『神様の手違いで死んだ社畜、異世界で《創造》の力を手に入れる』   作:やのちてぇ

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第五話 冒険者ギルドともう一つの名前

 

 

 翌朝。

 

「……眠い」

 

 俺は大きなあくびをしながら、街の通りを歩いていた。

 

 昨日の夜は色々ありすぎた。

 

 魔物に襲われ。

 

 女の子を助け。

 

 グレイブウルフとかいうヤバそうな魔物を倒し。

 

 挙句の果てには――

 

「炎……か」

 

 昨日の戦いを思い出す。

 

 剣を炎が包んだ。

 

 あれは間違いなく、俺の《創造》だった。

 

 だけど。

 

「……本当に、なんでも作れるのか?」

 

 歩きながら、手のひらを見る。

 

 小さな火を思い浮かべる。

 

「《創造》」

 

 ――ポッ。

 

「……お」

 

 手のひらに小さな炎が現れた。

 

「できた」

 

 昨日とは違う。

 

 今度は偶然じゃない。

 

 俺がイメージした通りに炎が生まれた。

 

「……これ、結構すごくない?」

 

 炎を少し大きくする。

 

 ――ボッ。

 

「おお……」

 

 逆に小さくする。

 

 ――シュッ。

 

 消える。

 

「……便利すぎるだろ」

 

 思わず笑ってしまう。

 

 ただ。

 

 昨日の最後に聞こえた声。

 

 ――《創造結果を更新しました》

 

 あれだけは気になる。

 

「更新って……何を?」

 

 考えても答えは出ない。

 

「まあ、ギルドで何か分かるかもしれないか」

 

 そう思いながら顔を上げる。

 

 目の前に、大きな建物があった。

 

 石造りの壁。

 

 大きな木製の扉。

 

 そして――

 

 剣と盾を模した看板。

 

「……ここか」

 

 冒険者ギルド。

 

 昨日、兵士から教えてもらった場所だ。

 

「よし……」

 

 俺は扉を開けた。

 

     ◆

 

 ――ガヤガヤガヤ。

 

「……うわ」

 

 中に入った瞬間。

 

 思わず声が漏れた。

 

 人。

 

 人。

 

 人。

 

 とにかく人が多い。

 

 鎧を着た男。

 

 杖を持った女。

 

 弓を背負った獣人。

 

 大きな斧を持ったドワーフ。

 

 昨日街で見た種族もいる。

 

 だけど、ここにいる連中は雰囲気が違った。

 

 全員が――

 

 強そうだ。

 

「……これが冒険者か」

 

 ゲームで見たことのある光景に近い。

 

 だけど、実際に見ると迫力が違う。

 

 酒を飲みながら笑っている奴。

 

 依頼書を睨んでいる奴。

 

 仲間と作戦を話している奴。

 

 受付で報酬を受け取っている奴。

 

 ここでは、これが日常なんだ。

 

「……すげぇ」

 

 俺は少しだけテンションが上がった。

 

 その時。

 

「冒険者ギルドは初めてですか?」

 

「うわっ!」

 

 突然、横から声をかけられた。

 

「す、すみません!」

 

「ふふっ」

 

 振り返る。

 

 そこにいたのは、長い茶色の髪を後ろでまとめた女性だった。

 

 年齢は二十代前半くらい。

 

 柔らかな青緑色の瞳。

 

 ギルドの受付嬢らしい清楚な服装。

 

 穏やかな笑顔を浮かべている。

 

「驚かせてしまいましたね」

 

「い、いや……俺がぼーっとしてただけなんで」

 

「そうですか?」

 

 女性は少し首を傾げた。

 

「では、次から正面から声をかけるようにしますね」

 

「……いや、そういう問題じゃないです」

 

「ふふっ」

 

 小さく笑う。

 

「私はリリア・フェルネと申します。冒険者ギルドの受付を担当しています」

 

「リリアさん……」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「俺は――」

 

 そこでリリアの目が少しだけ細くなる。

 

「昨日の夜も大変でしたからね」

 

「……え?」

 

「グレイブウルフを倒した旅人さん」

 

「…………」

 

 噂になるの早くない?

