N.I.Aがもたらす影響は存外大きかったらしく、参加しているアイドルの大半が、そちらに関する対応に追われていた。
例えばいきなり増えたファンへの供給。ある人は急ピッチで新作グッズを展開せざるを得なくなり、またある人は1日にかなりの量のレコーディングをしていたり。
要は、初星学園に在籍するアイドル達も、ようやく日の目を浴びる機会に恵まれたということだ。そしてそれは、わたし達にも当てはまった。
「秦谷さん、俺はプロデューサー科の者ですが……」
「美鈴ちゃん、ライブ観たよ〜!」
「あなたが秦谷さんね。単刀直入に言うわ、私とユニットを組まない?」
__なんて。見慣れた髪色の子が、見慣れない状況下に置かれているのを目撃することが増えた。もちろんそれはわたしもそうで、何ならついさっき振り切って来たばかりではあるのだけれど。
(……面白くない)
H.I.Fもそうだけれど、そういうイベントというものは、否応無しに他のアイドルの情報を仕入れさせられるものだ。特にN.I.Aはランキングが出されていて、そのトップにいるようなアイドルの名前は必ずといっていいほど見る。つまり、わたしや美鈴を知らない人は、今やこの学園内には居ないと言っても過言ではなく。
だったとしても。今さら美鈴を見つけたところで、彼女はすでにわたしのユニットメンバーだし、のんちゃんが見つけた宝石だ。誰の手に渡ることもない。それは、彼女自身が控えめに口にしている言からも分かるはず。それなのに。
「プランだけでもいい、目を通してくれませんか」
「絶対後悔させないから」
「私もあんなライブやってみたいな〜」
美鈴じゃなくて、美鈴を手に入れた後の自分達を見ているような台詞に、嫌気が差した。
「美鈴」
だから割り込んだ。彼女の瞳に写るのはわたしだけでいい。
「十王陽……!」
「会長の妹がどうして……?」
わたしの登場で、ざわめきが静かなものに変わる。何処にいて何をしていてもそう呼ばれるのなら、わたしだってもう遠慮しない。
「美鈴」
「はい」
「何してるの、こんなところで」
「少しお誘いを受けていまして……大丈夫ですよ?終わればすぐに陽ちゃんを追いかけますから」
「そうじゃない」
そうじゃない。
人混みをかき分けて、というか、勝手に開いていった。わたしが美鈴に向かって進む度、また1人とわたしを避けていく。好都合だ。
少し困ったような美鈴の視線。それがわたしに向いていないのが、少し不愉快。
「陽ちゃん?」
「……君、存外鈍いよね。わたしのことを言えないと思う」
「はい?」
「"嫌"なんだけど。わたしが言ってるのに、聞けないの?」
あぁ、嫌だ。
そんな可愛げのない台詞しか吐けない自分が。そうすることでしか繋ぎ止められない、自分の独善性が。
傍に居るって言ったのは、美鈴のくせに。
美鈴は固まったままわたしを見ている。呆けた顔でも、わたしを見ているのならそれでいいか。
わたしは美鈴の腕を掴んだ。出来るだけ力は込めないように気をつけてはいるけれど、これで絞め付けた痕が残るのなら、それはそれで良い。
「行くよ。君はわたしのなんだから、有象無象の言葉に耳を傾けなくていいの。どうせ、わたし以上に君を引き上げられるアイドルなんて、居ないんだから」
美鈴の腕を掴んだまま歩き出す。なおも美鈴に話しかけようとする人たちが、酷く煩わしい。図星をつかれただけだろうに。
「……邪魔。退いて」
思っているより低い声が出た。壁がどんどんとはけていく。最初からそうしてくれれば、無駄に口を開かずに済んだのに。
美鈴は何も言わないまま、黙ってわたしの後を着いてくる。いつもの部屋に着いてからようやく、彼女からのアクションがあった。
閉まりきった引き戸が柱にぶつかる音がする。それを合図にするかのように、わたしは美鈴に抱きしめられていた。
「陽ちゃん」
「……なに」
「嫌だったら、振りほどいてくださいね」
美鈴は、見た目の割には力が強い子だなぁと、常からそう思っていた。細いくせにしっかりと筋肉はついているというか。でも、それはわたしにも言えること。
言われた通り、わたしは抱きついている美鈴を振り払って、そしてそのまま壁に押付けた。壁ドンってやつ。何がいいのか、分からないけれど。
「……っ」
「君、無防備だよね。こうされるとは思わなかった?」
「陽ちゃん、」
