灰被りの蜘蛛 作:BNDに脳を焼かれたやつ
「やぁ、スパイダーマン。こっちに糸を飛ばしてくれないか? 明日の朝刊の一面に載せたいんだ」
「どうせ悪口書くだけでしょ? やーだよっ。自力で撮ってみな!」
「なぁ、そんな釣れないこと言うなって」
私が悪党を捕まえたとき、彼はどこからともなく現れて写真を撮った。
「やぁ、スパイダーマン! この前は写真撮らせてくれてありがとう。おかげで編集長から褒められたよ。はい、これ差し入れ。好きなんだろ、ベーグル?」
「撮らせたって言うか、勝手に撮っただけでしょ、もう。あ、ベーグルは貰っとくね」
「ついでに食べてるところも撮らせてくれないか? パン屋の宣伝に使える」
「人前でマスクは取らないのがポリシーなの! たとえ口元だけでもね!」
私が事故の現場で救助活動をしてたときも、彼はどこからともなく現れて写真を撮った。
「やぁ、スパイダーマン!」
私がビルの屋上で休んでるときも。
「やぁ、スパイダーマン!」
私が売店で飲み物を買っているときも。
「やぁ、スパイダーマン!」
私が──。
「いや、働きすぎ! ちゃんと休んでるの!?」
「あぁ、休んでるって。昨日とかいなかったろ?」
「一日だけいないのを休みとは言わないよ!?」
「そうは言うけど、ならあんたはいつ休んでるんだ、スパイダーマン」
「……昨日、とか」
「昨日は俺とは別のカメラマンがあんたの写真を撮ってるんだが」
「………………」
「『スパイダーマンにブーメラン命中!』、はいパシャリっと」
「勝手に撮らないでって言ったの忘れた?」
「フラッシュ焚かなきゃ撮っても大丈夫なんだろ?」
「そうなんだけどさぁ」
あーもう、なんだか調子狂うな。
「というか、なんでいつもボクの先回りができるわけ?」
「そりゃ、あんたがだいたい行く場所は把握してるからな。俺はスパイダーマンの写真を撮れるからって理由で雇われてるんだぞ? これくらいできて当然だって」
怖い、怖いよ。熱狂的なファンとか記者とかのレベルじゃないよそれ。もはやストーカーだよ。
「はぁ、それで、君がカメラマンを務めるようになってからのデイリー・ビューグルの売れ行きはどう?」
「絶好調さ、当然だろ?」
「それって君の写真のおかげ? それともJ.J.J.の文才のおかげ?」
「被写体のあんたの魅力7割、俺の撮影技術2割、編集長の文才1割ってとこだ。なぁ、あんたって他のスーツ持ってないのか? 例えばアイアンマンならほら、色んなバリエーションのスーツ持ってるだろ?」
「生憎、これの一着だけで他のバリエーションはないよ」
お金持ちのトニー・スタークと比べないで欲しい。スーツ一着作るだけでもお金がかかるんだ。特にこの上着なんて中古で買った防火服を改造した特注品なんだぞ。
ちなみに、ほんとは防火服を二着買ったんだけど、一着はスパイダーマークの刺繍をミスって補修布扱いになってるのは内緒。
「マジか、もったいない。あんたなら色んなスーツも似合っただろうに。赤と青のザ・ヒーローっぽいスーツとか、真っ黒なスーツとかさ」
そりゃ、スパイダーマンなんだからその色は似合うだろうけどさ。私は着る気はないよ。私にとって赤と青は特別な色だ。だからこそ、それは私に相応しくない。黒はまぁ、ね? ダメだよね。うん。街中で急に踊り出すなんてことしたくないし。
それに、私の目には色が映らないんだから、今更カラーバリエーション増やそうとしても、できないよ。
「残念でした。モデルをお探しなら他をお当たりください」
「あーいやいや。別に責めてるんじゃないんだ、拗ねないでくれ。俺の一番は君だけだよ。ほら、こっち見てくれ。カメラにポーズ!」
ホントはポーズなんて取りたくないんだけど、彼のポケットからチラチラと見える駅前のパン屋のクーポン券が私を誘惑する。くそっ、ベーグルを人質に取るなんて卑怯な!
