押収から五日、証拠品はまだ跳ねていた。宿舎の隅に置いた鉄枠の箱の中で、ブラッジャーは昼夜の別なく壁に体当たりを続けている。がん、がん、がん。取調べで音を上げない被疑者は何人も見てきた。五日間一睡もせず暴れ続けた奴はさすがに初めてだ。おかげで日野は五日間あまり寝ていない。
診断は初日から手詰まりだった。ブラッジャーの仕組み自体は知っている。何が悪さをしているのか、まるで掴めないのが問題だった。
やったこと。探知呪文。反応はあるが読めない。解呪の標準手順。三系統試して三系統とも弾かれた。呪いの構造を透かし見る検出術。層が複数あることまでは分かる。追尾の層、標的識別の層、その下にもう一枚あった。おそらくこいつが大本命だ。だが術式の文法が読めない。南硫黄島で叩き込まれた分類表のどこにも、この書き方は載っていない。
読めない爆発物の処理方法は、世界中どこでも同じである。安全な場所で爆発させて読むのだ。
金曜の夜、妻(そろそろ三通目を出しておかないと後が怖い)と娘への手紙(相変わらず何も書けない)の代わりに制御解放試験の計画書を書いた。場所、クィディッチ競技場。日時、日曜早朝。立会、マダム・フーチ。施設管理者として、および球体の専門家として。
翌朝、フーチは計画書を一読して鷹の目を細めた。
「試合も無しに暴走してるブラッジャーを野に放つってのかい。正気?」
「放しませんよ。放して、止めるんです」
「……ピッチでやるってんなら、見届けるのが筋だね。壊したら弁償だよ」
どこから聞きつけたのか、その日の昼にはウィーズリーの双子から見学申請が来た。書面で、である。様式は自由と教えたのが運の尽きで、目的・観測位置・安全対策まで整備されていた。却下と朱書きして返した。理由欄には危険とだけ書いた。
夕方には再申請が来た。安全対策が三項、増えている。却下と朱書きして返した。理由欄には様式が正しくても却下すると書いた。役所の万能句である。双子は廊下でこれ見よがしに肩を落としてみせた。
日曜、夜明けの競技場は霜の匂いがした。結界杭を八本、ピッチ中央を囲むように打つ。風向きを確認し、フーチの観測位置を風上の観客席に指定した。箱は結界の中心。袋の口を縛った白い縄の結び目に、遠隔で解ける仕掛けを一つ。
準備を終えて日野は手を止めた。
いるな。
観客席の下、南側の物陰。気配が二つ。息を殺しているが、殺し方が素人だ。若い。小さい。どっちの気配にも覚えがある。九月の始め、暴れ柳の下で泥まみれになっていた二人だ。姿は見えない。見えないのに気配だけあるという状態には種があるのだろう。この国の魔法はまだ全部は知らない。
追い出すかと一瞬考えてやめた。双子の申請を二度潰した。たぶん、潰したことによって湧いた別口だ。少年の好奇心は水と同じである。塞げば低い方へ回り込む。回り込んだ先はもう追うだけ無駄だ。無駄と分かっていることに労力を割くのは、役人として一番やってはいけないことである。
日野は何食わぬ顔で南側の結界杭を一本抜き、五歩ぶん外へ打ち直した。物陰の二つの気配が結界の内側に入るように。気配二つ分を背にして、フーチに呼びかけた。
「マダム・フーチ。始めます」
観客席の上でフーチが親指を立てた。
「合図で袋を切ります。そこから先は――俺が何をしても驚かないでください」
縄の結び目を遠隔で解いた。袋が破れる音より先にブラッジャーが飛び出していた。五日分の鬱憤を全部乗せた初速で、まっすぐ、日野の後ろで隠れている二人へ。
体が勝手に受験の姿勢を取った。
「インペディメンタ」
一射目。教科書通りの発音、教科書通りの杖の振り幅。呪文がブラッジャーの機首を叩き、軌道が泥に突っ込んだように鈍る。鈍った鉄球が空中で身を捩り、再加速――させない。
