「……お疲れ、のんちゃん」
わたしの声に、顔を上げないのなんて珍しい。手元のタブレットを食い入るように眺めては目を逸らし、思い詰めたような瞳を閉じる。あぁこれ、何かあったな。
「のんちゃん」
「……あ。お疲れ様です、陽ちゃん」
2度目の問いかけでようやく顔を上げた。この子がこれだけ心を乱されるような出来事には、残念ながら心当たりがある。あの人は本当に、わたしや藤田さんに対して手段を選ぼうとしないな。
「お姉ちゃんと何を話してたの?」
「……っ」
「隠せると思った?無理だよ。だってあなたの目に今、星南が映ってる」
目が泳いだ。図星か。
「……」
「あの人、容赦ないね。のんちゃんを潰して、わたしも美鈴も手に入れられる方法を探してたんだ、ずっと」
星南のプロデュースを一度は受け入れてしまったからなのか、彼女は諦めていない素振りを見せていた。もっと正確に言うのなら、わたしを誰にも渡すつもりがなかったと言うべきか。わたしがのんちゃんのプロデュースを受けると決めて報告した時、ライバルとして立ち塞がると言ったけれど、あれはのんちゃんにわたしを制御出来ないと踏んでいたからだ。
全く、諦めの悪い。
「……私をプロデュースしないかと、そう言われました。曰く、星南さんの望むプロデュース力があるのだと」
「へえ……一応そっち方面にも見る目があったんだ」
「それは……どういうことでしょう」
「別に。わたし、単純な理由だけでプロデューサーの話を受けたわけじゃないからね」
確かに最初は、わたしに"星南のようなアイドルに成ること"を求めない彼女に惹かれた。ただわたしのパフォーマンスを褒めてくれた彼女の優しさが、とても眩しかった。
でも、それだけならとっくに切り捨てていただろう。
「のんちゃんが、ただわたしの最前列に居たいだけだったなら、断っていたと思うよ。でも、あなたは違う」
「……はい。私は陽ちゃんのプロデューサーですから。あなたの覇道に、どこまでも着いて行くつもりです」
「その覚悟の決まり方は少し怖いけど。あなたがわたしの敵に塩を送ろうが、一番輝くのはわたしだから」
星南が今より輝いたいと思ってくれるのは、わたしが望んでいることだ。だってあの人は、ずっとわたしの前にいると思っていたから。でも、その先にはいない。追い越したわたしを再び追いかけるつもりがなかった星南が、ようやくわたしを追うと言ったのだ。
じゃあ、わたしだって。
全部を受け止めて、お姉ちゃんの視線を独り占めに出来る場所に立ち続けるだけ。
「……陽ちゃん、本当に」
「なに。あなたの惚れ込んだわたしでしょ?」
「はい。ですが、本当にいいんですか?」
「いいよ、好きにしなよ。そもそも、あなたの決定したことを拒否する権利はあれど、口を出す権利までは持ち合わせていないよ、わたし」
「だいぶ出されましたけど」
「……それに。星南がもっと良いアイドルになることを誰より待ち望んでいるのは、わたしだから」
星南が現"一番星"として名を馳せれば馳せるほど、それを打ち破ったわたしの実力はわからず屋にも理解出来るほど確かなものとなる。何より、わたしより輝こうとするお姉ちゃんのライブは、誰よりも先にわたしが観たい。それだけだ。
「というか、わたしとしてはむしろ焦るんだよね。星南が見つけたということは、他のアイドルからもさぞ魅力的に映るだろうから」
「誰がです?」
「のんちゃんのことだよ」
「はい??」
「担当アイドルの成りたい姿を否定せず、そこへの近道を一緒に探ってくれる人。そんなの、今までわたしの前には1人も居なかった」
当然だけれど。他のアイドルから最も羨ましがられる、わたしの持つ武器の1つ。いや、最もは言い過ぎか。わたしを羨み妬み嫉む人たちは、わたしの才能しか見ないから。
わたしに星南のように在ることを求めた人たちは、わたしというアイドルの個性を知らない。だからこそ、如月望は異質だとさえ思うのだ。いやまぁ、わたしに言われたくはないかもしれないけれど。
「のんちゃん」
「はい?」
「駄目だよ。わたしと美鈴以外のアイドルのプロデュースなんて」
「……星南さんは」
「星南はいいよ、お姉ちゃんだし。わたしが言いたいのはね」
「……」
「あなたのそのプロデュース力は、全てわたし達のためにある。それを忘れられたら、困るから」
「忘れませんよ!?」
「どうだろう。だって、美鈴のパフォーマンスを観てる時の顔、わたしを見ている時と同じだもん」
「……!」
「気づかないわけないでしょ、わたしが」
最初は、わたしだけのプロデューサーだったのに。
「欲しいのは才能?それとも"わたし"?」
「陽ちゃん……」
「余所見なんてしたら、許さないよ__プロデューサー」
理不尽な言葉で縛り付けているのに。どうしてあなたは、そんな顔をするのかな。
キラリと輝いた瞳に、わたしだけが写っている。それでいい。それでこそ、わたしが選んだプロデューサー。
わたし達の、プロデューサー。