『神様の手違いで死んだ社畜、異世界で《創造》の力を手に入れる』 作:やのちてぇ
人生というものは、思い通りにならない。
そんなことは、二十五年も生きていれば嫌というほど分かっていた。
「……疲れた」
天野零は、誰もいない夜道を歩いていた。
時刻は午前一時を過ぎている。
街灯に照らされたアスファルトを、重たい足取りで進む。
今日も残業。
昨日も残業。
たぶん明日も残業だ。
高校を卒業して就職してから七年。
最初の頃は、「社会人ってこんなもんか」と思っていた。
朝起きて、会社へ行く。
上司に怒られ、仕事を押し付けられ、昼飯を適当に済ませる。
また仕事をして、定時を過ぎても帰れない。
ようやく会社を出る頃には、外はすっかり暗くなっている。
家に帰って飯を食って、風呂に入って、寝る。
そして、また朝が来る。
「……俺、何のために働いてんだろ」
独り言が夜の街に消えていく。
別に、人生が特別不幸だったわけじゃない。
高校時代もそうだった。
クラスの中心にいるような、一軍と呼ばれる連中ではない。
かといって、誰とも話さないような人間でもない。
休み時間には友達と話すし、行事にも普通に参加した。
言うなら……二軍。
それくらいの立ち位置だった。
卒業してからは、そんな友達ともほとんど連絡を取らなくなった。
今でも連絡を取るのは、一人だけ。
ゲームで知り合った友人だ。
顔を合わせたことすらない。
それでも、不思議と気が合った。
仕事の愚痴を言えば聞いてくれる。
くだらないことで笑える。
夜中までゲームをして、次の日に二人して寝不足になる。
零にとって、そんな時間だけが仕事を忘れられる瞬間だった。
スマホが震えた。
『今日も残業?』
友人からのメッセージだった。
零は苦笑しながら返信する。
『そう。お前は?』
『俺は定時。勝ち組です』
『死ね』
『ひどくね?』
思わず笑った。
こんなくだらないやり取りが、零は好きだった。
だからこそ――
『帰ったら一戦やろうぜ』
そのメッセージを見たとき、少しだけ元気が出た。
『了解。あと30分くらい』
そう返して、零は歩き続けた。
このときの零は知らなかった。
これが、最後のメッセージになることを。
◆
「ただいま……」
誰もいない部屋に声をかける。
当然、返事はない。
零はコンビニで買ってきた弁当をテーブルに置き、着替えることもせずに椅子へ座った。
「……疲れた」
今日何度目か分からない言葉を呟く。
スマホを見る。
友人からメッセージが届いていた。
『先にログインしてるわ』
『おけ』
短く返して、ゲーム機の電源を入れる。
画面の中には、いつものキャラクター。
そして、その頭上には自分で付けた名前が表示されている。
――アストレア。
特に深い意味はない。
昔、適当に付けた名前だった。
それがいつの間にか、何年も使い続けることになった。
「よし……」
ヘッドセットを装着する。
『遅ぇぞ社畜』
「うるせぇニート」
『誰がニートだ』
「じゃあ働け」
『働いてるわ!』
くだらない会話。
いつも通りのゲーム。
いつも通りの夜。
それが楽しかった。
だから、ゲームを終えた頃には午前二時を回っていた。
『じゃあまた明日な』
「ああ。また明日」
通信を切る。
零はベッドに倒れ込んだ。
「……明日も仕事か」
天井を見上げる。
スマホを見る。
午前二時十三分。
「寝よ」
目を閉じる。
そして――
世界が、白くなった。
◆
「…………ん?」
零は目を開けた。
真っ白だった。
「……?」
起き上がる。
床がない。
壁もない。
天井もない。
ただ、どこまでも続く真っ白な空間。
「……夢?」
頬をつねる。
「痛っ」
夢ではない。
「え?」
混乱していると、背後から声がした。
「……あの」
「うわっ!」
振り返る。
そこには、一人の男が立っていた。
白い服。
長い髪。
穏やかな顔。
どう見ても普通の人間ではない。
そして、その男は――
いきなり土下座した。
「本当に申し訳ございません!!」
「…………」
零は固まった。
「え?」
「本当に、本当に申し訳ございません!」
「いや……ちょっと待って」
