“クリスマス休暇残留者名簿(グリフィンドール寮)
H・ポッター(二年)
R・ウィーズリー(二年)
H・グレンジャー(二年)
P・ウィーズリー(六年・監督生)
F・ウィーズリー(四年)
G・ウィーズリー(四年)
追記:G・ウィーズリー(一年) ※帰省取り消し、残留に変更(十二月十八日付)”
クリスマスのホグワーツは、ハリーの知る限り世界で一番いい場所だ。大広間には何本も樅の木が立ち、フリットウィック先生の飾りつけた金の泡が枝々で瞬き、廊下の甲冑は通りかかると賛美歌を歌った。ただし半分は歌詞を忘れていて、ピーブズが下品な替え歌で補完した。
城はほとんど空で、談話室の一番いい椅子は座り放題、暖炉は独占し放題である。理由は単純で、去年より人が少ない。石化事件のせいでほとんどの生徒が帰省したのだ。プリベット通りに帰る場所のないハリーにとっては、皮肉なことに静かで上等なクリスマスだった。
贈り物の朝、ハリーの包みには今年もモリーおばさんのセーターが入っていた。胸に大きなHの字。それと自家製のミンスパイがひと箱。
「今年の毛糸、去年よりいいやつだ」
自分のセーターを着ながらロンが言ってから、少し照れた。
「……ほら。教科書代が、戻ったから」
例のロックハート完全著作集五人分の返金である。あの騒動が巡り巡ってセーターの毛糸になっている。ハリーは自分のHの字を撫でた。
その温かさは昼までしか保たなかった。
「計画の最終確認をするわよ」
空き教室でハーマイオニーが言った。薬は完成している。二十一日間の煮込みを彼女は一日も欠かさなかった。ハーマイオニーは羊皮紙を広げながら、鍋をヒノ先生の夜回りに見つからないためにどうやって工夫したか、ひたすらまくし立てていた。ハリーもロンも途中から顔をしかめた。話の内容に全然追いつけない。
ミリセント・ブルストロードの髪を確保済みだということだけはかろうじて分かった。教練の組演習でペアを組まされた際、ローブに付いたのを回収したのだという。
「残るのはクラッブとゴイルの髪。それと、本人たちを一時間、確実に眠らせておくこと。手順はこう――」
計画は、時刻、経路、合図、失敗時の撤収手順まで詰まっていた。ロンが羊皮紙を読み終えて、しみじみ言った。
「……ハーマイオニー。君、悪の才能あるよ」
「褒め言葉として受け取っておくわ。急ぎましょう、二人が夕食から戻る前よ」
罠は古典的だった。チョコレートケーキをふた切れ、眠り薬を仕込んで、階段の手すりに浮かべておく。それだけである。仕掛けてから少し離れた場所で見守っているが、かなり間抜けな絵面だ。
「本当にこんなので引っかかるの?」
「引っかかるわ」
ハーマイオニーは断言した。
「あの二人の食欲だけは、計画の不確定要素に入れなくていいの」
引っかかった。クラッブとゴイルは廊下に浮かぶケーキを発見し、一秒だけ顔を見合わせ(たぶん、警戒じゃなくてどちらが大きい方を取るかの交渉だろう)、丸呑みにして、五秒後に床で鼾をかいていた。二人を物置に収納し、靴と制服を拝借して髪を数本ずつ採取する。ロンはクラッブの靴の匂いに一度だけ本気でえずいた。
マートルのトイレでは、大鍋がぐつぐつと最後の煮え音を立てていた。
「はい、ゴイルの髪」
ハーマイオニーが取り分けたカップにハリーは髪を落とした。薬がしゅうっと音を立て、鼻水のような灰緑色に変わり、泥の煮凝りめいた粘度でカップの中に沈んだ。ロンのクラッブ版は濁った沼の色だった。
「おえー、こないだフレッドがトチって吐いてたゲロみたいな色だ。どっちがマシだと思う?」
「比べる意味ある?」
「ないね」
ハーマイオニーは自分のカップ(ミリセントの髪入り)を持って、個室に入った。「変化するところ見られたくないでしょ。私も同じよ」。もっともだった。
「せーの」
飲んだ。味は、茹ですぎたキャベツの絞り汁を三年寝かせたようなものだった。そして、味の感想を言う暇はなかった。
