『神様の手違いで死んだ社畜、異世界で《創造》の力を手に入れる』   作:やのちてぇ

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第九話 初めての異変

 

 

 

 

「……またレイさんですか」

 

冒険者ギルドへ戻った俺を迎えたのは、リリアさんのそんな一言だった。

 

「ただいま戻りました」

 

「はい。おかえりなさい」

 

にこりと笑う。

 

そして――

 

「それで?」

 

「はい?」

 

「門の前にある、あれは何ですか?」

 

リリアさんが指差す。

 

ギルドの入口からでも見える。

 

道の向こう。

 

そこには、俺が数時間かけて引きずってきた巨大な魔物が横たわっていた。

 

その周りには、すでに人だかりができている。

 

「調査対象です」

 

「……」

 

「たぶん」

 

「たぶん?」

 

笑顔なのに怖い。

 

「いや、その……種類とか知らないんで」

 

「レイさん」

 

「はい」

 

「今回の依頼内容、覚えてます?」

 

「現状確認と、魔物の種類の特定?」

 

「そうです」

 

リリアさんが頷く。

 

「討伐してくださいとは、一言も言ってません」

 

「……」

 

「しかも危険なら逃げてくださいと、私は言いました」

 

「……言ってましたね」

 

「絶対に無理はしないでくださいとも言いました」

 

「……言ってました」

 

「それなのに」

 

リリアさんが門の外を見る。

 

「なんで討伐して持って帰ってくるんですか?」

 

「……成り行きで」

 

「どんな成り行きですか!」

 

ギルド中から笑い声が上がった。

 

「おい新人! 受付嬢に怒られてんぞ!」

 

「グレイブウルフの次はあれかよ!」

 

「本当にEランクか!?」

 

「うるさいですよ!」

 

俺が振り返って言うと、さらに笑われた。

 

……なんなんだ。

 

昨日まで誰も俺のことなんて知らなかったのに。

 

「はぁ……」

 

リリアさんが額に手を当てる。

 

「とりあえず確認します。レイさん、こちらへ」

 

「はい」

 

怒られる子供みたいだ。

 

 

しばらくして。

 

ギルドから何人かの職員と冒険者が出てきた。

 

その中には、明らかに他とは雰囲気の違う男がいた。

 

四十代くらい。

 

短い灰色の髪。

 

左目の上に大きな傷がある。

 

背中には大剣。

 

俺より一回り以上デカい。

 

「こいつか」

 

男が魔物を見下ろす。

 

「はい」

 

リリアさんが答える。

 

「森の北部で確認された個体です」

 

男がしゃがみ込む。

 

毛。

 

牙。

 

角。

 

傷。

 

一つずつ確認していく。

 

やがて。

 

「……アイアンホーンだな」

 

周囲の冒険者たちがざわついた。

 

「アイアンホーン?」

 

俺が聞くと、リリアさんが説明してくれる。

 

「大型の魔獣です。非常に硬い毛皮と角を持っていて、通常は森のかなり深い場所に生息しています」

 

「強いんですか?」

 

「強いです」

 

「なるほど」

 

「……レイさん」

 

「はい?」

 

「そこ、もう少し怖がるところです」

 

「いや、戦った後なんで……」

 

「それもそうですね……」

 

リリアさんが微妙な顔をする。

 

男が立ち上がった。

 

「お前が倒したのか?」

 

「はい」

 

「一人で?」

 

「はい」

 

「ランクは」

 

「今日Eランクになりました」

 

「……」

 

男がリリアさんを見る。

 

リリアさんは黙って頷いた。

 

「……最近の新人は怖ぇな」

 

「俺が特殊みたいな言い方やめてもらえます?」

 

「特殊だろ」

 

即答された。

 

否定できない。

 

「それで」

 

男の表情が変わる。

 

「どうやって倒した?」

 

「剣です」

 

「剣?」

 

「はい」

 

「その剣は?」

 

「消えました」

 

「……」

 

男が黙る。

 

リリアさんも黙る。

 

「……レイさん」

 

「はい」

 

「説明する気あります?」

 

「あるんですけど、説明できないんですよ」

 

本当だ。

 

俺だって知りたい。

 

あの剣が何だったのか。

 

どうして作れたのか。

 

《創造》が何なのか。

 

男は俺をしばらく見た後。

 

「まあいい」

 

再び魔物を見る。

 

「問題はそこじゃねぇ」

 

「?」

 

男がアイアンホーンの首元を指差した。

 

「これを見ろ」

 

俺も近づく。

 

黒い毛をかき分けると――

 

「……傷?」

 

そこにあった。

 

細い傷。

 

俺がつけたものじゃない。

 

妙に黒ずんでいる。

 

「こいつは?」

 

「分かりません」

 

男が傷へ指を近づける。

 

だが。

 

触れる寸前で止めた。

 

「……魔力の痕跡がある」

 

「魔力?」

 

リリアさんの表情が変わる。

 

「どの属性ですか?」

 

「それが分からん」

 

「……分からない?」

 

「ああ」

 

男が眉をひそめる。

 

「少なくとも俺は、こんな魔力を知らねぇ」

 

周囲が静かになる。

 

俺には意味が分からない。

 

でも。

 

リリアさんの顔を見る限り。

 

普通のことではないらしい。

 

「それに」

 

男が続ける。

 

「アイアンホーンが街の近くまで出てくること自体がおかしい」

 

「住んでる場所が違うってことですか?」

 

「ああ」

 

男は森の方を見る。

 

「こいつらは本来、もっと北の山に近い深林にいる」

 

「じゃあ、なんで?」

 

「分からん」

 

男が答える。

 

「だが――」

 

少し間を置いて。

 

「何かから逃げてきた可能性がある」

 

「……」

 

背筋が。

 

少し冷たくなった。

 

あれが。

 

逃げてきた?

