ニエはおやつにはいりますか? 〜美味しく食べてもらうために造られた少女、なぜか鬼の家族になりました〜   作:ladybug

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第6話 我が家のおやつはお小遣い制です

 

 

 さて、ハニ式腰痛解消講座──ではなく、ニエに関する基礎講座の開幕である。

 

「当事者ハニがお話しいたします。どうぞよろしくお願いします」

「よっ待ってました!」

 

 受講者、主にカミラの態度が軽い。それでも講師はにこやかに対応してくれた。

 

「さて、皆さん。ニエについてはどこまでご存知ですか? それでは、カミラ様から時計回りに一言ずつどうぞ」

「鬼の食糧よね。少し齧るだけで心もお腹も満たされる夢のごはん」

「共存を望む鬼と人の技術者が作り出した人造生物だったか? 回復力がずば抜けていると聞く」

「今じゃ共生社会の要だね。そういや、元々鬼に食われるために作られたわけじゃないってのは本当かい?」

 

 カミラとベントは本当に表層しか知らず、引退済みとはいえ元狩人のレインには少し知識がある。

 受講者三名の認識の差を把握したところで、ハニが本格的に話し出した。

 

「皆さんの仰る通り、ニエは人工食糧です。鬼と人の共生を目的として開発されました」

 

 まずい、真面目すぎる。

 そう思ったカミラは年の功をかなぐり捨て、勢いよく挙手する。

 

「はいはいハニ先生、質問です。鬼と人の共生というけれど、人の代わりに食べられるだけなの?」

「ありがとうございます、カミラ様。とっても素敵な質問ですね」

 

 食いつかれて嬉しかったのか、ハニが両手を合わせて微笑んだ。その笑みだけで満足してしまったカミラだ。

 しかし、場当たり的な質問であってもハニ講師は真摯に応えてくれる。

 

「ニエは人の血を元に“構造式”を書き換えたモノです。生物かどうかは諸説あって、元は鬼に対抗する兵器を──作る過程でなんだかんだあり、ニエが生まれました」

 

 技術と歴史の説明が急に適当になった。

 カミラが早々に鼻の下に鉛筆を挟んだせいかもしれない。いや、どう考えてもそうだ。

 

 真面目な空気に耐えられないとはいえ、可愛いおやつのやる気を手折ってしまい、カミラは反省する。

 

「経緯はさておき、ニエの本質についてお話ししましょう。レインの腰痛解消にも繋がるお話です」

 

 小難しい話は求められていないと察知したのだろう。切り替えの速さは確かに適応能力の高さゆえとも言える。

 

 ハニは人差し指をたてて問いかけてきた。

 

「さてさて、鬼の皆さんは美味しく安全にお食事ができてハッピーです。では、人は? 食べられることはなくなっても、ニエを作るのだって簡単ではないですよね?」

 

 言われてみれば、確かに。

 カミラは鉛筆をくるりと回し、思考を巡らせる。

 

「ニエって人からすれば城壁のようなものでしょう。必要経費なのではなくて?」

「それなら人の死体を渡して取引する方が安上がりですよね」

「それは倫理的にどうなんだ」

「だけど旦那、ニエの流通前は重罪人の公開処刑を鬼に頼んでた国もあっただろ。大昔なんて、鬼の住処が姥捨山代わりに使われていたそうじゃないか」

 

 レインが情報を追加する。人間の残虐さに同族喰らいの二名は揃って真顔となった。

 

 他方、ハニは人の都合で生まれた鬼の食糧。倫理の網を掻い潜る人間の足掻きが生んだ存在だ。

 からりとした表情で彼女は話を続ける。

 

「安くないし面倒くさい。それなのに人はニエを作る。何故かというと、ニエは人にとっても有益だからです」

 

 ハニがレインに向かってウインクした。さらに、いそいそと黒板に図を書き始める。

 

 始めに丸を三つ。丸同士は矢印で繋がれ、循環する三角形を作り出した。

 

「人はニエを作り鬼に提供する。鬼はニエを食べ、ニエは鬼から得たエネルギーを変換して人に還元する────」

 

 最後に三つの丸にそれぞれ、鬼・人・ニエと書き込み、ハニは受講生へと振り返った。

 

「ニエとは単なる食糧ではなく、人の願いを叶える願望器でもあるのです!」

 

 ぽかんとした顔の鬼二人はともかく、人間かつ元狩人として基礎知識を有するレインが頷く。

 