皮膚が蝋のように波打った。内側から誰かに粘土細工をやり直されているみたいに、指が太くなり、肩が張り出し、視界が、下がるのではなく上がった。ゴイルはハリーより頭一つ大きい。世界が急に低くなる感覚に三半規管が抗議の声を上げた。手を見る。グローブをはめたまま生まれてきたような分厚い手。眼鏡が要らなくなっていた。裸眼で視界が鮮明だ。
「うわ」と言った声が井戸の底から響くように低くて、自分で驚いた。隣ではそばかすが消えて頭が椀のような刈り上げになったロン=クラッブが、自分の拳を眺めて呆然としていた。
「……信じられない。僕、今なら樽を素手で潰せる気がする」
「潰さないで。時間は一時間よ! 急いで!」
個室のハーマイオニーに声をかけると、返事は妙に上ずっていた。
「先に行って! 私――私、時間がないの! 行って!」
急かされるまま、二人は地下牢へ向かった。その階段の途中で最悪の人物に出くわした。パーシーだ。
「君たち。スリザリンの生徒がこんな外れの廊下で何をしている」
監督生バッジが燭台の火を反射して光った。ハリー=ゴイルの心臓が、他人の胸郭の中で暴れた。ゴイルなら、どう答える。ゴイルなら――
「……あんたこそ、何してんだよ。ここ、グリフィンドールの縄張りじゃないだろ」
低い声が思ったより無愛想に出た。パーシーの耳がなぜか少し赤くなった。
「わ、私は監督生だ! どこを巡回しようと私の職務の範囲で――いいから、寮に戻りたまえ! この非常時に!」
言い捨てて、パーシーは足早に来た方とは別の廊下へ消えていった。
「……なんでパーシーがあんなところに」
ロン=クラッブが首を捻ったが、追及している時間はなかった。地下牢の廊下の先から聞き慣れた気取った声がしたからだ。
「おい、そんなところで何をしてる。夕食からずっと捜してたんだぞ」
マルフォイだった。二人を子分と信じて疑わない足取りで先に立ち、剥き出しの石壁の前で「純血」と唱えた。壁が滑って開く。
スリザリンの談話室は、緑がかった灯りの天井の低い部屋だった。彫刻された暖炉、黒革の椅子、そこかしこに蛇の意匠。湖の底にあるのだといつかロンが言っていた。道理で、光まで水底の色をしている。
マルフォイは暖炉前の一番いい椅子にふんぞり返り、新聞の切り抜きを二人の鼻先に突きつけた。
「見ろよ。笑えるぞ」
日刊予言者新聞の記事だった。魔法省職員アーサー・ウィーズリー氏、マグル製自動車への魔法付与の廉で罰金五十ガリオン――ロン=クラッブの拳が、みしりと音を立てた。ハリーは机の下で、その靴を思い切り踏んだ。
「五十ガリオン! あの家の一年分の稼ぎじゃないか? え? おい、クラッブ、何か言えよ」
「……笑える」
ロンの声は割れたガラスを噛んだような響きだった。
ハリーは話を本題に寄せる機会を測った。ゴイルらしい鈍重さで切り出す。
「……なあ、マルフォイ。秘密の部屋のあれ。継承者ってのは結局誰なんだ」
マルフォイは露骨にうんざりした顔をした。
「知らないって言ってるだろ。何回訊くんだ。父上も教えてくれないんだよ。五十年前のことに関わるのは得策じゃない、疑われるのはうちの家系だからな、知らないでいる方が動きやすい、って。まあ」
彼は椅子の上で足を組み替え、声に自慢の色を戻した。
「少しだけなら聞いた。五十年前に部屋が開かれた時、穢れた血が一人死んだんだそうだ」
暖炉の火が、ぱちりと爆ぜた。
「今度も同じさ。石になったのはどっちもマグル生まれ、次は死ぬだろうよ。時間の問題だ。次は誰がやられるか賭けてもいい。僕としてはグレンジャーだと――おいゴイル、なんて顔してるんだ」
「……腹が減っただけだ」
死んだ。石化ではなく。五十年前の被害者はマグル生まれで、そして死んだのだ。ハリーはゴイルの分厚い顔の裏で必死に表情を殺した。
マルフォイの機嫌はしかし長続きしなかった。切り抜きを暖炉に投げ込むと、彼は急に、年相応の不機嫌な顔になった。
「……それよりさ。父上ときたら最近、手紙のたびにあの日本人のことばかり訊いてくるんだ」
ハリーの、他人の心臓が跳ねた。
「ヒノの授業で何を教わったか。夜、何時にどこを歩いてるか。誰と親しいか。職員室で何を話してるか。ポッターよりあっちを気にしてるみたいだ」
「……なんでだよ」
