十王陽は変わった。そう噂されるようになってから1週間。日々彼女を見ている私からすれば、何が変わったのだろうと思わなくもなかったのだが、言われてみれば確かに変化があった。
先日、担当アイドルである2人が揃って報告に来てくれたのだ。
『……わたし達、付き合うことになったから』
いつもと変わらない表情でそう言った陽ちゃんと、幸せそうに微笑んでいる秦谷さん。秦谷さんからの矢印には気がついていたわたしだけれど、まさか陽ちゃんが自分の気持ちを自覚して踏み切るまでがこんなに早いとは思わなかった。ついこの間まで名前すら呼んでいなかったのに、である。
成長したなぁ、素直にそう思った。
陽ちゃんにとって、今まで自分の人生で1番比重が大きかったのは、お姉さんである星南さんだった。しかし今はどうだろう。あの子の心には秦谷さんも居て、そして私も置いてくれている。狭い世界に居た彼女が、ようやく殻を破って出てきたのだ。
しかし、何も良い事ばかりではなかった。
狭い世界で才能を振りかざしていた彼女は、自由な場所で羽を伸ばすようになった。伸ばすようになってしまった。
十王陽は、孤高の天才である。
暴君と呼ばれるほどの圧倒的な才能を持ち、他者を魅了するあの表現力。
今まではそれに、無意識で蓋をしていた。星南さんを傷つけないように、誰かにとっての敵にならないように。手を抜いて蓋をして、それでもなお実力を見せていた彼女は、蓋をしなくなったのだ。
秦谷美鈴という唯一無二の相棒を手にしたことで、どれだけ走っても独りにはならないことに気づいた。気づいてしまった。マイペースで走り続ける陽ちゃんに、秦谷さんは着いて行けてしまうのだ。
だから。彼女の暴力的とも言える才能は、拍車をかける。正真正銘の、暴君へと。
「……あなた、陽に何をしたの?」
「人聞きの悪いことを言いますね」
やはり十王星南は行動が早い。生徒会室に呼び出された私は、生徒会長の机に座る彼女からの圧迫面接を受けていた。何をした、そう言われましても。
「私はただ、あの子が今まで貰うはずだった言葉を贈っていただけですよ」
「あの子が……?」
あるいは、あの子が欲していた言葉とでも言うべきだろうか。
「逆に聞きますけど。あなたと比較されて苦しんだあの子に、どうして寄り添わなかったんですか?」
私が気づいたことだ、星南さんが気づかないわけがない。それなのに、何もしなかったのはどうしてなんだ。私よりずっと早くに、陽ちゃんを支えられたはずなのに。
「……寄り添わなかった?私が?」
初耳だと言うように、星南さんはポカンと呆けてみせた。なるほど、妹を愛するあまり、あらゆる方面で盲目になっているのか。道理でそれを、陽ちゃんが嫌うわけだ。
「心外ね。私は陽のために最善を尽くして来たつもりよ。あの子の実力は本物、いずれ私よりも優れた"一番星"になる。ずっと磨いてきたのは、私なの」
「手塩にかけて磨くだけで宝石が売れるのなら、宝石商は苦労しないでしょうね」
これは、陽ちゃんが秦谷さんに向けるものとはまた違う色の支配欲。星南さんの瞳が鋭くなった。私という敵に攻撃的になったのだ。怖いなぁ、逃げ出したいかも。
「陽ちゃんは、そうですね……あなたにも興味がありません。その理由はさすがにご存知ですよね?」
「あの子が関心を向けるのは"アイドルである私"よね。姉である私はそれ以上にはなれない。それが?」
「そこなんです。あなたには出来なくて、私と秦谷さんには出来ること。それは、"十王陽を、十王陽のままで居させること"です」
「陽を……?」
妹を愛していることを、悪いこととは思わない。それは、星南さんが今まで培ってきた愛情というものだから。でも、それで陽ちゃんのことを傷つけるのなら、私は逃げたりしない。
「あなたは陽ちゃんに"一番星"に成ることを求めた。あなたのような、そしてあなたより輝く"一番星"に」
「……ええ」
「確かにそれは陽ちゃん本人も目指すところです。しかし、その目標の意味が違うんです」
「その答えは?」
「陽ちゃんはあくまで通過点と考えています。行く行くは"一番星"ではなく、まずは"一番星"。あなたの考えや、学園の他の生徒とは違う"一番星"の目指し方」
陽ちゃんがアイドルを続けている理由を知らないのだろう、この人は。
拗らせたシスコン姉妹。外野からなら、それが分かりやすいのに。知らぬは本人だけ。
