Jukebox Driver 作:Penthouseはいいぞ
「ふぅん。これが噂のすごいアンプかぁ」
南宮羽は、PAに通された一室でまじまじとアンプを見ていた。
真空管のプリアンプとパワーアンプ。
それがDACを通してPCと繫がっている。
ちらり、と、そこから更に繫がっているものを見た。
一室に置くには大きなスピーカーだ。
サイズが大きいということは、当然音量も大きく出る。
さらに振動板も大きいから、鳴らすにはより大きなパワーが必要となる。
……ということを、PAさんがやたらイキイキと話していた。
「んでも、どうしてボクたちここに呼ばれたんだろうね?」
「さぁ……? でもセシリア先生の言うことだもん。たぶん、重要なことじゃないかな」
「とかゆーて、さっきアリアちゃん一人だけ別の部屋でなんかさせられてへんかった? 何やるか知っとるんちゃうか?」
「ごめんね、アリアほんとに知らないや……」
「あ、そんな謝らせたかったわけちゃうくて」
あわわと慌てる千夏の姿はいつ見てもかわいらしい。
からかおうと動き出した瞬間、話題の人物──セシリアが入ってきたので、羽は行動をキャンセルした。
「お待たせ。ごめんなさい天使ちゃんたち、ちょっと手間取っちゃって」
「いやいや、全然大丈夫です。ところでこれから一体何を?」
「せっかく良い機材があるんだし、少しばかり借りれないかと思って。アリアにマイクを変えて歌ってもらった音源があるから、それぞれの違いもわかりやすいでしょうし」
なるほど、と思った。
羽はすぐに気づく。
これはセシリアなりに、羽たちに課題を見つけさせようという考えだ。
例えば、千夏であれば音源の処理。
妄想エンジェルの曲はDTMにて千夏が作成しているものである。
基本的にはその処理まで千夏が行うことが多い。
外注するほどの余裕もないためだ。
録音のための機材をレンタルなんかはまだ可能だが、いわゆるミックスからマスタリングにかけては千夏が行っている以上、やはり品質面での限界がある。
過剰な処理が起こっている部分や、処理が足りていない部分。
それをハイエンドシステムによって認識させ、音源のクオリティを更に上げようというのだろう。
アリアの場合は微細音の処理をしていないことから、どれだけの音が録音に入っているのかを見せようという意図だろうか。
そして羽には全体を通した分析と、それによる今後の方針のコントロールと言ったところだろうか。
などと。
はっきり言葉にしたわけではないが、羽の頭で、瞬間的にいくつもの考察が繰り広げられる。
「それじゃ、流すわね」
──そして、その考察すべてが、音を聴いた瞬間に崩れ去った。
それはただの声ではなかった。
少なくとも、マイクというものを通して劣化し、代わりに色がついた音が、更に濃い音色になって引き出されていた。
その抑揚の部分に、さながら陰影のような起伏が現れている。
まるで目の前にいるかのような、けれど生声では決して出てくることのない、
そのまま、いくつかのバリエーションが再生されていく。
(──さっきのはたぶん1173系? マイクは同じぽいよね、帯域バランス自体はほとんど同じだったし。添加された音色部分がこっちはカラっとしてる。あ、掛け撮りだったんだ。コンプのバランスも変わってる、もっと緩くかかってそう。ここでマイク変わった? さっきより低域が減ったけど……アリアちゃんの声ならむしろこのほうがいいかな。さっきのはギラついてる感じもあったし。帯域はフラットめだけど音色はマイクプリのカラー強くしたら解決するし)
羽の思考の中で、知識と感覚のニュアンスが合致していく。
機材による音の変化は微細で、本当に合う組み合わせというのは難しい。
最終的には一般的な録音環境のままに甘んじることが多いだろう。
それが、今すべて、目の前で暴かれている。
もちろん、これが正しく音とは言えない。
音楽性がありすぎている。
製作用にこのスピーカーを取り入れるわけにはいかないだろう。
それでも、これは凄まじい。
街中で流れていれば、スルーしてしまうような音。
それでも、いざこうして向き合うと、その瞬間にどれだけの高みにあるのかがわかる。
