ニエはおやつにはいりますか? 〜美味しく食べてもらうために造られた少女、なぜか鬼の家族になりました〜 作:ladybug
第7話 仕事始めに銀の匙、ならぬ銀の枷
いきなりではあるが、協会とは何か。
協会は、約百年前に起きた村落壊滅事件を機に設立された、鬼と人の共生を目的とする世界的組織である。
なお、長ったらしくもっともらしい正式名称も存在する。
しかし、誰も覚えていない上に『人が前か鬼が前か』という、世にもしょうもなくありきたりな理由で揉めることが多い。
このため、基本は“協会”とだけ呼ばれている。
「“人と鬼の共生社会構築と秩序維持を目指す鬼と牙狩の相互扶助関係推進協会”より派遣されました、浄化の血族のハニです。狩人様、本日はよろしくお願いします」
埃っぽく薄暗い備品管理庫に舞い降りたのは天使のような美貌の少女。
流麗なカーテシーを繰り出した彼女を前に、牙狩の狩人アッシュは半眼で答えた。
「こりゃご丁寧にどうも。ところで、協会の符牒は知っているか」
「そんなものがあるのですか? ごめんなさい、習っていないです」
「気にするな、教えてやる。まずは目を閉じて、両腕を前に真っ直ぐ伸ばすんだ」
「こうですか? 出来てます?」
「手首を揃えて。そう、上手だな」
適当に言葉を弄し、懐を探る。
アッシュはいつも通り手錠を取り出し、鬼の手首にかけた。
そして、煙草に火をつける。湿気ているのか、なかなかつかない。
やっとのことで煙を肺いっぱいに吸い込み、ひと心地ついたところでアッシュは言う。
「お前、馬鹿なのか」
「はい?」
目を閉じたままの少女が首を傾げた。
◇
新月のこの日、アッシュは協会の狩人からの協力要請を受け、とある豪華客船に乗り込んでいた。
アッシュは昨今珍しい在野の狩人だ。
とある信条を掲げるがゆえに協会には属さず、一方で共生の理念を否定もしていない。
協会所属の知り合い経由で依頼を受け、堅実に実績を重ねてきた、中々硬派な狩人である。
そんなアッシュにとって、目の前でむくれる少女は未知の存在であった。
「どうしてこんなことをするんですか。私、何も悪いことをしていないのに、おかしいです。狩人様はひどい人です」
「悪いことはしてる」
「何のことですか」
「おれを騙そうとした」
「してません」
相変わらず薄暗い備品管理庫の中、積荷の箱に腰を落ち着け、アッシュは煙草を燻らせる。
葉っぱの味がしない。数日前、雨に降られたまま放っておいたせいだろう。
何とも味気ない煙を吐き出し、アッシュは鼻で笑った。
「騙すにしてもお粗末だったな。よりにもよって、浄化の血族を騙るとは」
人であるアッシュにとって、鬼共の血縁関係など知ったことではない。
とはいえ、有名どころの情報は耳を塞いでいても入ってくるものだ。
浄化の血族は原初の四氏族の一角。
由緒正しき古き血統にして最も閉じた血族で、血族員は“悪食”カミラと“偏食”ベントのたったの二名であったはず。
つまり、この少女は浄化の血族を名乗る不逞の輩である。
そう判断し、アッシュは少女を見た。
美しい少女だ。
しなやかに伸びる四肢に程よく肉のついた体幹。腰だけが締まって細い。
身に纏うドレスは簡素なデザインだが、仕立てはよく、品の良さが少女によく似合っている。
夜空に月光を浮かべたような艶やかな黒髪に花を模した硝子細工の髪飾り、甘美さすら感じる褐色の肌。
隙なく通った鼻梁にあどけなさの残る頬。
ふっくらとした唇は僅かに開き、蜂蜜色の瞳をかたどる長い睫毛が濡れ──
「は?」
ぽたり、ぽたり、と。
少女の頬を涙が伝う。
「────っ、血族を、騙ってなんか」
「え、いや」
「嘘じゃない、私はカミラ様のおやつでベント様のごはんでレインの弟子……ちゃんと新しい名前ももらって、食べてもらって! 毎日お勉強もお手伝いも頑張ってるんだから!」
「おい、声がでけェよ」
「嘘なんかじゃないもん! 私、ちゃんと、や、役に立てるもん……!」
