ニエはおやつにはいりますか? 〜食糧少女、鬼の家族になる〜 作:松幸春嗣
秋も深まり木の葉が色付きはじめた頃、カミラは協会の通達に従い本部へと足を向けていた。
同行者はハニとレインの二人。
今回、ベントは留守番である。
「……というわけで、今回は“自然派”の案件である可能性が高いです」
事前調査をまとめあげた協会員がざっくりと告げる。
報告を聞いていたカミラとアルエ、そしてレインは渋面でこれを受け入れた。
「ねえ、アルエ。この規模の問題は協会長が直々に解決すべきだとは思わない?」
「ははは、無理ですね。ボスの予定は向こう五年埋まってるんで」
「五年なんてすぐよ。少し待ってもらえばいいんじゃないかしら」
「なるほどなるほど。今回の御令嬢は見捨てて、五年後にまた送られるであろう生贄を助ければいいと。ポンコツ先輩はそうおっしゃっているわけですね」
冷たく詰められ、カミラは舌打ちをする。
「見捨てるも何も、助けを求めているのは、御令嬢ではなくて鬼の方でしょうに」
「依頼主が誰であれ、鬼と人の共生社会のために尽力するのが我々のつとめかと」
アルエではなく調査係の協会員が意見を投じた。まったく正論だ。正論すぎて議論のしようがない。
しかし、である。
「……面倒臭いわ」
「心底同意するけど、本音を言ったところで仕事は仕事だよ」
レインまで嗜められ、カミラは大いにむくれた。
“自然派”とはその名の通り、『鬼と人の自然な在り方を望む』偏屈カルト集団だ。
鬼は人を喰うもの。
そして、人は鬼を畏れるもの。
そんな理念を掲げ、人が鬼に生娘を捧げて便宜を願ったり、鬼が処刑人や姥捨山代わりを担って食い扶持を得たりと、いまだに旧時代のしきたりを重要視する派閥である。
レインとて“自然派”の厄介さは知っているだろうに、大してごねもせず素直に承諾するとは何事だろう。
短命種らしく、もっと狭量であるべきではなかろうか。
納得のいかないカミラは、唯一絶対にカミラを支持してくれそうなハニへと向き直る。
「ねえ、ハニ。国家規模の“自然派”なんて私達の手には負えないと思うわよね?」
「カミラ様なら大丈夫です。時代遅れのカルト集団なんてデコピン一発に違いありません」
流石のカミラもデコピン一発で国に蔓延る“自然派”を一掃できるわけがない。
全員が自主的にツラを見せ、縦一列に整列してくれたならば話は別だが。
「御令嬢も困っている鬼さんも絶賛乗っ取られ中の国も、カミラ様が全部まとめて助けてくださるはずです!」
ふんすと鼻息も荒く息巻くハニに、カミラは顔を引き攣らせた。
新生の期待が重い。
助けを求めてレインを見ると、老女はただ肩を竦めた。
薄情なことである。
ことの発端は数週間前。
とある僻地に住まう鬼より、協会に救援要請が入ったという。
『もう耐えられない。うちの庭に人間が不法投棄され続けている。近くの国から贄として捧げられてるらしい。知らない。頼んでない。無理。こわい。助けて』
半べそで助けを求めてきた鬼の名はルスヴン。再起の血統に属する古き鬼である。
古き鬼と言っても彼自身は単に長生きなだけ。
大層な人見知りで、僻地で引きこもっているうちに年月が経過してしまったクチだ。
約百年前に突如妻を娶り、噂好きの鬼を震撼させた。それ以外はいたって無名の、存在感が希薄な男なのである。
「あのジャリンコときたら、本当に何もできないわね……」
ルスヴンの情けない面構えを思い出しつつ、カミラは準備をしていた。
準備といっても、カミラはハニに抱きかかえてもらうだけであり、特段何をするでもない。
移動方法は例の協会式超長距離ワープである。
おいそれと使えないはずの超高額移動法だが、今回は急を要すため許可が下りたとのこと。
事前調査を進めている内にまさか本当に令嬢が送り込まれると思わなかった、とは業務調整担当の協会員談である。
しかし、このVIP直行便、カミラの気のせいでなければ毎度毎度使用しているように思う。
協会の財布の紐はガバガバなのだろうか。
それとも、常に後手に回っていて事件等々の処理に追われ続けているのか。
「あっ、そうだ。先輩、すみません。今回は直接現地に送ってあげられないんですよ」
「は? 聞いていないのだけど」
「だから今言ったじゃないですか」
レインの手をとって転移体制に移ったアルエが続ける。
「ルスヴン氏から頼まれていまして。協会に頼ったことを伏せたいようなんですよね」
「どういうことだい。協会の介入に問題があるケースなら、その辺りも詰めなきゃマズいだろ」
