それはね、自分では分からないことを、知っている人に教えてもらうためでしょう?」

「分からない?」

 私は本当に意味が分からなかった。

「知らないことが、あるの?」

 母親は、私の性質を分かっているからだろう。一瞬だけひどく困ったような、悲しいような顔をした。

 でも、彼女は決して「普通の人間には、あなたみたいなことはできないのよ」とは言わなかった。

「……生きていれば、分からないことはたくさんあるわ。だから、人に聞くのも大切なことなの」

「知ればいいのに」

「そうね。でも、学校や保育園では、分からないことは先生に聞いてもいいのよ」

「……変なの」

「そういうものなのよ」

 私は納得できなかったが、大人にはよく分からない決まりがたくさんあるのだろうと、それ以上は追及しなかった。

 

 私が「普通ではない」のは、知識だけではない。

 たとえば、キッチンの高い棚の上に置いてあるお菓子が欲しい時。

 背伸びをして手を伸ばしたり、椅子を持ってきたりする必要はなかった。

「欲しい」と思えば、次の瞬間には、お菓子は私の手の中にあった。

 お気に入りの玩具が壊れてしまった時。

「直したい」と思えば、割れたプラスチックの破片が自ら動き出し、元の綺麗な形に戻った。

 テレビのリモコンが遠くにある時は「来てほしい」と思えば手元に飛んできたし、夏の暑い日に「涼しくなってほしい」と思えば、私のいる部屋だけが秋のように快適な気温になった。雨の日に外で遊びたければ、「晴れてほしい」と思うだけで、雲が割れて太陽が顔を出した。

 

 私には、「超能力を使った」とか「魔法を使った」という感覚は一切なかった。

 手を伸ばせば物が取れる。足を動かせば前に進める。

 それと全く同じ次元で、直したいと思えば壊れた物が直り、天気を変えたいと思えば天気が変わる。

 私にとっては、自分の手足を動かすのも、世界の物理法則を書き換えるのも、大して変わらない「当たり前の行為」だったのだ。

 

 父親と母親は、当然、私がおかしな力を持っていることを知っていた。

 だが、彼らは私を神のように崇めたり、恐れて遠ざけたりはしなかった。どこかの怪しい研究所に売り飛ばすこともなく、ごく普通の娘として私を育ててくれた。

 そして、私の家には、いくつかの独特な『ルール』があった。

 

「人の物を勝手に動かさないこと」

「天気を勝手に変えないこと」

「自分で壊したものは、自分で直すこと」

「他の人が驚くようなことをしたら、ちゃんと元に戻すこと」

「いくらできるからって、何でも自分の思い通りにやっていいわけじゃないんだよ」

 

 それが、私にとっての当たり前の家庭教育だった。

 たとえば、私がうっかり手を滑らせてお皿を割ってしまった時。

「こら。自分で割ったんでしょう?」

「うん」

「じゃあ、自分で直しなさい」

「お母さんが直せばいいのに」

「あなたがやったんだから、あなたが片付けるの。それがルールでしょ」

「……分かった」

 私は渋々、床に散らばった陶器の破片を、時間を巻き戻すようにして元の皿の形に直した。

 この何気ない会話によって、私はある決定的な勘違いを強化してしまった。

 

 私は、両親にも私と同じことができると思っていたのだ。

 お母さんもお皿を直せるのだろう。ただ、私が壊したのだから責任の問題で私にやらせているだけなのだ、と。

 両親からすれば、娘の異常な能力をコントロールするための単なる躾だった。

 だから私は、母親が自分でお皿を直さないことにも、何の疑問も持たなかった。

 

 私が小学校に入学して、六歳か七歳になった頃。

 晴れた日の教室でのことだ。

 隣の席の男の子が、窓の外の青空をぼんやりと眺めながら、ふと呟いた。

「先生」

「なに?」

「空って、どうして青いの?」

 先生は黒板に文字を書きながら、どうやって子供に分かりやすく説明しようかと考え始めた。

 私は、その会話を聞きながら不思議に思っていた。

 空が青い理由なら、当然知っている。

 太陽光の波長、大気中の粒子によるレイリー散乱。知ろうと思えば、その数式から大気の組成まで全部分かる。

 だが、私にとっての疑問はそこではなかった。

 なぜ彼らは、「空は青いもの」という前提で理由を探しているのだろう。

 