「アレスト・モメンタム」
二射目。運動量が殺される。ブラッジャーが空中で藻掻く。藻掻いて、横へ逃げる。逃げた先は読んである。
「イモビラス」
三射目。鉄球が地上三米の空中で完全に静止した。
袋を出てから、四秒。
杖の振りを最小限にはしない。崩し撃ちは減点。無詠唱は美しいが、規格外につき採点対象外。
東京都立小笠原小・中・高等学校南硫黄島分校――国際的にマホウトコロとして知られる学校の実技は、書道に似ている。規格通りの形を、速く、百回、寸分違わず同じに書けた者から上の色のローブが与えられる。
家の言葉を使わない約束で島へ入った以上、日野に残っていたのは第二言語だけで、だから朝の素振りも、放課後の的も、消灯前の壁打ちも、突き詰めれば全部が同じ一つの作業だった。振り幅を規格に合わせ、発音を辞書の通りに揃え、そうやって覚えた減点されない魔法を、誰よりも速く撃てるところまで磨いた七年である。
規格通りを速く百回。それで、金までは行った。
十七の春、日野の背には金のローブがあった。金の先に、うちの筋の者が座れる席はなかった。それだけの話だ。
試験官はもうどこにもいない。現場では試験官のことなど思い出している暇はなかった。あったらとっくの昔に死んでいる。だから形は崩れる一方だったし、無言呪文が当たり前だった。体が数年ぶりに減点を恐れたのは、ここが学校だからだろう。
「さて」
日野は静止したブラッジャーに歩み寄った。ここからが本番である。
杖先を鉄球の表面に当て、呪いの層を一枚ずつ引き剥がしていく。外科手術だ。一番外の層、追尾。焼き切って、剥がす。二枚目、標的識別――剥がしかけて、手を止めた。識別の対象記述が名前でも姿でもない。もっと妙なもので書いてある。匂いに近い何かで。手帳に写し取れるだけ写し取り、剥がす。
そして最深部。読めない層が剥き出しになった。文法のない術式。強いて言えば、術式というより願いをそのまま固めたような――
剥がしにかかった瞬間、ブラッジャーが最後の抵抗をした。内側から膨れ、罅割れる。爆発する。
「プロテゴ」
盾の呪文が半球に展開した。鉄の破片が驟雨になって盾を打ち、打ち尽くし、半球の縁に沿ってばらばらと落ちた。日野は盾を維持したまま十秒数え、解除し、落ちた破片を検めた。
一片も結界の外に出ていない。
破片を全部拾い、数え、計量し、封入した。四十七片、総量は元の球体と誤差百グラム。内側の何かが消し飛んだ分だ。最深層の術式は読む前に自壊した。読まれることを拒んだように。
観客席からフーチが降りてきた。半分呆れ、半分値踏みの顔だった。
「……あんた、呪い破りの経験は」
「受験で少々」
「受験だって?」
「うちの国の実技試験は、当てるより止める方が配点が高いんです」
「変な国だね」
フーチは静止呪文の焼け跡が残る空中を見上げ、それから真顔になった。
「三発全部が教科書の見本を三倍速みたいな詠唱だった。あたしゃ審判を三十年やって初めて見たよ。その腕で、なんだって教師なんかやってるんだい」
「命令なので」
言いかけ、日野は言い直した。
「教師も悪くないもんですよ」
半分くらいは本心が混ざっていることに気づいて、少し困った。
南側の物陰の気配二つは、試験の途中から呼吸を忘れていたようだ。帰り際、日野はそちらを見ずに、聞こえる程度の声で言った。
「朝飯始まってるぞ。走らないで戻んな」
物陰で何かが盛大につまずく音がした。
翌日には怪談の新章が始まった。曰く、ヒノ先生は鉄球と決闘して三手で勝った。曰く、爆発した破片が空中で全部止まった。曰く、先生は姿の見えない観客に気づいていた(これは事実だ)。曰く、先生は今も試験と戦い続けている(これは何の話だ)。双子の敬礼が、二礼一拍手の様式に進化した。神社か。
