灰被りの蜘蛛 作:BNDに脳を焼かれたやつ
「下水道に存在するやつの拠点と思われる場所に残された証拠品から、リザードがカーティス・カート・コナーズだと確認が取れました!」
「スターク・インダストリーズ社からすぐにコナーズの薬剤を押収しろ! 渋るなら裁判所から令状を持ってこい! 強制執行だ!」
「オットー・オクタビアスの行方は分かったのか?」
「未だ不明です。下水道を通って逃げられたため、行方が掴めず……」
警察署に戻れば、そこでは慌ただしく言葉が飛び交っていた。
「ドクター・オクタビアスは川沿いにいるはず。彼は核融合の実験を再開しようとしていて、そのためには機材が必要でしょ。で、闇の取引なら陸運よりも水運の方がずっとバレずにかつ大量に運べる。川沿いの廃墟とかを調べてみて!」
「わ、分かった。おい、聞いたな。巡回に出てるやつらに川沿いを調べろと言え、良いか? 調べさせるだけだぞ! 手を出して返り討ちにでも遭ってみろ、ただでさえ人手が足りないのにこれ以上人が減ったら死人が出るからな!」
お困りの警察官たちの会話に勝手に口を出してしまった。私、別に警察の一員でも何でもないのに。
「スパイダーマン、戻ったか。報告は君から後を引き継いだ部隊から聞いている」
「ステイシー警部。すいません、リザードを逃してしまいました」
「だが変異した人間たちを全員無傷で捕らえてくれた。十分な成果だろう、感謝する」
「やめてください、ボクはまだ何も解決できていないんだ。感謝の言葉は、最後に取っておいて」
それから私と警部は情報を交わしながら廊下を歩き、続く作戦を立てるために管制室へ向かった。
「ジョージ・ステイシー警部です。スパイダーマンをお連れしました」
「入れ」
警部が入室許可を貰って扉を開ける。中には既に偉そうな人たちが街の模型図を前に話し合っていた。
「は、ハロー。警察官の皆さん。あはは、お仕事頑張ってるみたいですね……ねぇ警部、ボクこんなとこに来て大丈夫なの?」
「問題ない。力を合わせると言っただろう?」
そんな場所に入ってきたコスプレした子どもの場違いさと言ったらもう、ね? 腰が引けるったらありゃしない。
「それじゃあ、説明を頼んだぞ」
「はいい? ボクが説明するの!? 警部がやってよ!」
「オクタビアスとコナーズの二人と直接会話したのは君だ。私が説明するよりずっと良い」
仕方ない。私はおほん、と咳払いをしてスーツ姿の上級警察官たちに向き直った。
「警部に代わって、二人の悪党について簡単に説明させてもらいます。まず一人目、彼はドクター・オクタビアス。能力は背中から伸びる四本の伸縮アームです。彼の目的は、長年研究してきた核融合炉を実現すること、名目としては人類の進歩を掲げているけど、きっと裏には自分の研究を打ち切ったトニー・スタークを見返したいという思いがあると思います」
彼らは私の説明に耳を傾け、顔を見合わせる。すると彼らのうちの一人が手を挙げた。
「核融合炉の実現と言ったが、具体的には?」
「超高温のプラズマでトリチウムを反応させ、核融合反応を起こし、それをアームと磁力で制御しようというのが昔彼の出した論文の内容なんだけど、実際は反応したトリチウムの核融合反応が臨界点を超えた段階で荷電粒子が揺らぎ、磁場が歪んで制御不能になる可能性が……」
彼らの顔を見て、私は口を閉じた。だって誰もが頭には疑問符を浮かべていたから。うーむ、言葉で説明するのは難しい。
「つまり、地上に太陽を作ろうとしているの! オクタビアスはそれを制御して現代のプロメテウスになろうとしてるけど、実際にはイカロスのように焼かれて終わるかもしれないってこと! オーケー?」
文化的教養はこういう時に役に立つ。皆が頷いたので、私は次の役者の説明に移った。
「二人目はカーティス・カート・コナーズ博士。彼は爬虫類の遺伝子を取り込んでいて、そのためトカゲのような再生能力と常人を超える怪力を身につけています。ただし同時にトカゲの弱点も受け継いでいて、極端な熱や寒さが有効だと考えられますね。ところで警察って火炎放射器か液体窒素のどっちか用意できたりします?」
「さすがに火炎放射器は無理だが、液体窒素なら用意できるかもしれん。検討しよう」
彼らのうちの一人が私の質問に答えてくれた。それは重畳だ。実に素晴らしい。
