ザワザワと、教室内がやけにうるさい。その端でわたしは1人ぼっち。十王星南の妹、一番星の妹、それなのに、首席になれなかった可哀想な子。そんな声が聞こえてくるような気がして、わたしは静かに息を吐いた。
中等部からの内部生は少なくない。しかし、アイドルを目指す専門校らしく、3年間で振り落とされた子もまた少なくなかった。わたしも、たまたま先に進めただけの生徒の1人。お姉ちゃんの輝きの下でただただ暗闇を歩いているだけのわたしがここにいるのも、最早何かの奇跡だとさえ思う。
「……陽」
「……おはよう、月村さん」
「また一緒のクラスで嬉しい。よろしく」
「……まぁ、いられるうちは」
唯一このクラスで何も気にせずわたしに話しかけてくるのは、中等部の頃にNO.1と名高い人気ユニットの一員だった、月村手毬さんだけ。彼女の場合、そんな深いことは考えていないのかもしれないけれど、周囲はそうでもない。あの十王陽と月村手毬が並んでいるというだけで囃される。嫌いだ、全部。どうせわたしのことなんて知らないくせに。
「どうせ辞めるつもりなんてないくせに、そういう言い方するの、やめなよ」
「……」
「別に私には関係ないけど。陽のおかげで、私もパフォーマンス上がってるから、辞めるなんて言わせない」
「……何それ。全部君の勝手じゃん、君の努力でしょ。わたしは何もしてないし」
「そういうところ。精々頑張って、私に置いていかれないように」
「……」
わたしに対する月村さんは自分勝手だ。わたしが月村さんのライバルみたいに言って、そんなわけがないのに。
わたしのライバルは、生涯でただ1人だけなのに。
拳を強く握っていると、ふと廊下がざわめき始める。うるさいな、そう思ってそちらに視線を向けると、同じ色と視線がぶつかった。学園内では誰よりも会いたくない人が、そこにいる。
「陽」
「……わざわざ1年の教室に何の用?」
「話があるの、生徒会室に来てくれる?」
十王星南。この学園の生徒会長であり、目標とすべきアイドルであり、わたしの姉。そして。
世界で1番、大嫌いなアイドル。
「出向かなきゃいけないほどの用事なわけ?別に、電話とかメッセージで良かったじゃん」
やかましさの正体は星南の来訪。新入生の大半は芸能人を見た時と同じ反応で道を開けていく。やめてよ、そんなことしないで。星南はまっすぐにわたしの元へ歩いてくる。来ないでって、言えたら良かったのに。
「そうしたら逃げるでしょう。私は、あなたと話がしたいの」
「家で出来る話?」
「いいえ。今、学園でのこと」
「……分かった、逃げない。だから離して」
野次馬のいる中、星南は躊躇いなくわたしの手を取った。子供の頃みたいに繋がれて逃げ場も無い。わたしが星南から逃げるわけないのに、信用されていないのは癪だ。
「星南」
「陽がちゃんと呼んでくれたら離すわ」
こいつ。より大きな要求を通すためにわざとやりやがった。これが一番星の手口か。集団に見られていることを加味した上で妹に何をさせようとしているんだか。
「……お姉ちゃん」
「よし、行きましょう」
「マジで覚えててね、お姉ちゃん」
絶対に許さない。
「ねえ。手、離すって約束じゃん」
「嫌よ、私の陽だもの」
「妹でしょ」
「陽は陽よ」
「うざ、シスコンなところほんと嫌い」
「家では」
「空気読んでよ」
家では反抗しないだなんて言うな。そりゃあそうだろ、家にいる星南はアイドルじゃなくてわたしのお姉ちゃんなんだから、甘えるのは当然の権利だ。
わたしはただ。
わたしの前に立つアイドル・十王星南が嫌いなだけであって、お姉ちゃんのことが嫌いなわけじゃない。
色々な人に見られながらわたし達は生徒会室を目指す。通されたその向こうには、星南と同じ3年生の姫崎莉波先輩がいた。
「何かと思えば……会長、陽ちゃん、困っていませんでしたか?」
「問題ないわ、陽は私の頼みを断れないもの」