日誌に一行。風評被害、続報あり。訂正は諦めた。
コリンのカメラは静かな証拠品だった。外装、無傷。レンズ、無傷。焦げも歪みもない。ただ中のフィルムだけが、巻き取り軸ごと熔け固まっている。
外から焼かれてはいない。外装に熱の痕がないからだ。では熱源はどこから入ったか。入り口は一つしかない。レンズだ。何かがレンズと鏡筒を通ってフィルム面に達し、そこだけを焼いた。光の通り道を、光ではない何かが通った。
コリン・クリービーは、ファインダーを覗く姿勢のまま石化していた。つまり、その何かをコリンはレンズ越しに見た。
日野は手帳を開き、三つの事例を並べた。
一、五十年前、マートル。個室の扉を開け、直視した。結果、死亡。
二、コリン。レンズ越しに見た。結果、石化。
三、ミセス・ノリス。現場は床一面の水。松明の火を鏡のように映す水面。猫の視線の高さなら、廊下の先を見る前に、まず水面の反射を見る。結果、石化。
線が引けた。
凶器は視線である。直視は死。ガラス越し、水鏡越しの間接視は、致死を石化に減衰させる。マートルの涙の副産物が、皮肉にも猫の命を救ったことになる。
視線で殺すもの。壁の中を動くもの。手帳に書きかけて日野はペンを止めた。頭の中にある故郷の棚が、軋みながら開き始めている。
その棚を開ける前にやることが二つある。
対策の一つ目は鏡だ。直視が死で間接視が減衰なら、答えは道路交通にある。曲がり角の先を直視せずに確認する道具。カーブミラーだ。日本の通学路には電柱の数だけ付いている、あれである。
材料はフィルチの物置から出た金属盆と大皿。フィルチが五十年の執念で磨き上げ、マクゴナガルが変身術で曲率を付けた。副校長の変身術は見ていて惚れ惚れする精度だった。平皿が寸分の狂いもない凸面鏡になる。
「それで、ヒノ教授」
曲率を確かめながら、マクゴナガルが言った。
「この鏡の本当の理由は」
視線の仮説は言えない。公表すれば確実にパニックになる。「怪物と目を合わせるな」と千人の子供に告げて、統制が保てる道理がない。O.W.L.を控えた五年とN.E.W.T.を控えた七年が、恐怖に駆られる下級生を率いて暴動を起こすだろう。その結果起きるのは魔女狩りであり、焼き討ちである。
「出会い頭の衝突防止です」
日野は用意した答えを言った。
「甲冑と生徒、生徒と生徒の接触事故、今学期すでに九件。うち一件は乱闘に発展しています。つい先日のワリントンとマクラーゲンのあれです。曲がり角の見通し改善は保安の基本でして」
「……九件。本当に?」
「台帳の通番八十一から八十九です。写しをお出ししましょうか」
「結構」
マクゴナガルは眼鏡の奥から、長いこと日野を見た。それから鏡の角度を直しながら、独り言のように言った。
「衝突防止。いいでしょう。職員会議にはそう諮ります。そういうことに、しておきます」
この人は気づいている。気づいた上で問い詰めずに通してくれる。
設置はフィルチと二人で三晩かけた。主要動線の曲がり角、二十一箇所。脚立を支えるフィルチは作業中ずっと不機嫌な顔で、鏡の位置には誰より細かかった。
「もう半インチ右だ。……そこだと階段の三段目までしか映らん。夜回りにゃ五段目まで要る」
「詳しいですね」
「五十年、この角で悪ガキを待ち伏せてきたんだ」
管理人の五十年は、そのまま城の動線の教科書だった。
対策の二つ目、夜間体制の再編はマクゴナガル経由で職員会議に通した。日没後の生徒の単独移動の制限、寮監による就寝前点呼の徹底。反対意見(「窮屈すぎる」)にはコリンの空きベッドの話を一度するだけで足りた。
騒ぎは鏡の設置の三晩目に来た。
