『神様の手違いで死んだ社畜、異世界で《創造》の力を手に入れる』   作:やのちてぇ

4 / 10
第四話 初めて守ったもの

 

 

 ――ゴォォォン。

 

 ――ゴォォォン。

 

 ――ゴォォォン。

 

 夜の街に、鐘の音が響き渡る。

 

「なんだ……?」

 

 丘の上から街を見下ろしていた俺は、思わず立ち上がった。

 

 さっきまで聞こえていた人々の話し声が消えている。

 

 代わりに聞こえてくるのは、兵士たちの怒号。

 

「門を閉めろ!」

 

「西門にも兵を回せ!」

 

「子供を家の中へ!」

 

 街の雰囲気が、一瞬で変わった。

 

「……魔物?」

 

 俺が呟いた直後だった。

 

 ――グォォォォォォッ!!

 

 森の方から、地面を揺らすような咆哮が響いた。

 

「……うそだろ」

 

 遠くの森から鳥の群れが一斉に飛び立つ。

 

 そして、その奥。

 

 木々の間から巨大な影が見えた。

 

「でか……」

 

 距離があるせいで正確な大きさは分からない。

 

 それでも、普通の魔物ではないことだけは分かった。

 

 街の人々も気付いている。

 

 悲鳴が上がる。

 

 子供が泣く。

 

 店の扉が次々と閉じられていく。

 

「……これ、俺も逃げた方がいいよな」

 

 当然だ。

 

 俺はこの街の住人ですらない。

 

 今日初めて来たばかり。

 

 身分証すらない。

 

 ここで命を張る理由なんて――

 

 ない。

 

「…………」

 

 そう思った。

 

 でも。

 

 街の入口を見る。

 

 そこでは兵士たちが必死に門を閉じようとしている。

 

 その向こうには、逃げ遅れた人が何人もいる。

 

「……」

 

 足が動かなかった。

 

 前世の自分なら、どうしていただろう。

 

 たぶん逃げていた。

 

 いや。

 

 絶対に逃げていた。

 

 俺は英雄じゃない。

 

 正義感が強いわけでもない。

 

 ましてや、異世界に来てまだ一日。

 

 この世界で守るべきものなんて何もない。

 

 それでも――

 

「……くそ」

 

 俺は走り出していた。

 

     ◆

 

「開けろ!」

 

 門へ向かって走る。

 

「おい! 危険だ、下がれ!」

 

 兵士に怒鳴られる。

 

「逃げ遅れてる人がいます!」

 

「それは我々が――」

 

「俺も手伝います!」

 

 兵士が俺を見る。

 

「お前……何者だ?」

 

「今日、この街に来た旅人です!」

 

「身分証は?」

 

「ありません!」

 

「なら――」

 

「あとで作ります!」

 

「…………」

 

 兵士が呆れた顔をする。

 

「勝手にしろ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 門の外へ飛び出す。

 

「……怖ぇ」

 

 足が震えている。

 

 さっき森で狼型の魔物と戦った時とは違う。

 

 今度は――

 

 守らなきゃいけない。

 

 そう思うだけで、身体が重くなる。

 

「……いた!」

 

 街道の脇に、小さな女の子がいた。

 

 泣きながら座り込んでいる。

 

「お母さん……!」

 

 そのすぐ後ろから――

 

 魔物が現れた。

 

「――っ!」

 

 昨日の狼型とは比べ物にならない。

 

 黒い毛。

 

 巨大な身体。

 

 鋭い爪。

 

 そして口元から覗く牙。

 

 女の子が魔物を見て、声にならない悲鳴を上げる。

 

「逃げろ!」

 

 俺は叫んだ。

 

 でも、女の子は動けない。

 

 魔物が飛び掛かる。

 

「くそっ!」

 

 俺は手を伸ばした。

 

「《創造》!」

 

 光が生まれる。

 

 次の瞬間。

 

 俺の手に一本の剣が現れた。

 

「間に合えっ!」

 

 魔物の爪と剣がぶつかる。

 

 ――ガキィン!

 

「ぐっ……!」

 

 衝撃で腕が痺れる。

 

 重い。

 

 昨日の魔物とは明らかに違う。

 

「こいつ……強い!」

 

 魔物が再び爪を振り下ろす。

 

 避ける。

 

 地面が抉れる。

 

「マジかよ……!」

 

 俺は剣を握り直した。

 

 魔物がこちらを見る。

 

 赤い目。

 

 殺意。

 

 恐怖。

 

 それでも、後ろにいる女の子を見る。

 

 逃げるわけにはいかない。

 

「……大丈夫」

 

 自分に言い聞かせる。

 

「俺が守る」

 

 言葉にした瞬間だった。

 

 身体の奥から、何かが湧き上がった。

 

 魔力。

 

 昨日よりもはっきりと感じる。

 

 手の中の剣へ流れ込んでいく。

 

「……これなら」

 

 魔物が突進する。

 

 俺も踏み込む。

 

「――《創造》!」

 

 剣が光る。

 

 その刃が、一瞬で形を変えた。

 

