灰被りの蜘蛛 作:BNDに脳を焼かれたやつ
ハイヒールの音を鳴らし、黒塗りのタクシーから躍り出た。身につけた装備はマザーから借り受けた伝説の髪留め、出迎えるダンジョンは豪華絢爛なパーティー会場である。
「招待状をご提出願います、レディ」
「どうぞ。ところで、こういう場所に来るのは初めてなんですけど、恥かくような格好してないですよね、私」
「とてもお綺麗ですよ、レディ。……はい、確認できました、楽しんで」
受付を通り過ぎた後の感想はなんというか、ピカピカしてるって感じだ。天井のシャンデリア、それからステンドグラスに……あっちはディスコエリア? ミラーボールとネオンが光りまくってて最悪だ、近づかないでおこう。私の目が正常ならきっと綺麗に見えただろうに、今はただ煩わしいくらいに眩しいだけだ。サングラス持ってきて良かった。
会場にはたくさんの人たちが詰めかけている。ニュースで見たことあるような政府の偉い人から、有名女優、モデル、歌手、それから科学者まで。
「アイアンマンのことは尊敬してますとも、なにせ彼はスパイダーマンと違って正体を明かしている! まったく、旦那さんは責任感の強いお方ですな! はっはっは!」
「は、はぁ。あの、訂正しておきますがトニーは私の夫ではなく……」
それから向こうのVIPエリアで困った顔をしているのがスターク・インダストリーズ社の現社長のペッパー・ポッツで、彼女にしきりに話しかけてるのがスパイダーマンアンチの第一人者ことジェイ・ジョナ・ジェイムソンだ。
片や世界最大の複合産業企業のCEOと、片や新聞社の社長。同じVIPといっても重要度に天と地ほどの差がある。多分、主賓のジョン・ジェイムソンの親族枠としてあの席にいるのだろう。
「いてっ」
前方不注意。VIPエリアを見ていたせいで、誰かとぶつかってしまった。
「す、すいません。余所見して、て……?」
ぶつかってしまったことを謝罪しよう、そう思って相手の顔を見たとき、私は思わず言葉を失った。
「と、トニー・スター……むごっ!」
「しーっ、静かにお嬢さん。どうか黙っててくれ、今良いところなんだ。ペッパーには見つかりたくない」
そう言うと、トニー・スタークは近くのウェイターから料理を一つ取って口にくわえた。丁度お腹が空いていたので私もお盆に手を伸ばしたら、横から出てきた手に最後の料理を掻っ攫われてしまった。ああ、私の分が。
「しゅん……」
「おいおい、食べたかったならまた頼めば良いじゃないか。おい、そこの君。この子のために料理を持ってきてくれ、飲み物もな。お子様だから、リンゴジュースにしよう。知恵の実食べて、賢くなれ」
それからあっという間に、私の手にはリンゴジュースと食べ物が握らされた。ひ、人を使うのに慣れてるなぁ。住む世界が違うって実感するよ。
「あの、あなたはトニー・スタークですよね。なんでここに? VIPエリアにいなくて良いんですか?」
「勘弁してくれ、あそこは退屈だし、僕はガラスの向こうの見世物になる気はない。皆と写真を撮って回ってるんだ、ファンサービスさ。君も一枚撮るか」
「いや、結構です。カメラ持ってないので」
「なら、誰かに撮らせれば良い。おい、そこの君。一枚撮ってくれ」
彼がすぐそこにいたカメラマンの肩を叩いた。妙に見覚えのある後ろ姿の彼が振り返ると、彼──エディは私と同じように目を剥いて驚いた。
「はいはい、ってトニー・スターク!? なんでここに!?」
「質問よりもすべきことをしてくれ、君は記者じゃなくカメラマンだろう?」
「ああ、はい。すぐに撮らせてもらいま、す……?」
カメラを持ったまま、エディは目を見開いて凍りついたように固まった。視線の先は、私だろうか。
「あの、私に何か?」
「いや、すまない。何でもないんだ。ところで、お二人はフラッシュは平気?」
「僕は平気だ、慣れてるんでね」
「サングラス越しなら問題ありません」
「オーケー、それじゃあ撮るよ。ほら笑って笑って!」
トニー・スタークが私の肩を抱き寄せピースサインを決める。一方、私は苦笑いを浮かべながら彼の真似をした。会場の隅っこで慎ましやかに料理を頬張ろうとしていたのに、いきなり有名人とツーショットとは。
「よし、それじゃあお別れだ諸君。あぁ、礼は良いぞ。少女の夢を叶えてやるのが大人の責任ってもんだ」