「ニエのおかげでお互いに利が生まれ、だからこそ鬼と人は共生できてるってわけさ」

「待て。鬼からエネルギーを得る願望器……? それはどういう仕組みなんだ」

 

 生真面目なベントが尋ねれば、これまた熱心な講師ハニも難しい顔で唸る。

 

「仕組みを解説するとなると、現代魔術の基礎から応用まで説明することになってしまいますね」

「あらいやだ。難しい話はおなかが空くからいやよ。ざっくり言ってちょうだい、ざっくり」

 

 カミラはまたぞろ早々に匙を投げた。

 レインもこれに同調している。

 生徒らの要望を受け、ハニ講師は考え込んでしまった。

 

 暫くの後、彼女は身振り手振りを加えながらの説明を始める。

 

「鬼が満たされると、とある物質が分泌されます。ニエは本来空気中に霧散するそれを回収し、自分の“構造式”に落とし込んで、魔術的効果をもたらすのです」

「無理。もっと簡単に」

「……えっと。鬼が『おいしい!』『お腹いっぱい!』となった時のハッピーパワーを利用して、魔法で人の願いを叶える。それがニエです」

 

 やや阿呆っぽいポーズで語ったハニの勇姿に拍手が巻き起こる。カミラとレインの絶賛に遅れ、呆れ顔のベントまで手を叩いていた。

 

「よく分かった。すると、契約とは、その魔法効果なるものを成立させる関係なんだな?」

「その通りです。通常は鬼と人とニエ、一人ずつの三人組で契約を結びます」

「通常は、というと? 現時点で鬼はカミラとおれの二人いるわけだが、この場合はどうなる」

 

 まだ幾らか理解に積極的なベントが、さらに質問を重ねる。

 

「そもそもの疑問なのだが、カミラとお前は契約しているのか?」

「いえ、まだです」

 

 ふるりと首を振り、ハニが答えた。

 

「本来、ニエは契約外の鬼に食べられないようセーフティが設けられていてですね」

「成程、堅実だな」

「契約外の鬼に噛まれると、ニエ自身の血中の鉄成分が銀に置き換わるのですが」

 

 しん、と部屋が静まる。

 

 古来より銀に宿るは破魔の力。

 当然ながら、鬼は魔の分野である。

 

「ちょっと待ちな。屈強な鬼でも銀の手錠一つで鬼の力を失って、人間程度まで弱るんだよ? それを食ったりしたら……」

「はい、内臓から腐り落ちて死にます。盗み食いする悪い鬼はお仕置きです」

 

 カミラとベントの血の気が引いていく。

 

 盗み食いでは断じてない。ハニ手ずから料理しての提供だったが、それでも契約外なのは明らかだ。

 

 まさか、今この時も内側から腐敗しているのでは、と鬼二人は自身の腹に手を当てた。

 

「あの、ハニ? その契約とやらは後追いでも可能なのかしら? え? 私、死ぬの? おやつを欲張ったせいで死ぬの!?」

「ままま待て。我らにとって銀は毒、浄化の能力で排除できているはずだ。そうだよな? きっとそうだ」

 

 慌てふためく鬼二人を見つめ、ハニが両手を振って否定した。

 

「いえ、ご安心ください。ハニは最初からセーフティが壊れているので、銀への置換は行われていません」

「「つまり?」」

「ハニを食べても腐りません。大丈夫です」

 

 明朗な返答に、カミラとベントの二人は机に突っ伏した。

 

 それを早く言え。

 

 『セーフティが壊れている』云々はおいおい尋ねるとして、だ。今の話の持っていき方はさすがにわざとではないだろうか。

 心の中で恨み言を呟いたカミラはハニを睨む。

 当のハニというと、もじもじと指遊びをして眉根を下げていた。

 

「実質誰とでも契約できますし、重複契約も可能なので、かえって便利かもと思って……」

 

 ハニの長いまつ毛が震え、伏せた瞼の奥で甘い蜜色が揺れる。

 その様のなんと愛らしいこと。

 

 瞬時にメロついてしまい、カミラはにやけ顔を晒した。

 

「もう、ハニったらお茶目さんね。契約のこともはやく教えてくれたら良かったのに」

「馬鹿者、お茶目で済ますな。直ちに問題がないからと黙っていていい話ではないだろう」

 

 ベントの叱責に肩を落としたハニがか細い声で囁く。

 

「ごめんなさい」

「反省しているならそれでいい。他に最初に伝えておくべき仕様はないのか?」

「えっと、あります。それがレインの腰痛解消に繋がる提案でして、今、お話ししてもいいですか?」

「ここであたしかい。いいよね、二人共?」

 

