ニエはおやつにはいりますか? 〜美味しく食べてもらうために造られた少女、なぜか鬼の家族になりました〜 作:ladybug
美少女二人に偉丈夫一人、加えて老女がもう一人。屋敷に集った鬼と人は、改めて自己紹介をしていた。
「カミラよ。一応血族長。長く生きている偉い鬼だから敬うように」
「ベントだ。元鬼狩りの狩人で、そこの阿呆のせいで鬼になった」
「あたしゃレインだよ。人間で、元狩人の隠居老人さ。協会から頼まれてこの人らの面倒をみてるんだ」
机の下で小競り合いをする鬼二人の頭を叩き、老女レインが話を進める。
「さて、簀巻きのお嬢ちゃん。ばあさんにあんたのお名前を教えてくれるかい?」
「分かりました。私はハニ。ニエで鬼で、カミラ様のおやつ兼ベント様のごはんです!」
「おやおや、素直で元気のいい返事だねえ。言ってる意味はよく分からないけど」
後半はただのツッコミだ。ただし、ハニはボケた自覚がないようで、褒められたと感じたのか、やたらに嬉しそうである。
「クッキー食べるかい? ほれ」
ちなみにハニは現在も簀巻きのまま。両手どころか全身拘束されて不自由なため、レインがクッキーを砕いて食べさせてやっていた。
「孤児院のバザーで出そうと思っていてね。試作品なんだ。お味はどうさね」
「美味しいです。このジャムは何ですか?」
「黒すぐりだよ。庭に沢山生ってるから後で見ておいで」
「はい、ありがとうございます」
構われ餌付けされて喜ぶハニに幻覚の尾を見てしまい、カミラは急な危機感を覚える。
まずい。
このままではハニを取られてしまう。
そう思ったカミラはいそいそと立ち上がり、ハニの転がされたソファに腰掛けた。そして優しく彼女の頭を持ち上げ、自身の腿に乗せる。
「ベント、お茶」
「席を変えるならせめて自分で持っていけ」
「私のではないわ。ハニのお茶よ。私が飲ませてあげるの」
「そんな迂遠なことをするくらいなら拘束を解いてやったらどうなんだい」
レインの冷静な指摘に対し、カミラはぶすくれて言った。
「いいじゃない。私だって新しい子を可愛がりたいわ。血族が増えたら猫可愛がりするのが夢だったんだもの」
「猫ねえ。人間の尺度で言わせてもらえば、お迎え初日に簀巻きにするのは虐待だよ。嫌われるから注意しな」
「なんですって……!?」
カミラは衝撃を受けてハニを見る。
のほほんとクッキーを頬張っていた彼女は不思議そうにカミラを見返した。
「カミラ様もクッキーを食べたハニを食べますか?」
「ややこしいわ」
ベントが突っ込む。彼は文句を言いつつ茶を運んできた。カップをカミラへ突き出し、ついでにハニを包む上着を回収していく。
ハニは晴れて簀巻き卒業だ。カミラとしてはもう少し膝枕をしていたかったので残念だった。
三者三様の鬼達を眺め、レインが腕を組んだ。
「ところで、どうしてお嬢ちゃんは簀巻きになってたんだい。危険なのかと思って見てりゃ、少し変わっちゃいるが気立てのいい娘じゃないか」
「ああ、それは……」
ハニが隷属化を無視し牙での食事を勧めたことに発する今回のいざこざ。既に実食済みということで、カミラが疑われたわけだ。
ベント曰く、簀巻きは新たな血族ハニを守る為の措置であったらしい。
「おれの時は諍いが絶えなかったからな。面倒を避けるために、新生を隷属させたのかとばかり」
ぼそりとベントが呟いた。
いくらなんでも信用がなさすぎる。
カミラは深いため息をついて首を振った。
「やってないわよ。というかできないわ、多分」
「能力がなんだと言っていたな。今後のためにも、詳しく聞かせてもらえないか」
ベントが低く問う。
カミラは一つ頷き、これまでのことを話した。
「一仕事終えたらお腹が空くじゃない? 協会内で大っぴらに食事するのも気が引けて、ハニの指先を少しだけ齧らせてもらったのよね」
それはもう堪らない美味で、やめられない止まらないの勢いのまま、結局は右腕丸ごと一本いってしまったくらいだった。
爪まで完璧に整ったハニの手を横目で眺め、カミラは続ける。
「それでまあ、痛みとかを全然訴えないものだから、隷属させちゃったかなと思ったの。だけど、この子、違うというのよ」
ハニに目配せすれば、ふにゃりとした笑みが返ってきた。
「はい。ニエは痛覚を遮断できます。もちろん、ご要望があれば私の痛みを残したままのお食事も可能ですよ。喉や肺が残っていれば悲鳴もあげます。密かに人気のオプションです」
「いやいや、お嬢ちゃん。怖いからやめとくれよ」
笑顔と宣伝文句のギャップがひどい。肝の据わっているはずのレインが全力で止める。ベントなど無言のまま顔を引き攣らせていた。
しかし、当のハニは商品説明をするように朗らかに、否、実際商品の説明として誇らし気に自身の性能を語るではないか。
「煮ても焼いても美味とご好評をいただく我々ニエですが、やはりおすすめは生。産地直送、ぐい呑みです。血が噴き出すのは勿体無いとおっしゃる方も多いそうで、血圧や心拍数も細かく弄れますよ」
