「美鈴、明日暇?」
そんな一言から始まった今日のデート。陽ちゃんにしては珍しい、思いつきだけでの予定に、わたしはきちんと浮かれていた。だって陽ちゃんが誘ってくれたのだ。手間を嫌い面倒事を避ける陽ちゃんが、誰かに見つかる可能性があるにも関わらず、ショッピングモールでのデートに誘ってくれた。雨は降らないらしい。
待ち合わせは寮の門の前。家の人が運転する車で迎えに来てくれた陽ちゃんは、まるで女神様のようだった。
オーバーサイズの黒いジップアップパーカー。そのチャックの向こうから覗く白のクロップド丈のシャツ、引き締まったお腹は童顔の彼女から放たれるとは思えないほどの色気が。極めつけは、少年のようにも見える、ワイドシルエットのハーフパンツ。そこから伸びた白い足が綺麗で、思わず目線がいく。
「……見過ぎ」
陽ちゃんが呆れるようにくすりと笑った。ここが天国なのだろうか。わたしの恋人は今日も世界一かっこよくて可愛くて、そして理不尽なまでに美しい。
「〜〜〜っ、好きです……!」
「ありがと。ほら、乗って」
いつもと違う指輪、いつもと違うピアス、いつもと違うネックレス。いつもよりもっと甘い声に、柔らかい表情。好きだ。
革張りのシートに座る。車内にはほんのりと陽ちゃんの香水の香りが染み付いていて、改めて、彼女がこの車で移動することが多いことが分かる。生活感とはまた違う、それでも確かにそこに陽ちゃんが居る感覚。
「陽ちゃん、ショッピングモールだなんて珍しいですね」
「そうかな。でも、君にはその調子で浮かれていて欲しいかも」
「え?」
「ごめん。今日は、わたしの我儘に付き合ってもらうから」
望むところである。
元よりわたしは陽ちゃんのもの。陽ちゃんの恋人。陽ちゃんのためなら何だって出来る。
「もちろん。陽ちゃんの我儘なら、いくらでも」
「……君は、もう少しわたしを疑った方がいいよ、美鈴」
「まぁ。疑うような悪いことをするおつもりですか?」
「うん。だって、そんな免罪符掲げられたら、何だって出来ちゃうよ」
「あら……ふふ、魅力的な提案ですね」
「からかっているわけではないんだけど……いいか」
肘をついて外を眺める横顔。穏やかな表情に胸が鳴る。思えば、この距離に座ることを許されるまでが長かった。3年も掛かった。ずっと独りで苦しい想いをしてきた彼女の傍に居られるようになったのがわたしで、わたしだけで良かった。溢れ出した想いが留まらなくて、空いた左手にわたしの右手を重ねた。こちらを見ることはしない。それはつまり、何をしても許してくれる証であり。
「……ふふ。丸くなりましたね、陽ちゃん」
「本当にね。高等部に上がったばかりのわたしが見たら、きっと苦虫を噛み潰したような顔をするよ」
「想像出来てしまいます。今よりもっと痛々しい輝き方……わたしはどちらの陽ちゃんも好きですよ」
「妄信的なファンは嫌いじゃないよ。それが恋人からの感想ならなおのことね」
今日の陽ちゃんは何だか素直だ。心臓がうるさい。
うるさいわたしを置いて、車は確かに目的地へと向かう。ショッピングモールの立体駐車場に車を停めて、運転手さんが陽ちゃんの座る方のドアを開けた。どうしたものかと一瞬悩めば、陽ちゃんがすぐにわたしの手を取る。珍しい。
「自由にしていいよ。帰る頃になったら連絡する」
「かしこまりました。ごゆっくりなさいませ」
スーツ姿の女性は恭しく頭を下げた。静かな駐車場で声が響いた。
「さて、何処から行きたい?」
「陽ちゃんが用事あるのでしょう?」
「わたしの用事は別に後でも。荷物になるから、なんなら後の方がいいかもね」
「では……雑貨を見に行ってもいいですか?陽ちゃんのアクセサリー、選んでみたいです」
「いいよ、行こうか」