「分かっててやるならもっと手段考えてくれる?あれじゃあ、わたしが注目を浴びても仕方ないんだけど」
「さぁ陽、そこへ座って」
「いや……え、合ってる?本当に?お姉ちゃんの言ってるところって生徒会長の椅子じゃ……」
「合っているわ」
つくづく妹の話は聞かないんだな。星南が指したのは生徒会長の立て札が置かれた一際目立つ机と、それに付随する椅子。この部屋で1番豪華なその空間に座らされたわたしに、姫崎さんは程なくしてお茶を入れてくれた。良い香り、お姉ちゃんの選んだ茶葉かな。
「……それで、話って?」
「単刀直入に言うわ。陽、あなたも生徒会に入りなさい」
「拒否権は」
「無い」
アイドルであり、初星学園の生徒会長としての星南がわたしを見ている。目を逸らしたい、逃げ出したい。それなのに、大嫌いなのに、お姉ちゃんの期待には応えたいと、そう思ってしまう。
「……」
「今年の生徒会は、私がメンバーを選んで勧誘しようと思ってる。いずれは一番星になるであろう才能の原石を集めて、磨いてみせるわ」
「……どうして、」
「私が世界で1番、陽を愛しているから」
答えになってないよ、ばか。
顔を上げたそこにいたのは、アイドルでも生徒会長でもない、わたしの大好きなお姉ちゃんだった。
あぁ、嫌い。
わたしのことなんて眼中に無いみたいな顔をして、そのくせ誰よりもわたしのことを見ている星南が。
やっとこっちを見たって、そう思うわたしが、大嫌い。
「ここに座らせた意味、分かった」
「ええ、そうね。きっと想像通りだわ」
「いいよ、入っても。その代わり」
わたしは星南の目の前に立った。10cmと少し高い場所にある同じ色の瞳、その中に写るのはわたしだけ。
「わたしのことだけ、ずっと見ててね。お姉ちゃん」
生徒会長のその座席を玉座と呼ぶのなら。お姉ちゃんは自分より、わたしに相応しいと思っているのだろう。だから当然のようにわたしをそこに座らせたし、入学式が終わってすぐにわたしを迎えに来た。
わたしという才能を、誰にも取られないように。
わたしは、わたしは星南に勝てないのだと思っていた。アイドルである星南は後ろを振り返ることはないから、その視界にわたしは写らなかったから。だからもう、わたしから逸らしたりさせない。
「……ええ。楽しみにしているわ」
お姉ちゃんは柔らかい笑みでわたしの頭を撫でる。この人、いよいよもってシスコンを隠す気がなくなったな?いや、わたしもか。姫崎さんの穏やかな表情が奥に見える。仲の良い姉妹に見えているのならそれでいい。
「……じゃあ、わたしは戻るね」
「送っていくわ」
「1人で戻れるし」
「でも、どこの馬の骨かも分からない生徒に声を掛けられたら……」
「馬の骨と呼ぶな」
仮にも自分の通う学園だろうに。
「勘違いしないでよ?わたしはお姉ちゃんに見てて欲しいだけであって、十王星南からの特別扱いなんていらないの」
「……?」
「学園でもお姉ちゃんでいてくれるならわたしもそうするってだけ。あなたが他の子を見たりなんかしたら、わたしもそうするから」
「そんな……!」
「そんな世界の終わりみたいな顔されても……」
面倒くさい姉妹。
わたしは姫崎さんに頭を下げて生徒会室を後にする。私的な用事で呼び出したら絶対に訪れないこの場所は、公的にわたしが立ち入ることになる部屋になってしまった。
言われてみれば、現メンバーは生徒会長である星南と副会長の燕と、それから書記の姫崎さんしかいない。最初から自分のやりたいように構成するつもりだったのか知らないが、その一員に組み込まれる理由に気づかないほど鈍いつもりはない。
教室に戻ると、やはり感じる視線。そりゃそうだ、十王星南に呼び出される生徒なんて、実の妹でも珍しいものだろう。
「あ、あの……十王さん」
「なに?」
「生徒会長と、なんの話をしてたの?」
十王星南の妹なのに、妹だから。そう言われること自体は今までにもあって、わたしの一挙一動が見られている原因。しかしね。