北棟三階、配管が壁の中を走る区画。脚立の上で鏡の角度を調整していた、その時だった。
袖の中が騒いだ。
日野は脚立の上で動きを止めた。
これは綱を引く犬だ。散歩の途中で犬史上最大の何かを見つけた犬が、全体重で綱を引く。そういう浮かれ方だった。そしてたいてい、そういう時の飼い主は飼い主史上最悪の振り回され方をする。
袖の呪符が熱を持ち、白いものが布の下でうねり、壁へ、壁の中へ行きたがっている。反射的に手で抑え、自分の眉間の皺が深くなっていくのを感じながら声をかけた。
「静かに」
日野は袖を上から押さえた。押さえながら壁に手のひらを当てた。石は冷たく静かで、何の音もしない。だが、袖の中は騒ぎ続けている。
「フィルチさん。今夜はここまでにしましょう」
「あ? まだ二枚――」
「ここまでで」
宿舎に戻り、手入れをした。塩と水を替え、呪符も替える。うちのはまだ収まりきらず、皿の塩がみるみるうちに黒く変色し、減っていった。二十年、夜の間に少しだけ減るのが常だったものが、目の前で勢いよく減った。
日野は暗い天井を見ながら、事実だけを並べた。
うちのは格下には反応しない。九月からこの城で、幽霊にもピーブズにも微動だにしなかった。こいつが動くのは、格上か同格の何かの前だけだ。そして二十年飼って、こいつがここまで浮かれたのは初めてである。
壁の中にいるのは、うちのが会いたがる何かだ。
恐怖で反応する探知機はまだいい。喜ぶ方がずっと怖い。黙らせるには、真実に到達して対策を練るしかない。
頭の中の棚を開けた。
視線で殺すもの。壁の中、水回りに沿って動くもの。蛇の神格が会いたがるほどの、格のあるもの。故郷の伝承の棚には断片が幾つも転がっている。見合った者を殺す蛇の話。夜行のものは一番鶏に退く、という婆様連中の言い草。鶏鳴は魔を払う。日の出の声は夜の理を破る。理屈は知らないが、うちの祖母の代までは理屈以前の常識だ。
理屈の確定を待つ理由はない。対抗手段が安いなら、先に打つのが現場である。
日野は鶏を、雄雌の番で三組発注した。もちろん私費である。教材費に「鶏」の費目などあるわけがない。
飼育はハグリッドに頼んだ。森番は「賑やかでいいなあ! 卵も採れるしなあ!」と、二つ返事で引き受けた。小屋の脇に囲いができ、朝の校庭に場違いに長閑な鶏鳴が響くようになった。
雄雌どちらも全滅したのは、九日目の朝だった。ハグリッドは死骸をひとつ持ち上げて、しばらく黙って見ていた。何か言いかけてやめた顔だった。日野は訊かなかった。訊いて答えられることなら、この男はもう言っている。
「アナグマか狐かねえ」
と、ハグリッドは死骸を前に首を捻った。
「けど、妙なんだ。食われとらん。一羽もだ」
日野は囲いを検分した。錠、無傷。金網、破れなし。地面、掘り返しなし。獣の足跡、なし。羽毛の散乱は最小限で、六羽とも首を絞められている。絞め方に爪の跡がない。
手だ。
日野はしゃがんだまま、しばらく動かなかった。鶏を、狙って殺しに来た。つまり、鶏の意味を知っている者がいる。鶏鳴が何に効くかを知っている。怪物の性質を知っている者がこちらの手を読んで、先に潰した。
捜査は一方的に見る行為だと思われがちだが、まったく違う。筋のいい事件ほど途中から双方向になる。向こうもこちらを見ている。今、それが確定した。九日前に打った手が読まれた。ということは遅くとも九日前から、俺は観察されている。
帳場の紙に一行足した。
被疑者は鶏の意味を知っている。すなわち怪物の性質を知っている。そして当職の動向を把握している。
ウィーズリー家の子らの面談は、十二月の頭に組んだ。
名目はブラッジャー事件の被害者家族対応である。加害の標的はポッターだったが、細工された球体はウィーズリー家の兄二人が素手同然で押さえ込んでいる。事後の心身の確認という筋で、五人を一人ずつ研究室に呼んだ。