 空の色なんて、変えればいいのに。

 私は窓の外を見上げた。いつも青ばかりでは退屈だ。

 今日は、赤が綺麗そう。

 そう、思った。

 

 次の瞬間。

 窓の外に広がっていた空が、真っ赤に染まった。

 夕焼けのようなオレンジ色ではない。血のように、あるいは燃え盛る炎のように、完全なる『赤』。

 それは私がいる街の上空だけの部分的な現象ではなく、私が『空』と認識した地球上の大気圏全体が、一瞬にして赤い光の波長を散乱する性質へと書き換えられた結果だった。

 

 教室が、一瞬しんと静まり返った。

 そして。

「え!?」

「せ、先生!?」

「空! 空が赤くなってる!!」

 子供たちのパニックを伴った絶叫が、教室を揺るがした。

 黒板に向かっていた先生も、振り返って窓の外を見た瞬間にチョークを落とし、絶句して立ち尽くした。

 廊下からも、他のクラスの生徒や教師たちの騒ぎ声が聞こえてくる。

 学校中が、街中が。そして、ニュースを知った世界中が、未知の天体異常か人類の滅亡かと大混乱に陥った。

 だが、その騒ぎの中心にいる私は、窓の外の赤い空を見上げながら、ただ不思議に思っていた。

 あんなに綺麗なのに、どうしてみんな騒いでいるのだろう、と。

 

 当然、学校からはすぐに親へ連絡がいった。

 学校側は、空が赤くなった原因がうちの娘だなどとは夢にも思っていない。「世界規模の異常現象が起きてパニックになっているので、念のため児童を引き取りに来てほしい」という連絡だ。

 だが、私の母親だけは、違った。

 彼女は連絡を受けるなり、エプロン姿のまま猛ダッシュで学校へ駆けつけてきた。

「お母さん」

 私は母親に駆け寄り、そのまま素直に告げた。

「私が、赤くしたの」横で先生が「……え?」と声を漏らした。

 横で先生が呆然とする中、母親は私の腕をガッチリと掴んだ。

「帰りましょう」

 母親は間髪を入れず、私を回収して学校を後にした。

 

 玄関のドアが閉まった直後。

「あの赤い空、あなたでしょう?」

「うん」

「どうしてあんなことしたの!」

「赤が綺麗だと、思ったから」

 私が素直に答えると、母親は頭を抱えて深くため息をついた。

「……すぐに戻しなさい」

「青に?」

「色だけじゃないわ。時間もよ」

「どうして?」

「みんな見ちゃったでしょう? 大騒ぎになってるから、あなたが空の色を変える前まで戻しなさい」

「分かった」

 私はあっさりと頷いた。

 世界規模の現実改変を、落書きを消させるくらいのテンションで処理する母親の態度は、今思えば相当に肝が据わっていたと思う。

 

 私にとって、時間を戻すことは簡単だった。

 空を赤くする数分前に戻ればいい。

 そう思った。

 

 世界が戻る。

 窓の外の空は青に戻り、教室の騒ぎは消え、世界中のニュースも、人工衛星の記録も、コンピュータのデータも、何もかもが事件前へと巻き戻った。

 神の奇跡のような派手な光の演出など何もない。

 ただ、私が「戻した」だけだ。

 

 ここで、私の家における重要な『ルール』が一つある。

 私が時間を戻す時、父親と母親の記憶だけは、戻さないように設定しているのだ。

 幼い頃、私が時間を巻き戻した時に、母親にこう言われたからだ。

「お父さんとお母さんの記憶まで一緒に戻しちゃったら、あなたが悪いことをした時に叱ってあげられないでしょう?」

 だから、両親だけは時間逆行後も記憶を保持している。

 学校では、隣の席の男の子が「先生、空ってどうして青いの?」と、さっきと全く同じ質問を繰り返した。

 今度は、私は空の色を変えようとは思わなかった。先生が普通にレイリー散乱の子供向けの説明をし、平和な日常が続いていった。世界中の誰も、あの恐ろしい赤い空の記憶を持っていない。

 

 放課後、家に帰ると、母親が出迎えてくれた。

「今日は、ちゃんと我慢できた?」

「うん」

「よろしい」

「でも、赤、綺麗だったのに」

「綺麗でも駄目。人が驚くようなことを勝手にしちゃいけないの」

「……分かった」

 私は言いつけを守る素直な子供だった。

 

