1
適当観の朝は早い。
朝日が差し込んでくる時間帯には既に起きていて修行をしている者もいれば惰眠を貪っている人もいるかもしれない。もしくは少し大きめの調理場で調理をしているかもしれない。
熱い湯気が蒸籠から湧き出しその場の空気を蒸す。熱くも、しかし、乾燥したこの時期には丁度いい塩梅の湿度が保たれている。
「んふふふ〜♪」
その蒸籠の前でアストラ・ヤオの"Original Me"を鼻歌で歌っている彼女はその尻尾と耳みたいな茶毛の髪を揺らす。
ご機嫌そうな雰囲気の彼女は葉瞬光と言いつい最近に虚狩りの称号を得た少女である。それと同時に適当観に所属しておりそこで修行を行っている。
そんな彼女は今、昼ごはんを作っている。そうとは言っても適当観のではなく彼女と一緒に出かけるとあるプロキシと食べる用のものである。故に朝早く、それこそ、日が昇るより前に起きて丹精を込めて作っているのである……っと言うのはあくまで結果論である。
事実は今日のお出かけが楽しみで楽しみで寝れなくてあまりよく寝れなかったのである。それでも、いつぞやに記憶をなくして二回ケーキを作った時よりかは頭は鮮明ではある。
「朝から生が出るな、瞬光」
厨房の扉が開いて彼女の師匠に当たる人物──儀玄が姿を現す。
「あ、師匠、おはようございます」
蒸籠横に置かれている料理ノートに目を通していた瞬光は顔を上げてニパッとした笑みを浮かべる。
ここ最近、儀玄はずっと"始まりの主"の一件から事後処理の報告や青冥剣と瞬光の説明等々でエリー都中を練り回っていて適当観には顔を出していなかったが、それも落ち着き今日は珍しく何かある訳でもなく適当観いた。そして、朝から忙しく調理をしている自分の弟子がいるのを見て見に来たのである。
年相応の笑顔を浮かべている彼女に儀玄は感慨深そうに瞳を細める。
「虚狩りに師匠と呼ばれるのはやっぱり慣れないものだな」
「そんなこと言わないでください、ワタシからしたら師匠はずっと師匠なんですから」
「私からしたらずっと弟子だった者が私より遠い存在になった気分だ」
彼女の隣に立った儀玄はジッと蒸籠を見て何か思い立ったのか「あぁ」っと言葉を漏らす。
「そうか、今日はリンとデートだったな」
「デ、デート、じゃないです、普通におでかけです」
少し顔を赤らめた瞬光は少し視線を逸らす。
そう今日はリンとのお出かけという名のデートがあってこうやって張り切っているのである。
事の発端としては"始まりの主"関係で照が、不本意ながらも瞬光とリンを裏切った事に対して謝罪をしたいと言う話を持ち出した事に始まる。瞬光もリンもその裏切りは仕事上は仕方ない事で済まそうとしたもののそれ以上に彼女の熱に負け、彼女のいる組織が管理している観光地"像園"にリンとペアで招待してくれたのである。そして、そのチケットがリンの方に届いたという事で日にちを合わせて今日行くという話になったのである。
「その割には嬉しそうだな」
「仏頂面の師匠には言われたくないです」
「誰が表情筋がないだ」
「そこまでは言ってませんよ!?」
「冗談だ」っと言って儀玄は瞬光の頭を撫でる。
その声色はとても冗談には聞こえなかった。しかし、こんな的確に言えるのは、もしかしたら過去に似たような事を言われたからこそかもしれない。
「して、何を作ってる?」
「あー
瞬光が蒸籠の蓋を開けると餅米と笹の匂いが一気に解き放たれその場の空気を包み込む。
蒸籠の中には何かを包んでいる笹が五つ円状に置かれているのが見える。
笹の中には餅米をメインとし砂糖、塩、豚肉などを混ぜた種が入っている。これを俗に粽と呼び何かの祝日の時に送ったり食べたりするのが一般的ではある。そして、その味自体はかなり美味しいもので、作るのに手間はかかるものの普通に祝日ではない時でも食べる時は食べるものではある。
「あ、そうだ、師匠も粽食べますか?」
「いいのか?」
「味見する予定があって一つ多めに作っていたので」
「なら、喜んで頂くとしよう」
「はーい」
ノートの横に置いてあったトングとお皿を手に取った瞬光は蒸籠の中から粽を一つ取り出して背後にあった机の上に置く。
笹に包まれていると言ってもイグサによって縛られている為、それを解くには自身の手を使ってやらないといけない。正味、トング片手に持って調理用の鋏で着ればいいものの適当観に調理用の鋏なんてものはない。
故に瞬光は両手をパペット人形を扱うように使ってその結び目を解く。
「あつつつ」
手を振っている瞬光に箸置きから取り出したのか儀玄は手に持っていた二膳の箸の片方を差し出す。
「これを」
「あ、ありがとうございます」
笹から皿の上に解き放たれた粽はお結びとは違う三角形の形をしていおり少し艶がある。
本来であれば笹を使って掴んで食べるのが正しい食べ方ではあるが、今は試食という事でその粽を瞬光は箸で解す。
解したところから湯気が上がり出来たてほやほやなのは目で見てもわかる。
一瞬だけ視線を交わした二人は儀玄から箸を先につける。
続けざまに瞬光は粽を口に放り込む。
熱いのは熱いもののその味は確かなもので彼女の隣にいる儀玄も「んっ!!」っと声を上げ若干目を輝かせる。
「うん、うまい、これならリンの胃袋を掴むのも時間の問題だな」
「え、い、妹弟子とは関係ないですよ」
「ふむ、仮にリンを手籠にできたらこれを毎日のように食べれるのか、もしそうなったら、私はリンに秘術を伝えないといけないな」
「秘術ってなんですか!?」
「生やすとしたら瞬光よりリンの方がいいか」