写真を撮ると、トニー・スタークは颯爽と去っていった。
私から写真を頼んだわけじゃないのに。釈然としない気持ちのまま、私はグラスに入ったリンゴジュースを飲み干した。
「やぁ、あの、俺はエドワード・ブロックだ。エディって呼んでくれ」
「はぁ、どうも?」
手を差し出されたので、警戒しつつも取り敢えず握手する。
「……」
「……」
「……ねぇ、これって何の時間?」
「あ、いや、自己紹介だよ。君の名前をまだ聞いてない」
あぁ、そういうことか。てっきり私の正体がバレたのかと思ってヒヤヒヤしたよ。
「私の名前はペトラ・パーカーです、以後お見知りおきをミスター・ブロック」
マザー仕込みのカーテシーで礼をする。
「エディで良い。それにそんな堅苦しい挨拶も不要だ。実を言うと俺は上司にくっついて来ただけで、上流階級のマナーには不慣れだからさ」
「そ? ありがとう。私もこういうパーティーに来るのは初めてなので、浮かないように必死だったんだ。ぶっちゃけ、今のも付け焼き刃」
「ほんとに? てっきり慣れてるのかと。だって君はすごく堂々としてるし、様になってると言うか、華があるって言うか」
「いやいや、虚勢を張ってるだけだよ。周りはみんな大人ばっかりで私みたいな子供はいないし。ほんと、緊張して体カチカチになっちゃった」
肩をほぐすように腕を回した。するとポキッと関節がなってしまって思わず顔が赤くなる。ドレス姿で関節を鳴らす阿呆なんて世界中探しても私しかいまい。
「今の聞いた? てか聞こえたよね。うわー、最悪。聞かなかったことにしといて」
「あ、あぁ。聞かなかったことにするよ……って、子供? 待った、君の年齢っていくつなんだ?」
「13だけど、それが何?」
「はぁ、13!? て、てっきり17か18かと」
「ええ、私が18って、本気で言ってる? それにしては小さすぎない?」
「いや、身長は人それぞれだろ。職業柄年齢は立ち振る舞いで見るようにしてたんだが。それにしても、13かぁ、マジかぁ……」
そう言うと、エディはどこかショックを受けたように数を数え始めた。私が13だと何か問題でもあるのか?
「ところで、君はどうしてこのパーティーに?」
それはあなたが招待したからです、と言ってやりたいところだが、それだと正体がバレてしまう。
「えーっと、叔父の付き添いかな」
ここは、今は亡きベンおじさんのせいにしておこう。
「まさか、トニー・スタークと一緒にいたのは」
「違う違う。それはたまたま。彼、ファンサービスで色んな人と写真撮って回ってるんだって」
「そうだったのか。ちなみに俺は」
「J.J.J.の付き添い、でしょ? さっき自分で言ってたよ。上司の付き添いで来たって。あなたは、デイリー・ビューグルのカメラマンだよね。スパイダーマンの写真を撮ってる」
「俺のこと知ってくれてたのか? そう、そうとも。俺がスパイダーマンの一番のカメラマンさ。良かったら俺の撮った写真見せようか? この前撮ったデータが残ってるし」
「ほんと? 見せて見せて」
エディのカメラを覗き込むと、そこには以前に会話したときに撮られた写真があった。写真の良し悪しにそこまで詳しくはないけど、よく撮れてると思う。
「格好良いよなスパイダーマン」
「スパイダーマンのこと好きなの?」
「そりゃそうだ。あいつのこと嫌いなやつはニューヨーク市民じゃない。それに、前にあった地下鉄事故のとき、俺は丁度乗ってたんだよ。暴走した列車にさ」
なんと、知らなかった。どうやら私とエディには、思わぬ接点があったらしい。
「あいつが助けてくれなかったら、俺は死んでた。だから、今度は俺があいつの助けになってやりたい。世界一のカメラマンになって、スパイダーマンのイケてる写真を何枚も撮るんだ。それからいつかデイリー・ビューグルで出世して、今みたいな偏向報道はやめさせる」
「つまり、J.J.J.を追い落とすってこと?」
「追い落とすなんてそんな。けど、あの人も良い年齢だろ? 息子のジョンは宇宙飛行士だから会社を継ぐヤツもいない。そろそろ世代交代の時期なんじゃないかって思うんだ」
「良い夢だね。きっと叶うと思う」
「あはは、だと良いんだが」