膝をついたままぶるぶると震え、少女は大声を上げて泣き出してしまった。
どうでもいいが、何と下手くそな泣き方だろうか。少女は上方を振り仰いで涙を拭うことさえしない。
両手を拘束されているからかもしれないが、別に後ろ手にして動きを封じたわけでもなし。
あと、鼻水が出ている。せっかく美人なのに。いや、むしろ鼻水が出ているのに美人のままとはどうなっているのだ。
両耳に指を突っ込んで塞ぎ、アッシュは顔を引き攣らせる。
「うるさ」
「嘘吐いたのはベント様だもん……協会の狩人様はお優しいから、私一人でもご挨拶程度なら大丈夫って──」
少女はぐずって唇を噛んだ。
蜂蜜色の目には大粒の涙が浮かんだまま。美貌が再びくしゃりと歪む。
「挨拶が間違っていましたか? 私がちゃんと出来ていないから、狩人様は意地悪をするんですか?」
少女は蹲ってしまった。
今度は静かに泣く彼女の丸まった背中を見下ろし、どうしたものかとアッシュは頭を掻く。
バレバレの嘘を吐いたくせに、なんとも打たれ弱い鬼だ。
ダグラス──本来この仕事を請け負っていた協会付きの狩人によれば、今回の件に浄化の血族は関わっていない。
鬼側の協力者は貸与の血族のアルエ、現協会長の秘書と聞いている。
今日、この船でパーティが開かれる。華やかな社交の場では鬼側のアルエが、裏方では狩人側が、それぞれ動くことになっていたはずだ。
アッシュは苦い顔で煙草を噛んだ。
アッシュの知る限り、鬼は変人揃いだ。
気に入った人間を無意味に仲間に引き入れ、飽きたら放り出すという無法者も、ごく少数ながら存在する。
泣き喚くこの少女が別件の被害者という可能性も無きにしもあらず。
浄化の血族を騙る誰がしに騙され転化させられた間抜けであった場合、さすがに気の毒である。
積荷の箱から飛び降り、アッシュは少女の肩を柔く叩いた。
「まあ、そんなに泣くな。拘束しただけで、何も傷付けようとは思ってねェ」
少女が顔を上げる。
眉を顰めた彼女は小さな声で呟いた。
「だって、あなたが意地悪だから」
「悪かった。おれは人間で、鬼より弱い。警戒を怠れば死ぬこともある。分かるか?」
「はい。でも、私は人間の敵ではないです。人の役にも立てるように私は設計されていて、だから……なのに、私……!」
またもや眦に涙を湛え始めた少女の背を摩り、アッシュは適当な言葉を投げかける。
「そんなに泣くなよ。お綺麗な目ン玉が溶けて落っこちちまうぞ」
「溶けませんもん。馬鹿にして、ひどいです」
それにしても、とんでもない美貌の少女だ。
潤んだ目で見つめられると、なんだか変な心地がする。
アッシュは視線を逸らし、サイドバッグに仕込んでいたブツの存在を思い出した。
鞄の中に手を突っ込み、ブツを取り出す。
ころりと丸く紙に包まれたそれを、少女の目の前で振ってみせた。
「食べるか? 鬼でも飴くらいは食べるだろ?」
「貰います。飴、好きです」
「そうか」
「でも、この手じゃ包み紙を剥がすのも大変です。狩人様が剥いてください」
「おう、それくらいならいいぞ」
むくれた様子で要求され、アッシュは頷いた。
「そら、口を開けろ」
「あーん」
少女の口に飴を投げ込んでやる。
ころころと飴を舐め転がす少女を見つめ、アッシュは天を仰いだ。
「なァ、クソガキ。お前、もうちょっと、いや相当に、人間について学んだ方がいいぞ」
「なんれすか」
「警戒しろって言ってんだ」
悪い鬼がいるならば、悪い人間とている。
この世の摂理だろうに。
理どころか現状すら理解していなさそうな、とてつもなく美しく、呆れるほど無垢な瞳が瞬く。
「狩人様は良い人です」
「いや、お前、おれに手錠をかけられてるじゃねェか」
アッシュはツッコミをいれた。
新章「はじめてのおつかい」編、スタートです。
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