鬼のおやつになるはずが、なぜか家族になりました〜ニエはおやつにはいりますか?〜   作:ladybug

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第1章 マイ・スイート・ホーム
第1話 ニエはおやつに入ります


 

 

 かつりかつりと、靴音が二つ。

 足並み揃わぬ二人の少女が廊下を進んでいる。

 

「身内からの陳情とか面倒臭い……」

「不平を言わない。先輩ったら、ボスに聞かれたらむち打ちの刑ですよ?」

「それにお前の声がうるさくてつらいわ」

「急激に当て擦りしてくるのやめてくれませんかねえ!」

 

 先を行くは亜麻色の髪に深緑の瞳、百合を思わせる淑やかな少女だ。彼女は辺りを見回し、ひどく気怠げにため息をついた。

 

「これ、本当に一人の血?」

「やだ、カミラ先輩。鼻がおばかになっちゃいましたか? 複数人の血が混じってたら分かるに決まってるじゃないですかあ?」

 

 後ろを歩いていた少女がけらけらと笑う。金髪碧眼の豪奢な美少女だが、どうにも言動が軽い。

 カミラと呼ばれた少女は振り返り、舌打ちをした。

 

「あのね、アルエ。お前の卑しい鼻ならともかく、私にはヒトの血の差なんて分からないわ」

「ああそっか。先輩、悪食ですもんね。ていうか、卑しいとか言いました?」

 

 金髪の少女──アルエが身悶えする。どうやら傷付いたとアピールしているようだ。

 カミラは無視を決め込み、さらに歩を進めた。

 

 板張りの廊下はところどころ割れ、壁には至る所にヒビが入っている。灯りは全滅。獣が十匹暴れてもこうはならないだろうというほどに屋敷は荒れていた。

 それだけならまだしも、だ。

 

 滴り落ちてきた赤を避け、カミラは顔を顰める。

 

 天井から垂れ下がったピンクの臓物、窓枠にしがみついたまま千切れた二本の指、転がる目玉、壁一面を塗り上げる赤い血。

 もはや湯気でも上げていそうなほど新鮮なバラバラ死体が屋敷内部を飾り上げているのだ。

 

「お陰様でどこに向かったかは一目瞭然だけれど、ね」

 

 呟いたカミラは壁を見た。

 叩きつけられ、そのまま引きずられたのだろう。血痕が一筆書きのように続いている。

 

「しかし、本当に優秀なニエですよね。後継者と使用人全員を先に逃して、“穢れ堕ち”の主人を一人で引きつけたわけでしょ?」

 

 血溜まりを覗き込み、アルエが感嘆の声を上げた。

 

「食い潰されてなかったら、うちで買えないかなあ。妹が次のニエを探してるんですよね」

「お前の家のことはどうでもいいのよ。ここのご主人、名前はなんと言ったかしら」

「ミナト・ヤナギサワさんですね。後継者のツバキ様から報告と陳情が上がってます」

 

 アルエが鞄から取り出した調書を読み上げる。

 

 屋敷の主、ミナトは数週間前より自身の変調を自覚。銀製の鎖で自縛を試みたが、数日前に急変し、使用人を襲おうとし始めたとのことだった。

 

 理性を失い、無差別に人を襲う。

 鬼を苛む不可逆の病──“穢れ堕ち”だ。

 

 同族の末路である“穢れ堕ち”の処理。それが協会から派遣されたカミラ達の仕事だった。

 

「ニエって“穢れ堕ち”を一人で抑え込めるほど強いの?」

 

 カミラは胡乱な目でアルエに問う。

 

「ものすごい筋肉達磨の巨漢だとしても、この出血量では三十回くらい死んでいると思うのだけど」

「あー、先輩は分からないか。ニエ使えないですもんね。あの味を知らないなんて、鬼生の半分は損してますよ」

 

 アルエがしたり顔で頷いた。

 どうにも腹の立つ表情と仕草である。

 カミラが睨みつけると、アルエは慌てたように続ける。

 

「つまりですね、ニエって美味しい上に再生力が高いんですよ。私らからすればめちゃくちゃお得な食糧です」

 