 

「街中、その話でもちきりですよ」

 

「マジか……」

 

「はい」

 

 リリアは楽しそうに笑った。

 

「朝から何人もの冒険者が、その話をしていました」

 

「そんなに?」

 

「ええ。『一人でグレイブウルフを倒した謎の旅人』だそうです」

 

「……謎のって」

 

「間違ってはいませんよね?」

 

「まあ……そうですけど」

 

 リリアはクスクスと笑う。

 

 その笑顔は、さっきまでの受付嬢らしい丁寧なものとは少し違っていた。

 

 なんというか――

 

 楽しんでる。

 

「それで、本日は冒険者登録でしょうか?」

 

「あ、はい」

 

「では、こちらへどうぞ」

 

     ◆

 

「まず、お名前をお願いします」

 

「名前……」

 

 俺は一瞬だけ固まった。

 

 本当の名前。

 

 天野零。

 

 それが俺の名前だ。

 

「……天野、零」

 

「アマノ……?」

 

「零です」

 

「レイ?」

 

「はい」

 

 リリアが紙に何かを書こうとする。

 

 だが。

 

「……あれ?」

 

「どうしました?」

 

「そのお名前の文字は……?」

 

「え?」

 

 紙を見る。

 

 当然だ。

 

 俺の名前は日本語。

 

 この世界の文字なんて知らない。

 

「……漢字です」

 

「カンジ?」

 

「俺の国で使われていた文字です」

 

「なるほど……」

 

 リリアは少し困った顔をする。

 

「申し訳ありません。こちらの文字では正確に登録できません」

 

「あー……」

 

 まあ、そうなるよな。

 

 異世界だし。

 

「じゃあ……どうすれば?」

 

「別名で登録することもできます」

 

「別名?」

 

「はい。冒険者として使う名前です」

 

 俺は少し考えた。

 

 そして――

 

 ふと思い出した。

 

 前の世界で。

 

 最後まで一緒にゲームをしていた友達。

 

 そのゲームで俺が使っていた名前。

 

「……アストレア」

 

「アストレア?」

 

「はい」

 

 俺は小さく笑った。

 

「昔からゲームで使ってた名前なんです」

 

 何度も呼ばれた名前。

 

 何度も名乗った名前。

 

 前の世界での俺を知っている、数少ないものの一つ。

 

 それを捨てる気にはなれなかった。

 

「では、アストレアで登録しますか?」

 

「……いや」

 

 少しだけ考える。

 

「レイ・アストレア」

 

「レイ・アストレア……ですね」

 

「はい」

 

 リリアが書類に名前を書く。

 

 ――レイ・アストレア。

 

 その文字を見た瞬間。

 

 胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。

 

 天野零。

 

 それが俺の本当の名前。

 

 レイ・アストレア。

 

 それが、この世界で生きていくための名前。

 

「……なんか変な感じだな」

 

 呟く。

 

「すぐ慣れますよ」

 

 リリアが笑った。

 

「今日からあなたは、レイ・アストレアさんです」

 

「……はい」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 俺は少しだけ背筋を伸ばした。

 

 ――今日から。

 

 本当に始まるんだ。

 

 俺の異世界での人生が。

 

     ◆

 

「では、次に魔力測定を行います」

 

「魔力測定?」

 

「はい」

 

 リリアが小さな水晶を取り出した。

 

 透明な球体。

 

 中には淡い光が揺らめいている。

 

「この水晶に手を置いてください」

 

「分かりました」

 

 言われた通り、手を置く。

 

 ――ピカッ。

 

「うおっ!」

 

 水晶が突然、強く光った。

 

「……え?」

 

 リリアが固まる。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……あの」

 

「はい」

 

「今の、普通ですか?」

 

「…………いえ」

 

 リリアがゆっくり首を振る。

 

「普通ではありません」

 

「ですよね」

 

 水晶の中で光が激しく渦巻いている。

 

 そして――

 

 ピシッ。

 

「……え?」

 

 水晶に、小さな亀裂が入った。

 

「ちょ、待ってください!」

 

 リリアが慌てて水晶を取り上げる。

 

「これは……」

 

「壊れた?」

 

「壊れたというより……測定不能です」

 

「測定不能?」

 

「はい」

 

 リリアは水晶を見つめる。

 

