未来の崩壊世界に転生したら、職業くじでハンターを引いたので旧文明を漁る 作:パラレル・ゲーマー
私が案内されたその空間には、巨大な円卓が置かれていた。
その周囲では、私と同じ側に立つ者たちが、相変わらず思い思いにくつろいでいる。クッキーを食べている者もいれば、分厚い古書を読んでいる者もいる。円卓に突っ伏して寝ている者までいた。
神々しさなど欠片もない。
けれど、彼らが普通の人間ではないことだけは、私にはすぐに分かった。
彼らは全員、私が生まれてから十年間、初めて出会った『自分と同じ側の存在』たちだった。
「まずは、座ったら?」
円卓の中でも、比較的まともな姿勢で座っていた青年が、優しく微笑みかけてきた。
私は促されるまま、円卓の空いている席を見つめた。
座る必要はない。そう思った私は、床から少しだけ身体を浮かせ、椅子の座面の十センチほど上で静止した。
「……いや、ちゃんと椅子あるんだけど?」
青年が苦笑いする。
「座れます」
「……じゃあ、座ろうか」
「はい」
私は素直に浮遊をやめ、トンッと椅子のクッションに腰を下ろした。
「それじゃ、改めて」
青年がパンッと軽く手を叩いた。
「ようこそ。君は《Tier0》の因果律改変能力者なんだよ」
「Tier?」
「因果律改変能力者?」
聞いたことのない言葉だった。
しかし、私がその言葉に対して疑問を持った瞬間。
知りたい、と思った。
そして、即座に理解した。
因果律改変能力。
本人の意志や認識、願望、その他の固有条件を通じて、本来の因果では成立しないはずの結果を現実へ押し通す力。
Tier。
因果律改変によって成立した現実を、その魂がどれほどの規模で支えられるかを示す《魂の定数》。人類はそれを能力者の存在そのものの『格』として分類している。
Tier0からTier4までが、覚醒した能力者の実際の階位。
Tier5とTier6だけは少し違う。まだ能力を発現していない人間を管理するために、人類が便宜上、同じ番号体系へ追加した予備的な区分だった。
Tier6。
現時点では因果律改変能力の発現兆候すら確認されていない、ごく普通の人々。
そして、Tier0。
個別の能力という形を通して結果を書き換える段階を越え、自らが司る《理》そのものに権限を持つ存在。
人類の測定では、それ以上をまともに区別することすらできない領域。
「……ああ」
私は短く声を漏らした。
「分かった?」
青年が首を傾げる。
「分かりました」
「説明、まだ何もしてないんだけどね」
「知りたいと思ったので、知りました」
「……本当に、便利だねえ」
青年が呆れたようにため息をついた。
私は少しだけ考えた。
「Tier6が、普通の人々」
「そうそう」
私は円卓を見回した。
ここにいる者たちは、全員が人類からTier0と分類される存在だった。
「この人たちがいるから、世界があるんですね」
その言葉に、円卓の空気が一瞬だけ静まった。クッキーを口へ運びかけていた手も、古書のページを捲ろうとしていた指も止まる。
「……君、そこ気にする?」
青年が不思議そうに聞いてきた。
「素敵だと思います」
私が素直に言うと、青年はハハッと声を出して笑った。
「君、面白いねえ。普通、自分がTier0なんて言われたら『私そんなに強いの!?』とか、そっちに反応するもんだけど」
私にとって、自分が強いかどうかはどうでもよかった。
世界を簡単に壊し得る存在たちが、実際にはそれをせず、こうして同じ場所に集まっている。その事実の方が、私にはずっと興味深かった。
「まあ、こっちは君のこと、ずっと前から知ってたんだけどね」
青年が言った。
「そうなんですか?」
「うん。生まれた時から」
「正確には、生まれる前から知ってた奴もいるけどな」
古書を読んでいた男が、ようやく本から顔を上げ、円卓の向こう側を指差した。
全員の視線が、一人の人物に集まる。
十代後半くらいに見える、少し軽薄そうな少年。彼は《未来視の理》を司るTier0だった。
「なに?」
少年がきょとんとする。
「お前だよ」
「お前のことだ」
二方向から同時に声が飛び、少年は「ああ」と納得したように頷いた。
「どうして、私が生まれてから十年間、誰も会いに来なかったんですか?」
私が純粋な疑問を口にすると、最初の青年が答えた。
「君が生まれた時にね、十歳くらいまでは、こっちから接触せずに見守ろうって決めたんだよ」
「どうして?」
「まずは、普通の人間の世界で、普通の家庭の中で育った方がいいと思ったから」
