ニエはおやつにはいりますか? 〜食糧少女、鬼の家族になる〜 作:ladybug
第18話 日々の糧と祈りを
元狩人レインの朝は早い。
単純に年だからである。
日の出前に起床。
雄鶏の鳴き声をBGMに着替え、いの一番にやかんを火にかける。
湯が沸く前に顔を洗い、ここでまずシケモクを一服。ケチって前日の吸い残しを吸うのが習慣になった。
正直まずいが、夜間に切れたケムリを摂取するだけならば充分だ。
湯が沸いたならばコーヒーである。特別苦いものがいい。酸味が強い豆は敵だ。
炊事場に置いた丸椅子に掛けてコーヒーを啜っていると、軽い足音が近付いてくる。
数ヶ月前にこの家にきた新人だ。
「おはようございます」
「はい、おはようさん。あんたは今日も別嬪さんだねえ」
簡素なシャツにズボンと妙に牧歌的な服も、彼女が纏えば天使のドレスに見えるほど。
ハニが褒め言葉にはにかみ、丸椅子の隣に並ぶ。
「レインはいつも通り格好良いです」
「褒めても何も出ないよ」
そう言いつつ、コーヒーのついでに準備してやった紅茶を勧めれば、ハニが嬉しそうに笑った。
紅茶にはジャムを一掬い。庭に山ほど成る実を適当に煮詰めたそれを、この娘は実に美味しそうに食べてくれる。
しばらく無言のティータイムを過ごし、目が覚めてきたならば、お次はとりあえずの乾布摩擦だ。
「ご自分で背中を摩らなくとも、私が揉みますのに」
「これはこういう健康法なんだよ。自分で身体を動かすのがいいんじゃないか」
特に意味はない。
ただ、続けていると何となく健康にいいような気がするだけである。
見様見真似で同じ動きをするハニに檄を飛ばしつつ、レインは朝の支度に取り掛かる。
ハニと並んで歯を磨いた後は、庭に出てハーブや果実を適当に摘む。籠の中身は以前より少し増えた。ハニの分だ。
この間、ハニは庭の隅で鶏達の様子を見に行っている。今日は卵を産んだらしく、鼻唄混じりでハニが戻ってきた。
「オムレツ、レインのオムレツ」
「野菜屑でも入れるかね」
昨夜の残りも合わせて炒め、適当にオムレツを作る。サラダやパンを食卓に並べてハニが待っているため、手間をかけずに卵を包んだ。
「はい、お待ちどうさん」
レインは手を組んで祈りを捧げる。
この世に神はいないようだが、形骸化した祈りとて日々連ねれば習慣にはなるものだ。
故郷を捨てたレインにとって、新たな世界で得たこの習慣は日々の楔にも等しい。
レインが祈り終えるのを待ち、ハニがナイフを渡してくる。
どうやらオムレツを切り分けてほしいらしい。
「自分でやりなよ」
「レインに切ってもらう方が美味しいです」
「気のせいだと思うけどねえ」
オムレツにナイフを入れて取り分けてやった。ニエや鬼に成長期も何もないだろうが、やや大きめに切った方をハニへと渡す。
文字通り献身の鬼であるハニだが、意外にも遠慮はしない。
オムレツを頬張る少女を見つめ、レインは笑った。
「何ですか?」
「何でもないさね。たんとお食べよ」
「はい、たくさん食べて参考にします。ふわとろを目指してハニも精進しなければ……!」
「そ、そうかい。まあ頑張りな」
参考にするのはいいが、食レポは控えてほしいレインだった。
◇
掃除やら洗濯やらを一通りこなした後、外出の準備をする。
今日は買い出しの日なのだ。
「レイン、はやく!」
「急がなくたって村は逃げやしないよ」
ハニが玄関先で急かしてくる。
腰を叩いて後を追えば、少女は門の傍で立ち止まっていた。
珍しい柄の鳥に気を取られているらしい。
自由なことだ。
手を伸ばして鳥に逃げられたハニを慰めつつ、レインは村への道を進む。