手は繋いだまま歩き出した。ショッピングモールにはかなりの人がいたけれど、だからこそ、わたし達が悪目立ちすることはなさそうだ。
「アクセサリーね。君が形にしようとするのも珍しいね?」
「そうでしょうか」
「うん、いつもは言動だから。何を選んでくれるのかな」
「あの、ハードルを上げないでください」
「嫌だね。好きな人に染まろうとするお姉ちゃんのこと、理解出来なかったけど。君の言葉は何でも聞き入れてしまいそう」
いや、会長は妹の好みになろうとしていたことがあったんですか?聞き捨てならない言葉から先に進めない。いやでも待って、陽ちゃんがわたしの言葉を聞き入れるだなんて、そんなご褒美があってもいいものか。何とか進めそう。
「本当に、何でも聞いてくれるんですか?」
「限度があるけど」
「一緒にお昼寝したいです」
「うん、いいよ」
「毎日、お昼を一緒に食べたいです」
「それは……君こそ、月村さんや藤田さんと一緒じゃなくていいの?」
「まりちゃんとは寮でも会えます。でも、陽ちゃんとは学園でしか会えませんから」
「うん、じゃあ分かった。のんちゃんの部屋で食べよう」
穏やかに笑う横顔。どうしよう、いつもの張り詰めたような美しさとは正反対だからなのか、いつも以上にときめいてしまう。息を抜いてくれているのかな。嬉しい。
フラりと立ち寄ったジュエリーショップ。入ってから気づいたのだけれど、アイドルとしてお給料をいくらか頂いているとはいえ、学生からすれば手の出しにくい値段のお店だった。申し訳ないけれど、ウィンドウショッピングで許して欲しい。そう思いながらショーケースを覗いていく。
「……見つけた?」
「あ……こういう、大人っぽいデザインって、陽ちゃんは着けますか?」
「学園でなら。私服だと多分、アクセサリーとのバランスが悪くなると思う」
ピンクゴールドを眺めながら彼女はそう言った。彼女の髪色と似ているからこそ目に付いたのだが、確かに会長の方が似合うような気もする。
しばらく見ていると、少しダークなデザインのコーナーに辿り着いた。シンプルなシルバーでクロスをあしらったもの。黒でもいい、色素の薄い髪色から覗くなら黒い方がいいのかもしれない。似合うかな、でもちょっと陽ちゃんらしくはないかもしれない。
あ。見つけた。黒い薔薇のピアス。
暴君とさえ呼ばれるわたしの王様に似合う、人を寄せつけないような気高さ。
「ねえ、それ、わたしに?」
食い入るように眺めているわたしの顔を、陽ちゃんは楽しそうに覗き込んでいた。
「はい。陽ちゃんの白い肌、ブロンドの髪に映えるかなと。あとは……薔薇の花言葉は、わたしからの贈り物に相応しいので」
「そう」
満足そうに呟いて、陽ちゃんは店員さんを振り返った。待って。
「これ、買うね。それと、合うようなネックレスを適当に選んでくれる?」
「承知しました」
「陽ちゃん、待ってください」
「先に支払いを済ませていいかな。彼女がうるさくて」
「ふふ、かしこまりました」
「おかしい?」
「いえ。陽さんがおひとりではないことが、一体いつぶりだろうと考えてしまいまして」
「……そうだね。ずいぶん捻くれてしまった気がするよ」
「それでも、変わらずお美しいですよ」
十王の名を背負うのが嫌だとなんだと言っておきながら、陽ちゃんはやはり上に立つべくして生まれた存在なのだと思い知らされる。ちなみにお会計はわたしが何も出来ないうちに終わっていた。せめてプレゼントさせて欲しかった。
「美鈴、着けてくれる?」
「いいんですか?」
「君が選んでくれたから」
「では……」
言われるままにネックレスを受け取ったが、陽ちゃんの首に着ける行為に、なぜか背徳感が湧き上がる。こんなところにわたしが触れるのも、無防備な彼女が至近距離にいることも、全部がわたしを鈍らせる。
「……やっぱり、似合いますね」