「最初から俺らのところに連れてきたら、ろくな育ち方しねえだろ」
椅子の背もたれに逆さまに座っていた男が笑いながら言う。
私は円卓のメンバーをもう一度見回した。
クッキーの食べかすを大量にこぼしている者がいる。まだ突っ伏したまま眠っている者がいる。今発言した本人は椅子へまともに座る気すらない。
「……そうかもしれません」
「納得されると、少し傷つくな!」
円卓に軽い笑い声が広がった。
「あとまあ、幸い君が地球を破壊しようとしなくて、本当によかったよ」
青年が少しだけ本音を漏らすように言った。
「?」
「君、赤ん坊の頃から、普通に地球を割れるくらいの出力があったから」
「壊そうとは、思いませんでした」
「だから助かったんだよ」
青年は苦笑いしながら続けた。
「もし君が本気で地球を壊そうとしてたら、ここにいる全員で止める予定だったんだ」
「……止められますか?」
私が小首を傾げて尋ねると、円卓の全員が一斉に私を見た。
「…………全力で?」
逆さまに座っていた男が目を逸らした。
「たぶん?」
クッキーを食べていた女性も自信なさげに答える。
「いや、俺は嫌だぞ。巻き込まれたくない」
「俺も逃げる」
「ちょっと! 一応、止めるつもりではいたよ!」
青年が慌ててフォローを入れる。
「そうですか」
私は平然と頷いた。
「ちなみに、君が無意識に惑星そのものへ影響を出しそうになった時、何度かこっちでも裏から止めてたんだよ」
「そうなんですか?」
「そう」
たとえば、私が保育園の頃。冬の寒い日に「太陽がもっと近ければ暖かいのに」と一瞬だけ思ったことがあるという。
「アレはマジで焦った」
逆さまの男が真顔になる。
「地球の公転軌道が数秒間ブレたからな」
「私は、覚えていません」
「こっちは鮮明に覚えてるよ!」
赤い空や緑の空のように、私自身がすぐ時間を戻してしまった出来事には、彼らも基本的には手を出さなかったらしい。介入したのは、本当に地球そのものが危険になりかねない時だけだった。
その時。
先ほどから私をじろじろと観察していた、少年姿の未来視のTier0が口を開いた。
「それよりさ」
「?」
「こんなガキが、本当に世界にとんでもない繁栄を齎して、その果てに《大転移》を起こす《恐怖の大王》なの?」
空気が、ほんの一瞬だけ変わった。
「大転移?」
私はその言葉を知らなかった。未来に起きる出来事だからだ。
「お前もガキだろ」
古書を読んでいた男がすかさず言った。
「俺は見た目だけだよ!」
「こいつだって十歳だぞ」
「だからガキじゃん!」
「だからお前が言うなって話だ」
「うるさいなぁ!」
未来視の少年が頬を膨らませた。
「恐怖の、大王」
私はその言葉を口の中で転がした。
一九九九年七月。テレビ。父親が見ていた世紀末の特番。そんなものがあった。
「……あれですか」
「覚えてる?」
「少しだけ」
「自分だったみたいだよ」
「そうなんですね」
「……反応薄っ!」
クッキーを食べていた女性が思わず声を上げた。
だが、私にとっては「そうなんですね」以上の感想はなかった。
私は、「では、私は一体何をして《大転移》を起こすのだろう」とは思わなかった。
そこまで未来の出来事に興味を持てなかったからだ。
ただ、自分は未来の人間たちから《恐怖の大王》と呼ばれるらしい。そして、その前には世界へ大きな繁栄を齎すらしい。
その二つを、新しく知った事実として受け取った。
そこで、未来視の少年が突然口を挟んできた。
「それよりさ、ナギちゃん」
「?」
周囲の何人かが、「あ」という顔をした。
「ナギ?」
私は首を傾げた。
「あ」
未来視の少年が、しまったというように口を押さえる。
「私の名前は、そんな名前ではありません」
私は静かに指摘した。
「私の名前は、■■■■ですよ?」
「ああ、ごめんごめん」
少年はあっけらかんとして笑った。
「未来での君の呼び名さ」
「未来?」
少年は突然、私ではなく、私の少し後ろにある何もない空間へ視線を向けた。
「なあ、悠真君?」
「悠真?」
私は振り返った。
そこには誰もいなかった。ただ、奇妙に歪んだ空間が広がっているだけだ。
「いや、君に言ったんじゃないよ」
「誰ですか?」
「未来の人」
「?」
「気にするな」
古書を読んでいた男がため息をついた。
「こいつ、《未来視の理》を司ってるから、時々こうやって未来の奴に話しかけるんだよ」
「まともに相手しない方がいいよ」
クッキーの女性も呆れたように言う。