訊いた。訊かずにいられない。
「知るかよ。理事会でやり込められたのがよっぽど頭に来たんだろ。正直、あれは父上の分が悪かったとは思うけどな。ロックハートをうまいこと逮捕できるやつ相手なんだから、僕ならもっとうまくやる」
マルフォイは吐き捨て、それから少し声を落とした。
「……あの蛇の話も、手紙に書いたんだ。教練の。僕が出した蛇だぞ。僕の杖から出た僕の魔法だ。それがあいつの前で勝手に伏せた。ポッターの言うことも聞いた。僕の魔法が二回続けて、僕以外のやつに従ったんだ。……まったく、気味が悪い」
彼は膝を抱えるように座り直した。父親の前では絶対にしないだろう座り方だ。
「そしたら父上の返事、なんて書いてあったと思う?」
マルフォイは暖炉の火を見たまま言った。
「『あの日本人には金輪際関わるな。口を利くな。目も合わせるな。あれは危険だ』だとさ。理由も書いてない。いつもなら父上は誰が愚かで誰が使えるか、理由ごと教えてくれるのに。今回は関わるなだけ。三回も下線が引いてあった」
マルフォイは鼻を鳴らした。その音はいつもハリーが聞くときの半分も威張っていない。
「父上があんな書き方をするのは、初めて見た。……まあいい、どうせあの男も一年で消える。防衛術の教師は消えるんだ、代々な。ああ、それとお前ら、聞いて笑うなよ。年明け早々、魔法省がまたうちに抜き打ちの捜索に来るらしい。父上は先週のうちに手を打ったけどな。客間の床下までは見つけられっこないだろ」
ハリーはゴイルの鈍い相槌を打ちながら、頭の中の帳面に三行を刻みつけた。五十年前の死者はマグル生まれ。ルシウスは先生を「危険」と呼び、理由を書かない。客間の床下に何かがある。
その時、前髪の下で額の傷がちりりと汗ばんだ。まずい。ゴイルに傷はない。前髪を――ゴイルの短い髪に隠すほどの前髪はない。
「……おい、ゴイル。お前、額のそれ――」
マルフォイが眉を寄せて身を乗り出したその瞬間。
「うっ」
ロン=クラッブが腹を抱えて呻いた。
「は、腹が……さっきのケーキが……」
「は? ケーキ?」
「保健室、行ってくる! ゴイル、肩貸せ!」
二人は転がるように談話室を出た。壁が閉まる音を背中に地下牢の廊下を走る。走るうちに、体の中で粘土細工が逆回しに始まった。肩が縮み視界が下がり、ロンの髪に赤が戻り、ハリーの眼鏡が急に必要になって、クラッブの巨大な靴がぽすんと脱げた。ゴイルの靴も踵から抜けかけていた。
二人は靴を脇に抱えて、マートルのトイレに駆け込んだ。
「ハーマイオニー! 大収穫だ! 聞いてくれ、五十年前の――」
個室の扉は閉まったままだった。
「……ハーマイオニー?」
「帰って」
くぐもった声がした。マートルがぷかぷかと浮かびながら、ここ最近で最高という顔で笑っていた。
「うふ。うふふふ。待ってたのよ、あんたたち。ねえ、見せてあげなさいよぉ! ね! ねえってば!」
「見せるって、何を――」
「ひっどい顔よ!」
マートルは空中で一回転した。
「あたし、死んでからこのかた、鏡を見るたび泣いてきたけど! 今日わかったの! 上には上がいるって! あたしより不幸な子、何年ぶりかしら!」
長い沈黙のあとに掛け金が外れる音がして、扉が細く開いた。ハーマイオニーだった。ハーマイオニーのはずだ。ただしその顔は黒い毛で覆われていた。目は黄色く、瞳孔が縦に裂けている。髪のあいだから三角の耳が二つ、ぴんと立っていた。
「……ミリセントの猫の毛だったの」
彼女は猫の目で床を見たまま、絞り出した。
「ローブに付いてたのは。人間の髪じゃなくて。……ポリジュース薬は、動物への変身には使っちゃいけないの。教科書に、書いてあったのに」
耳がぺたんと伏せた。
医務室のマダム・ポンフリーは、ハーマイオニーの顔を一目見て眉を一ミリだけ上げ、それ以上は何も訊かなかった。
「理由は訊きません。治すだけです。数週間はかかりますよ。毛の除去と、目と、それから尻尾……あるんですね、やっぱり。はいはい、泣かない。治ります」
カーテンで仕切られたベッドでハーマイオニーは毛布を鼻まで引き上げた。面会に来た二人に、彼女は開口一番、業務連絡の声で言った。