 レインの呼びかけに他二名が頷けば、ハニはしょぼくれたまま、ぼそぼそと話し出した。

 

「ニエは鬼のエネルギーを吸収、貯蔵します。直接・間接問わず、食事の度にこのエネルギーは溜まっていきます」

「成程、大きな願い事を叶える場合は長期契約になるんだな」

「はい。回収できるエネルギーは鬼によってまちまちですが、一般的に、古く強い鬼との契約ほど回収効率が高いのです」

 

 既に雲行きが怪しい。

 カミラは頰をひきつらせた。

 

「古い鬼って、私もベントも、ミナトだってそうだったわよね?」

「前契約者であるミナト様は古き鬼でしたが少食でした。そのため、貯蔵上限を弄る必要もなかったのですが、ただ……あの事件で」

 

 ハニは目を伏せて言葉を濁した。

 

 穢れ堕ちとなったミナトに食い散らかされたミツ、改めてハニ。最終的に回復が間に合わないほどに貪られていたことを考えれば、自ずと現在の問題が見えてくる。

 

「結構限界が近かったりするのかしら」

「はい。今のハニは、ぱっつんぱつんでミッチミチのエネルギー過多状態です」

「つまり?」

「このままいくと、ちょっと爆発するかもしれません」

 

 再び沈黙が落ちる。

 黙り込んだ鬼達に代わり、レインが問うた。

 

「爆発するとどうなるんだい」

「お屋敷と手前の森がまとめて吹っ飛びます」

 

 誰かが唾を飲み込む音がやけにリアルに響く。

 真顔のレインがハニの両肩を掴んだ。

 

「お嬢ちゃん、あんたね、そういう大事なことは早く言いな」

「この勉強会の後でチューニングをし直せばいいかなって。でも、使ってもらえるならその方が私も嬉しいです!」

「謝るときは素直に頭を下げるべきさね」

「はい、ごめんなさい」

 

 ごめんなさい、ではない。

 弾ける飴どころか取扱注意の劇物を口に含んでいたことに気付き、顔面蒼白になるカミラだった。

 

 

   ◇

 

 

 新生鬼のついうっかりで住処が吹き飛ぶ危険を抱えるわけにもいかず、浄化の血族とレインは契約を結ぶことになった。

 

「あたしの血を一滴、お嬢ちゃんに飲ませればいいんだね?」

「はい、続けてカミラ様とベント様からもいただきます」

 

 レインの指先から垂れた血を飲み下し、ハニが上を向いて口を開ける。

 言われるがままに血を与えたカミラは首を傾げた。

 

「転化の時の血じゃ契約には繋がらないの?」

「契約管理者が人、契約者が鬼なので、まずは管理者である人から血をいただく決まりなんです」

 

 ぺろりと舌で唇を舐めたハニが目を閉じる。

 

「これにて契約は結ばれました。ハニはこれより正式に、カミラ様のおやつ兼ベント様のごはん、そしてレインのための願望器に就任します」

 

 就任も何も、ほぼ押し売りである。

 脅迫されたに等しい契約であったが、当のハニにはそんなつもりなど一切ないようだ。

 喜色満面のハニをどう教育していくかは今後の急務である。

 

 それはそれとして、だ。

 今この時に、何をすべきか。

 ハニの『良識』に頼らずとも、その答えは確定的に明らかであった。

 

「さあ、レイン。何か望みを言ってごらんなさい。早く。可及的速やかに」

 

 カミラに急かされ、老女は盛大に顔を顰める。

 

「急に言われてもさ。この年で願いなんざないとまでは言わないけど、大半はもう自力で叶えちまった後だよ」

「そう言わず。ほら、まずは腰痛からでしょう。ハニ、望みってどうやって伝えるの? 口頭かしら」

「心の中で唱えても、口で仰っていただいても、どちらでもかまいません。ニエは人の望みを正確に探り当てます。得意です。基本機能なのです」

 

 背中をぐいぐい押すカミラと眉間の皺を押し伸ばすベントの圧。さらには期待に目を輝かせるハニの視線に耐えられなくなったのか、レインが渋面でぼやいた。

 

「わかった。わかったよ。じゃあまずは、契約に使ったこの指の傷だね。治しとくれ」

「わかりました。それがあなたの望みなら……」

 

 レインが宣言した直後、ハニの目が強く光る。よく見れば、その奥底には魔術の式が浮かび上がっていた。

 一瞬の発光の後、レインの傷が跡形もなく消える。

 