そして、その音の秘密はきっと。
(……気になるなぁ。なんだっけ、オーディオショップ……えーと……あの特徴的なネコちゃんのアイコンのところ……)
そうして、南宮羽は例のオーディオショップに興味を持ったのだった。
高校生になってなさそうなくらいの子から連絡があったんだが。
と、唖然としたのは最初だけ。
どうやらアイドルらしい。
だったらまだ理解できる。
アーティストとかがオーディオに触れるケースは結構あるからな。
それに俺はライブハウスに機材を卸したりしてたわけだし。
こうしてコンタクトがあったのもその伝手だろう。
どうも対面で話をしたいとのことだったので、最低限の荷物を積み込んで移動する。
若いんだし、スピーカー用のセットには手が出ないだろう。
少なくとも即決はできねぇはずだ。
即決するようなら俺が止める。
オーディオは詐欺が横行してるジャンルだからな。だから衰退した。
若い芽を大事にするべきである。
そういうわけなので、ポータブルの機材だけ用意した。
待ち合わせ場所のカフェに到着。
座っているのは一人だけだった。おそらく彼女が依頼人だろう。
「……へぇ」
特徴的な光輪と翼。
俺みたいなタイプのシリオンか。
珍しいな。
まいった。
共通点があるやつには甘くなっちまうんだよ。
真夜中に眠れなかったりとか。
同じ知り合いがいるやつだとか。
例えば同じシリオンだとか。
「南宮羽さんですか?」
「あ、はい」
俺が声を掛けると、彼女はそこでようやくこちらを認識したようだった。
最初に光輪。
そして羽へと、視線が動く。
「どうも。オーディオショップ店主のシドです」
「あ、こちらこそどうも」
「対面、座っても?」
「はい、もちろん」
許可を得たので着席する。
カフェか。
最近よく来るな。
おかげで自分の好みもわかってきた。
ということで、普通に抹茶フラペチーノを注文。
掛けていた薄赤色のカラーグラスをのける。
胡散臭いと思われても嫌だしな。
ただでさえ遊んでそうって言われる見た目なんだ。
こんな若い子と一緒にいたら職質されてもおかしくない。
「で、話を聞きたいとのことですが」
「そうですね。ボク、そこのライブハウス『404』にはお世話になってるんですけど、この間シドさんの作ったアンプの音を聴いたんです。それで、びっくりして。すごいスピーカーなら、あんなふうに録音の些細な違いがはっきりわかるんだって」
ふむ。
合わせてるスピーカーは……たしかあれだったか。
デカいホーンスピーカーだったな。
ぶっちゃけアンプというよりはスピーカーのほうが凄い。
ありゃ珠玉の出来だ。
エンジニアは一生分賞賛されていいクラス。
「それで気になったと?」
「はい」
「あのシステム総額で六百万くらいするからやめといたほうがいいですよ」
ぶっちゃけオーディオってのは自己満足の世界だ。
そこにたどり着くまでの試行錯誤も多いし、まともじゃない機材を買うことだって多い。
普通に生きてるならそこまで突き詰める必要はないものである。
「録音は出てきませんが、最初はヘッドホンやイヤホンで充分でしょう。もしくはローミドルのスピーカーで。そこから徐々にステップアップしていくべきです」
「徐々にってどれくらいですか」
食い気味の言葉に、俺は彼女の言葉の続きを促す。
「一年? 二年? もっと進んで十年ですか? そうやってゆったりとしている暇はないんです。ボクは、あなたの見ている音の秘密が知りたい」
随分と勘が良い。
あるいは、観察眼が良い。
どうすっかな。
ただの言葉の綾だとしても、そこを突かれたのは久しぶりだ。
同じシリオンの誼もある。
何やら随分と真剣そうだし、ちょっとばかし手を貸してやろうという気にならなくもない。
しゃーない。
新規には優しく、というのも界隈の常だしな。
「通販専用っつってるけど、うちって一応店舗用意してあるんですよね」
「……?」
「視聴室もあるんですけど、自分に必要なのはどのラインからか、気になりませんか?」
店舗っつーか作業場なんだが。
言いながら、俺は指で鍵をくるりと回す。
彼女は、やや迷った後に頷いた。