村へは歩いて三十分ほどかかる。
細い小川を渡って牧草地を突っ切り、芳ばしい香り薫る麦畑を越えたらば、村の入り口が見えてくる。
棒を振り回して遊ぶ子ども達がレインに気付き、きゃらきゃらと笑い声を上げた。
「眼帯ババアだ!」
「おはよー、眼帯ババア。今日は買い物?」
「はいはい、おはようさん。眼帯ババアが買い物にきてやったよ」
適当に挨拶をすれば、駆け寄ってきた子ども達に取り囲まれてしまう。子ども達は飛び跳ねてレインの顔へと手を伸ばした。
「眼帯とって見せてよ」
「どうせシミ隠しだろ?」
「違うよ! 目の代わりに秘密の魔道具が入っててビームが出るんだって!」
勝手なことを言ってくれる。
顔へと迫る手を回避し、携えた杖で子ども達の頭を小突けば、小気味の良い音が響いた。
「うわ、何で叩くんだよ!」
「あんたらの物覚えが悪いからさ。この下はほれ、見ての通り空っぽだ。あんたらの頭と一緒だよ」
眼帯を捲り、眼窩の空洞を見せてやる。
ついでににやりと笑って追うふりをすれば、子ども達は楽しげな悲鳴をあげて逃げ惑う。
「それはそうとだ。あんたら、母ちゃん達の手伝いは終わったのかい?」
「まだー」
「だろうと思ったよ。油売ってないでさっさと畑に行って来な!」
レインは子ども達に手を振り、適当にあしらう。こうでもしないと無限に付き纏われるのだ。
子どもと言っても男は男。田舎では滅多にお目にかかれない美貌の少女に視線を向けつつ、少年達が走り去る。
「失礼な子達です」
「あんたみたいな別嬪、何度見ても慣れないもんさ。許してやりなよ」
「何の話ですか? 私はレインのことを眼帯ババアと呼ぶ無礼について怒っているんです」
「ババアはババアさね。眼帯もその通りだ」
後ろを歩くハニは不服そうに半眼になっていた。
「悪口です」
「事実だろ」
「せめて眼帯の御婦人じゃないですか?」
「なんだいそりゃ。気色悪い」
無駄話を続けながら村を進む。
時折村人とすれ違い、挨拶や世間話をしつつ、乳製品や肉類を仕入れる。
特に村に変わりはなく、治安も問題はないようだ。強いていえば、東の畑で猪による被害が出ていたようだが、既に解決しているらしい。
「たまたま通りがかった狩人さんが退治してくれたのよ」
「へえ、旅人かい。こんな田舎に珍しいね」
「そうねえ。父娘二人連れで都に帰る途中だったみたいよ」
ここは辺鄙な農村だが、都と港を繋ぐ街道が近くを通っている。
たまに行商人が訪れて物を売ってくれることもあって、田舎のわりには豊かな方だ。
村の奥にある教会にも顔を出す。
ここの牧師はパン屋も兼任している。
小狡く領主と癒着し金をちょろまかす生臭坊主だ。しかし、なかなかどうして人好きのする男で、礼拝は毎度盛況である。
「よお、婆さん。今日も元気だなあ。肌のハリが一段とよくなったんじゃねえか?」
「あんた、レディの顔をじろじろと見るもんじゃないよ」
生臭坊主は大抵めざといもので、この牧師も例に漏れない。
実際少しばかり若返っているわけで、レインは咳払いで誤魔化した。
「ほら、早くブツを出しな」
「へいへい。おまけしとくよ」
「嘘をおつき。前回はこの子をからかってくれたそうじゃないか」
「ああ。いやまあ、騙されてくれるとは思わなかったから、ついね」
「まったく、ついじゃないよ。次はないからね」
牧師兼パン屋は腹を抱えて笑っている。
レインの後ろに隠れたハニのせいだろう。
前回、一人で遣いに出したところ、ハニはものの見事に騙された。
五割増しの料金を払う寸前で牧師の妻が気付き、かかあ式鉄拳制裁により事なきを得たわけである。
「あの人、悪い人です」