「ちょっとなに言ってるですか、師匠!? 生やすって何を、何を生やそうとしているんですか!?」
また「冗談だ」と言いながら含み笑みを浮かべている儀玄の前で瞬光は頰を引き攣らせる。
冗談で言っているのか、本気で言っているのかはわからない。しかし、そう言うのは実際にあると言うのは瞬光自身も聞いている。だから、仮にそう言う関係になったらそう言うのはありかなと思う反面で、それを話すのも気が早いと言うべきか、今ここじゃないよねっと言うのが本音ではある。
「上手くリンを手込めに出来るといいな、瞬光」
「だから、その、妹弟子とは関係ないってあと何回言えば理解してくれるんですか!!」
朝の調理場に瞬光の声が響き渡りその声で適当観の面々が起き調理場に集まり始める。しかし、そんな事は梅雨知らずに叫んでいる瞬光の表情は満更ではなさそうだった。
2
適当観で儀玄にどやされながらも朝の支度を終えた瞬光はリンと合流するために六分街に足を運んでいた。
適当観のある澄輝坪から諸々の公共機関に揺られることで来る事ができるここは三体のポンプが並んでいる雑貨屋に、腕が四つあるラーメン屋、また今時は珍しいアーケードゲームが置かれているゲーム屋等々と目移りする様な物がある。そして、その中の一つに"RANDOM PLAY"というデカデカとした看板が掲げられているリン達が経営しているビデオ屋があり、そのビデオ屋の前の広場で合流しようと言う話になっている。
「まだかなぁ、リン」
粽や昨日の夜に仕込みをしておいた金木犀のケーキが入っているカバンを両手に持ちながらも瞬光はビデオ屋の二階を見上げる。
今日二人が行く"像園"は六分街から数十分の場所にあり、リンの車で一緒に行くと言う事になったからである。最初のうちは瞬光も青冥剣で向かってもいいかなとは思っていた。しかし、それは流石に風流がないと言うか、折角二人で一緒に行くのに個別で現地集合というのは楽しみが半減しそうな気がして、だから、彼女自からお願いして車を出してもらうことにしたのである。そして、本来であればリンと合流して"像園"に向かうために車に乗っていてもおかしくはない時間帯にはなっている。しかし、どんなに待っても暮らせもリンが店から出てくる気配がない。
ゆったりとした長めのワンピースを揺らしながらも不安そうにしている彼女はまるで恋をする少女のように不服そうに頰を膨らませる。
周囲から見れば虚狩りの少女がいきなり現れて誰かを待っていると言う状況でちょっとした噂になるかもしれないけど本人は全く気にする気配もなくその場に居座っている。
「──ですので、今日はお願いしますので、家にいてくださいですの!!」
そんな声が聞こえカランカランと言う音が聞こえビデオ屋の入り口が開き、薄紫の髪の少女に抱きつかれながらもリンが出てくる。
「だから、ビビアン、無理なもの無理なの!!」
「いや、です、絶対に行かないでくださいですの!!」
リンの腕に抱きついているその少女は若干ではあるものの泣いた跡がある。
ぱっと見は少女を泣かせたクズ野郎が他の女性の所に行こうとしているように見える。しかし、瞬光自身も何故だが、それに対して失望とか嫉妬をすると言う感情は浮かんでこなかった。むしろ、何かあったのかなとそのぐらいに思うぐらいにはその少女の表情は恋愛感情を除いてリンの事を心配しているように瞬光の目は見えた。
「わかった、じゃ、何かあったら絶対に連絡するからね、あと、今日は私の部屋を独り占めしていいから!」
リンのその宣言に少女は体を硬直させ何かと葛藤する様子を見せたあと、諦めたように溜息をつく。
「……わ、わかりましたわ、ただし、何かあったら連絡はぜっっっったいにしてくださいの」
「わかったわかった、ビビアンとおにーちゃんにするからそれでいい?」
「わかったですわ」
渋々と離れた薄紫色の髪の少女は店の奥に戻る。
肩を落とし何処か遠くを見るような神妙な顔つきで少女を見送ったリンは瞬光の方を見ていつもの笑みを浮かべる。
「あ、瞬光、やっほー!」
「おはよー」
「ごめん待った?」
「ううん、全然、それよりどうしたの、なんか、痴情のもつれみたいなこと起こってたけど?」
瞬光に駆け寄ったリンは「え、あー」っと言葉を漏らしながらも流し目でビデオ屋の方を見る。
「まぁ、そんな事じゃないから大丈夫」
「ふーん、そう、あの子、泣き跡があったけど?」
「いや、まぁ、ね、気にしなくていいよ、本当に些細なことだからね」
愛想笑いを浮かべているリンを前にして瞬光は訝しげな表情を浮かべる。
なにせ、こう言う時のリンは何か重大な事を隠している事が多いのは付き合いの短い彼女でもなんとなく理解はしている。それは感覚的な話ではなく単にリンはそう言うのを隠すのが下手と言った方が正しい。
「何か隠し事してる?」
「いやいや、そんな事ないよ、うん、そんな事はないよ」
「なんか不都合な事があるなら今日の予定キャンセルしてもいいんだよ?」
「それはいいよ、折角、照ちゃんが用意してくれたペアチケットを無駄にするのは良くないと思うしさ」
何かの覚悟を決めた様に頷いたリンは瞬光の
手を握る。
「車はこっちにあるから一緒に行こうか」
手を引いて歩き始めたリンは一瞬だけ暗い顔をし「瞬光、ごめんね」とボソッと呟く。
本当に小さく、そして、聞き取れないほどの声の大きさで言ったからなのか当人にはその言葉が届く事はなく瞬光は首を傾げる。
「なんか言った、リン?」
「ううん、なんでもないよ、こっちの話」