「うん。ありがとう」
店員さんが向けてくれた鏡越しに、ネックレスを着けた陽ちゃんを見る。やっぱり似合う。
店を出てなお上機嫌な陽ちゃん。わたしの手を取ったまま、迷わずに他のフロアを目指していく。そういえば、陽ちゃんの用事って何だったのだろう。
「陽ちゃんの用事って、結局何なんですか?」
「あぁ……うん、その前にランチにしよう。予約してあるから」
煮え切らない返事。でもわたしには着いていく選択肢しかないから、静かに案内されるまま着いていく。
行先はショッピングモールの隅の方にある料亭だった。度々人が並んでいるのを見かけたことがあるが、今日は誰も並んでいない。予約ってまさか、もういっそ貸し切ってしまおうかとでも考えたのだろうか。陽ちゃんは小さく笑う。そういうことではなさそう。
「ここ、人気のお店だからね。個室を取っただけで、並んでいないのはわたしが何かしたわけじゃないよ?」
「……疑ってませんよ」
「どうだか」
疑われるような言動がすでに。主にお姉さんによって。会長がそういった行動をするから、藤田さんやわたしも身構えなくてはならなくなっているのである。まぁ、陽ちゃんが悪目立ちするようなことをするわけがないのもそうなんだけれど。
美味しい定食を頂いて、お店を出た。余談だが、美味しそうにご飯を食べる陽ちゃんのせいで心臓が痛い。彼女の血肉を形成するのがわたしのお料理だったらいいのに。
「美鈴、ここ」
「ここ、ですか?」
連れてこられたのは有名ブランド店。現金の手持ちがなくてたじろぐわたしの手を引いて、無遠慮に陽ちゃんは入っていく。
「いらっしゃいませ、十王様。お待ちしておりました」
「お久しぶりです。注文していたものは届いていますか?」
「ええ。お名前のイニシャルは十王様のものでよろしかったのですか?」
「はい。贈り物ではありますが、贈る相手はわたしのものなので」
「ではこちらへ。お連れ様は、他の従業員がご案内いたします」
「はい……?」
流されるまま、陽ちゃんと挨拶をしていた店員さんの元を離れる。他の方に案内された場所は試着室。
「失礼します。こちら、十王様のご注文されたお品物になります」
恭しく差し出されたのは、陽ちゃんが普段レッスンや学園生活で着ているシンプルな黒のジップアップパーカー。胸元には、HJと刺繍されている。名前のイニシャル、わたしのもの。あぁ、そういうこと。陽ちゃんはわたしにこれを着せたいのだろう。
「よくお似合いです。それでは十王様の元へご案内いたしますね」
パーカーに袖を通せば、店員さんはそう言ってわたしを連れ出す。こちらを見た陽ちゃんが満足そうに笑った。
「自分の持ち物には名前を書かなきゃ、でしょ?」
「こういう、目に見えて形に残る証を押し付けるのは、わたしの方だと思っていました」
「嫌ならそれ、消すけど」
「いえ。これがいいです。ありがとうございます」
陽ちゃんはすでにお会計を済ませたようだった。きっと値段は教えてもらえない。わたしも、知ったからといえ返せる保証もない。
「……そろそろ戻ろうか」
「え、もう?」
「あんまり遅くなっても。明日もどうせ会うでしょ」
「それはそうかもしれませんが……」
「送るよ、寮まで。外泊はまた今度」
「……してくれるんですか」
「うん。美鈴がいいならね」
お店を出た陽ちゃんは、自然な流れでわたしの手を取った。そういうスマートなエスコートはどこで学んだのだろうか。
「あぁ、そうだ」
不意に陽ちゃんがいたずらっ子のように目元を歪ませる。可愛い、けれど。
「それ、学園で着ていいからね」
マーキングの意味も兼ねて。ひどく楽しそうに微笑んだ陽ちゃんは珍しく、何も言い返せない。
支配されているのが分かるこの状況が、心地よいだなんて。陽ちゃんにすら言えるわけがないのだから。