パーシー・ウィーズリーは模範解答の見本市だった。制度と学校を信頼しており、しかし欠点を挙げることに躊躇がない。
「学校の危機管理体制について、監督生として三点、提言があります」
「お、いいね。言ってみなよ」
提言書は後日、本当に提出された。内容は手堅く、様式も悪くない。
双子は二人で呼んでいないのに二人で来た。
「俺たちは戸籍上は別ですが」
「運用上は一名です」
なら風呂トイレもずっと一緒かと突っ込んでやったが、ゲラゲラと笑いが返ってくるだけだった。
ロナルド・ウィーズリーは車の件をまだ気にしていた。
「あの、父さんの車、まだ森に……」
「捜索第七回、成果なし。元気らしいぞ」
「元気……」
自分で探しに行かないよう釘を刺しておいた。響いたかはあやしい。
最後が、ジネブラだった。
赤毛の一年生は椅子の縁に浅く座り、膝の上に鞄を抱えて、まっすぐこちらを見た。
「兄さんたちが、お世話になりました」
「いや、世話ってほどのことは。……調子はどう? 学校は楽しい?」
「はい、楽しいです」
半拍、早い。
「授業は? ついていけてる?」
「はい。呪文学が好きです」
「そう。友達は」
「できました。同じ寮に」
日野は茶を淹れ直しながら、職業の底の方で小さな疑いが立ち上がるのを感じていた。
受け答えが完璧なのだ。完璧に、正常。質問の半拍前に答えの形が出来上がっている。噛まずに迷わない。視線が揺れない。十一歳、初めての寄宿生活の、兄の事故の後の面談でこの滑らかさ。台本のある証人の喋り方に少しだけ似ている。
「……ミス・ウィーズリー。最後に一つだけ。何か、困ってることはない? 何でもいいよ。授業のことでも、寮のことでも、それ以外でも」
一拍。瞬きが一度だけ長かった。
「ありません」
それだけだった。少女は礼儀正しく一礼して、部屋を出ていった。扉が閉まる。
日野は面談記録の紙を前に、ペンを持ったまま座っていた。
兄四人は全員が自分の話をした。提言と、冗談と、父親の車の話を。妹だけが面談のあいだ一度も、自分の話をしなかった。訊かれたことに、訊かれた分だけ答えて出ていった。
物証、ゼロ。本人の申告、なし。兄四人の証言、「妹は元気」で一致。顔色は九月よりむしろ良い。食堂での様子も近頃は落ち着いて見える。挙げられる異常は、受け答えが滑らかすぎることだけ。調書に書けば失笑される所感だ。
滑らかすぎる、で人は挙げられない。挙げられないが、忘れることもできない。
面談中の袖は静かだった。それも記録した。ジネブラの鞄は膝の上にあった。うちのは微動だにしなかった。探知にかからなかったという事実だけを、日野は正直に紙に残した。
経過観察。優先度・低を横線で消して、中と書き直した。
半歩しか進めなかった。
夜、帳場の紙を広げる。
凶器は視線(作業仮説)。直視は死、間接視は石化。対策は鏡二十一箇所、夜間体制、実施済み。怪物は壁内・水回りを移動。鶏鳴を忌む可能性。格、極めて高い。
その次の行でペンが止まった。
蛇性、と書きかけてやめた。
まだ書かない。書けばそれは名指しになる。名指しというのは、うちの国では呪いの初手である。確度の低い名指しが紙に載った時に何が起きるか、憑いている家の者は骨身で知っている。書くのは確度が上がってからだ。紙は嘘をつかない。つかないからこそ、載せる言葉は選ばなくてはならない。
最後に面談記録の綴りを意味もなく開いた。
G・ウィーズリー。経過観察、優先度・中。
なぜ寝る前にもう一度この名前を見たのか。日野は自分に説明できなかった。そのままでは調書に書けない。書けないまま、灯りを消した。
鶏鳴のない朝が近づいている。