再び笑顔に戻った彼女に連れられビデオ屋の裏手にある駐車場に向かう。しかしその笑みには覇気がなく瞬光自身も嫌な予感がひしひしと感じたのは言うまでもなかった。
|ー ー|
車を走らせること数十分もしない内に"像園"に到着する事はできた。
平日と言うこともあって道中は混んでおらず渋滞にハマると言う事もなく"像園"の近くにまでくる事はできた。しかし、流石に観光地という事もあって"像園"近くの道は観光渋滞をしており中々中に入るのも駐車するのも一苦労だった。それでも無事に駐車する事ができて一通り観光する事はできた。
観光地と言うと言う事で過去の建物や風流を感じる光景等々と人々の喧騒がなければ二人で過ごすには十二分過ぎる場所ではある。そもそも観光地であり喧騒は付きものと言う時点でそれは過ぎた要求ではある。そして、現在は像園にある池のほとりのベンチで瞬光達は足を休めて粽を食べていた。
「なんか、思いの外楽しめた感じがする」
「ね、なんか、歴史的な物がたくさんあったね」
「ねー、うん、ザオちゃんの説明があったらもっと楽しかったのになぁ」
像園には有料で見れる場所があり照からはそこのペアチケットを貰っていて本来であれば照に諸々と紹介してもらいつつ観光する予定になっていた。しかし、照は別の予定が入ったようで今日は来れなくなっていたのである。そのお陰で二人だけのデートにはなったのではある。
もきゅもきゅと音を鳴らしながらもリンは膝の上に乗せていた粽を美味しそうに食べる。
「それにしてもこの粽美味しいね」
「え、あー、んふふ、手作りした甲斐があったよ、本当」
「え、凄い、作るの大変じゃなかった?」
「いやいや、そんな事ないよ」
そんな事を言っているがその実、作るのにはそれなりに時間は掛かっている。しかし、リンに食べてもらえると想像するだけで嬉しくて、だから、そんなに大変だったと言う気はしなかっただけである。
「うん、本当に上手いよ、これ」
何処か思うところがあるのか瞬光は憂のある瞳を向ける。
「ん? どうしたの、瞬光?」
「いや、歴史って言えば、ワタシの家系って先祖代々主君に支えて来た家系でさ、今はもう王朝とかはないけど、誰かを支えるならリンみたいな人がいいなぁって思ってさ」
「急にどうしたの、そんな事言って」
リンの頰についた米粒を取りながらも瞬光は「んー」っと唸る。
「なんだろう、その、美味しそうに食べているリンを見てふと思ってさ」
「ふーん、まるで愛の告白みたいだね、それ」
「え、あ、えーっと、そ、そういう事じゃないから」
顔を真っ赤にした瞬光は視線を逸らし自身の髪をいじらしくイジる。
そんな彼女を見てリンは意地の悪い笑みを浮かべる。
「にしても、瞬光も結構食べるよね」
「え、そう?」
「だってさっきも小籠包とか歩きながら食べてたじゃん」
つい数分前まで瞬光もリンも割と食べ歩きをしていた。
食べた物としては小籠包を始めとし、肉まん、香辛料がキツめの人を選ぶような骨付き肉、そして、いちご飴等々と観光地且つ瞬光が儀玄から貰ったお金があったからこそできた豪遊ではある(勿論の事、適当観やアキラヘのお土産は買った上で行っている)。
「んーそうかなぁ、割と普通な気がしない事もない気がするけどねぇ」
「いやー流石に半分こしてるとは言っても結構いい量だよ?」
「でも、そう言う割にはリンも食べてるよね?」
「それ、はほら、瞬光が作ってくれたのが美味しくてさぁ」
そう言いつつも瞬光の腹部を見たリンはそのまま無遠慮に触る。
「ちょっとやめて、りんっ!!」
「本当に痩せてるよね、瞬光って」
「だからっていきなり触るのはやめ──「──きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」っ!?」
瞬光の言葉を遮るように叫び声が聞こえてくる。
その叫び声の先には顔がすっぽりと入る大きめのヘルメットを被ったホロウレイダーが数名が池を挟んで反対側にある広場の中央で拳銃片手に周りを威嚇し、その周りでは突然の事に驚いで阿鼻叫喚になっている一般市民がいる。
「なんで、こんなところにホロウレイダーが?」
それを見ても特に動揺する事なくリンは残りの粽を全てを口に放り込む。
「……やっぱりね」
「リン?」
立ち上がったリンは自身のポケットの中に笹の葉を無造作に突っ込む。
「鎮圧しに行くから、瞬光、ごめん、ちょっと手伝って」
「うん、いいよ」
「因みに周りを守りながらも力使える?」
「無理かな、この力って結構無慈悲だからそこまでのことはできないかも」
近くを浮遊している青冥剣に乗った瞬光の膝の上にリンは乗る。
「首に掴まってて」
「おっけー」
その言葉と共に青冥剣が急発進をして慌てふためいている人達の間をするりするりと抜ける。
「因みに一般の人がどれぐらい離れれば使える?」
「半径十メートル程度かなっと、リン、ごめん、ちょっとショートカットする」
「オッケー、大丈夫」
座っていたベンチからホロウレイダー達が現れた広場までは池を迂回して反対側に形で行くのが普通ではあるが、しかし、今は急を要している。なら、池を突っ切た方が早い。
その判断から青冥剣を急ブレーキ掛けた瞬光はその行き先を広場に向ける。
「ちゃんと掴まっててね!」
「う、うん!」
リンが瞬光の首に手を回し、一瞬の停止の後に急発進し加速した青冥剣は池を斜めに入る。
バシャンッと音を立て水飛沫を飛ばしながらも無事に着水しその勢いのまま池の上を横切る。
「お、おぉ、青冥剣って水の上行けたんだ」
「まぁね、初めてやったけど」