「世の中、パン屋と粉屋は大抵性悪だよ」
「奥さんは粉屋さんでも良い人でした」
「夫婦でバランスを取ってるのさ」
涙目のハニを宥めながら、レインは来た道を戻る。
青い空に白い雲、村は変わらず今日も平和だ。
◇
屋敷に戻って昼支度をしていると、上階の住人が起きてくる。
「おはよう」
「ぅはよ……お茶をちょうだいな。目が覚めるやつね」
既にきっちりと身支度を済ませたベントに、髪もぼさぼさならば目も半開きのカミラ。同じ血族とは思えないほど対照的な二人だ。
煮出しすぎてもはや渋いまである茶をカミラに渡す。
ベントは自分で茶を入れに行くため、放置で構わない。
「あー、しみるわあ」
茶を啜るカミラの濁声もここ数ヶ月で聞き慣れた。
ハニが来てからというもの、古参の鬼二人は規則的な生活を続けている。
六時就寝の十二時起床だ。
ハニが人間側に合わせて活動するため、彼女を構い教育しようとすると、必然的に早起きになってしまうのだ。
ちなみに、人と鬼の共生社会のために協会が推奨する生活リズムそのものである。
「おはようございます、カミラ様。御髪を整えますね」
「うーい……」
櫛を手にカミラの髪を漉くハニはなんとも優しい顔をしている。ただ、蒸しタオルで顔まで拭いてやっているのはやりすぎではないだろうか。
「甘やかすと図に乗るぞ」
ベントが新聞片手に注意する。
実際、カミラは優越感丸出しの顔で世話をうけているわけだが、ハニとしては世話にも道理があるようだ。
ふるりと首を振ったハニが大真面目に告げる。
「甘やかしていません。気持ち良くごはんに臨んでもらうための準備です。これも一種の下拵えなのです」
「そうよそうよ。プロのサービスなのだから、全力で享受するのが筋というものだわ」
「見苦しい格好で食卓に並ばれると困る、そういう話だろうに」
頓珍漢な会話にも慣れた。
レインの知る鬼とニエの関係は、何というか、もう少し『普通』だった。
ニエには自我があり、個体により妖艶であったり嫋やかであったりと差異もある。
しかし、ハニのようなタイプは珍しい。
妙な言動を繰り返しての献身一徹、営業トークには全力投球。工場による大量生産型とは一線を画す性質だ。
元は魔術工房による一点物なのかもしれない。
あるいは転化のせいだろうか。
何にせよ、見ていて飽きない。
「レイン、もうごはんにしてもいいですか?」
「もちろんさ。今日はアレの御披露目だろう?」
炊事場へと共に向かい、ハニに耳打ちする。ハニは途端にもじもじし始め、小声で囁いた。
「喜んでもらえるといいのですが……」
血入りソースの映える陶磁の皿。
それは、ハニがこつこつ貯めた小遣いで買った新しい食器である。
華美さはなく繊細な金の装飾がアクセントとなった一品だ。
美しく盛り付けられた料理を見下ろし、ハニが呟く。
「大丈夫でしょうか」
「自信持ちな。見た目は完璧だ」
さすがに味見はできない。いかに豪胆なレインとて、見た目も味もほぼ人間のニエを喰らうのは抵抗がある。
不安そうなハニの背を叩き、レインは言った。
「大丈夫だ。もし文句を言ったり気付かなかったら、あたしがあの二人を引っ叩いてやるから安心おし」
「ありがとうございます。でも、叩いちゃ駄目ですよ」
緊張は幾分解けたようだ。
ハニが野花のように素朴な笑みを浮かべる。
レインは背筋を伸ばし、トレイに料理を並べた。それらをカートに載せ、食卓へ向かう。
柱時計の音。
いつもの光景に、いつもの食卓。
日々を積み上げて年を重ねゆくのは、短命種であろうが長命種であろうが同じである。
テーブルに並んだ料理を前に、レインはいつも通りの祈りを捧げるのであった。