「コナーズ博士の目的はこのニューヨーク市民全員をトカゲに変えることみたいです。動機は、二年前のニューヨーク決戦で片腕を失う大怪我をしたこと。それがトラウマで、全人類がスーパートカゲになれば、次に宇宙人が攻めてきたとしても対抗できると思ってるみたい」
それ以外の可能性もあるけど、少なくとも言葉の上ではそう主張していた。
「つまり、なんだ。彼らは二人とも善意だとでも言うのか。人類のために、こんなことをしでかしていると?」
「そうみたいです。まぁ善意というより、個人的な事情と、それから優れた知性を持っているが故の過大な責任感が原因と言った方が適切な気がしますけど」
ありがた迷惑な人たちだ。私も道を踏み外せばああなっていたかも。他山の石だと思って、自分を見つめ直さなきゃね。
「説明はまぁ、こんなところです。何はともあれ、彼らに対処するには居場所を見つけないことにはどうにもなりませんけど」
と言ったまさにその時。一人の警察官が慌てた様子で駆け込んできた。どうやら、何かあったらしい。
「報告します、オットー・オクタビアスからの犯行声明がありました!」
言ってるそばから、早速見つかったらしい。その犯行声明とやらの映像が管制室の壁に投影される。
「うわぁ、まずい。あれどんどん大きくなってない?」
四本のアームを背負ったオクタビアス博士の後ろには、既に小さいながらも輝く球体の姿があった。もちろん私たちのよく知るお天道様とは違う、その複製品である。
『今日、この日を以て人類は変革を遂げるのだ。見給え世界の諸君、私はついに、太陽の力を手にしたぞ!』
「ねぇ、ボクには制御不能でどんどんと大きくなってる光の玉が見えるんだけど、これって気のせいだったりしないよね」
明らかに様子がおかしかった。太陽を封じ込めているはずの磁力が暴走し、周囲にあるあらゆる鉄を吸い込んでいる。あれではまるで火に薪をくべているようなものだ、いずれ収拾がつかなくなるぞ。
『ああ、この時をどれだけ待ち望んだことか。見ているか、スターク。私が何十年と心血を注ぎ込んできた努力の結晶が今、ここにある。貴様が見捨てたこの光は、人類文明の輝かしい未来を照らし出してくれるだろう。貴様のそのちっぽけな胸しか照らさぬアークリアクターとは違ってな!』
そんなところで、映像が止まった。どうやら生配信だったようなのだが、途中でオクタビアス博士のアカウントがBANされてしまったらしい。悪党もユーチューブで配信する時代なんだ、アルファベット社も大変だね。
「警部、映像からオクタビアス博士の位置は割り出せそう?」
「もう既に終わっているぞ。お前の言う通り川沿いの廃工場だった」
「やるぅ!」
私は警部に向けてグータッチを求めたが、残念ながら彼は応えてくれなかった。仕事が早い仲間がいるって良いね。その有能さが私に発揮されてなくて助かった。
「既に部隊を出動させたが、お前も行くのか?」
「当然、じゃなきゃボクがここにいる意味がないでしょ?」
そう言って部屋を出よう……としたところで、私は新しく部屋に入ってきた警官とぶつかった。せっかくかっこつけて出撃しようとしたのに。
「おっと、悪いなスパイダーマン。急ぎの報告があって」
「良いよ、全然大丈夫。ボクのことは気にしないで」
ちゃんと前を見てなかった私が悪いんだし。まったく、私の第六感ってこういうちょっとしたドジにはあんまり反応してくれないから困るんだよね。タンスの角に小指ぶつけるときとか、ファスナーに皮膚が食い込むときとか。うう、想像しただけで痛くて涙出てきそう。
「それで、報告とはなんだ」
「はい、ステイシー警部。リザードが現れました。やつは道中で市民をトカゲに変えながら、水道局の中央配水施設に向かっています」
その警官の報告で、室内に戦慄が走った。バイオテロリストが水道局に向かう理由はただ一つだ。当たり前だけど、水を貰いに行くわけじゃない。
「やつめ、ニューヨーク中の飲み水を汚染する気か。急ぎ現地に部隊を急行させろ、何としても食い止めるのだ!」
「はっ!」
報告に来た警官が部屋を出て、それから管制室はまた喧騒に包まれた。
どうやら、リザードことコナーズ博士は空気感染からより効率の良い方法へとシフトしたらしい。
一度に現れた、二人の悪党。体が一つである以上、その両方を相手することなどできない。
ドック・オクを放置すれば、ニューヨークが火に沈む。リザードを放置すれば、ニューヨークの皆が怪物になって終わる。
二者択一だわ。ある一方を選ぶなら、もう片方は見捨てるしかない。こんなとき、私は、スパイダーマンはどうすれば良い?