「え、えぇ、それで落ちたりしたらどうするつもりだったの」
「それは、まぁ、その時でしょ」
サーフィンの要領で池の上を突っ切りホロウレイダー達がいる広場に乗り上げ、空中で一回転した瞬光はリンをお姫様抱っこしたまま広場に着地する。
その光景はまるでお姫様を抱いた女性騎士が現れた様な錯覚を覚えるほどで、一瞬だけ周りの視線を引きその場の混乱が収まる。
「で、アンタ達はどうしてここにいるの?」
瞬光から降りたリンがホロウレイダー達に声をかける。
そんな彼女達を見てホロウレイダー達の頭であろう大柄の男が訝しげに首を傾げる。
「なんだ、てめぇら」
「兄貴こいつらでっせ、例の対象は」
そう近くにいた部下に言われたその大柄の男は「おぉ」っと大げに反応する。
「そっちからくるなんて探す手間が省けだぜ」
「ほぉー私達が本命かぁ」
「まぁなっても虚狩りに真っ向で戦うつもりはねぇけどな!! 逃げるぞ、野郎ども!!」
ホロウレイダー達にしては珍しくその場で踵を返して群衆の中に紛れる様に走り始める。
「追いかけるよ」
「え、あ、う、うん、そうだね、ほっとく事はできないね」
即座に反応した瞬光と少し考え事をしていたリンも慌てて彼らを追いかける。しかし、先程とは人混みの量が違く青冥剣乗る事はできず走る形で追いかける羽目になる。
「捕まえられるなら捕まえてみろよー!」
「調子に乗ってぇ、ワタシとリンの時間これ以上奪わないでよ!!」
人に紛れてしまったことで青冥剣を振るうことも出来ずあくせくしながらも瞬光は追いかける。
その間もリンは何かを考えている素振りを見せ何かの覚悟を決めた様な瞳になる。
それはこれから起こるであろう出来事に対しての覚悟なのかはわからない。しかし、その体が一瞬だけ光ったのは誰にも見られる事はなかった。いや、見られたには見られた。しかし、その一瞬だけ周りの視線は別の方向に向かっていたからこそ見られなかったのである。
ホロウレイダー達の背中が建物の角に消え瞬光は彼らを追いかける為にリンの手を握って走る速さを上げる。
「あそこ、行くよ、リン!!」
「……ごめんね、瞬光、でも、こうするしかないんだ」
角を回ろうとした瞬光の体をリンはタックルする。
普段はどうってこともないタックルでも走っていた勢いと突然の事で足を絡ませた瞬光は地面に転ぶ。
「え?」
「これでもくらえぇぇぇ!?」
その次の瞬間には────角待ちしていた大男が放った散弾銃の玉が瞬光の体を弾き飛ばしたリンの体を心臓を穿っていた。そして、その血の一部倒れた瞬光の顔にも振りかかりその瞳は凶弾に撃ち抜かれたリンの姿を強く深く刻みつけるのだった。
3
リンが打たれた日からビデオ屋は静まり返っていた。
その理由は端的で分かりやすいもので、リンが凶弾に倒れ急遽店を休まざるをえなくなったからである。
いつもは活気や陽気なBGMで賑わっている店内も今日だけは消え失せ静寂に包まれ唯一の光はビデオ屋の一階のレジ裏にある部屋の光だけである。そして、その中にはアキラ、照、照に勝手について来た盤岳とダイアリン、それに加えてビビアンに葉釈淵が集まっていた(彼と儀玄以外の適当観の面々はリンの容態を確認するために病院の方に向かっている為ここにはいない)。
「……照ちゃんがいれば、こんな事にはならなかったのに」
いつもはアキラやリンが座っているゲーミングチェアに座っている照は大きく溜息を吐く。
あの事件の大元は照自身の善意で行った事である。それは今まで彼女が否定し続けていた裏のない完全なる善意からの産物でもあり、本来であれば照自身も二人について行き諸々と案内等をする予定だった。しかし、当日直前になっていきなり仕事が入り行けなくなって、で、蓋を開けたら最悪の形で善意が裏目に出てしまったのである。だから、明らかに不機嫌そうで見る人が見れば……じゃなくても、確実に怒り浸透しているのがわかる。
「照……」
「少しでも違和感に気がつけば、こんな事は、無かったのに」
「照、君は何も悪くないし、それに病院手配してくれたのは、君だろ」
そう指摘されて照は視線を逸らす。
現にリンは集中治療室におり死にはしていないものの生死を彷徨っている。それもその筈で弾丸を至近距離でもろに彼女は喰らって大量出血し、病院に搬送された時点で失血多量、手術を終えた時点で意識は戻らずずっとベットに横たわって意識だけ反応は見せてくれていないと言う言わば、植物状態に陥っているのである。それでも医者の話によると意識が戻っていないだけでもかなり奇跡に近いとの事である。そして、その集中治療室がある病院は黒杖が保有している機密性の高い一般病院であり事態を知った照の計らいによって手配された場所でもある。
「それは当たり前の話、照ちゃん達がやらかしたのに何もしない方が最低だから」
「それでもだ、一応、リンの事を救ってくれた事には感謝してるよ」
「そんなうわっべらな感謝要らないから」
机に肘を乗せた彼女は自身の頰を手の甲に乗せる。
「でも、今回件はきっと照ちゃんの椅子を狙った奴の仕業だと思う」
「どうしてそう思うんだ?」
彼女は机をトントントンッと叩いていた指を止める。それから、椅子を回転させてアキラの方に体を向ける。
「まず、リンちゃんを打った後の引きの良さ、もし仮に他に何かあればもう少し暴れたっておかしくない、しかし、瞬光を前に逃げた点、そして、リンちゃんが押さなかったらあの銃弾は確実に瞬光に当たっていた且つ使っていた銃弾はシリオン用だった点からして、狙いは明らかに瞬光の方だった」
