「初めまして。あなたが、十王陽さんですね」
誰かに呼ばれて私は振り返る。そこに立っていたのは白草四音とのんちゃんに教えられた黒髪。わたしと同じ、姉の輝きに焦がれているアイドル。
わたしと違って、越えられないアイドル。
「……何か用?白草四音さん」
「ご存知だったのですね。かの"暴君"のお耳に入っているとは……驚きました」
「……」
"暴君"。わたしのことをそう呼ぶ人がいることは知っていた。それが他校にまで及んでいることも、考えなかったわけじゃない。
わたしをそう呼ぶのは、わたしの才能に食い潰されていった人達だから。
「無名のアイドルの名前なんて、自分から知ろうともしないよ。君のことは、さっきプロデューサーから聞いたから」
「……なんですって?」
「眩しいね。君にとって、姉も、わたしも」
白草さんは自分が思っているより顔に出る。最初からわたしに攻撃的だった、わたしを傷つけるつもりだった。言葉の刃で斬りつけて、わたしが少しでも取り乱せばいいとでも思っていたのだろう。だが、甘い。
わたしは十王星南の妹だ。今さらそのくらいで取り乱したりなんてしない。この程度、学園内で十分に味わっているんだから。
「何のつもりですか。私はあなたのことなど……」
「わたしを暴君と呼びたがるのはね、わたしに負けた人たちがほとんどなんだ。何故だか分かる?」
「……いえ」
「理不尽なまでの才能を、そう呼んで整理することしか出来ないからだよ」
自分に才能が無いと気づき飲み込むことより、相手をそうだと認める方がよっぽど心の傷は浅く済む。そうして守った自分の心は、果たしてアイドルらしいものなのか。
「……眩しいよね、辛いよね。でも、もう立ち止まることも出来ないよね」
「知ったような口を……!!」
「お姉さんに勝てないって頭の何処かで思っている自分のこと、大嫌いだよね」
白草さんは大きく目を見開いた。分かるよ、その気持ち。わたしも同じだったから。
「大丈夫。憧れるのは悪いことじゃないよ。ただ、わたしがその先に立ち続けるだけだから」
勝てないと思うのも、そのために何をしていくのか考えるのも、全部白草さんの自由だ。でも、それじゃあわたしは見えなくなる。一番星やトップアイドルを追い越していくわたしは、ずっと先へ向かうのだから。
見てていいよ。この名前に相応しい場所を目指しているわたしのこと。
「……どうやら、見くびっていたようです。あなたが、姉に勝てる妹なんて存在しないことを知らないとは思いませんでした」
「お生憎様、わたしは君の言う暴君だからね。ジンクスとさえ呼べないような通説なんて、あってないようなものでしょ」
白草月花は間違いなく天才と呼ばれる部類だと思う。追随を許さないほど圧倒的な輝きを持つ彼女、そしてそれはわたしにも言える。
大丈夫。怖かったあの日々はもう無い。
のんちゃんが、秦谷さんがわたしを待っている。
着いて来れないのなら、置いていくだけだ。
十王陽は異彩である。
初星学園の歴史の中、これほどまでの"威圧感"と"魅力"を同時に振りまくような生徒は、果たしていたのだろうか。
ステージの照明が暗転し、会場全体が震えるような重低音が観客の体を揺らす。交流イベントとはいえ、会場はそう広くない。騒めきにも似た歓声は、ただ十王陽の登場を待っている。
「……すごい歓声。これ全部、陽ちゃんを……」
「如月さんが陽ちゃんを見つけてくれて、嬉しかったんです、わたし」
「はい?」
ステージから目を逸らさないまま、秦谷美鈴は己と陽のプロデューサーに話しかける。如月望が見ている限り、その瞳に写るのは陽ただ1人。
「今まで多くの人が陽ちゃんのことを見てきました。その大半が、あの子の奥にいる会長を見ていることに、陽ちゃんは気がついていたんです」
「……」
「決してお姉さんにはなれやしない。お姉さんのようなアイドルには、そうなれる日は来ない。誰よりも陽ちゃんは分かっていて、それなのに、重なる時間の方が多くて」
「私は……ただ、あの子のパフォーマンスが見たくて……」
「はい。でも、陽ちゃんにとってはあなたが初めてだったんです。わたし達のようなライバルじゃなく、プロデューサーという立場にいる人から、そう言われたのは」
十王陽という少女にとって、プロデューサーという立場の人間は信頼に値しないままだった。中等部のまだ拙い才能の芽を、星南になるように伸ばそうとするような人達。
「でも、如月さんは違いました」
そうだ。如月望が変えたのだ。十王陽を。
「……どこまで行けるのでしょうね。手を伸ばして、届く距離なのでしょうか」
会場の熱狂が段々と変わっていく。応援するような隙も与えないくらい、着いて行かなくてはと思わせるような圧倒的なパフォーマンス。良くも悪くも、陽の心にあるのはいつだって姉一人。
極月学園じゃない、白草月花ですらない。
N.I.Aにおいて、そのオーディションに価値を見出さない。
如月望が手ずから伸ばした、"暴君"がそこに居た。