『神様の手違いで死んだ社畜、異世界で《創造》の力を手に入れる』 作:やのちてぇ
翌朝。
目を覚ました瞬間。
「……身体、痛ぇ」
全身が悲鳴を上げた。
特に腕。
昨日、あの巨大な魔物――アイアンホーンと戦った時の疲れが、見事に残っている。
「異世界でも筋肉痛ってあるんだな……」
当たり前か。
ベッドの上で身体を起こす。
宿の小さな窓から朝日が差し込んでいた。
この世界に来てから。
朝、目を覚ますたびに少しだけ不思議な気持ちになる。
会社に行かなくていい。
上司から連絡も来ない。
満員電車もない。
今日何をするか。
自分で決められる。
「……最高かよ」
俺はベッドから降りた。
身体は痛いけど。
会社に行く朝より百倍気分がいい。
◇
朝食を済ませ。
俺は冒険者ギルドへ向かった。
昨日。
リリアさんから言われている。
――今回の功績について、ギルド内で検討します。
つまり。
ランクが上がるかもしれない。
「ゲームだったらレベルアップの瞬間なんだけどな」
少しだけ楽しみにしながら扉を開ける。
「おはようございま――」
「おっ!」
「来たぞ!」
「アイアンホーンの新人だ!」
「……」
帰りたい。
昨日まで。
俺なんて誰も知らなかった。
なのに。
今はギルドに入っただけで何人かがこっちを見る。
「お前、レイっていうんだろ?」
知らない冒険者が声をかけてくる。
「そうですけど」
「本当に一人でアイアンホーン倒したのか?」
「まあ……」
「マジかよ!」
別の男も寄ってくる。
「武器は!?」
「剣です」
「どこの鍛冶屋だ!?」
「えっと……」
消えました。
なんて言ったら。
また変な顔をされる。
「秘密です」
「おお……!」
なぜか感心された。
「やっぱ冒険者って切り札は隠すもんだよな!」
「……そういうことにしとこう」
その時。
「レイさん」
聞き慣れた声。
振り返る。
受付にリリアさんがいた。
「おはようございます」
「おはようございます」
助かった。
俺は冒険者たちの間を抜けて受付へ向かう。
「人気者ですね」
「勘弁してください」
「ふふ」
リリアさんが笑う。
いつも通りだ。
……と思ったけど。
「……?」
少し。
疲れている?
「リリアさん」
「はい?」
「昨日、ちゃんと寝ました?」
一瞬。
リリアさんの動きが止まった。
「……寝ましたよ?」
「その間はなんですか」
「気のせいです」
怪しい。
「もしかして夜更かし?」
「女性の生活を詮索するのは感心しませんね」
「そういう話じゃないでしょ」
「冗談です」
さらっとかわされた。
まあ。
本人が言いたくないなら仕方ない。
「それより」
リリアさんが一枚の書類を取り出す。
「レイさんにお知らせがあります」
「お」
来た。
「昨日のアイアンホーン討伐を含め、これまでの功績について審査が行われました」
「はい」
ちょっと緊張する。
リリアさんが俺のギルド証を差し出した。
「本日付で――」
少し笑って。
「レイ・アストレアさんを、Dランク冒険者として認定します」
「……おお」
ギルド証を見る。
昨日まで刻まれていた『E』が。
『D』に変わっている。
「上がった……」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
なんだろう。
嬉しい。
会社で昇進したことなんてないけど。
たぶん。
もし昇進していたとしても。
今ほど嬉しくはなかったと思う。
「ちなみに」
リリアさんが続ける。
「これはかなり異例です」
「ですよね」
「通常、EランクからDランクへ上がるには複数の依頼実績と、一定期間の活動が必要です」
「俺、昨日登録したばっかですもんね」
「はい」
リリアさんが笑顔で言う。
「ギルド史上でも相当な問題児です」
「褒めてないですよね?」
「もちろん」
「ですよね」
◇
Dランクになると。
受けられる依頼が増えるらしい。
護衛。
魔物討伐。
危険地域での採取。
簡単な遺跡探索。
「遺跡……」
掲示板を見ながら呟く。
いいな。
めちゃくちゃ異世界っぽい。
「これとか――」
依頼書へ手を伸ばす。
その瞬間。
横から別の手が伸びてきた。
「あ」
「あ?」
同時に。
同じ依頼書を掴んだ。
俺は横を見る。
そこにいたのは。
俺と同じくらいの年齢の男だった。
明るい茶色の髪。
使い込まれた革鎧。
腰には片手剣。
背中には小さな盾。
いかにも。
冒険者。
そんな格好だ。
「……」
「……」
しばらく見つめ合う。
男が言った。
「俺が先だった」
「いや、俺だったと思うけど」
「俺だ」
「俺です」
「……」
「……」
男が依頼書を見る。
俺も見る。
そして。
「じゃんけんするか?」
「この世界にもじゃんけんあるの?」
「は?」
しまった。
「いや、なんでもない」
男が怪訝そうな顔をする。
「変な奴だな」