「それに、あなたはさっきフラッシュのこと確認してくれたでしょ? 撮られる側のことを考えられるのは、良いカメラマンの証拠。エディはきっとすぐに、世界一のカメラマンになるよ!」
会場に拍手喝采が鳴り響いた。どうやら、ジョン・ジェイムソンのご登場らしい。
「ごめん、私もう行かなきゃ」
「ま、待ってくれ。良かったら連絡先を──」
「ブロック! どこにいる! さっさと息子の写真を撮れ! 晴れ舞台なんだぞ!」
何かを言いかけていたエディがJ.J.J.に呼ばれている間に、私は颯爽と会場から姿を消した。
「そしてこれが、私がアステロイドベルトから持ち帰った地球外生命体です! あぁ、安心してください。こいつは無害です。なにせ少なくとも、マンハッタンのど真ん中で銃をぶっ放したりしませんからね」
ジョン・ジェイムソンのジョークに会場が沸いた。彼の傍らにはガラスのケースがあり、その中には黒いネバネバとしたものが蠢いている。
ゴンッ、ゴンッと、黒い何かがガラスを叩く。その場にいる人間は、まさかあんな小さな生き物が強化ガラスを割れるはずないと思っているのか、そのことを気にも留めなかった。
天井から見守る、私以外は。
「この生物に、私は名前をつけました。このドロっとした見た目から、これしかないと思ったんです。その名前は」
カメラのフラッシュが瞬き、会場がシャッターを切る音で包まれる。
そう高らかに宣言するジョンの横で、展示ケースのガラスにピシリと、一筋のヒビが入った。
「ヴェノムです!」
そして高らかに宣言したその名は、怪物の誕生を祝福してしまったみたい。
「ジョン、後ろを見ろ!」
轟くJ.J.J.の怒声。父親の声に従ってジョンが後ろを見たときには、そこにはすでに彼を食おうとするヴェノムの姿があった。
「な、なんだ。どうなってる、なんでこんなに大きく……!?」
「ジョン、早くこっちに来い!」
「と、父さ──」
突然のことに会場はパニックに包まれた。壇上で後ずさり、ジョンが助けを求めるように手を伸ばしている。J.J.J.はその手を掴もうと必死だが、人の波に飲まれてその手が届くことはない。
誰もが、彼が怪物に食われて死んだと思った。
「やぁ、どうもジョン・ジェイムソン。あなたのお父さんが嫌いな蜘蛛の手で良ければ貸してあげようか?」
私以外は。
蜘蛛糸を伸ばし、ジョンをシンビオートから奪い取る。
「どうも、ジェイムソンズ。お礼は紙面でお願いね」
「ジョン、良かった……!」
普段なら出会い頭に罵倒が飛んできそうなところだが、今回は流石に息子への心配が勝ったのか私へのコメントはなかった。
「さーて、おはようヴェノムくん。腹ペコのところ悪いんだけど、ボクら人間は君の餌にはならないんだよね。良かったら美味しいベーグルのお店にでも案内するけど?」
逃げる皆を背後に、私はシンビオートと対峙する。第一目標は人命救助だ。こいつを倒すのは二の次だ。
「もしくはチーズバーガーの店でも良い。地球一の逸品だ、エイリアンの彼も気に入ると思うが」
などと思っていると、背後から予想外のセリフが投げかけられた。
「えっと、どうもトニー・スタークさん。スーツがないなら逃げた方が良いと思うんですけど」
私の背後には、スーツ姿のトニー・スタークがいた。スーツっていうのはつまりアイアンマンスーツじゃない礼服のスーツのことだ。
「ああ、心配どうもスパイダーマン。だが安心してくれ。着るスーツはないが、戦うための武器なら持ってる」
不敵に笑うトニーの両サイドに、天井を貫いて二機のアーマーが参上した。色の分からない私ではぱっと見た限り、普通のアイアンマンスーツに見えるが。
「アイアン
「無人機!? すごいですね。けどスタークさん、前に無人機で痛い目見たんじゃなかったっけ? 確か、エキスポのとき」
何年か前に、スターク社主催のエキスポで軍用無人機ロボットが暴走したことがあった。当時はアイアンマンとウォーマシンの活躍で事なきを得たけど、今度は大丈夫なのだろうか。
「おいおい、あれはハマー製だ。僕のと比較するんじゃない。それで、君はどうする。協力するか?」
スタークさんは自信満々だ、どうやら大丈夫らしい。
「ぜひお願いします!」
無人機と一緒に、私はシンビオートへと襲いかかった。