 長く。

 

 鋭く。

 

 ――その瞬間。

 

 ふと、昨日のことを思い出した。

 

 石を作った。

 

 木の棒を作った。

 

 ナイフを作った。

 

 水を作った。

 

 そして――食べ物まで。

 

「……待てよ」

 

 俺は魔物を睨みながら、無意識に呟いた。

 

「《創造》って……」

 

 形あるものを作るだけじゃない。

 

 俺が「こういうものだ」と理解しているものなら。

 

 それを作れる。

 

 だったら――

 

「炎だって……?」

 

 その考えが浮かんだ瞬間。

 

 剣の周囲に、小さな火の粉が生まれた。

 

「……え?」

 

 赤い光。

 

 熱。

 

 確かにそこに存在している。

 

 でも、俺は火を作ろうとしたわけじゃない。

 

 ただ――

 

 「燃える剣」をイメージした。

 

 次の瞬間。

 

 火の粉が一気に膨れ上がる。

 

 ――ゴォッ!!

 

「うわっ!」

 

 剣の刃を、炎が包み込んだ。

 

 赤々と燃え上がる炎。

 

 なのに、不思議と手には熱さを感じない。

 

「……こんなの……」

 

 自分でも信じられなかった。

 

 魔物が迫る。

 

 考えている暇はない。

 

「だったら――!」

 

 俺は剣を握り直した。

 

「これも、俺が作ったものだ!」

 

 踏み込む。

 

 剣を振り抜く。

 

 ――ズバァッ!!

 

 炎の刃が魔物を切り裂いた。

 

 巨体が吹き飛ぶ。

 

 地面を何度も転がり――

 

 動かなくなった。

 

「…………」

 

 俺は呆然と立ち尽くした。

 

「……倒した?」

 

 剣を見る。

 

 炎がゆっくりと消えていく。

 

 普通の剣へ戻る。

 

「俺……今、何したんだ?」

 

 その時だった。

 

 頭の中に、あの無機質な声が一瞬だけ響いた。

 

 ――《創造結果を更新しました》

 

「……え?」

 

 聞き返すように呟く。

 

 だが、それ以上の声は聞こえない。

 

「……なんだったんだ?」

 

 気のせいかもしれない。

 

 今はそう思うしかなかった。

 

 俺は知らなかった。

 

 この時の《創造》が――

 

 単なる「物を作る力」ではなかったことを。

 

 そして。

 

 今、生まれた炎が――

 

 俺の知らない《創造》の可能性の、ほんの入口に過ぎなかったことを。

 

「……お兄ちゃん」

 

 背後から小さな声がした。

 

 振り返る。

 

 女の子がこちらを見ている。

 

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら――

 

「ありがとう」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 胸の奥が、少しだけ熱くなった。

 

「……どういたしまして」

 

 俺は笑った。

 

     ◆

 

「レイ!」

 

 遠くから兵士が駆けてくる。

 

「その子をこちらへ!」

 

「お願いします!」

 

 女の子を兵士に預ける。

 

 母親らしき女性が走ってきて、娘を抱きしめた。

 

「よかった……!」

 

 泣きながら何度も頭を下げられる。

 

「ありがとうございます!」

 

「いや……俺は――」

 

 そこで言葉が止まった。

 

 俺は何も考えていなかった。

 

 ただ、助けたかった。

 

 それだけだった。

 

 兵士の一人が、倒れている魔物を見る。

 

「……こいつを一人で?」

 

「え?」

 

「この魔物、グレイブウルフだぞ」

 

「グレイブ……?」

 

「この辺りでは危険度の高い魔物だ。普通なら数人がかりでも苦戦する」

 

「……マジですか」

 

 兵士が俺を見る。

 

「お前……何者だ?」

 

「ただの旅人です」

 

「ただの旅人が、こんな魔物を一人で倒せるか?」

 

「…………」

 

 答えられない。

 

 自分でも分からない。

 

 なぜ勝てたのか。

 

 どうして炎を作れたのか。

 

 俺自身、まだ理解できていない。

 

「……明日」

 

 俺は呟いた。

 

「冒険者ギルドに行こうと思ってたんです」

 

「そうか」

 

 兵士は頷いた。

 

「なら、絶対に行け」

 

「?」

 

「お前みたいな奴を、冒険者ギルドが放っておくとは思えん」

 

「……分かりました」

 

 街の鐘が止まる。

 

 魔物の襲撃は終わった。

 

 人々が少しずつ家から出てくる。

 

 俺は夜空を見上げた。

 

 前世では、こんなことを考えたこともなかった。

 

 誰かを守る。

 

 誰かに感謝される。

 

 そんな経験。

 

 胸の奥が、妙にくすぐったい。

 

「……悪くないな」

 

 小さく笑う。

 

 こうして――

 

 俺の異世界生活で、初めて守ったものができた。

 

 そして翌日。

 

 俺は冒険者ギルドへ向かう。

 

 自分が何者なのかを知るために。

 

 そして――

 

 この世界で初めて、自分の名前を登録するために。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。