 だが、子供ゆえに解釈を間違えることもある。

 翌朝。

 私は起きて窓を見た。

 赤は駄目だと言われた。じゃあ、他の色ならどうだろう。

 よし、緑にしよう。

 窓の外の空が、目に優しい鮮やかなエメラルドグリーンに染まった。

 数秒後。台所から怒号が飛んできた。

「こらっ!」

「?」

 母親がフライパンを持ったまま走ってきた。

「すぐに戻しなさい!」

「緑も駄目?」

「色の問題じゃないの!」

 朝食のトーストを食べていた父親が、新聞から目を上げて言った。

「空そのものを勝手に変えるなって意味だ」

「全部の色?」

「全部だ。青のままにしておきなさい」

「分かった」

 私は数分時間を巻き戻し、空を青に戻した。

 それ以降、私は本当に空の色を変える遊びをやめた。

 

 それからの数年間も、私の家ではこうした『全知全能家庭の日常風景』が繰り返された。

 たとえば七歳の時。

 家の中で玩具の飛行機を浮かせて遊んでいた。

 もっと速く。さらに速く。

 調子に乗って加速させた玩具は、私がろくに制御しようとしなかったため、そのまま家の壁をぶち抜き、棚を倒し、お気に入りのお皿を何枚も割ってしまった。

 ものすごい音を聞きつけて、母親が飛んできた。

「…………」

 瓦礫の山となったリビングを見て、母親は無言になった。

「壊れた」

「時間を戻しなさい」

「うん」

 数秒前へ。

 壁の穴が塞がり、割れたお皿が元に戻り、倒れた棚が立ち上がった。

「家の中で、あんな速度を出さないの」

「外ならいい?」

「そういう意味じゃないわよ」

 

 八歳の時。

 朝、寝坊した。

 時計を見ると、もう家を出る時間を過ぎている。学校に遅刻してしまう。

 私はパジャマのまま考えた。

 戻せばいい。時間を一時間戻そう。

 そう念じようとした時、母親に制止された。

「戻しちゃ駄目よ」

「どうして?」

「あなたが自分で寝坊したんでしょう?」

「でも、戻せる」

「戻せても駄目。自分が失敗した時は、ズルをしないで急いで支度しなさい」

「……不便」

「自業自得です」

 全能の力があっても、朝の支度は自力でやらされた。

 

 九歳の時。

 算数の宿題。ドリルに並んだ計算問題を見た瞬間、私はそのすべての答えを知っていた。だから、解答欄に答えの数字だけをサラサラと書き込んだ。

 翌日、先生に注意された。

「途中式をしっかり書きましょう」

「どうして?」

「答えが合っていても、どうやってその答えを出したのか、考え方が分かるようにするためです」

「考えてない」

「……え?」

「答えは最初から知ってるから」

 先生は困惑した顔をしていた。

 家に帰って母親にその話をすると、やはり叱られた。

「途中式をちゃんと書きなさい」

「意味がない。答えを知ってるのに」

「学校では必要なのよ。みんなと一緒にルールを守りなさい」

「学校は、不便」

「そうね。でも、書きなさい」

「……分かった」

 次の日から、私は律儀に途中式を書くようになった。もちろん、どういう計算式を書けば正解になるのかも、知ろうと思えばすぐに分かったからだ。

 

 私は、周囲から見れば「ただの少し変わった女の子」だったと思う。

 学校の先生も、友達も、政府も、世間も、私が全知全能であることなど夢にも知らなかった。

 なぜなら、私が大きな異常を起こした時は、必ず両親に叱られて時間を戻していたからだ。小さな不思議な出来事も、人前で露骨にやってしまった時は、母親の指示でこっそりと無かったことにしていた。

 だから社会の側から見れば、私は「ちょっと大人しくて、妙に物知りで、あまり質問をしない、少しマイペースで変わった子」という程度の認識でしかなかった。

 

