ニエはおやつにはいりますか? 〜食糧少女、鬼の家族になる〜   作:松幸春嗣

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第26話 あなたは私のカップに入った紅茶

 

 覇王系あらため魔王系細君の降臨から数十分後のことだ。

 

 魔王城──ではなく、ルスヴンの根城に場を移し、一同は改めての顔合わせを行っていた。

 

「レインだよ。元狩人で人間だ。ここに来たのは同居人に付き添うためさ」

「ルスヴンです。この城の持ち主です。お隣さんの不法投棄のせいで困ってます」

「妾の名はエヴァ、この城の主である。エヴァ様とでも呼ぶがよい」

 

 城主が二度出現している。

 

 片や床に頭を擦り付けて土下座するひ弱そうな男。

 片や仕立てのいい椅子に掛けて寛ぐ女。

 どちらが真の主かは一目瞭然だった。

 

 権力配分を確認しつつ、カミラはゆっくりと名乗りをあげた。

 

「私はカミラ。通りすがりの古き鬼よ」

「このような不毛の谷底を通り過ぎるとはな。おかしなこともあったものだ」

 

 エヴァが悠然と笑う。

 しかし、目は全く笑っていない。

 

 絶対零度の赤に射られながらも、供された紅茶をカミラは啜る。

 

「そんなにおかしいかしら。私はただ、旅のついでに不肖の弟子を訪ねただけよ」

「し、師匠……!」

 

 感激のあまりか、ルスヴンが顔を上げた。

 両手を組んで目を潤ませた彼だったが、エヴァの一睨みで瞬時に土下座スタイルへ戻ってしまう。

 

 床にへばりついたまま、ルスヴンが言った。

 

「師匠、ありがとうございます!」

「お前は何に感謝しているのよ」

「それはもう、師匠の存在そのものに決まっているじゃあないですか!」

 

 白々しいにも程がある。

 ルスヴンはカミラの訪問を喜んでいるわけではない。カミラが協会の関与を伏せたから歓喜しているのだ。

 

 まあ、気持ちは分からないでもないが。

 

 カミラは視線を上げ、エヴァの様子を窺う。

 

「何だ。言いたいことがあれば言うてみよ」

「何でもないわ。このクソ雑魚のジャリンコヘボ鬼ルスヴンが、何をどうすればお前のような女傑を娶れるのかを考えていたの」

「さすがはお師匠殿。随分な言い草よな」

 

 艶然とした笑みを浮かべ、エヴァが宣う。

 

「まあよい。この男の味を知る者は妾一人。それでよかろう」

「あら、意外にベタ惚れなのね」

「妾から求婚したのだから当然だ」

 

 エヴァの告白を聞き、ルスヴンが再び身体を起こした。

 

「ぼくだってエヴァのことを愛してるよ! ただ、一緒に生きてもらう勇気が出なかっただけで、ぼくはきみのことを」

「黙れ、旦那様。発言を許したつもりはない」

「ハイ、スミマセン」

 

 撃沈である。

  

 哀れな弟子の姿に嘆息しかない。

 

「お前は本当にいつまで経ってもへなちょこね」

「ほう。妾の知らぬ旦那様の過去、聞いてみたいものよな」

「それはあとでじっくり話してあげる。今は目の前のことを片付けるべきではないかしら」

 

 そういって、カミラは視線を巡らせた。

 

 土下座するルスヴンの隣。

 首から下を鎖で簀巻きにされて床に転がされている騎士、カイニスに。

 

 ちなみに、先程から沈黙しているレインは彼の上に腰掛けている。

 老女を無碍には扱えないのか、はたまた抵抗を諦めたのか、カイニスもまた黙り込んでいた。

 

「さて、人間。お前の名前を聞いてもいい?」

「……カイニスだ。アンジェリカ様をお助けするべくこの地へ来た」

 

 低く答える声は剣呑で、相変わらず強い敵意を感じる。

 しかし、エヴァの名乗りを聞いた辺りから、カイニスの態度は明確に変化していた。

 

「先程より妾の顔ばかり眺めておるな」

 

 呟くエヴァの目に嗜虐の色が滲む。

 

「どうした。この顔に見覚えでもあるのか?」

「──その昔、我が国に王妃として嫁いできた女がいた。敗戦国の姫で、大層美しかったと聞いている」

「ほう、美貌の王妃とな。それで?」

 

 エヴァに顎で促され、カイニスが顔を顰めた。

 

「我が国に恨みを抱いていた王妃は、時の政権を揺るがし、ついには国王陛下を手にかけた」

「成程、復讐か。なんとも恐ろしき女だ」

 

 エヴァは悠々と肘掛けにもたれて頬杖をつき、白々しくも口の端を歪める。

 底冷えのする赤の瞳が瞬き、騎士を射抜いた。

 

「して、騎士よ。その女の名は何という」

「エヴァンジェリーヌ。今より約百年前に我が国を地に貶めた、稀代の悪女だ」

 

 沈黙が落ちる。

 

 息の詰まるような静寂に耐えきれなくなったのか、カイニスが声を荒げた。

 

「城主よ! 貴様、まさかとは思うが、エヴァンジェリーヌ本人ではないだろうな!?」

「いかにも妾がエヴァンジェリーヌであるが、それがどうかしたか?」

 

 エヴァが嘲りに満ちた答えを返す。

 それと同時に、騎士の怒りが爆発した。

 

「牙の谷の鬼とは貴様のことであったか! 王を殺し、民を惑わせるだけでは飽き足らず、百年の長きに渡って我が国を脅かすとは!」

 

 カイニスが暴れて怒鳴り散らすものだから、鎖の音が鳴り響いてうるさい。

 カミラは両耳を塞いでレインに目配せをした。

 

 のたうつ蓑虫騎士の上でレインが溜め息を吐く。彼女は片手でカイニスの頭を掴み、地面へと押しつけ始めた。

 

「ちょいとごめんよ」

「うがっ!? 御婦人、何をする! 貴方も人間ならば悪逆の鬼を討つことに異はなかろう!?」

「あたしは元狩人だ。あんたの気持ちも分かるよ。だけど騎士の坊や、本物の悪鬼ってのはこんなもんじゃないのさ」

 

 カイニスの上に座り直し、レインが言う。

 

「それにね、ここの城の鬼は協会に属してる。人との共生を望んでいるってわけだ」

「……教(・)会(・)? 鬼にも信ずる神があるのか? 人と生きるとは、どういうことだ」

「そこからかい」

 

 元狩人は眉間に皺を寄せ、エヴァを振り仰いで問いかけた。

 

「今時人を食う鬼は少数派だ。人なんざ、わざわざ世を乱してまで喰らいたいものでもない。そうだろう、城主様?」

「その通りだとも。妾は争いを好まぬ。相手が人であれ鬼であれ、な」

 

 エヴァが目を伏せる。

 穏やかに告げる悪女の姿に、カイニスが押し黙った。

 

 再び静寂を取り戻した応接間。

 そこに響くのは、情けない啜り泣きだけである。

 

「城主はぼくなのに……ひどいや、人間達がぼくを見下す……」

 

 床と仲良くなったまま嘆く夫を見下ろし、エヴァがうっとりと呟く。

 

「ほんに愛い男よな」

 

 弟子の夫婦関係など死ぬほどどうでもよかった。

 しかし、これは流石に可哀想かもしれない。

 やはり結局、どうでもいいのだが。

 

 カミラはソファにもたれ、冷めた茶を啜った。

 

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