「わ、私はどうしたら。核融合炉は止めないと、でもそしたら水が汚染されて……!」
私は頭の中が一瞬で真っ白になって、パニックに陥った。
目の前の命を助ければ良かったこれまでとは違う。私は今、選択を迫られている。
……いいや、これは選択などではない。詰みだ、チェックメイトだ。どちらか片方を見過ごした時点で街は終わる。私はもうとっくに、彼らに敗北していたらしい。
どうにかしないといけないのに、もうどうにもできない。私だけでは二つを同時には……!
「落ち着け、スパイダーマン」
「……け、警部」
肩を掴まれ、私はハッと正気を取り戻した。目の前にはステイシー警部の姿があり、その青色の瞳には灰色のスパイダーマンの姿をした私が映っている。
「リザードは我々が対処する。だから君にはドック・オクを頼みたい」
「けど、警察じゃあリザードには……」
勝てない。そう言おうとしたけれど、警部の覚悟の籠もった視線がそれを言うのを躊躇わせた。
「警察を信じてくれ。
「……!?」
その言葉に、私は息を飲んだ。
「え、な、なんで。警部は、私だと気づいて……?」
バレてた。一体いつからだろう。まさか、最初から?
「予感はあった。だが確信を得たのは今だ。カマをかけたんだよ。君は嘘が下手だな」
「うっ……」
そりゃ、そうか。警部は私がメイおばさんが亡くなる前に自警団じみたことをしてたの、覚えてるもんね。
ああ、私のスパイダーマン生活もこれで終わりか。バレてしまったのなら、あとは逮捕されるだけだもんな。
「ごめんなさい。努力は、したんです。危ないことはやめようって。だけど私は、普通になれなくて。結局こんなんで」
警部の顔を見ることができず、私は視線を下げてぼそりとそう呟いた。
そんな私の頭に、警部はゆっくりとフードを被せて言った。
「口調が戻ってるぞ。
思わず顔を上げる。そこには厳しい表情を浮かべた厳格な警察官としてのステイシー警部ではなく、笑みを浮かべた気の良いステイシー家の父親の姿があった。
だがそれも一瞬のこと、彼の顔はすぐに、街を守る警察官のものへと戻る。
「……本当は、君にこんなことはさせたくない。普通の少女のように、家で誰かに守られるべきだと今でも思っている」
「警部」
「だが、ニューヨークが君の力を必要としていることも認めねばなるまい。警察が力不足だということもない。我々と共にどうか街を守って欲しい。できるか、スパイダーマン」
ああ、そうだ。そうだった。こんなところでウジウジと駄々をこねてる暇はない。
「うん、そうだね警部。それじゃあ警察には、ボクが核融合炉を止めて水道局に向かうまでの時間稼ぎをお願いしよっかな」
「ふ、言ってくれるな。なんなら、君が来る前に我々だけで倒してしまうかもしれんぞ」
「なら、競争する?」
「良いだろう、勝ったほうが何でも命令できるというのはどうだ」
「その言葉、忘れないでよ!」
私は警部に向かって念を押すと、管制室を出て、警察署の天窓から街へと繰り出した。摩天楼の間を駆け抜ける風が、灰色の上着を揺らす。
もう意気地なしのペトラはいない。このスーツを身に着けているうちは、私はスパイダーマンなのだから。
「もしもし、グウェンか。こんなことを頼むのは自分でもおかしいと分かっているのだが、一つ頼みたい。お前のインターン先でお世話になってた先生がいるだろう。そうだ、コナーズ博士。彼のラボから薬剤を見つけて、その解毒剤を作ってくれないか? なるべく急ぎで。……待ってくれ、切らないでくれ。これはまだ未公開情報なんだが、今テレビで報道されているトカゲの怪物はコナーズ博士なんだ。本当だ、嘘じゃない。彼を止めるためには解毒剤が必要なんだ。強制執行で薬剤を押収するためには時間がかかる、裁判所の令状を待っている時間はないんだよ。……あぁ、そうだな。お前にはいつも苦労をかける。ママにも、お前にも弟たちにもな。不甲斐ないパパですまん。……は? 『スパイダーマンに会わせてくれたら良い』? グウェン、お前あいつのファンだったのか。パパ初耳だぞ。……いや、分かった。会わせる、会わせてやるから、とにかく頼んだぞ。ん? いや採血は無理だろう。絶対に断られる。会わせるだけだからな? 解剖もダメに決まってるだろう。お前はスパイダーマンのことをなんだと思って……分かった! 聞いてみるだけだぞ!? だから解毒剤を──」