「あぁ、そうだ。ところで君に一つ提案があるんだ」
「何さ、いきなり改まって」
「編集長の息子、ジョン・ジェイムソンって知ってるか?」
知ってる。ジョン・ジェイムソンと言えばつい最近宇宙探査から帰ってきた宇宙飛行士じゃないか。何でも、火星と木星の間にある
……と、デイリー・ビューグルに息子自慢交じりの記事が載ってたのを覚えてる。
「知ってるよ、それが何?」
「実はここだけの話、ジョン・ジェイムソンの活躍を称えるパーティーがあるんだよ。NASA主催のな。で、俺は編集長のお付きのカメラマンとして招待されてるんだが、今回はなんと!」
興奮したエディがガサゴソとカバンの中を漁っている。なんか通販番組みたいな語り口だな、一体何を取り出そうとしているのだろう。
「じゃじゃーん! 俺の判断でもう一人連れて行って良いことになってるんだ! なぁ、どうだスパイダーマン。あんた、行きたくないか?」
「結構です。興味ないんで」
私が蜘蛛糸を飛ばしてその場を去ろうとすると、エディはすかさず頭を下げた。
「待ってくれ! 頼む、この通りだ! お願いだからこのパーティーに参加してくれ、いやください!」
「うわ、デイリー・ビューグルのカメラマンがボクに頭下げてる。この写真撮ったら売れそう」
「待て、そんなことされたら編集長にクビにされる。よしスパイダー、まずは俺の話を聞いて欲しい」
仕方がないので、私は彼の言葉に耳を傾けた。ふざけた理由だったらぶっ飛ばすつもりで。
「そのパーティーにはトニー・スタークも来るんだ。俺は君とあのアイアンマンが並ぶ姿をこのカメラに収めたいんだよ。もしそんな写真を撮ることができれば、俺はきっと正社員として雇って貰える!」
「君の出世のために力を貸せって言うの?」
「もちろん、ただとは言わない。俺が出世したら、デイリー・ビューグルの君への偏向報道は控えるよう働きかけるよ!」
「えぇ……?」
別に、もうデイリー・ビューグルはそのままで良いと思う。むしろそこが味なんだし。噛めば噛むほどってやつね。
「疑ってるのか? 本当だよ、約束する。なにせ俺はあんたのファンだからな。これまでのあんたの頑張りを見て、デイリー・ビューグルのやり方は間違ってると常々思ってたんだ!」
「君がボクのファンってことは疑わないけどさ。うーん、なんだか乗り気しないな。そもそもボクみたいな覆面の不審者がパーティーに参加できるの?」
「あ、当日は普通にドレスコードで来てくれ」
思わずこのバカの口を蜘蛛糸で塞ぎそうになった私は悪くないと思う。
「正体明かすなんて無理に決まってるでしょ、バカなの?」
「わお、スパイディの貴重な本気の罵倒だ。いや、勘違いしないでくれ。招待状さえあれば、会場の中に入れるようになってるんだ。誰が誰を招待したのかも分からないようになっているし、あんたの正体も絶対バレないよ」
なんだよ、そのニューヨークの悪の組織の長たちがワラワラ集まりそうな無駄に秘匿性の高い仕組みは。上流階級の考えることは私にはよく分からん。
「頼むよ、当日私服で来て、肝心な時にスパイダーマンとして登場してくれればそれで十分なんだ。一瞬でもその場にいてくれれば、俺がバッチリカメラに収めてみせる」
「うーん」
気乗りがしない。まず、私は人助けのために活動してるのであって、こんな事例にスパイダーマンの手を貸したくないってのが一つ。私の正体がバレるような危険を冒したくないのも一つ。それに何より、私、ドレスコードに使える服なんて持ってないよ。貧乏人にドレスなんて買うお金あると思う? スーツ以外の衣服は下着、Tシャツ、ジーンズを3セット、あとパーカーが一着だけだよ。毎日洗って使い回してるってのに、そんな野暮ったい格好でどうやってパーティー会場に紛れ込めば良いのさ。
「その後は自由にパーティーを謳歌してくれて構わない。著名人に声をかけるのも良し、美味しい料理に舌鼓を打つのも良し、ジョン・ジェイムソンが持って帰ってきたとか言う地球外生命体を思う存分観察するのも良し。この世の天国だろ?」
私の反応が鈍いのに焦ってか、エディは捲し立てるように言葉を続けた。そうは言われてもやはり……待て、今なんて言った? 地球外、生命体?
「その地球外生命体って?」
「お、食いついた。あんたってもしかして科学オタクか? 分かるよ。誰しも宇宙の神秘には魅入られるものだよな。俺も中二のときはそうだった。具体的には……うわぁ、思い出したくない」
「君の身の上話は良いから、その地球外生命体ってのが何か教えて!」
「わ、分かったからそんなに急かすなって。けど、俺もそんなには知らない。なんかネバネバした黒い粘性の生き物らしいぞ。あんまり危険性もないから、当日はガラスのケースに入れられて展示されるらしい。しかし、はるばる宇宙からこの地球に連れてこられて見せ物にされるっていうのも、なんだか可哀想な気がしてくるな」
あぁ、まずいぞ。それは多分、シンビオートってやつだ。
シンビオート。私もあまり覚えてないけど、人間に取り憑いて、その取り憑いた相手に力を与えて、なおかつ凶暴にしてしまう、みたいな生態だったはず。
仮にそれがシンビオートなら、そいつに危険性がないなんて嘘だ。きっと分かってて猫を被ったんだろう。自分に危険がないと分かれば、人間はより多くの人間を呼び寄せて自分を見せ物にするって。
今頃はきっとニチャニチャ、ネチャネチャとほくそ笑んでいるに違いない。実際は、そのシンビオートが人間の方を見定めることになるんだからね!