リンに対して放たれた銃弾はホロウ探索者、それもシリオン用に作られた銃弾だった。
普通の散弾ではシリオンは倒せない。だからこそ、作られた弾であり瞬光を狙った物なのは確実なものである。故に、意識がないとはいえほぼ五体満足で生存している時点で割と奇跡に近い話ではある。
「そして、事件が起こったのは黒杖の領域内だった、そこから導き出せるのは青冥剣を回収できなかった照ちゃんの代わりに回収する為に誰かが陰で暗躍していたと言った方が筋は通る」
「それなら、明確に裏で誰がやったかはわかるか?」
「わからない、けど、チケットを手配してくれた相手ではない事は確かで、それ以降は何とも、でも、だからこそ、一杯食わされた気分で腹の居どころが悪い」
再び椅子をくるりと回転させた照はパソコンを前にして瞳を細める。
「それにそもそも黒杖が管理している観光地にホロウレイダーが現れるなんてそれ自体がまず防犯上ありえないとしか言えないし、それにあの時の不意の予定の変更は、多分……」
腕を組んだ彼女はブツブツと独り言を言い始める。
こうなってしまうと照はあまり話にならない。むしろ、彼女の場合は自分の中で情報を整えて合理的な回答に持っていくための大切な時間であり声をかけるのは避けた方が良かったりする。そして、何となくそれはアキラもわかっているからこそ、彼は照から少し離れてテレビの前のソファーに近寄る。
「ビビアン、大丈夫か」
「大丈夫? そんな話じゃありませんの!!!」
ソファーに座っていたビビアンが立ち上がる。
その体質上泣けないにせよ、今の彼女は泣きそうな声をし不安そうに表情を歪ませている。
これでもまだ良くなった方ではある。
アキラと一緒に病院には行った時にリンのあの惨状を見た瞬間に腰が抜けてその場で蹲って自分で自傷するほどには疲弊し、癇癪を起こし、とてもないが目を当てられる状況に陥り一先ず、アルバイト先にはヒューゴの方から休みを入れてもらい今はリンの部屋で休ませている。
「ビビアンはあれだけ止めに入ったのにどうして、どうしてリン様を、あの時行かせたのですか!!」
打たれた日の朝にビビアンはこのビデオ屋に早朝から突撃をしていた。
それはパエトーンである彼らに会いに来たと言う訳ではない。その際に彼女は"とある運命"について話していたのである。
「それがリンの選択だったとビビアンも納得しているだろ」
「だからって、でも、ビビアンが、あの時、もっと、ちゃんとリン様を止めておけば、止めておけばっ!!」
「ビビアン、一旦落ち着こう、リンはその運命になるってわかっていた上で最善の手を打ったに過ぎないんだ、それにリンは死ぬって決まった訳じゃ……」
「そんな事ありませんわ、運命を変えればその運命の皺寄せは別の人に向かうです、だから、だから、行かせるのは嫌でしたの」
語彙と肩を落としながらも再び彼女はソファーに座り直す。
「ビビアンは、本当に、バカなのです……」
「ビビアン……」
二人のやり取りを眺めていた釈淵がキラリとその眼鏡を光らせる。
「アキラくん、少しいいか?」
「何ですか、釈淵さん?」
「彼女、まるで未来が見えるみたいなこと言ってるけど、本当なのかい?」
「あーうん、その通り、なんだけど……」
チラッとビビアンの方を見たアキラはアイコンタクトを送る。
それを即座に理解した彼女は小さく頷く。
「……少しトンチキな事言うかもしれないけど、ビビアンは誰かが命を落とす未来だけを予知ができるんだ」
すぐに「なんと、珍妙な」と盤岳は反応し「そう言う発言しないの」っとダイアリンのツッコミを入れる。
そんな二人のやり取りを尻目にアキラは自身の顎に手を添える。
「リンが打たれた日もその件で僕達の店に来たんだ、でも、リンはそれでも瞬光と一緒に行くことを選んだんだ、それが運命だって言うならって言って」
「リンは自分の命より瞬光との思い出作りを優先したって事なんだな」
「いや、それは違う、リンは死なない、死ぬ運命にあったのは──」
言葉を少し濁したアキラは、瞳を左右に揺らした後に釈淵に視線を向ける。
「──瞬光の方だった」
ビビアンがビデオ屋に来た時に言った運命はリンが死ぬものではなく瞬光が死ぬ物だった。しかし、その映像の中にはリンもいて少なからず危険な目に遭う事がわかっていた。だからこそ、打たれた日の朝にビビアンはビデオ屋に来てリンを引き止めようとしていたのである。
アキラの意外な言葉に釈淵は目を少し見開く。
「本来やられるべきは瞬光の方だったか……」
「そうだ、それで、その光景の中にリンがいてビビアンは二人の旅行を止めようとしたんだ」
「そうか」
何ともいえない顔になった釈淵はアキラの近くに寄る。
「あぁ、なんて皮肉な物だ、その銃弾を代わりにリンが受ける羽目になるとは、まるで魔弾の射手に倒れたお姫様みたいだ」
ぴくりと眉が動いたアキラは反射的に釈淵の胸倉を掴む。
「アンタ、リンの事を馬鹿しているのか、アンタの妹を助けようとして自分の身を犠牲にしたんだ、それを皮肉な物なんて、ふざけるのも大概にしろよ」
アキラの怒りに満ちた視線が釈淵の視線と交差する。
それはリンの兄として絶対に超えては行けない線を越えられた発言だったからこそ出た静かな怒りである。なにせ、魔弾の射手は物語上でその愛する人達を自身の手で殺してしまう。それを例えに使うと言う事はそれはまるでまだ死んでいない彼女をもう死んでいると言う扱いにしている様で、たとえそれが悪気がなくても腹ただしい事には代わりな故に一発触発の雰囲気なる。
ジリジリとした緊迫する空気の中で釈淵は視線を逸らす。