 

俺があれだけ苦戦した魔物が?

 

「……何から?」

 

「それを調べるのが俺たちの仕事だ」

 

男が俺を見る。

 

「お前の仕事はここまでだ、新人」

 

「そうですか」

 

「不満そうだな」

 

「ちょっとだけ」

 

「やめてください」

 

リリアさんが即座に割って入った。

 

「レイさんは帰って休んでください」

 

「まだ動けますよ?」

 

「帰ってください」

 

「でも」

 

「帰ってください」

 

笑顔。

 

「……はい」

 

勝てない。

 

この人には勝てない気がする。

 

 

ギルドへ戻る。

 

調査依頼は達成扱いになった。

 

しかも。

 

「討伐報酬を加算します」

 

「え?」

 

リリアさんが袋を差し出す。

 

受け取る。

 

重い。

 

「こんなに?」

 

「アイアンホーンの討伐報酬です。それと素材の買い取り分ですね」

 

「素材?」

 

「角、牙、毛皮、爪。どれも武器や防具の素材になります」

 

「……へぇ」

 

モンスターって。

 

金になるんだ。

 

「じゃあ俺、結構稼いだ?」

 

「結構どころではないですね」

 

「マジですか」

 

「少なくとも今日の宿代を心配する必要はありません」

 

「よっしゃ」

 

思わず小さく拳を握る。

 

リリアさんが笑った。

 

「そこは普通なんですね」

 

「金は大事ですよ」

 

「昨日まで身分証すらなかった人が言うと説得力がありますね」

 

「やめてください」

 

リリアさんが書類を整理する。

 

「あ、それと」

 

「はい?」

 

「今回の功績について、ギルド内で検討します」

 

「検討?」

 

「ランクです」

 

俺は自分のギルド証を見る。

 

E。

 

「もう上がるんですか?」

 

「普通はありえません」

 

「ですよね」

 

「ただ……」

 

リリアさんが俺を見る。

 

「グレイブウルフを単独討伐」

 

指を一本。

 

「アイアンホーンを単独討伐」

 

二本。

 

「さらに未知の魔力反応が確認された個体を、ほぼ無傷の状態で街まで運んだ」

 

「ほぼ無傷ではないですよ?」

 

俺は破れた服を見せる。

 

「……そこじゃないです」

 

「はい」

 

「とにかく、Eランクの実績ではありません」

 

「じゃあD?」

 

「それを決めるのは私ではありません」

 

「なるほど」

 

少し楽しみだ。

 

ゲームみたいで。

 

「レイさん」

 

「はい?」

 

リリアさんが俺を見る。

 

さっきまでとは違う。

 

少し真剣な目だった。

 

「一つだけ、聞いてもいいですか?」

 

「どうぞ」

 

「あの魔物と戦った時」

 

少し間が空く。

 

「何か……変なことはありませんでしたか?」

 

「変なこと?」

 

「何でも構いません。音、光、魔力、見たことのない現象」

 

俺は考える。

 

魔物自体に変なところは――

 

「……」

 

その時。

 

思い出した。

 

あの瞬間。

 

《創造》を使った時。

 

いつもとは違った。

 

俺が作ろうとしたというより。

 

《創造》の方から。

 

問いかけられた。

 

――何を創る?

 

「……ありました」

 

リリアさんの目が細くなる。

 

「どんなことですか?」

 

「俺の能力が……」

 

言いかけて。

 

止まる。

 

能力。

 

《創造》。

 

どこまで話していいんだろう。

 

神様にも。

 

この力については全部説明できないと言われた。

 

俺自身。

 

まだ分かっていない。

 

「……すみません」

 

「?」

 

「俺も、まだよく分からないんです」

 

嘘ではない。

 

リリアさんはしばらく俺を見る。

 

でも。

 

それ以上は聞かなかった。

 

「分かりました」

 

「いいんですか?」

 

「無理に聞くつもりはありません」

 

そして。

 

少し笑う。

 

「冒険者には秘密の一つや二つ、ありますから」

 

「リリアさんにも?」

 

「ありますよ」

 

「へぇ」

 

「なんですか、その顔」

 

「いや、気になるなって」

 

「教えません」

 

「ですよね」

 

俺は笑った。

 

その時は。

 

ただの会話だと思っていた。

 

でも。

 

俺は知らなかった。

 

リリアさんのその言葉が。

 

いつか俺たちを――

 

ある場所へ導くことになるなんて。

 

 

その夜。

 

冒険者ギルド。

 

誰もいなくなった受付で。

 

リリアは一人。

 

古い本を開いていた。

 

アイアンホーンの傷。

 

未知の魔力。

 

そして。

 

昨日。

 

レイの魔力測定に使った水晶。

 

「……」

 

ページをめくる。

 

古い記録。

 

数百年前。

 

魔物の異常行動について書かれた報告書。

 

そして。

 

あるページで。

 

リリアの手が止まった。

 

「……え?」

 

そこには。

 

今日見た傷と。

 

よく似た印が描かれていた。

 

その横。

 

古い文字で。

 

一つの言葉が記されている。

 

リリアは。

 

ゆっくりと読み上げた。

 

「――《虚蝕《きょしょく》》……?」

 

その瞬間。

 

窓の外。

 

遠く離れた森の奥で。

 

何かが――

 

目を覚ました。

 

 

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