「……不思議だよね。お姉ちゃんからこれを向けられると困るくせに、自分は、こうやって美鈴を困らせてる」
本当は、少し前からずっと分かっていた。
わたしは美鈴のことが好きだ。温もりを手放したくないと思うくらい、彼女が何処かへ行けば探したくなるくらいに。わたしのユニットメンバーという、唯一無二の立ち位置に縛り付けて居たいくらいには。わたしは、秦谷美鈴が好きだ。
「……好きだよ、美鈴。誰かのものになるくらいなら、わたしのもので居てよ」
散々、そう在ることを求められるのを嫌っていたくせに。美鈴にはそうすることしか出来ない。そもそも美鈴にとって、わたしとユニットを組んでいる今は打算でしかないはずなのに。
「嫌なら振りほどいてもいいよ。追いかけるのもわたしの自由でしょ?」
「……陽ちゃんは、やっぱり鈍感さんです。もう忘れてしまったのですか?」
「違う、忘れてなんかない。でも、君のそれとは違い過ぎるから」
秦谷美鈴はわたしのことが好き。わたしも、秦谷美鈴のことが好き。でも、わたしの好きには重さが足されている。
「何処にも行かないで、独りにしないでよ……っ」
わたし以外を見ないで。わたしの傍から離れないで。他の誰にも必要とされず、わたしのためだけに生きてよ。
「……陽ちゃん」
「ごめん。わたし、最低だ」
「陽ちゃん」
美鈴が何度もわたしの名前を呼ぶ。こんなに甘い響きだなんて、知らなくても良かったのに。これじゃあわたし、お姉ちゃんと一緒じゃないか。
「陽ちゃん。ようやく、わたしの中まで踏み込んでくれましたね」
「……そう、だっけ」
「はい。あなたは誰の心にも踏み込まず、そして踏み入れさせない。1番近くにいる、わたしでさえ」
我ながら、穿った人間だというのは自覚がある。わたしから見た姉という人間に執着し、その背中を追い続けてきた。それしか知らなかったから。でも、今はどうだろう。
自分の都合だけで他人を振り回し、自分の世界へ彼女を連れ込もうとしている。これではまるで、自分のためにわたしを磨こうとしたお姉ちゃんと一緒なのだ。愛故に振り回し、愛故に甘やかす。その方法が例え歪んでいたとしても、お姉ちゃんからそれを受けてきたわたしは、それ以外を知らないのだ。
「陽ちゃん、大好きです」
「……知ってる」
「あなたがわたしのことを縛っておきたいと思うのなら……どうぞ、お気に召すまま。わたしのことを閉じ込めてください」
「でも……それは、わたしのエゴでしかないのに……」
言い終わる前に、彼女は顔を近づけて来た。相変わらず大胆というか、つくづくわたしのことを良く知っている。
重なる唇。溶け合うような熱。無理だ、頭がどうにかなってしまいそう。この子、わたしのことを好き過ぎでしょ。
「……ふふ。そんな顔、出来るんですね」
「どんな顔……というか、好きな子にキスされて顔色変わらないような相手なら、例えわたし自身でも止めておきな?」
「嫌です。わたしが陽ちゃんのこと、大好きなので」
「君だからこういう顔をするんだと思うけどね」
「陽ちゃん……っ」
今日の美鈴は感情の起伏が激しい。それはきっと、わたしの方も。あぁそういえば、肝心なことは言っていないような気がする。わたしに抱きついて頬擦りをする美鈴の後頭部に手を伸ばす。
「……美鈴」
「はい」
「わたしと、付き合って」
「はい♡」
「返事、早いね。それとも、わたしが待たせたのかな」
「だいぶと」
素直に答えてくれた方がありがたい。
自分がこんな人間だなんて、知りたくなかった。知らなくても生きていけるから。でも、知れて良かったと思う。
星南のようなカリスマなんて持ち合わせていないわたしだけれど。これでようやく、偶像らしくはなれたのかな。
「……不思議です。陽ちゃんと出会って、陽ちゃんに恋をして、陽ちゃんとユニットを組んで……ずっと幸せだったのに、それ以上を貰えるだなんて」
「片想いで満足出来る美鈴を、きっと世界は珍しがると思うよ」
「幸せだったんです。なのに、あなたの心を手に入れたら、もっと幸せになりたいと思ってしまうのが怖い」
「……」
「だから。もう逃がしませんからね、陽ちゃん」
「……ふ。最初に何処にも行くなって言ったのは、わたしだよ」
それに。欲張りになっていくのはきっと、わたしの方だと思うから。これまでのお返し、ってことで。