 人差し指を立てたアルエが言うには、相当便利な品らしい。

 

 ニエとは人間を模して造られた、鬼のための高栄養食だ。

 昔は高級品だったが、今や一鬼一体の生活必需品と聞く。味も良くて何度も食べることのできる夢の食材といったところだろうか。

 

 何にせよ、カミラにとっては無用の長物だ。

 普通の鬼が気に入るモノでカミラが満足できるわけがない。

 

「ここ、よね」

「ですねえ」

 

 二人はげんなりとした顔で扉を眺めた。

 襖絵にはぶちまけられた鮮血。部屋から廊下に染み出すほどの出血量。飛び散る肉片に上がる湯気。

 スプラッタである。

 

「ちなみに、アルエ。お前、これを見て美味しそうとか思うの?」

「いやあ……床にぶちまけられたお肉はちょっと」

「落ちていても肉は肉でしょうに」

「単純にばっちいですよ、と!」

 

 アルエが襖を蹴り飛ばした。手で触れるのも嫌だったらしい。

 何個めか分からない目玉を避けて中へ進めば、そこには背中を丸めた鬼が一人。

 

 否、“穢れ堕ち”だ。

 

 大人しく床に落ちた血を啜っているのであるいはと思ったが、やはり不可逆は不可逆。

 館の主、ミナトはもはや鬼ですらないバケモノへと変わり果てていた。

 

「ごめんなさいね」

 

 カミラは呟き、床を蹴る。

 振り返る隙など与えない。一気に加速したカミラの脚が正確に“穢れ堕ち”の頭を捉えた。

 風船が弾けるような音。

 “穢れ堕ち”の頭が砕け散る。

 

 簡単な仕事だ。

 そのくせ、ひどく不快である。

 

 空中で回転し、その勢いで血払いを済ませる。飛び降りた先もまた血溜まりであるため、さほど意味はなかった。

 

「終わりですか?」

「そのようね」

 

 “穢れ堕ち”の輪郭が滲み、空気に溶けるように消えていく。

 骸さえ残さず消えるのは、せめてもの贖いか、あるいはバケモノとしての痕跡を消す神の慈悲か。

 

「どうでもいいわね」

 

 本音をこぼしたカミラはふと床を見る。

 “穢れ堕ち”が啜っていた血溜まりに、少女が倒れていた。

 彼女が噂のニエなのだろう。

 四肢は一部欠損。裂けた喉から血が流れ続け、胸は肺ごと押し潰されて凹んでしまっている。

 

「生きてる?」

「あー……いや、これは無理かも。ほとんど再生出来てませんし、もう眠らせてあげた方がいいかもです」

 

 アルエが気まずそうに囁く。

 食糧相手とはいえ、さすがに同情心がわいたらしい。

 

 カミラはしゃがみ込み、ニエの顔を覗き込んだ。

 

 潰れかけた目玉がカミラを見る。

 唇から鮮血が溢れた。

 

 聞こえるのは小さな声。

 

「──……」

「なあに? 最後に言いたいことがあるの?」

「……やくに、たち、ましたか?」

 

『私はお役に立ちましたか?』

 

 ニエがそう問うているのだと理解し、カミラは微笑み頷いた。

 

「ええ、素晴らしい仕事だったわ」

 

 カミラの答えを聞き、ニエの少女は嬉しそうに口の端を緩めた。

 呼吸音が急速に弱まっていく。

 

 最後に瞬く瞳。

 それが甘い蜜のような琥珀色だと気付き、カミラは手を伸ばした。

 

 瞼を閉じてやろうとし、そして、やめる。

 

「先輩?」

 

 不思議そうにアルエが覗き込んでくる。その無遠慮な目を見返し、カミラは問うた。

 

「本人の意思があればいいのよね?」

「はい?」

「転化よ、転化。この子、鬼にしてみようと思って」

「はい!? ニエを鬼になんて聞いたことないですよ!?」

 

 カミラは自身の指を噛み切る。流れる血をそのままに、死にゆくニエへと向き直った。

 

「ねえ、お前。私のおやつにならない?」

 