「すまない、そう言う意図で言った訳じゃない」
ハッとなったアキラは釈淵の胸倉から手を離す。
「僕の方もやり過ぎた」
「こちらもだ、言葉には気をつけるよ」
眼鏡のアーチ部分をグイっと上げた釈淵は瞳を細くする。
「でも、瞬光が死ぬ未来を見過ごす程には君の妹は冷酷じゃないのはわかってる」
「だから、こんな状況になっているんだ、お互いにな」
お互いになと言うのは今現在、瞬光は儀玄以外何処にいるか把握できていない。それと言うのもリンを打ったホロウレイダーを炙り出すと暴走し姿を消しているからである。
不意にアキラのポケットの中にあったスマートフォンが音を鳴らす。
「どうした、橘福福さん」
うん、うんっと二、三回頷き返したアキラは眉を顰める。
「……え、リンが、病室からいなくなった?」
その言葉を聞いたその場の人達全員が息を呑むのだった。
4
赤い花が一輪だけ可憐に咲いている。
瓦礫と化したコンテナの上に倒れているホロウレイダーの血液が滴り落ち地面に水溜りを作る。その上を体をボロボロにした少女が一人その体をフラフラと揺らしながらも通る。
真っ赤に染まった足跡が硬い地面に付着し赤い跡として彼女の後をついていく。
空は曇天。身体を体を引きずりながら歩く彼女はずっと長い間、戦闘を続けていたせいもあって体は限界に近い。でも、それでも、彼女は足を止める事は出来ず歩みを進めている。
「兄貴の仇ぃぃぃぃぃぃぃ!!」
物陰から現れたホロウレイダーが彼女に向かって金属バットを振り下ろす。
それもそれは普通の金属バットではなく、普通の数倍は硬い物だった。それこそチタン合金並みの物で普通であれば相手を気絶、もしくは殺す事ができる。しかし、バットは瞬光に接触した瞬間に轟音を鳴らしながらも真っ二つになる。
「あぁ?」
「……仇、ねぇ」
彼女の赤い瞳が呆然としているホロウレイダーを射抜く。
「そちらからやってきた、癖に」
発光した青透明な剣が身動きすらできなかったホロウレイダーを切り裂く。
噴水のように噴出した血液がべっとりと彼女の純白な髪に付着する。取れない汚れのようにべったりとペンキのように張り付いて普通の水ならきっと取れない汚れだろう。でも、そんな些細な事彼女にとってはどうでもよかった。だって、脳内には今も鮮明にリンが自分の代わりに打たれたあの光景が流れているのだから。
自分の代わりに血液を噴出して倒れた彼女の姿が、その事実が赤く鮮明に、脳裏に焼き付いて離れない離れてくれない。脳が壊れそうなぐらいにあのシーンが頭の中で繰り返し、蝕んでくる。
いくら力を使おうが、リンが撃たれた時の記憶が地に根を張った花のように根付いて消えてくれない。
青冥剣の影響で記憶が持たないのに、どうしてなのかリンが打たれた時の記憶が、あの時の記憶がずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと脳裏に焼き付いてしまっている。
幸せだった筈の記憶が苦い苦しい記憶になって体を蝕んでくる。だからと言って、決してあの記憶を消したい訳ではない。でも苦しくて、だから、どうしようもないジレンマが、深く、深く、自分を傷つけてくる。
「……ワタシは、ワタシは、何も、できなかった」
顔を伏せた彼女の口から漏れた後悔に満ちた言葉は静かに溢れ落ちそれが鎖となって彼女の足と地面を繋ぐ見えない枷となる。
目の前にいながらも治療も何もできなかった自分が憎かった。緊急時だって言うのに頭が真っ白になって呆然とする事しかできなかった自分が憎くて憎くて仕方なかった。目の前で血の溜まりに沈んでいくリンをただ見る事しかできなかった。
「ワタシは馬のシリオンなのに、自分の大切な人すら守れなかった、なにが、皇帝に仕えた血筋の家系だよ」
足を引き摺りながらも顔を上げた彼女の視線の先にはコンテナが数百個は入るであろう巨大な倉庫がありそこが彼女の目的地でもあった。
静かに手を上げた瞬光は近くに浮いていた青冥剣を展開する。
「──そこまでだ、瞬光」
聞き慣れた声が聞こえる。束の間に元々駐輪場として使われていたであろう建物のトタンの屋根の上に一羽の墨で描かれた烏が姿を現す。
「力の使い過ぎは体に良くない、それ以上は私が許さない」
その烏の隣に音もなく儀玄が姿を見せる。
そんな彼女を見ずに瞬光は上げていた手を下ろす。
「……師匠、今更何言っているんですか、ワタシが無力だった、目の前に倒れたリンすら助けれなかった」
「……瞬光」
「ワタシは、目の前にいる、大切な人、一人すらも守れなかった」
「瞬光」
「ワタシは、未熟者なんです」
「瞬光、いいか、よく聞け、リンは君を助ける為に命を張ったんだ」
瞬光の表情が頑なりその視線が一気に儀玄に向く。
「どう、言う事?」
「アキラから聞いた話だ、そういう予知ができる少女がいて、瞬光が撃たれて命を落とす予知を見ていた」
「予知……それは本当のことですか?」
「本当だ、情報筋に嘘はない」
瞬光自身も儀玄を疑う気はない。しかし、仮にそれが本当なのであるのであれば、リンはその予知を知った上で殆どデートみたいなお出かけに来てくれたと言うことになる。自分が死ぬ思いをするのに、辛い状況に置かれるとわかっていながらも。
「じゃ、リンは、あぁ、なる事を、知ってたんですか?」
「知っていた、とは言え、あぁいう結果になったのは不明確な運命だったと言うべきか、そう言う話だ、だから、瞬光、あとは照に任せて一旦引くぞ」
そう儀玄に言われても視線を落とした瞬光は、しかし、その場から動こうとしない。