「収穫を報告して。時間を無駄にしないで」
ハリーは報告した。マルフォイは白。五十年前の死者はマグル生まれで、死んでいる。ルシウスの捜索と床下。そして、先生の件。
「……『危険だ、関わるな』。理由なし、下線三本」
ハーマイオニーは猫の目を細めた。
「確かマルフォイ氏は、理事会でヒノ先生にやり込められたのよね。敗けた相手を理屈で警戒し直してる。……嫌な反応だわ」
それから、ハリーはずっと考えていたことを口にした。
「あのさ。五十年前に死んだのがマグル生まれだったってこと。先生に言うべきじゃないかな」
カーテンの中が、静かになった。
「先生、五十年前を調べてるんだよね? 図書館で一九四三年の新聞を読んでた。ハーマイオニー、君が見たんだろ。抜き取られた記録を探してるって噂も本当だ。ロンがトロフィー磨いてたときに聞いてる。動機が分かれば先生の捜査は絶対に進む。僕らが握ってるのは、たぶん、先生のノートにない情報だ」
「……そうだよなあ」
ロンも頷いた。
「言うだけなら、ばれない方法も――」
「どうやって」
遮ったのはハーマイオニーだった。猫の目が二人を順番に見た。
「出所を訊かれたら、どう答えるの。『スリザリンの談話室で、マルフォイ本人から聞きました』? 私たちがどうやってあそこに入ったか、言えるの? 禁書の薬を、教師の署名を騙し取って、備品を盗んで、生徒二人に薬を盛って作りましたって?」
「匿名の手紙なら」
「筆跡はどうするの。何のインクを使うか、生徒は指定されてる。ふくろうの経路だって本気になれば調べられるかも。それに内容そのものも厄介だわ。五十年前の死者の血筋なんて情報を匿名の学生が知ってる時点で、出所の候補はほんの少しに絞れるもの。ヒノ先生なら三日で絞る」
彼女は膝の上で毛布を握った。その手の甲にも、黒い毛が生えていた。
「あの人の前で私の嘘が三十秒保つ確率の話、したわよね。……出所を隠して情報だけ渡せる確率も、同じ答えが出るの」
声が、途中から小さくなった。
「言えない。……今は、言えないわ」
ハリーは何も言えなかった。ハーマイオニーの理屈はいつも通り完璧だ。そして彼女自身が、その完璧さを少しも嬉しそうにしていない。
彼女は枕元から自分のノートを取り、新しい情報を書き足し始めた。五十年前・死者一名・マグル生まれ(伝聞・確度高)。ノートを閉じた。閉じる寸前、ハリーには見えた。ノートの後半、「ヒノ教授」と見出しのついた頁の束に、彼女は指をかけ、かけたまま開かずに閉じた。
医務室を出る廊下でハリーは考えていた。嘘の雪だるまが三人分になった。僕の壁の声。ドビーのこと。そして今日からは、五十年前の死者の血筋。先生は言った。訂正はいつでも受け付ける。その「いつでも」を、僕たちは今三人がかりで浪費している。
雪だるまは転がるほど大きくなる。止め方が分からなくなることも分かっている。それでも今夜、また一回転させてしまった。
クリスマスの祝宴は、それでも賑やかだった。残留者が少ないぶん、テーブルは一つにまとめられていた。ダンブルドアが魔法のクラッカーを鳴らして花柄の婦人帽を被り、マクゴナガルとフリットウィックはワインで顔を赤くしていた。双子はミンスパイを宙に七つ回して見せた。
ヒノ先生も残留組で、双子の曲芸に対して真顔で「食品衛生上の指導事項が三点」と述べて笑いを取った。声のトーンはクィディッチ球場をチェックしていたときに近くて、半分以上は本気だったと思う。
その賑わいの端にジニーがいた。ロンの妹も残ったんだな、とハリーは思った。確か直前まで帰る予定だったはずだ。クラッカーが景気のいい音を立て、テーブルが笑いに包まれた。ジニーも笑った。
パーシーが妹の皿にローストポテトを追加し、フレッドが紙帽子の角度を直し、ジョージが耳打ちをして、二つ隣ではダンブルドアの花柄の婦人帽が傾き、双子がミンスパイを七つ宙に回し、長机の全部が同時に笑って、その笑いの一番端でジニーがまた笑った。
ハリーの視線は御馳走の上を通り過ぎ、次の笑い声に呼ばれて、あっさりそちらへ戻っていった。