3対1ならすぐに決着がつくかと思ったが、そうでもない。不定形なシンビオートには物理攻撃が効かず、無人機のリパルサー攻撃も一点集中タイプの攻撃なのでシンビオートを焼き尽くすまでには至らない。
「そいつの弱点は音と熱、特徴は他の生物に寄生することです! 寄生されたらまずいので、念のため生身のスタークさんは離れててください!」
「なるほど、音と熱ね。それなら僕も戦えそうだ」
「ちょっと!?」
私の忠告を無視してスタークさんは一歩前に出ると手をかざす。すると彼の手に展開されたガジェットから指向性のある超音波のようなものが発生した。
「シンビオートの動きが止まった? これなら……! スタークさん、ボクが燃料を投下するから、そしたら火を付けて!」
「坊やが何かに気づいたようだ。J.A.R.V.I.S.、無人機の一機にスパイダーマンの仕事を手伝わせろ。一機はそのまま僕の護衛だ」
私は会場の裏、厨房へと飛び込み目当てのものを探す。
『何かお探しですか?』
「うわぁ、びっくりした」
棚の中を物色していると、私のすぐ隣にスタークさんの無人機が現れた。
『失礼しました、私の名前はJ.A.R.V.I.S.。トニー様のサポートAIです。何かお手伝い致しましょうか?』
「えっと、スパイダーマンです、どうも。それで、今は度数の高いお酒を探してるんだ。それをあいつにぶっかけて、リパルサーで攻撃すれば火が付くでしょ?」
『承知しました。スキャン中、高アルコール濃度の酒類を検索。発見。スピリタス、アルコール度数96度。可燃性は抜群です』
無人機の目から青い光が出たかと思えば、彼はあっという間に目的のものを見つけてしまった。仕事が早いね。
『それから、そちらの物陰に民間人が一人紛れ込んでいます』
「民間人?」
逃げ遅れた人でもいたのだろうかと私は首を傾げる。
「いやぁ、はは。やぁ、スパイダーマン。ちゃんと来てくれてたんだな」
しかし、しれっと物陰から飛び出てきたのはなんとエディだった。逃げずにこんなところで隠れていたらしい。
「エディ? なんでここにいるのさ、逃げてないとダメでしょ」
「あんたらが戦ってるなら、その姿をカメラに収めるのが俺たちカメラマンの仕事だ。そうだろ?」
『私が避難させましょうか?』
「……はぁ、ごめんジャービスさん。放っておいてくれる? 多分邪魔はしないと思うし」
「恩に着るよスパイダーマン!」
「危ないから、絶対近づかないでね」
私が釘を刺すと、エディは首を縦に振る。私はそのまま厨房を出て、音波の檻の中に閉じ込められたシンビオートにふんだんにお酒をぶっかけた。
「やって、スタークさん!」
「ご指名どうも。さぁ、お待ちかねのフランベの時間だスライム君!」
輝くリパルサーから光が放たれる。その音は酒を被ったシンビオートに容易く火をつけ、あっという間に焼き払ってしまった。
「任務完了、よくやったなスパイダーマン」
「ありがとうございますスタークさん。おかげで助かりました」
「ああ。ところで、どうやって君は弱点に気づいたんだ? そのマスクの下は、まさかNASAの職員? 実に興味があるね」
「あ、いや、それは……」
困った。私の知識のことは、私自身も上手く説明することができない。生まれたときから記憶があるだなんて、頭おかしいとしか思われないだろうし。
なんとかして誤魔化さなければ。
「ち、知恵の実を食べたおかげかな?」
「……なんだって?」
だめだ、頭のなかにぱっと思い浮かんだ言葉を使ってみたけど、やっぱり誤魔化せない!
「いや、なんでもないです! ボクもう門限なんで帰ります! さようなら!」
「おい、待つんだスパイダー。まだ話は──」
その言葉の最後を聞くことなく、スタークさんの無人機が作った天井の穴を通って、私はパーティー会場を後にした。
施設に帰って早々、マザーからそれはもうたくさん叱られた。
「事故があったと知って心配しましたよ。無事だったなら連絡くらいしなさい!」
「すみません」
まさか宇宙生物と戦っていたなんて言うわけにもいかず、私はしくしくしながら彼女の説教をやり過ごした。
「ふぅ、これで一安心、だよね?」
シンビオートはもう燃やした。これでエディが寄生されることもないだろう。きっと一件落着だ。そのはずなのに。
どうにももやもやが晴れない心地のまま、私はベッドで眠りについた。