「……瞬光?」
儀玄が声をかけるも彼女は何かを考えている様子で、一瞬だけ眉間に皺を寄せる。
「……ねぇ、師匠、思った事を一つ聞いていいですか」
顔を上げた彼女は儀玄に視線を戻す。
「どうしてザオちゃんなんですか、治安局や軍じゃダメ、なんですか?」
純粋な疑問でありそれは実にその通りでしかない質問でしかなかった。
今起こっている事は一般市民でパエトーンでもあるリンがホロウレイダーに怪我を負わされて本来は治安局が対応するべきではある。しかし、その対応を照に任せるのは違和感しかないのである。
「そ、それは……」
彼女の質問に対して儀玄はハッとなり明らかに動揺した様子で視線を逸らす。
しくじったっという感じの雰囲気を醸し出している儀玄を見てとある事を思い出した瞬光は頰を引きつらせる。
「ねぇ、師匠、もしかして、ワタシが狙われたのって、青冥剣のせいじゃないですよね?」
無言になった儀玄は、しかし、首を横にふらない。
「あぁ、それで、そう、そうなんだ」
要はそういう事であった。あの事件の延長線上で、それに、彼女を、リンをまた自分絡みの件で負傷させてしまった。青冥剣絡みで起こる自分にしか関係なく、本来は関わる必要のないことにリンをまた巻き込んでしまった。
そう彼女が理解するまでは時間が要らなかった。
「だから、ホロウレイダーがいて、ワタシが、死ぬってわかってたから、リンは、リンは、ワタシを、ワタ、ワタ、ワタあ、あは、あははははははははははははははは」
自身の顔を抱えその場で膝から崩れ落ちた彼女は絶望に満ちた顔で笑うしかなかった。
瞬光の雰囲気がいつものものからドス黒いものに変わる。それは決していいものではない。聖なるものを汚す。それは水に着色料を入れるように素早く、そして、今彼女の中で明らかに感情がよくない方向に動いている。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
空を仰ぎ高笑いする彼女の瞳からは涙が溢れ出し絶望に満ちた瞳は収縮する。
「あーあ、もう、どうなってもいいや、目が見えなくなっても何も聞こえなくなっても、この体が、例え、朽ちたとしても」
ふらりと立ち上がった瞬光からただならぬ力が吹き荒れ目の前にあった重厚そうな扉が斬撃を食らった様に吹き飛ぶ。
「瞬光、駄目だ、それ以上は」
止めに入ろうとした儀玄を瞬光は目線だけを送る。
その瞳は完全にイっており完全に復讐の炎に溺れ、例え、儀玄が本気を出して止めに入ったとしても彼女は止まらないだろうと直感的に感じられ、それは共に彼女が暴走状態にいる事を指している。
「……ごめんなさい、師匠、ワタシ、これ以上我慢できないです」
顔を歪ませている儀玄を他所に彼女は倉庫の中に歩みを進める。
くしゃけた扉の先には入り口に向かって銃口を向ける数十人のホロウレイダー達と黒杖の戦闘員、そきて、その中央にメガネをかけたインテリ系のスーツを身に纏った男が一人立っていた。
まるで彼女がここにくる事を知っていたかのような布陣がそこには引かれているが、それすらも気にせずに彼女は歩みを進める。
「来たか、葉瞬光……っ!?」
意気揚々と声をかけたその男は、彼女を見た次の瞬間にはその顔を青ざめさせる。
何せ、彼が見た彼女は、もう、彼女ではなかった。黒い感情に支配され顔はガン決まり一歩一歩足を引き摺りながら歩く彼女は既に側から見たら人ですらなかった。そこには理性と言う物がぐずぐずに溶けきりただの復讐という執念だけで動いていた。
戦場にて何が一番怖いか。それは地雷か、戦車か、それともドローンか、否、それは死を覚悟し死ぬことも厭わない狂気の兵士である。
「打てっ!!」
ホロウレイダーや達が彼女に向かって銃弾を放つ。
話になる相手ではないと判断を下した男の判断の切り替えは早かった。しかし、それは共に既に遅い判断だった。
「アナタが、リンを、殺したんだ、自分の、欲のために」
彼女専用に作られた銃弾は、最も容易く彼女の体を貫く。そして、貫かれる度に血が吹き出しまるで血の羽が生えたように彼女の背後にある地面に付着する。でも、そんな事を彼女は一切気にしていなかった。
「あぁ、リンの食らったのはこんなに生易しくなかった」
絶えず体を撃ち抜いてくる弾丸を一身に受けながらも彼女は自分を嘲笑する。
銃弾で体を撃ち抜かれようが何をされようが痛くはなかった。なにせ、そんな感覚はとっくの昔に代償として払っている。でも、わかる。リンが食らった凶弾はきっとこんな生やさしいものではない。もっと、痛くて、辛くて、苦しくて、助けを求めたってよかった。でも、リンはワタシが死ぬのを阻止するためにそれを甘んじて受けたんだ。ワタシの代わりに、そう、ワタシの代わりに……。
「……何が、リンに仕えたいだ、虚狩りなのに、誰も守れなかったのに」
バキンッと何かガラスが壊れる音がする。
顔を伏せた彼女の体を中心に白色のオーラが一気に吹き荒れる。
自分でも制御できない力が体の奥底から溢れ出してくる。
あの時、"始まりの主"の使徒に身体を乗っ取られた時のようにきっと暴走するだろう。でも、それでいい、だって、だってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだってだって、リンが倒れたのは、リンが撃たれたのは、ワタシが、全てワタシが悪かったんだから。ワタシが、リンの気持ちを汲み取れなかったから、リンの異変に気がつきながらも見過ごしていた、だから、だから、だからっ!!