終始渋い顔のレインが口を出した。
当然の指摘だ。
しかし、アルエは首を振るばかりである。
「介入そのものに問題はないんです。ただ、ルスヴン氏たっての望みで、偶然を装ってほしいということでして」
「だから、それはどうしてなのさ」
何とも言えない顔のアルエが呟く。
「……奥方がね、怖いそうです」
「はい?」
「『この程度の問題で協会を頼るとは言語道断! 己が力のみにて解決してみせよ! 出来ぬなら
いかめしい表情で臨場感たっぷりに説明するアルエを前にして、カミラ達は呆然と黙り込んだ。
三人を放置し元の営業スマイルに戻ったアルエが、これは好機とばかりに迅速に行動を開始する。
「そういうわけで、今回ルスヴン氏から依頼があったことはご内密にお願いします。接触はあくまで偶然を装ってくださいね。近くまでは送るので、以降は徒歩での移動をお願いします」
「アルエ、ちょっと待ちなさい!」
文句を言ってやろうと、カミラは身を乗り出した。
同時に視界が歪み、浮遊感に襲われる。
転移は一瞬。
四人は瞬く間に、赤茶けた荒野の広がる谷底へと移動していた。
見渡すかぎり岩ばかり。
道らしき道はなく、土には草一つ生えず、谷風が甲高い音を立てる。
ここを徒歩移動。
しかも、老人のレインを連れて。
カミラは顔を引き攣らせた。
「どうして私達が、ジャリンコ如きの心の安寧のために苦労しなければならないのよ!」
「誰もが安心して過ごせる共生社会の創造・維持が我々の理念ですから」
胡散臭い台詞とイイ笑顔を残し、アルエの姿がかき消える。
最低だ。
逃げられた。
鬱憤のあまり、カミラはその場で吼えた。
「いい加減にしなさいよ! 面倒な案件に面倒な条件をつけて、一体全体、私に何の恨みがあるというの!?」
どうでもいいが、アルエを日々散々いいように使っている者の台詞ではない。
叫んでも怒り冷めやらぬカミラは手足をジタバタと振りたくる。
ハニに抱かれたままのため、よそから見るとまるきり駄々を捏ねる子どもだ。
一方、荒野に置き去りにされた残る二人、ハニとレインは既に状況に適応し、ほのぼのと話し始めていた。
「地図を見るに、ここはルスヴンさん家の東側みたいだね。川を辿ればすぐだよ」
「川、干上がってますよ。それに空気が埃っぽくて煙たいです」
「道を辿る分には問題ないさね。ただ、ぐずぐずしてるとあたしらも干あがっちまいそうだ」
「急ぎますか? なら、レインも抱っこしてあげます。両手に華というやつです」
「両手にババアの間違いじゃないのかい」
二人とも手早く状況検分を済ませて方針を打ち出し、小粋なジョークと笑顔まで出ている。さすが人間とニエ、環境適応能力の高さはピカイチだ。
右手にカミラ、左手にレインを抱えるという怪力無双スタイルでハニが歩き出した。
血族長の悶絶は完全無視。
問答無用である。
「お前達、少しばかり薄情なのではない? 私の嘆きに付き合ってくれてもいいのではなくて?」
「待つのも面倒だからね。不貞腐れてないで、移動しながら嘆きゃいいじゃないのさ。相槌くらいなら打ってあげてもかまわないよ」
「言い方!」
レインを蹴ろうとするが器用に避けられた。
歯軋りの止まらないカミラである。
「きいいい! ハニ、お前も何か言いなさい!」
「私はカミラ様をたくさん抱っこできて嬉しいです。レインの役に立てるのも幸せです」
「ンん!? ふ、ふーん? なら仕方ないわね」
蕩ける笑みが間近で炸裂したことにより、カミラは一瞬で陥落した。
レインが白い目で見てくるが気にならない。
いちいち周りを気にしていては心からハニを堪能できないではないか。
それ即ち世界の損失だ。
ハニの胸へと全体重を預け、カミラはにやついた。
「もっとこうしていたいわね」
「はい、ハニもそう思います」
実にロマンチックな対話だが、ここは荒野で、逆サイドには老女付きである。
ついでにいうと、どこぞから血と硝煙の匂いまで流れてきている。
さらには男性二人が言い争う声と馬の嘶きが谷底に轟いているではないか。
「違う! 誤解なんだ! ぼくは彼女を助けようとしただけで! むしろ一度死んだ方が彼女にとってはいいんだよ!」
「黙れ、悪鬼! 必ずや貴様を殺し、アンジェリカ様の魂をお救いしてみせようぞ!」
気のせいだと思いたかったが、まず間違いなく何事かの事件が勃発している。
聞き覚えのある、弱気かつ陰気な声を耳にしてしまい、カミラはぎりりと歯を鳴らした。