「1つだけ。十王陽の才能を潰す可能性が今後あるとしたら、それはあなたですよ。十王星南さん」
「私……が」
「そもそも今までだって、蓋をさせていたのはあなたですからね。最も……今の陽ちゃんには、星南さんさえ見えていないでしょうけれど」
「……見えていない?」
「陽ちゃんはあくまで、あなたに見ていて欲しいだけなんです。ライバルになろうとするのは、その視線を奪いたいから。では、なったあとは?」
「……」
「秦谷美鈴というピースを手に入れたあの子は、きっと何処までも行ってしまう。その先にあなたは居なくて、代わりにあなたの視線を独り占めにする。それが出来る才能、そうしたいと望む歪んだ姉妹愛」
「そんな……」
「最初から違うんですよ。あなたというアイドル、あなたという姉に、余所見をさせたくない陽ちゃんの感情は、純度100%のシスコンから来るんですから」
にしては歪みすぎだとは思うが。
「秦谷さんにユニットの話を持ち掛けたのは私です。陽ちゃんに対してあなたのフィルターを通さない人が必要だった。でも、秦谷さんを認めたのは陽ちゃんですよ。だって、陽ちゃんからしたら、あなたの視線を奪う可能性が1番高いのは秦谷さんなんですから」
「……あの子、拗らせていたのね」
「あなたが言います?」
私からしてみれば、似た者同士過ぎる姉妹でしかないのだけれども。
「それで?星南さんは何の用で私を呼び出したんですか。これ、職権乱用だと思いませんか。私、これから陽ちゃんと営業なんですけど」
「まぁ落ち着きなさい。1つ交渉をしたいだけよ」
「はい?」
「私のプロデューサーになりなさい!」
はい???
「すみません、お断りします」
頭を下げてお断りした。これ以上胃に穴が空くようなことはしたくないのである。
「話を聞きなさい」
「とことん陽ちゃんとは似ていない人ですね」
「それはそうでしょう、陽は強制なんてしないもの。あの子は静かに外堀を埋めていく、むしろ陽の方が性質が悪いわ」
「自覚がおありで?」
「それで、本題に入るわね」
シカトか。素直に話を聞いてくれる分、陽ちゃんの方が可愛げがある。
「何も、私もユニットに組み込んで欲しいわけではないの。ただ、あなたも知っている通り、私というアイドルに陽のような才能はない。先もない。2年先に生まれた私は、後に生まれたはずの陽の現在と、同じだけの才能しか持ち合わせていないの」
「……そうですね」
「でも、それでは陽のお姉ちゃんではいられない。陽の目指すアイドルでいられない。それなら私は、今まで培ってきたもの全てを覆してでも前に進まなくてはならない」
「それが、どうして私と結び付くんです」
「簡単よ。あなたが一番、私の理想だから」
「……はい?」
いやいやいや。私はただ、十王陽のパフォーマンスに惚れ込んだだけの、たまたま彼女に乗って貰えただけの、担当アイドルのおかげで成績が上がっただけの、その辺のプロデューサー科の生徒である。
それだけの、はず。
「買い被りすぎですよ、星南さん。あなたのセルフプロデュースを覆すようなプランは、私には立てられません」
「見ないふりをするのが得意のようね。そういうところ、まるで陽みたい」
「……」
「その、鋭い目もね。あなたも存外、担当アイドルに性格が似ているタイプのようだわ」
どうやら、私と星南さんの相性は悪いらしい。確かに私が彼女の申し出を断りたい理由なら、それでしかない。
私はすでに、十王陽と秦谷美鈴のプロデューサーとして知られている。両者がプロデュースの話を受けることが初めてであること、そして確かな実力者であること。それらが災いして、私はわずかに悪評を広められている立場にあった。
担当アイドルのおかげで成績を収めている。そう思われても仕方がないし、実際そうだと思う。今の私には、そう言わせるしか出来ない。でも、だからこそ。これ以上、好き勝手に呼ばせたくはない。
「考えてちょうだい。あなたが、私を切り捨てるかどうか。あなたに、私は魅力的に映るか。1週間の猶予をあげるわ」
星南さんはそう言って、私を置いて去って行った。なんだ、それ。まるで私が、相手を選べる立場にあるように聞こえてしまう。
私は、一体いつから。
誰もが羨む才を持っているはずのこの人が、魅力的に映らなくなっていたんだろう。