最近よく言われる。
「じゃあどうします?」
「決まってる」
男が依頼書を離した。
「お前が持ってけ」
「え?」
「俺は別の探す」
「いいんですか?」
「ああ」
意外だ。
もっと揉めるのかと思った。
「ありがとうございます」
「その代わり」
男が俺を見る。
「帰ってきたら話を聞かせろ」
「話?」
「その遺跡、俺も気になってたんだ」
ニッと笑う。
「面白いもんがあったら教えてくれ」
「ああ。分かった」
「俺はガイル」
男が手を差し出す。
「Dランク冒険者だ」
俺も手を出す。
「レイ。今日からDランク」
握手。
その瞬間。
ガイルの表情が止まった。
「……今日から?」
「うん」
「お前、昨日Eランクじゃなかったか?」
「よく知ってるな」
「お前がアイアンホーン引きずってきた奴かよ!?」
声がデカい。
「ちょ、静かに!」
「マジか!」
「だから声!」
周囲の冒険者がまたこっちを見る。
ガイルが笑う。
「面白ぇ奴じゃねぇか!」
「俺は静かに暮らしたいんだけど」
「無理だろ」
「なんで」
「昨日登録してアイアンホーン倒す奴が言う台詞じゃねぇ」
何も言い返せない。
「まあ、よろしくな。レイ」
「ああ」
ガイルは別の掲示板へ向かっていった。
俺はその背中を見る。
この世界に来て。
初めて。
同じ冒険者として知り合った人間。
「……ガイルか」
悪い奴ではなさそうだ。
◇
受付へ戻る。
「これ、受けます」
依頼書をリリアさんへ渡す。
「確認しますね」
リリアさんが内容を見る。
その瞬間。
「……」
表情が変わった。
「どうしました?」
「この依頼……」
依頼内容。
街から北西。
森の外れにある古い遺跡。
最近。
その周辺で妙な音が聞こえるため、内部を確認してほしい。
危険があれば即撤退。
「Dランク向けの調査依頼ですね」
「面白そうじゃないですか?」
「レイさん」
「はい」
「昨日も調査依頼でしたよね?」
「そうですね」
「結果は?」
「魔物を倒しました」
「……」
「あ」
リリアさんが頭を抱える。
「今回は本当に調査だけにしてください」
「分かってますって」
「昨日もそう言ってました」
「……」
信用がない。
「とにかく」
リリアさんは依頼書へ受領印を押す。
「古い遺跡です。崩落している場所もあるので気をつけてください」
「はい」
「それと」
リリアさんが少しだけ声を落とす。
「もし」
「?」
「黒い傷のようなものを見つけたら」
俺を見る。
「触らずに戻ってきてください」
「……昨日の?」
アイアンホーン。
首元にあった。
あの黒い傷。
「何か分かったんですか?」
「まだ分かりません」
リリアさんは答える。
でも。
何かを知っている。
そんな顔だった。
「……分かりました」
俺はそれ以上聞かなかった。
依頼書を受け取る。
「じゃあ、行ってきます」
「はい」
数歩歩いて。
「レイさん」
呼び止められる。
振り返る。
「本当に」
リリアさんが念を押す。
「無茶しないでくださいね」
「分かってます」
「……信用できません」
「ひどいな!」
笑いながら。
俺はギルドを出た。
◇
その日の昼。
街から北西へ。
森を抜けた先。
俺は。
その場所に立っていた。
「……これか」
崩れかけた石造りの建物。
蔦に覆われ。
半分は地面に埋まっている。
入口には。
見たことのない文字が刻まれていた。
「読めないな……」
俺は中へ入る。
暗い。
「光……作れるかな」
手を出す。
イメージ。
小さな光。
すると。
ふわり。
手のひらの上に白い光が浮かんだ。
「……便利すぎる」
光を前へ飛ばす。
遺跡の奥が照らされる。
石の壁。
崩れた柱。
古い彫刻。
「何年前の建物なんだろ」
進む。
その時。
足が止まった。
「……え?」
壁に。
何かが描かれている。
古い壁画。
人。
街。
山。
そして。
その中心に。
一人の人間。
両手を広げている。
その手から。
剣。
炎。
水。
建物。
植物。
様々なものが――
生み出されていた。
「…………」
俺は。
動けなかった。
「……これ」
見間違えるはずがない。
俺が。
この世界に来てから。
何度も使ってきた力。
「《創造》……?」
その瞬間。
遺跡の奥から。
――ドクン。
音がした。
「……?」
ドクン。
心臓のような。
低い音。
そして。
俺の頭の中で。
あの声が響いた。
《――確認》
「……え?」
《適合個体を確認》
背筋が凍る。
今までとは。
違う。
《創造》を使った時の声じゃない。
別の。
何か。
《封印領域――起動》
「ちょっと待て」
遺跡全体が。
震え始める。
「調査だけって言ったじゃん……!」
天井から砂埃が落ちる。
奥の闇。
その中で。
一つ。
また一つ。
青白い光が灯っていく。
俺は剣を創り出す。
「……」
そして。
思った。
帰ったら。
絶対。
リリアさんに怒られる。