あぁ、これじゃあエディを放っておけないよ。だって私の記憶の中では、彼とシンビオートの相性って最悪だったから。最悪ってつまり、スパイダーマンにとってという意味でね。
「分かった、行くよ。当日楽しみにしといてねエディ。君の出世は確実だ!」
「マジか、即決? そんなに地球外生命体に興味があるのか。じゃあ当日は頼んだぞスパイダーマン!」
きっとその日は大変なことになるぞ。エディが出世のことなんて気にならなくなるくらいに。
ところで、ドレスどうしよう。流石に男装で行くわけにはいかないし、かといって私に女性らしい服の持ち合わせなんてないし。
あぁ、こりゃ困ったぞ。
「スパイダー基金万歳! 給付対象事例が蜘蛛の巣みたいに広くて良かったぁー!」
私は施設の自室にて雄叫びをあげた。理由は明白、ドレスのレンタルにスパイダー基金のお金が使えそうなことが判明したからだ。金銭的に不遇な子供にもチャンスを与えるという名目で礼服のレンタルにも使える仕組みがあったなんて、私が基金を作るために頼った施設の人は天才だったらしい。サンキュー、マーティンさん。
「って言っても、私にはドレスの良し悪しなんて分からないけど。とりあえず、当日はこの一番安いやつのレンタルを予約すれば良いっかな!」
「ミス・パーカー! 何を夜中に騒いでいるのですか。既に消灯時間は過ぎていますよ!」
「うわぁ、すいませんマザー。すぐに寝ます!」
バンッ、と部屋の扉が開くと、パジャマ姿の施設長ことマザーがいた。花柄のナイトキャップがとても似合ってる。
「一体何を調べていたのですか? ふむ、これはドレスですね」
「え、いや、あの」
「ドレスをレンタルするということは、どこぞの殿方にパーティーにでも誘われましたか?」
「これはその、パーティーって言うか、てか別に殿方に誘われたとかでもなくて」
「ちなみに、どのドレスを選ぶつもりだったのですか?」
「こ、この一番安いやつを……」
マザーが頭に手を当ててはぁーっ、と深くため息をついた。
「こんなババ臭いピンク色のドレスなんておやめなさい。天国にいるあなたの叔父と叔母が泣きますよ?」
「ば、ババ臭いって。というか、この服ピンクだったんだ。選んでたら超恥ずかしい思いしたかも」
ピンク色の服を着た私なんて、うう、考えただけでも寒気がしてくる。
「まったく、お前は本当に世話が焼けますね。良いでしょう。お金は私が出します。服も私が選んで差し上げます。その代わり、一人前のレディとしてそのパーティーに臨むと誓いなさい。招待を下さった男性に恥をかかせてはなりません!」
おいおいおいおい、なんだか話がややこしくなってきたぞ! このパーティーは別にそういう意味のものじゃないんだってば!
「常々思っていました。お前には改善すべき余地がたくさんあると。まず猫背を直しなさい。みっともなく見えるし、胸も垂れます。それから髪も、シャンプーだけじゃなくきちんとケアしなさい。それでもって無造作に下ろすのではなくキチンと後ろで結んで。私の若い頃の髪留めを貸して差し上げますから。あと化粧と香水、それから礼儀作法、歩き方、言葉遣い等々──」
「う、うわぁぁぁ!?!?!?」
それからパーティーまでの一ヶ月間、私は地獄を見た。
「いよいよですね、ミス・パーカー。最後に、ドレスの色に希望はありますか?」
「どうせ色なんて分からないんで、灰色で良いです」
「まったく、何を言っているのです。お前が見えなくても、周りには魅せるのですよ。なのに灰色だなんて、せめてシルバーになさい」
「もう、好きにしてください」
誰か、魔法の杖でチチンプイプイして、一瞬で私をお姫様にしてくれないか。スパイダーマン稼業よりもしんどかったよ。
「そういえば、聞いていませんでしたが相手は誰なのですか?」
「ただの知り合いだよ」
「はぁ、知り合い。ちなみに年齢は?」
「私より10歳くらい上?」
先ほどまでウキウキだったマザーの顔がすん……と感情を落とした表情になる。それから、彼女は信じられないものを見るような目で私を見た。
「行くのはおやめなさい。10も離れた相手の誘いにホイホイ乗るなどあり得ません」
「ここまで準備したのに!?」
私は必死に急に冷静さを取り戻した彼女を説得し、何とかパーティーに行く許可を取り付けたのだった。