「……十王星南がわざわざ学園内でわたしに話す内容なんて、1つだけでしょ」
「それって……」
「人のこと気にしてる暇、ないんじゃない」
本当はシスコンが誰よりも妹のことを気にかけていたっていうオチだったけれど。わたしの言葉をどちらに取るかは、受け取り手次第だろう。その証拠に、教室内が再びざわめき始めた。
いいよ、わたしのこと、十王星南の妹だと思ってても。そのうちどうせ、嫌でも十王陽を知ることになるのだから。
わたしは生憎、星南と違ってセルフプロデュースには長けていない。どころか彼女への劣等感を募らせるばかりで、自分の良いところさえ言えやしない。それでも、わたしはお姉ちゃんの期待に応えたいから。
「あなた、中々見どころあるじゃない!」
「はあ?」
「花海咲季よ」
「……十王陽」
「あなた、あの"十王星南の妹"なんでしょう?」
「だったら何」
「いいえ、姉には似てないのねって思っただけ」
「……」
なんだよ、それ。
わたしには星南と違って才能が無いとでも言いたいの?
遠巻きに見るクラスメイトの視線。煩わしいことから逃げ出したいのに、十王星南の妹であるわたしは足が縛り付けられたように動かない。
花海さんはまっすぐにわたしを見ている。どうしてそんなに、強気でいられるの。
「何よ。わたしの賛辞も、どう受け取るかはあなた次第でしょう」
あぁ、なるほど。
わたしのセルフプロデュースが下手くそな理由、分かったかも。
わたしはずっと、星南のことを遠い存在だと思っている。思っていた。だから、届かないように感じていただけなんだ。
「……花海さんこそ。わたしを追う前に、妹さん振り切って来なよ。じゃないと、置いていくから」
「……どうして、それを」
「さぁ。でも、学園の生徒のことはわたしも記憶してる。首席のあなたに妹がいること、その妹が補欠合格なこと」
「……」
「わたしの目には、妹さんの方が優れて見えることも」
「……あなた、つくづく姉には似ていないのね」
「ありがとう。わたしが1番嫌いな褒め言葉だよ」
花海咲季・佑芽姉妹。364日違いの同学年の姉妹というのは目を引くもので、その姉の方が学年首席ともなれば尚更だ。
「話は終わり?わたしはもう行くね、時間の無駄だから」
「なんですって?」
「……自分の世界で1番大きな人から向けられる期待に応える。それの難しさ、君なら知っていると思うけれど」
「……」
「退いて。レッスン、行くから」
わたしの言葉に眺めていたクラスメイトが道を開け始める。少し前、わたしの元を訪れた星南がしていたのと同じように。
あーあ。新しいクラスの始まりなのに。
星南の影がチラついて、誰もわたしを見ない。わたしを避ける理由なんて、ただ1つ。
「十王星南に最も近いのはわたし。星南ばかり見ていても、その先に行くわたしは見えないよ」
誰もわたしを追いかけて来ないし、声も掛けてこない。それでいい。星南の妹という事実が彼女たちからわたしを遠ざけるのなら、わたしだって必要以上に振り返らずに済む。
「……で?なんでまたここにいるの」
「あら、待っていたのよ」
「お姉ちゃんのそういうとこ、本当に理解出来ない」
「ほら、おいで」
教室を出たわたしの目の前に、数刻前と同じくお姉ちゃんがいた。1人で戻れるとも言ったし、そもそも用事があるなら連絡でもしろと言わなかっただろうか。
背後から「十王さん、お姉ちゃんって呼んでるんだ」なんて声が聞こえてきた。うるさいな、わたしだって別に反抗心だけで生きているわけじゃないし。お姉ちゃんって呼ばないと拗ねるんだよ、この人が。
「どこ行くの?」
「話が終わっていないのに戻ったのは陽の方でしょう。それとも、あなたの野心には付き合わなくていいの?」
「……」
「"特別扱い"なんてしないわ、ただ私の欲望を満たして欲しいだけ」