ドクンッと心臓が跳ねる。自分の中で熱くドス黒い赤色の血液が流れる。
嫉妬や執着、負の感情が自分の中で膨れ上がり、どうしようもない感情が黒い濁流として体を飲み込み──
──魂が全てが反転する。
自分を地面に縛り付けていた言葉の鎖が弾け飛ぶ。
周りで解き放たれた青冥剣が映像が途切れた時のようにノイズがバキンッと入り音を立てて壊れる。
身体中の傷は治り白く光っていた髪が、尻尾が、耳が赤と黒の混じった髪になる。
「"テメェ"らが、したことの償い、裁判所じゃなくて──」
顔を上げた彼女は赤黒い剣を生成し死んだ黄色い瞳を彼らに向ける。
「──ここでしてもらうからな」
次の瞬間には彼女から解き放たれた剣がホロウレイダー達に襲い始め、そこから行われるのは一方的な虐殺だった。
|ー ー|
軍団を倒すのにかかった時間は、たったの数分程度だった。
その剣はどんな屈強な男も装甲が硬い機械兵も一撃で、まるで果物の皮を剥いているかのように切り裂くことができた。故に、彼女が暴れた後には瓦礫と血とエーテル痕しか残さなかった。正にそれは虚狩りと言う言葉が似合う惨状と言っていいだろう。
その斬撃の中央には血まみれの瞬光がいてその目線の先には腰を抜かして地面に尻餅をついた男がきる。
「ヒ、ヒィィィィィィィ」
瞬光は後退りながらも逃げようとした男の横に青冥剣を突き刺す。
「動くな」
「は、はいぃぃぃ」
普段の優しい雰囲気は消え失せ怒りに支配されている彼女は男の元に歩み寄る。
「ワタシを狙ったんだな?」
「は、はい」
「青冥剣か?」
こくんこくんこくんっと頭がちぎれそうな勢いで男は首を縦に振る。
「す、すまなかった、私が間違ってた、こんな事になるとは思わなくて」
「ワタシが間違っていた、こんな事になるとは思ってなかった?」
死んだ瞳をしている瞬光は完全に怯えている男の横辺りにある地面を思いっきり蹴る。
バコンっという音が響き渡り踏んだ場所が陥没する。
「悪者はいつもやった後に後出しジャンケンのように、そういう、もう、遅いのに……」
「い、いや、そう言うつもりじゃ……」
「どういうつもりもなにもない、リンは、リンは、リンは、リンはっ!!!」
死んだ瞳で男の事を見下ろしながらも拳を大きく振り上げる。
ここでコイツを殺したい。そう心が叫んでいる。だって目の前にいる奴はリンを撃った奴の親玉がいて、だから──
「──ダメだよ、瞬光、これ以上は」
男の頭を粉砕しようとし振り下ろした彼女の腕を掴む少女がいた。
「……え?」
それはまさしくピンチの時に現れる神様の様で、あの時、自分で命を断とうとした時と同じ雰囲気がいつもと違う、神々しい姿のリンが瞬光の腕を掴んでいた。
彼女を観た瞬間に黒くなっていた瞬光の髪が次第に茶色に、その黄色く光っていた瞳は赤色に戻る。
「リン、どうして、ここに?」
ここにいるはずのない彼女は笑みを浮かべる。
「そりゃ、もちろん、瞬光を救いにだよ」
「なんで、病院にいる筈じゃ」
「んー、多分ね、瞬光を助けるために来たんだと思うよ」
「思うよって……」
グラッと揺らいだ瞬光をリンは正面から受け止める。
「私も、ここまでどうやって来たかって記憶ないの、でも、こうやってここまで来たかわからないんだよね」
「そっか、どうやって来たんだろうね」
そんな会話をしながらも瞬光は瞳を細める。
「ごめん、ワタシのせいで、リンに、辛い思いをさせてしまって」
「大丈夫だよ、瞬光、私こそごめんね」
ギュッとリンは瞬光に抱きつく力を強くする。そして、儀玄がアキラ達を連れて倉庫に入ってくるまで二人は抱擁を続けるのだった。
5
病院を勝手に抜け出した事で私は物凄く怒られました。
正直言った話をするとどうやって病院を抜け出したのか、どうやって瞬光の元に行けたのかその記憶は一切と言っていいほどにない。むしろ、気がついた時には瞬光の隣にいて彼女の腕を掴んでいた。そして、その時には私の体にあった傷も瞬光の代償もなぜかリセットされており一先ず病院で調べてもらっても特に異常はなく丸くは治った。けれども、納得は行ってはいない。でも、結局はそう言う結果になったからそれでこの話はおしまいと言えばおしまいになる。
で、今回の件の顛末としては照ちゃんの同僚が治安局に捕まると言う形で治った。
それと言うのも、照ちゃんの同僚の中でも彼女の椅子を狙おうとしたその人物が瞬光から青冥剣を奪おうとして起こった事で、あの時も手駒のホロウレイダーを"像園"に解き放って瞬光の命を狙った物であった。しかし、それをビビアンの未来予知で知った私が未然に防いだとの事らしい。ただ、それ以上の正確には話はわからず、後処理は全て照ちゃんに任せると言う事になってしまった。そして、照ちゃんは後日改めて再び謝罪をすると言って今は姿を暗ませている為、こちらから会いにいく事は出来ない。
「……で、これは一体どう言う事?」
いつもの日常に戻った私はと言うと朝っぱらから瞬光にべったりと体にくっつかれていた。
「ん、おはよう、リン」
同じ布団の中にいた彼女は瞳を細める。
「お、おはよう、じゃない、何で私の部屋に?」
「んー? 気づいたら?」
「気づいたらって……って、そうか、ここ適当観か」
「そうだよ、寝ぼけちゃった?」
そう言いながらも春光は優しい笑みを浮かべる。
あの時、私の復讐に燃えていた時の様な鋭い雰囲気は完全に消えいつもの彼女に戻っている事に安心する。
「寝ぼけちゃったかも、で、そんなお姫様は一体何用で来たのかな?」
「えーお姫様じゃないよー、ただ、粽と金木犀のケーキ作ったから一緒に食べようかなって思って」
「また作ってくれたの?」
「うん、今度は一緒にゆっくり食べたいなぁって思って」
「あーそっか、ありがとう、瞬光」
そう返しながらも自然とあくびが出る。
昨日はビデオ屋を再開する前に心配かけた人達や適当観の面々に対しての謝罪行脚を夜まで行った事で寝不足になっていて物凄く眠い。正確に言うと深夜になるまで火鍋パーティーをしていたって言うのが一番デカかったりする。
「でも、まだ寝たいかなぁ」
「うん、いいよ、リンが寝たいだけ寝て」
「うん、そうするよ」
泡沫の意識の中で"パエトーン様“っと言うなぜかビビアンの声が聞こえてくる。
これから起こるであろう修羅場を感じながらもそれはそれでいいかなぁと思う朝の一幕。
今日も六分街は──いや、澄輝坪は平和でとても、とても騒がしいです。
──FIN