恐らくは自慢しているのだろう。しかし、内容が内容なだけに褒めていいものか分からない。さらに言えば、褒めて伸びたら困る饒舌さだ。
カミラは曖昧に微笑み、話を前へと進めることにした。
「痛覚はともかく、隷属化も弾かれたものだから驚いたわ。色々確認して分かったのが、この子の能力『良識』よ」
良識。それ即ち物事を見通す力。
公正で優れた判断を下す能力。
カミラの言葉を受け、ベントとレインがハニを見る。どうにも飲め込めない様子だ。
本当のところを言えば、カミラもいまいち把握できていない。それくらい曖昧な能力なのである。
「ハニ、私がお前を食べた時、何が起こり、どんな風に思ったかをこの二人に教えてあげなさい」
頷いたハニが当時のことを語り出す。
曰く、カミラの食事が始まった直後、声がしたそうだ。その声は従属を強い、執拗に甘言を重ねてきたという。
「声、か。隷属化の際に声が聞こえるというのは初耳だな。その声に聞き覚えはあったのか?」
「カミラ様の声です。カミラ様はお食事に夢中でお話しされておらず、空耳かなと思って無視しました」
「……カミラが食い意地を張ったおかげで難を逃れただけでは?」
「いえ、もし直接従えと仰られたとしても、私は従いません」
ハニは妙にきっぱりと言い切った。
これまでの彼女の印象とは異なる返答に、レインが問いを重ねる。
「そりゃあ一体どうしてだい」
「何となく、です。ただ従うだけではカミラ様のお役に立てないと判断しました」
どうにも曖昧な理屈だ。しかし、ハニの中では確固たる判断基準があるらしい。
「何にせよ、この子は自分の意思で隷属化を拒否できると分かったの。協会の能力者に確認をとって判明した力が『良識』ってわけ」
協会には他者の能力を確認できる鬼がいる。
その鬼の言によれば、ハニはいついかなる時も公正かつ健全な判断ができる、らしい。
この力がハニの中で恒常的に働いており、彼女の思考を補助しているそうだ。
「例えば、そう。ニエから鬼だなんて大きな変化よね。前の家でのこともあった。それなのに、この子ったらあまり動じていないでしょう?」
「ああ、確かに。なんというか、変化に無頓着すぎる気はするな」
「お嬢ちゃん、のほほんとしてるもんねえ」
ベントとレインがしみじみ頷く。
当のハニはというとやや不満気だ。
「ニエなら普通です。仕様の変更なんてよくあることですから。ただ、鬼になってから、これまでより簡単に気持ちの整理ができて楽です」
「……という形で、自分でメンタルケアまで出来ちゃうみたい。優秀よね」
頭を撫でてやれば、優秀な新生は澄まし顔で姿勢を正した。褒められて鼻高々である。
「『良識』、良識ねえ。いまいち分からないが」
腕を組んで頭を捻り、レインが問いかける。
「じゃあ、お嬢ちゃんに質問だ。今のあたしらに必要なことは何か分かるかい?」
「はい、当然です!」
元気よく頷いたハニが壁際へと駆け寄る。
そこには柱時計があった。
鬼と人の珍妙な集まりを見守るその針が、示す時刻は正午ちょうど。
時を告げる鳩が鳴く中、お宝でも見つけたような表情でハニが言った。
「お食事のお時間です。まずはしっかりごはんを食べて、それからお話ししましょう!」
満面の笑みを浮かべる少女。
その勢いの良さに瞠目したレインが一拍遅れて笑い出す。
「何はともあれ腹拵えか。確かに良識だねえ!」
呵呵と笑い、レインが立ち上がった。机の上に置いたままの買い物かごを手に、老女は奥の炊事場へと消えていく。
「レインさん、お手伝いします」
「レインでいいよ、お嬢ちゃん。あんたは何を食べるんだい?」
「何でも食べます。でも、鬼用の食事は苦手なので、レインと同じごはんがいいです」
「そうかいそうかい、今日はあんたの分もあたしが作ってやろう。あっちの二人の分はあんたにお願いしようかね」
「はい、どんとお任せください!」
飛び跳ねるような勢いでレインについていってしまった新生を見送り、カミラとベントは顔を見合わせた。
「さすがにレインがいるところで生食は駄目よね」
「あれは流石に調理する流れだろう。それもそれでどうかと思うが」
自身の腕を切って煮込んだりするのだろうか。ハニの調理風景が思い浮かばず、カミラは考え込んでしまった。
レインに負担のない光景ならよいのだが。
テーブルの上のカップを片付けながら、ベントが言う。
「全員揃って食卓を囲むのは久しぶりだな。確か、前回が三年前くらいか?」
「鬼と人だもの。ライフスタイルが違うわ」
「言っておくが、お前がやたらと寝坊しているだけだからな」
思えば、これまでは隠れてコソコソ味気のない食事をしてきた。隷属化の問題もあるが、さすがに人間であるレインに『私達の肉で何か作って』とは頼みにくい。だからといって自分で調理するのも面倒で、諸々避けてきたわけだ。
これもまた、新たな風と呼ぶのだろうか。
陽の下で生きる人間にとっては昼食。
月の下に棲まう鬼にとっては早めの朝食。
なかなか重ならないはずの食事の時間。
「まあ、たまにはいいわよね」
カミラは呟き、薄く笑んだ。