「どうでしょう。もう痛くないですか?」

「ああ、すっかりね。ちなみに、エネルギーとやらは今のでどれくらい減ったんだい」

「小さじ一杯分くらいです。残念ながら、この調子で使い切ろうとしても、私が爆発する方が早いですね」

「容量の調整はどうしたんだ」

 

 律儀に突っ込むベントの肩を叩き、レインが次の願いを唱える。

 

「とりあえず次だ。腰痛でいこう。頼むよ」

 

 加齢により痛みと僅かな湾曲を生じさせている腰は瞬きの間に伸び、レインが驚きの声を上げた。

 

「こりゃすごい。ついでに肩も、おお!」

 

 こんな調子で次々とレインの願いを叶えていった一行だが、現実は非情だった。

 

「……もう勘弁しとくれないか。これ以上は逆さに振られたって何も浮かばないよ」

「短命種のくせにだらしがない子ね。もっと欲深く生きなさいよ。レインのバカ、ニンゲン、小市民」

「それの何が悪いってんだい」

 

 ものの数分でレインの願いの残弾は尽きた。

 

 レインときたら見るからに萎れ、いまや悪態への返礼にすら覇気がない。

 加齢による痛みはあらかた取れているはずなのだが、もはや逆に老けた印象すらあった。

 

 庭の草刈り。いやいや自分でやりたい。

 金。田舎暮らしで大金を持つとかえって危ない。

 他所様の幸せ。勝手に手を出していいわけがない。

 

 悲しいかな、レインは順当に年を重ねて真っ当に生きてきた。彼女の内には確固たる倫理観が形成されてしまっているのである。

 

 ちなみに、ハニ曰く生命の創造は『不可能』ではなく『禁止事項』であるそうだ。尤も、レインとてそんなことを望んだりしないが。

 

「あとどれくらい残ってる?」

「はい、たくさんです!」

 

 絶望の答えにカミラまでもが撃沈した。

 これはもう、ハニ自体の容量を調整する他ないだろう。

 

「ねえ、ハニ。容量の調整ってどれくらいかかるの?」

「最低二日はほしいです。一度で終わらせず、微調整を何度か重ねるべきかと」

「その間、食事は?」

「できます。でも、爆発したらごめんなさい」

 

 カミラは低く呻いた。

 もう一人の捕食者はというと、大袈裟に嘆く彼女の横で控えめにショックを受けている。

 疲れ果てたレインが天井を振り仰いで呟いた。

 

「すまないねえ、旦那。あたしが小市民なばかりに」

「レインに咎はない。だが、だがァ!」

 

 重い音が響く。

 ベントが机に額を打ちつけたのだ。

 

 悪食で留まるカミラと比較しても、ベントの偏食は悲惨である。何せ、同血族の血肉以外で受け付けることのできるものが限られているのだ。

 せいぜい茶などの水分、あるいはスパイスや香草少々まで。ぎりぎり牛乳。固形物はヘタをすると吐く。

 

 約百年ぶりに食の愉しみを思い出した身体だ。その強烈な渇望は、どんな強固な忍耐力をも打ち壊してしまうのだろう。

 

 悶えるベントを横目で眺め、カミラは慰めを口にした。

 

「私の血を牛乳で割ってみたらどう? 私もお前の血を割って飲んだことがあるけれど、案外イケるわよ」

「いらん世話だ。それに……もう試した……」

 

 死屍累々の食卓を前に、ハニが一人で気合を入れる。

 

「よし、なるべく早く容量を調整します。超特急です」

「頼むから、速さより安全を優先してくれ」

 

 ベントが沈痛な面持ちで呻く。その背を叩いてやりながら、老女が顔を上げた。

 

「あたしも願いを捻り出し続けるよう努力するよ。ただ、考えたんだけど、これはこれで何だか納得いかないねえ」

「何がよ」

「あたしばっかり願い事を言わされてさ。結構恥ずかしいもんだよ。自分の頭の内を無防備に晒すんだからね」

 

 疲労困憊の顔でぼやくレインに、おやつタイムを奪われ不機嫌なカミラが舌打ちする。

 

「口に出さなきゃいいでしょ」

「そうは言っても、願いが叶えば外から見て分かるかもしれないだろ。たとえば、この頬のシミなんかが消えてみなよ」

 

 その言葉と共にレインの頬からシミが消えた。

 半笑いのカミラを見て願望成就に気付いたレインが頭を抱える。

 