 逆に言えば、両親だけは、私がなかったことにした無数の失敗を覚えていた。

 台風の雨を勝手に家の周囲だけ止めた日も、一度だけ家そのものを旅行先のハワイのビーチへ転移させてしまった日も、そのほか数え切れないほどの出来事も。

 それでも私の家庭では。

「またやったの?」

「うん」

「戻して」

「分かった」

 これで済んでいた。

 私は、自分が何でも知れて何でもできること自体は理解していた。

 しかし、それが「私だけの異常な性質だ」という認識は全くなかった。私にとって、人間とは誰しもが大なり小なり全知全能の力を持っているものであり、私はただ、それを少し上手に使えるだけだと思っていたのだ。

 

 なぜ全知であるはずの私が、そんな根本的な勘違いをしたまま生きてきたのか。

 それは、私の全知の性質にある。

 私の知識は、「知りたい」と思った時に初めて引き出される。逆に言えば、疑問に思っていないこと、興味を持たないことを、わざわざ自動的に調べることはないのだ。

 私には、「他の人は本当に全知全能ではないのか?」という疑問そのものが、そもそも存在しなかった。

 だから、知ろうとしなかった。

 両親も、私が失敗した時に「私たちはそんな力使えないのよ」とは言わなかった。毎回、「あなたがやったんだからあなたが直しなさい」「勝手にルールを破ってはいけません」としか言わなかった。

 だから私は自然に、「みんな力を使えるけど、大人のルールがあるからやらないだけなんだ」と思い込んだまま成長してしまったのだ。

 

 時間が進み、私は十歳になった。

 性格は、もうすっかり固まっていた。

 静かで、マイペース。何が起きても平然としている。好奇心を持ったものには素直に従い、両親の言いつけは律儀に守る。

 世界をどうにでもできる力を持っていながら、私は普通に小学校へ通い、普通に途中式を書いて宿題をし、普通に家族と夕飯を食べる毎日を送っていた。

 

 ある日の放課後。

 家に帰り、自分の部屋の机に向かった時。

 そこに、見覚えのない一枚の封筒が置かれていた。真っ白で、宛名も差出人も書かれていない、シンプルな封筒だ。

 

 誰が置いたのだろう。

 玄関は開いていなかった。両親はまだ帰ってきていないし、私自身が置いたわけでもない。

 私の世界において、「自分が知らない何かが発生する」というのは極めて珍しいことだった。

 そこに初めて、わずかな興味が湧いた。

 これは、何だろう。

 

 知りたい。

 だから、知った。

 封筒の材質、インクの成分、置かれた時間。そして、一番重要な『誰が、何の目的で送ってきたのか』という情報。

 それを知った瞬間、私の思考がほんの少しだけ止まった。

 

 この招待状は、普通の人間から送られたものではなかった。

 私と同じように、世界そのものへ手を伸ばせる存在たち。

 《Tier0》と呼ばれる、世界の法則に一方的に従うだけではない者たち。

 そして、そのTier0たちだけが集う場所——《神々の円卓》。

 だが、十歳の私にとって、そんな分類や名称はどうでもよかった。

 私が興味を持ったのは、たった一つの事実だけだ。

 

 ——私と、似ている?

 

 今まで私の世界には、家族、友達、先生、近所の人しかいなかった。

 私は彼ら全員が、自分と同じ人間だと思っていた。みんなも同じ力を持っていて、ただルールがあるから使わないだけなのだと。

 しかし、招待状の送り主について知った瞬間、私は気づいてしまった。

 これまでの人たちとは、明らかに違う『何か』がいる。

 そこで初めて、私の頭の中に『自分と似た存在』という新しい分類が生まれたのだ。

 私は、珍しく強い好奇心を感じた。

 

 リビングに降りて、帰宅した母親に封筒を渡した。

「お母さん」

「なに?」

「これ」

 母親は不思議そうに真っ白な封筒を受け取った。

「……何これ? 手紙?」

「招待状」

「誰から?」

「私と、似た人たち」

 

 母親の動きがピタリと止まった。奥の部屋から顔を出した父親も、怪訝な顔をした。

「似た人……?」

「うん」

 父親が真剣な顔で私を見た。

「危険はないのか? 変な連中に狙われてるんじゃないだろうな」

 私は、知りたいと思った。答えはすぐに出た。

「ない」

「本当に?」

「うん。大丈夫」

「ちゃんと、家に帰ってこられるのか?」

「帰れる」

 母親が、不安そうな、それでいて何かを悟ったような目で私を見つめた。

「……行きたいの?」

 私は少しだけ考えた。そして、はっきりと答えた。

「行きたい」

 私が自分から、外の世界のものに対してこれほど明確に興味を示すのは、初めてのことだった。

 