 金の目がカミラを見る。

 答えはない。もはや意識があるのかないのか微妙なラインだ。

 

「嫌なら首を振りなさい」

「いやいや先輩、首を振れとかほぼ死人に無茶振りは駄目っていうか! 本人同意なしの転化は協会法違反ですよ!? ねえ!?」

「よし、心臓より下に鬼の血が入ればいいのだったわよね。大丈夫、お前は死なないわ。ワンチャンあるもの」

「ああ、ポンコツなのは先輩の舌じゃなくてオツムの方だったんだ! どうしよう、ボスに絞られる!」

 

 大袈裟に嘆き始めた後輩兼お目付役を押し退け、カミラは傷付いた手をニエの口元へ近付ける。当然ながら飲まない。

 仕方なく。

 そう仕方なく、掻っ捌かれた腹へと手を突っ込んだ。

 胃のあたりの内臓はまだ残っている。そこへ直接血を流し込めば条件は達成だ。

 

 死に体に鞭を打たれたニエの身体が痙攣を始めた。

 

 頃合いを悟り腕を引き抜いたカミラと半泣きのアルエが見守るなか、少女の身体は作りかえられていく。

 食い千切られた喉、抜かれた右眼、傷口が瞬く間に盛り上がり、新しい組織へと生まれ変わっていった。

 

「うっわ、グロ」

「馬鹿なことを言わないで。重症時点ですでにグロかったでしょう」

「え、なんで怒られたんですかね? むしろ、協会法違反者のポンコツ先輩の方が問題ですよね?」

「お前、後で覚えてなさいよ」

 

 鬼二人が中身のない言い合いをする間にも、ニエの少女は逆再生の世界を彷徨っていた。

 内臓から流れた血を吐き出し、取り戻した呼吸に乱れ、派手に咳き込む。

 涙に塗れて歪んだ琥珀の瞳には光が宿り、困惑と苦痛が浮かんでいた。

 

 少女は荒い呼吸のままに周囲を見渡し、惨状広がる部屋の有様に硬直。

 何とか視線を逸らした先に見つけた、鬼二人に再び硬直。

 そして、数秒の気まずい沈黙を経て、彼女は声を上げた。

 

「あの」

「『ねえ、お前。私のおやつにならない?』」

「嘘でしょ、先輩。またそこから始めるんですか? うわ、ひくわあ!」

 

 三者三様の交わらない言葉が行き交い、場は混沌と化す。そもそも部屋がスプラッタのため、見場も臭気も最低最悪だ。

 

 一つため息をついたカミラは、“穢れ堕ち”が遺したシャツをニエの少女に渡す。ある意味あられもない姿ではあったためか、少女は赤面しつつシャツを羽織った。

 

「ありがとうございます」

「構わないわ。それで、おやつになるの? ならないの?」

「おやつ……は、よくわからないのですが、私はお嬢様方に助けていただいたということ、ですよね?」

「お嬢様! 私はともかくポンコツ先輩がお嬢様? 笑えるんですけど!」

「ええ、お前が生きているのは私のおかげではあるわね。あとアルエ、本当に後で覚えてなさいよ」

 

 重々しく頷くカミラを見つめ、少女が居住まいを正す。アルエのことは意識的に無視している様子なので、実は肝の座った性格なのかもしれない。

 カミラは一つ咳払いをし、説明を試みた。

 

「色々あって、お前は私やこの小娘と同じ、鬼になったの」

「なったというか、勝手にしたから協会法違反ですけどね」

 

 いちいち茶々を入れてくるアルエを睨んでいると、非常に恐縮した様子のニエが問うてくる。

 

「……つまり、お嬢様は罪を犯してまで、私を助けてくださったということでしょうか?」

「え? ええ、そう。そうね。お前を助けるため、だったような気もするわ、多分」

「嘘が下手すぎません? そして、キミも重要な部分から目をそらしてない?」

 

 目を泳がせたカミラと半眼のアルエ。

 そして、血塗れで所在なさげに座り込むニエの少女。

 

 結局のところ、出会いなどというものは数奇でしかないのだと、三人の姿は物語るのであった。

 





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