「たぶん今も、どこか遥か未来で、お前の記憶を夢に見てる奴に向かって話しかけてるんだろ」
「私の記憶?」
「大正解」
少年がパチンと指を鳴らす。
私には、さっぱり意味が分からなかった。
「ちゃんと聞こえてるよね、悠真君?」
少年は、私には見えない誰かへ向かって楽しそうに話しかけ続けている。
「またやってるよ」
「未来人いじめるのやめろって」
「趣味悪いぞ」
「いじめてないって。挨拶だよ、挨拶」
少年はヘラヘラと笑いながら、何もない空間へ手を振った。
「こいつ、未来のこと全部知ってるのをいいことに、すぐネタバレするからな」
「面白いじゃん」
「面白くねえよ」
「本人がまだ知らない将来の恋人とか教えるの、最高に楽しいよ?」
「最低だな」
「ねえ、悠真君?」
「やめろ!」
今度は青年まで制止に加わった。
私は、彼らの会話を聞きながら、少しだけ考えていた。
これまで私にとって、未来を知ることは呼吸をするのと同じだった。知りたいと思えば、明日の天気も、百年後の世界の形も、すべて手に取るように分かった。
だが、クッキーを食べていた女性が、呆れた顔で言った。
「未来なんて知ってても、つまらないだけだよ」
古書の男も頷く。
「物語の結末を、本を開く前に全部知ってるようなもんだ」
「つまらない?」
私は初めて、その発想に引っかかった。
今まで、私は未来に興味を持てば当然のように知っていた。
だが、「知らずに経験する」ということを、私は一度も考えたことがなかった。
何が起こるか分からない。
それが、面白さになる。
「……なるほど」
私は深く頷いた。
「では、私は今後、未来を見るのをやめます」
円卓が静まり返った。
「え?」
未来視の少年が間抜けな声を出した。
「未来について、すでに知っていることも要りません」
「ちょっと待って」
「忘れます」
私は一拍置いた。
「忘れました」
「ええええええっ!?」
未来視の少年が、頭を抱えて絶叫した。
「せっかく、ネタバレ煽り仲間ができたと思ったのに!!」
「な?」
逆さまの男が肩を竦める。
「こういう奴なんだよ、こいつは」
古書の男も呆れている。
「付き合わなくて正解」
クッキーの女性まで追い打ちをかけた。
「ひどくない!?」
少年が涙目で抗議してくるが、私は平然と返した。
「ネタバレは、つまらないので」
「そんなぁ……」
「本当に忘れたの?」
クッキーの女性が、今度は少しだけ真面目な顔で聞いてきた。
「はい」
「でも、また知ろうと思えば、いつでも知れるんじゃない?」
「未来については、知りません」
「今後も?」
「今後も知りません。二度と、思い出しません」
そう決めた。
だから、そうなった。
「……マジでやった」
「思い切りいいな、この子」
円卓の連中は、少しだけ呆れたように私を見た。
「唯一、話の通じる仲間になれると思ったのに……未来全部見てニヤニヤできる仲間……」
未来視の少年が落ち込んでいる。
「嫌です」
「即答!?」
円卓に再び笑いが起きた。
「はいはい。そこら辺にして」
青年が手を叩いて場を収めた。
「まだ傷ついてるんだけど」
「知らん。……君を呼んだ本来の理由を説明しよう」
青年が私を見て、真剣な表情になった。
「我々の目的は、一つだ」
「目的?」
「地球という惑星を存続させること」
「地球を?」
「そう」
「人類を、守ることではないんですか?」
私が尋ねると、青年は首を横に振った。
「似てるけど、同じじゃない」
横から逆さまの男が割り込んできた。
「まあ要するにだ。俺らTier0同士で、本気の喧嘩して、うっかり地球をぶっ壊さないようにしようぜって集まりだよ」
「……ものすごく雑に言えば、そうだ」
青年が頭を抱える。
「分かりやすいです」
「ほら!」
「調子に乗るな」
青年が説明を続ける。
「たとえば、時間を消し飛ばそうとする奴と、時間を完全に固定しようとする奴が本気で衝突したらどうなると思う?」
「世界の法則が、壊れますね」
「そういうこと。互いの《理》が正面から食い合えば、被害は俺たちだけじゃ済まない。だから、相互牽制と最低限のルールが必要なんだ。それが《神々の円卓》」
「別に、世界中の政治を裏から操るつもりはないよ」
クッキーの女性が言う。
古書の男もページを捲りながら続けた。
「人間同士の戦争を全部止めるわけでもない」
「誰かが不幸になるたびに、しゃしゃり出て助けるわけでもない」
「どうして?」
「全部やったら、地球が俺たちのただの『玩具』になるからな」
その言葉は、私にもよく分かった。