 母親は心配そうだった。でも、両親は自分たちが娘とは違うという事実を、薄々、いや明確に分かっていたのだろう。

 娘が初めて「自分と似た存在」と会える機会を、止めたくなかったのかもしれない。

「……嫌になったら、すぐに帰ってくるのよ」

「うん」

「それと」

 父親が念を押した。

「なに?」

「向こうに行っても、うちのルールは守りなさい。何か壊しても、勝手に時間を戻したりするなよ」

「?」

「相手にも事情があるかもしれないから、まずは『ごめんなさい』と謝れ。自分の力で誤魔化すな」

「分かった」

「そういう問題なのかしら……」

 母親が苦笑した。最後まで、私の両親は普通の家庭の親だった。

 

 私は自分の部屋に戻り、招待状を見つめた。

 行きたい。

 そう思った。

 その瞬間。

 家が消えた。あるいは、私の方が消えたのか。

 私にとっては、ただ「移動した」というだけのことだった。世界が歪むような大げさな演出も、光に包まれるような劇的な感覚もない。

 ただ、目を開けた時には、場面が切り替わっていた。

 

 そこは、巨大な場所だった。

 神殿と言えば聞こえはいいが、どうにも空間そのものがおかしい。

 遠近感が一致せず、柱の向こう側がどうなっているのか視覚が騙される。右の窓の外には星が輝く宇宙が見えるのに、左の窓の外には穏やかな青い海が広がっている。同じ一つの部屋の中に、昼と夜がマーブル模様のように混ざり合っていた。

 その狂った空間の中央に、巨大な円卓が置かれていた。

 

 そして、何人もの『人間』がいた。

 見た目はごく普通だ。

 皺くちゃの老人。気怠げな青年。美しい女性。小さな子供。

 お菓子を食べている者。分厚い本を読んでいる者。円卓に突っ伏して寝ている者。椅子の背もたれに逆さまに座っている者。

 神々しさなど欠片もない、バラバラの集団だった。

 

 私は、初めて彼らを見た。

 知りたい、と思った。

 そして、理解した。

 

 この人たちは、私がこれまで会ってきた人たちとは違う。

 それぞれが出来ることは違い、私のような『全知全能』と全く同じというわけでもない。

 けれど、ただ世界の法則に従うだけの人間ではない。

 世界の側に対して、自分の在り方やルールを押し付けることができる存在。

 私と、似ている。

 

 その事実を理解した瞬間。

 私の中で、逆方向からの疑問が初めて生まれた。

 

 ——では、これまで会った人たちは? お父さんは? お母さんは?

 

 私は、知りたいと思った。

 答えは、残酷なほどあっさりと分かった。

 両親も、先生も、友達も。自分と同じことは、絶対に出来なかったのだ。

 

 ああ。

 みんな、本当に出来なかったんだ。

 

 ショックではなかった。絶望もしなかった。

 ただ、「そうだったんだ」という静かな納得だけがあった。

 むしろ、十年間抱えていた小さな違和感のパズルが、ようやくすべて組み合わさったような感覚だった。

 だからみんな、自分で知らずに先生に質問していたんだ。

 だから人間は、死んだら生き返らせずに、お葬式をするんだ。

 だからお母さんは、お皿が割れても自分で直さず、いつも私に直させていたんだ。

 

 全部、繋がった。

 

 円卓に座っていた誰かが、私に気づいて顔を上げた。

「来たね」

「その子?」

「うん」

「ずいぶん小さいな」

「まだ十歳だからね」

 

 私は、円卓の彼らを見回した。

 今まで人間の社会を見ていて感じたものとは違う。初めて、自分と同じ側に立っている存在たちを見たのだ。

 

 私には、家族がいた。

 友達もいた。先生もいた。

 十年間、私はたくさんの普通の人たちと出会い、彼らの中で育ってきた。

 そして私はずっと、みんなも私と同じなのだと思っていた。

 でも、違った。

 今目の前にいる人たちは、私ともそれぞれ違った性質を持っていた。

 それでも、今まで出会った誰よりも、彼らは私に近かった。

 

 その日、私は初めて『同類』に出会った。




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