 さっきまでの柔らかな笑顔が消えている。

 

 受付嬢ではなく。

 

 一人の人間として、目の前の現象を見極めようとしている顔だった。

 

「こんな反応……見たことがありません」

 

「…………」

 

 俺は嫌な予感がしてきた。

 

「もしかして……弁償?」

 

「いえ、そういう話ではありません」

 

「よかった……」

 

「そこを心配するんですか?」

 

「いや、だって高そうじゃないですか」

 

「……ふふっ」

 

 リリアが小さく笑った。

 

「レイさんって、変な方ですね」

 

「よく言われます」

 

「褒めてませんよ?」

 

「……ですよね」

 

 少しだけ空気が和らぐ。

 

 だが。

 

 リリアは再び水晶を見る。

 

「ただ」

 

 声が少し低くなる。

 

「あなたの魔力が高い、というだけでは説明がつきません」

 

「……どういうこと?」

 

「分かりません」

 

「分からないの?」

 

「はい」

 

 リリアは少し考えた後――

 

「まるで……」

 

「まるで?」

 

「水晶が、あなたの魔力を測ろうとしているのではなく――」

 

 そこで言葉が止まった。

 

「…………」

 

「…………?」

 

「……いえ。今のは忘れてください」

 

「いや、めっちゃ気になるんだけど」

 

「今の段階では判断できません」

 

 リリアはいつもの笑顔に戻った。

 

「ギルドとしては、測定不能として記録しておきます」

 

「そんな適当でいいの?」

 

「冒険者ギルドは、分からないものを無理に決めつけませんから」

 

「……なるほど」

 

 意外とちゃんとしている。

 

 いや。

 

 もしかしたら。

 

 この人がちゃんとしているだけなのかもしれない。

 

「では、冒険者ランクですが――」

 

 リリアが一枚のカードを差し出す。

 

「最初はEランクからになります」

 

「Eランク」

 

「はい。依頼を達成して実績を積めば、D、C、B……と上がっていきます」

 

「なるほど」

 

 カードを受け取る。

 

 そこには――

 

 レイ・アストレア

 

 そして。

 

 冒険者ランク:E

 

 と書かれていた。

 

「……俺、冒険者になったんだ」

 

 思わずカードを眺める。

 

 昨日まで会社員だった。

 

 上司に怒られ。

 

 残業して。

 

 ゲームをして。

 

 眠って。

 

 死んだ。

 

 そして今。

 

 俺は異世界で――

 

 冒険者になった。

 

「……悪くない」

 

 自然と笑みがこぼれた。

 

「それでは、最初の依頼を選びますか?」

 

「はい!」

 

 俺は掲示板へ向かった。

 

 そこには大量の依頼書が貼られている。

 

 薬草採取。

 

 荷物運び。

 

 魔物討伐。

 

 護衛。

 

 街の清掃。

 

「……めっちゃあるな」

 

 どれにしようか迷っていると。

 

 一枚の依頼書が目に入った。

 

 ――薬草採取。

 

「これにするか」

 

 まずは簡単な依頼から。

 

 俺は依頼書を手に取った。

 

 だが。

 

 その瞬間。

 

 胸の奥で――

 

 昨日聞いた声が、ほんの一瞬だけ蘇った。

 

 ――《創造結果を更新しました》

 

「…………」

 

 俺は依頼書を見る。

 

 薬草。

 

 それを見た瞬間。

 

 頭の中に、妙な感覚が走った。

 

 ――作れる。

 

「……え?」

 

 自分でも分からない。

 

 ただ。

 

 薬草というものを見た瞬間。

 

 《創造》が、何かを理解したような感覚。

 

「……まさか」

 

 俺は小さく呟いた。

 

「《創造》って……本当に、どこまでできるんだ?」

 

 その後ろで。

 

 リリアが静かに俺を見ていた。

 

「…………」

 

 そして、小さく呟く。

 

「……レイ・アストレア、ですか」

 

 その名前をもう一度確認するように。

 

「……不思議な人」

 

 彼女はそう言って、微笑んだ。

 

 この時の俺はまだ知らなかった。

 

 この受付嬢と――

 

 これから何度も顔を合わせることになるなんて。

 

 

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