「私の完全なミスです!」
「何の?」
「あなたを殺してしまいました!」
「…………は?」
数秒。
沈黙。
「……俺を?」
「はい」
「殺した?」
「はい……」
「…………」
零は頭を抱えた。
「ちょっと待ってくれ」
「はい」
「俺、寝たよな?」
「はい」
「寝て……死んだ?」
「はい」
「なんで?」
「私が間違えました」
「…………」
零は深く息を吐いた。
「意味分かんねぇよ」
「本当に申し訳ありません!」
「いや、謝られても……」
男は顔を上げる。
「私はこの世界を管理する神です」
「神……」
「はい」
「じゃあ俺、本当に死んだの?」
「はい」
「……何歳まで生きる予定だった?」
「本来なら、八十歳を超えるくらいまでは」
「…………」
零は遠い目をした。
「五十年以上、残ってたじゃん……」
「はい……」
「長ぇよ……」
怒る気力すら湧かなかった。
それよりも、頭の中に浮かんだのは――
明日の仕事。
上司。
大量の書類。
終わらない残業。
「……まあ」
零は小さく呟いた。
「もう仕事行かなくていいんだよな」
「…………はい?」
「いや」
少しだけ笑う。
「そう考えたら、別にいいかも」
「よろしいのですか!?」
「よくはないけど……」
零は肩をすくめた。
「死んだもんは仕方ないだろ」
神は驚いた顔をしていた。
そして、申し訳なさそうに頭を下げる。
「もちろん、何の補償もなく終わらせるつもりはありません」
「補償?」
「はい」
神が手を広げる。
すると、白い空間に巨大な光景が浮かび上がった。
剣を持った人間。
魔法を放つ少女。
巨大なドラゴン。
森。
城。
そして、空を飛ぶ何か。
「……何これ」
「異世界です」
「…………」
零は画面を食い入るように見つめる。
「……異世界?」
「はい」
「マジで?」
「マジです」
神が真顔で答えた。
「あなたには、ここで新しい人生を送っていただきたい」
零はしばらく黙っていた。
怖くないと言えば嘘になる。
だが――
胸の奥で、何かが動いた。
会社もない。
上司もいない。
決められた人生もない。
何より――
「……自分で決められるのか?」
「何をです?」
「生き方」
神は微笑んだ。
「もちろんです」
零は目を閉じた。
そして、静かに笑った。
「……じゃあ、行ってみる」
◆
「では、最後に一つ」
神が右手を掲げる。
「お詫びとして、あなたに特別な力を授けます」
「チート能力?」
「……その言葉をご存じで?」
「ゲーム好きなんで」
「なるほど」
神は少し考えた。
「では、何を望みますか?」
零は考える。
剣の達人。
無限の魔力。
不老不死。
いろいろ思い浮かんだ。
でも――
「……自分で作れる力が欲しい」
「作る?」
「剣でも、防具でも、道具でも。魔法とかも」
零は笑った。
「自分が欲しいと思ったものを、自分で作れる力」
神は目を見開いた。
「……分かりました」
その瞬間。
零の目の前に、一つの文字が浮かんだ。
《創造》
「それが、あなたの力です」
「……創造」
「ただし――」
神の表情が、ほんの一瞬だけ変わった。
「その力について、私は全てを説明することができません」
「え?」
「あなた自身が、いずれ知ることになるでしょう」
その言葉の意味を、零はまだ知らない。
そして――
「では、行ってらっしゃい」
白い世界が光に包まれる。
「ちょ、待っ――」
零の身体が消えていく。
最後に見えたのは、神の顔。
その表情は――
なぜか、どこか怯えていた。
◆
「…………」
零は目を開けた。
空が見える。
青い空。
白い雲。
風に揺れる木々。
「…………」
身体を起こす。
見渡す限り、森。
「……マジか」
立ち上がる。
土の感触。
草の匂い。
遠くから聞こえる鳥の声。
夢じゃない。
零は空を見上げる。
そして、ゆっくりと笑った。
「……本当に、異世界なんだ」
こうして――
天野零の二度目の人生が始まった。
まだ、この世界の誰も知らない。
この日、一人の青年が世界に現れたことを。
そして彼がやがて――
この世界の運命そのものを変える存在になることを。