「字面そっちのがやばいけど。わたしのためなのか自分のためかハッキリさせてよ」
「私のためよ」
「もう本当にさ……」
なにが一番星だ。わたしをそこに座らせるために着々と準備を進めている、とんだ圧政じゃないか。
「お姉ちゃん、ちょっと、わたしのこと好き過ぎ」
「陽が言うの?」
「調子に乗らないで」
「ごめんなさい、だから離さないで」
大概わたしもシスコンの自覚はあるけれど、だからと言って人前でベタベタしたいだなんて思わないし。手を振り解こうとすればわたしより長い腕が絡め取るようにまとわりついて来た。どうすればいいんだよ。
「……それで、今度はなんの用?」
「これからの学園での立ち回りを、改めて意識して欲しいの。陽、分かるわね?」
「立ち回りって……プロデューサーを探せばいいってこと?」
「いやそれは絶対に許さないけど」
「はあ?」
「私が陽のプロデュースをする」
星南はいつもそうだ。わたしには何も相談しないで、勝手に決めて。置いていく。
「……辞めるの、アイドル」
「前から考えていると言ったでしょう。でも、少なくとも卒業するまでは続けるわ」
「……」
「そんな顔をしないの」
2人きりの生徒会室。お姉ちゃんが慰めるようにわたしを抱き寄せた。姉らしいことは出来ないくせに、甘えたい妹の気持ちは分かるだなんて、どうかしてる。
「違うのよ、陽」
「なにが違うの」
「あなたが私以外を頼るのが嫌なの」
「……」
「私の中で、陽が1番輝いているの。だからその支えになりたいし、その隣にいるのは私がいい」
まるで、恋人みたいなことを言う。
その言葉をわたしに向ける彼女が、十王星南なのか、お姉ちゃんなのか、分からない。分からないけれど、背筋が震えた。
「……プロデューサーの真似事、お爺様は許してくれるの?」
「さぁ、でも認めさせるわ。あなたの実績で」
「わたしに出来る?」
「ええ、当然でしょう。あなたは私の妹で、世界で1番のアイドルなんだから」
不思議だよね。
あれだけ星南への劣等感が燻っていたのに、本人の偽りのない笑顔を見るだけでその気になる。魔法みたい、なんて。
「何から?」
「まずは、学園内で行われるミニライブに参加してもらうわ。新入生歓迎も兼ねているから、本来なら1年生の参加は認められないのだけれど……」
「じゃあ、わたしも?」
「中等部では首席キープ、入学試験でも首席とは僅差の2位。あなたの参加は、全学年の大きな関心を引くでしょうね」
成績が良くても、アイドルとしてやっていけるとは限らない。現にわたしは、月村さんたちと比べて知名度は高くなかったのだから。それなのに、また目立つ機会を失った。星南の背中が遠ざかったような気さえした。
「……首席、取れなくてごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「お姉ちゃんの顔に泥を塗るような真似、したから」
どうしてそれを本人に言ったのだろう。お姉ちゃんが否定することなんて、分かりきっているのに。わたしはお姉ちゃんに、何を言って欲しいのだろう。わたしの承認欲求は満たされることがあるのだろうか。このまま、星南がわたしを見ていてくれたら、あるいは。
__本当に?
「陽は、なりたかった?」
「うん。お姉ちゃんと同じがいい」
子供みたい、だけど。同じが良かった。お揃いって言葉が欲しかった。なれないわたしは誰よりもわたしのことが嫌い。
「でも、同じでは一緒にいられないわ」
「……」
「まずは目の前のライブから。大丈夫、私を信じて」
「……うん、分かった」
新入生歓迎のライブに、肝心の新入生が出演するのは異例中の異例。長い歴史を振り返っても、もしかしたら初のことかもしれない。
でも、そのくらいがちょうどいい。
十王星南が信じたアイドルは、わたしにしかなれないものだから。
この作品は、拗らせた姉妹を中心に、主に秦谷美鈴がオリ主に振り回される内容となっております。