何でもできるからといって、何でもやっていいわけではない。
それは、父親と母親から何度も教えられてきたことだった。
「大抵の奴は普段、普通の能力者として一般社会で暮らしてるよ」
「普通?」
私は周囲を見た。どう見ても普通ではない。
「一般社会に溶け込んで、って意味! 職業を持ってる奴もいるし、家族がいる奴もいる。隠居してる奴、世界を旅してる奴、人間社会へほぼ干渉しない奴。みんな好き勝手やってる。円卓へ来るのは、本当に必要な時だけだ」
青年が私に微笑みかけた。
「だから、君もここに住めと言うつもりはない」
「そうなんですか?」
「今まで通り、家に帰っていい。学校にも行けばいいし、お父さんやお母さんと一緒に暮らしていい」
ただ、一つだけ。
「Tier0として、最低限これだけは守ってほしい。地球を壊さないこと。他のTier0と本気で衝突しないこと。そして、惑星規模の問題が起きた時は、ここへ来て話し合うこと」
「分かりました」
「それで」
青年が、私の目を見た。
「君は、これからどうしたい?」
私は少しだけ考えた。
「私は……」
*
世界が、突然プツンと切れた。
完全なる白。そして暗転。
「…………っ」
俺は、ハッと目を開けた。
見慣れた自室の天井。窓の隙間から差し込む光の具合からして、朝になる少し前の薄暗い時間帯だ。
俺はしばらく、瞬きもせずに天井を見つめていた。
頭の中には、たった今まで見ていた夢の内容が、妙に鮮明に残っている。
「……変な夢、見たな」
俺はゆっくりと首を巡らせ、横を見た。
ベッドから五十センチほど離れた空中で、ナギが相変わらず仰向けの姿勢で浮いて寝ていた。
スゥ、スゥ、と平和な寝息が聞こえる。
昨日、俺が名前を付けたばかりの少女。
「……ナギの、過去の記憶なのか?」
あまりにも具体的すぎた。
昨日まで俺が欠片も知らなかった、一九九九年という時代の空気。彼女の幼少期。そして、あの《神々の円卓》。
何よりも。
『——なあ、悠真君?』
夢の中の人物。
《未来視の理》を司るという、あの軽薄そうなTier0。
そいつが、明らかに俺へ向かって、俺の名前を呼んだのだ。
「ただの夢の登場人物に、名指しで呼ばれるって、どういうことだよ……」
普通の夢では説明がつかない。
しかも、あいつは「ナギ」という、俺が昨日付けたばかりの名前まで、遥か昔から知っていた。
俺は、無防備に眠り続けているナギを見つめた。
「……お前が、《大転移》を起こす《恐怖の大王》?」
現在の、この崩壊した世界。
学校の授業で習った、世界中の空間を滅茶苦茶に繋ぎ合わせ、旧文明を崩壊させた未曾有の事件。
夢の話が本当に過去の記憶なら、目の前で寝ている少女は、その《大転移》に深く関わっていることになる。
しかも、それ以前には世界へ途方もない繁栄を齎すのだという。
普通なら、もっと恐れるべきなのかもしれない。
あるいは、旧世界を壊した元凶として憎むべきなのかもしれない。
俺は、ナギの寝顔をじっと見た。
口元は緩く開き、ひどく平和そうだ。
昨日は俺の作った炒飯を大盛りで二杯も平らげ、母さんの夕食を「おいしい」と言って食べた。
俺が付けた名前を何度も確認して、最後には「ありがとう」と言った。
そして今は、俺の部屋で、なんの警戒心もなく無防備に眠っている。
「…………まあ、どうでもいいか」
世界がどうして今の形になったのかは気になる。
ナギが何をしたのかも、当然気になる。
でも、それとナギを憎むかどうかは別の話だ。
俺は二十一世紀の日本から転生してきた。
確かに、現在の世界は崩壊している。外は危険で、ハンターなんていう命懸けの職業があり、空間は歪み、旧文明の遺物が転がっている。
それでも俺は十五年間、この世界で育った。
愛情深い父さんと母さんがいる。くだらないことで笑い合える友人がいる。
ここは、今の俺にとっての故郷だ。
昔の世界の方が正しかったと言われても、今の世界を消して元に戻してほしいなんて思えない。今の世界しか知らず、ここで生きている人間だって大勢いるのだ。
「……ごはん」
不意に、ナギが口をモゴモゴと動かして寝言を言った。
「…………」
俺はしばらく黙って、その寝顔を見た。
「……まあ、起きたら朝飯にするか」
過去に何をした存在だろうが、今の俺にとっては、昨日拾って名前をつけたナギだ。
あいにく、俺は今の世界が結構好きなんだから。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!