「ほら見な、恥ずかしいだろ。大体、村の奴らに指摘されたらどう説明すればいいんだい」

「大丈夫大丈夫、婆さんの顔なんて誰もみてないわよ」

「こっちはあんたらみたいに社会と距離を置いてないんだよ!」

 

 ややはりつやのよくなった両手で顔を覆い、レインが嘆いた。

 

「こんなの不公平じゃないか! せめて、あんたらも腹の内を明かして願いを唱えるべきだよ!」

 

 レインの叫びが轟いたその時のことだ。

 ハニの瞳が一際強い光を放った。

 

「────え?」

 

 青褪めるカミラの傍ら、ギリギリと歯を軋ませながらベントが呟く。

 

「ざっぎの血豆腐……毎日でも……だべだい」

 

 声が濁るほどの全力の抵抗も虚しく、ベントは本音をぶちまけさせられた。

 絶望の面持ちで視線を落とした彼を笑う暇もなく、カミラの唇が戦慄き始める。

 

「わ、私は、ハニとレインと、ベン、トに、もっとなま、名前を呼んでほしい、わ……!」

 

 何度も口を閉ざそうと試みて跳ねる声。羞恥が身体のうちを暴れ回り、カミラは堪らず叫んだ。

 

「いやあああ! 私をみないで!!」

 

 床を転がりまわるカミラ、死んだ目で机の表面を眺め続けるベント、自棄になって爆笑するレイン。前者二名など意味もなく願いを暴露させられている。

 

 三者三様の地獄を眺め、ハニが申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「血豆腐は、はい、大丈夫です。カミラ様も、積極的にお名前で呼ぶようにしますね」

「……どうしてお前は無事なのよ。ハニも何か言いなさい。さあ、願いをぶちまけるの」

「カミラ様、ごめんなさい。ニエは自身のために願う機能を削られていて、頑張っても思いつかないんです」

 

 頭を下げたハニの足下に縋りつき、カミラはごねにごねる。

 

「じゃあ、鬼として! この際、ニエとして、私達のために願うことでもいいわ! 何かないの?」

 

 ハニは困ったように首を傾げた。それから流れるように膝をつき、床に転がるカミラを支えて膝枕の体勢をとる。

 さらに暫く悩みに悩み抜き、やっとのことで彼女は告げた。

 

「食器」

 

 ぽつりと溢れたのは単語ただ一つ。

 ハニが呟く。

 

「食器がほしいです。皆さんの食卓を彩る食器が」

「ああ……うちは皆適当に食事をとっていたからねえ。食器なんて中身が漏れなけりゃいいと放置してたよ」

 

 レインの言葉に頷き、ハニが続けた。

 

「実は先程のお食事も味気ない見た目になってしまいました。これは由々しき事態、ニエの名折れです」

「あら、そうなの? じゃあ買い足す?」

「いけません。これは私が望んだことです。ならば、ハニ自身が努力すべきことなのです」

 

 握り拳を作って息巻くハニの頭上、低い声でベントが提案する。

 

「ならば、小遣い制はどうだ」

「お小遣い、ですか?」

「家事見習いとしてレインの仕事を手伝い、鬼見習いとしておれとカミラが請け負う協会の仕事を手伝う。その報酬をおれ達が払う。見習いだから安賃金だがな」

 

 懸命に威厳を保とうとしているベントだが、机に打ちつけていた額は僅かに赤く、首元まで羞恥の朱色に染まっている。

 

「お前の経験にも繋がる。悪くない案だと思うが、どうする?」

 

 年長者の虚勢への配慮か、はたまたただの天然か。ハニが花の綻ぶような笑みを浮かべた。

 

「わかりました。お手伝い、頑張ります」

「それはいいけれど、まずは容量の調整を頑張ってほしいわね」

「はい、ちょっぱやです!」

 

 返事も行動も元気よく全く悪気のない彼女だが、何か始めるたびにやらかしているような印象すらある。

 一抹の不安を覚えつつ、カミラは家長として鷹揚に頷いてみせた。

 

「期待しているわ」

「はい、カミラ様の期待に応えます。ハニは必ずやカミラ様のお役に立ってみせますよ!」

「ごめんなさい。名前、連呼しなくても結構よ」

 

 やはり、不安だ。

 口の端を引き攣らせ、それでもカミラは意地を振り絞り笑みを浮かべるのだった。

 





 新しい生活が始まる、ということで第1章完です。
 次章は協会のお仕事編に。

 ここすき、感想、評価などいただけましたらはげみになります。
 よろしくお願いします。
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