国語に弱いので指摘していただけると助かります。
「陽ちゃん、」
「……」
「陽ちゃん。お願いですから聞いてください」
「嫌。お姉ちゃんのレッスンに行くんでしょ?精々頑張って、わたしは1人でも平気」
「陽ちゃぁん……」
レッスン室で待っていた人が時間を過ぎても現れず、疑問に思い迎えに来て私がまず目にしたのは、我が妹に土下座で許しを乞う担当プロデューサーの姿だった。
「……何をしているの?」
「会長、お疲れ様です」
「美鈴、お疲れ様。あれは?」
「如月さんが陽ちゃんのご機嫌を損ねました」
「何をしているの……」
わざとらしくプロデューサーから顔を逸らす陽。怒っているわけではなく、本当にただ拗ねている様子。何をしたらそんな反応をされるのか。いや、私が言えたことでもないけれど。
「お姉ちゃん、早くのんちゃん連れて行って」
「え、ええ……借りるわね、陽。プロデューサーは今日、私のレッスンを見てトレーニングメニューを決めてくれるそうだから……」
「うぅ……陽ちゃん、陽ちゃんはいつも通りで大丈夫です。営業先は何度かお会いしたことがありますし、問題ありませんね?」
「無いって言ってる。拗ねてごめん、大丈夫」
「じゃあなんで……」
「……別に。どうすればいいのか分からないだけだから。行こう、美鈴」
「はい」
大方、私とプロデューサーのどちらに嫉妬すればいいのか、分からないだけだろう。その中でも美鈴が彼女の手元にあるのはきっと救いで、そしてその疑問の解消に私は尽力出来そうにない。
部屋を出ていく2人を見送って、ようやくプロデューサーは立ち上がった。この人、"自分は担当アイドルのおかげで成績が上がっただけの運の良いプロデューサーだ"と思っているようだが、ただそれだけの人を私たち3人が選ぶわけがないことには一向に気が付かない。自分のことには無頓着というか、視野が途端に狭くなるというか。そういう面は陽に似ている。
「陽ちゃん、違うんです、私は……」
「陽ならもう行ったわよ、プロデューサー」
「……う」
前言撤回。陽はこんなに凹まない。
「それで。初星学園の現トップアイドルの改造計画、目処は立ったのかしら?」
「ええ、一応。星南さん、N.I.Aは一旦捨てましょう」
「……聞くわ」
「陽ちゃんと秦谷さんですが、2人はそれぞれ個人でランキングを走っている最中です。特に陽ちゃん、白草月花さんから直々に宣戦布告を受けていることから、その人気はうなぎ登り。本人の元の人気も相まって、こちらは手を掛けずとも上位に位置付けられることでしょう」
レッスン室への移動中。何か資料を見るでもなく、淡々とプロデューサーは事実だけを述べる。実際、陽のランキングは上から3位。白草月花さんと私に次ぐ順位だ。
「秦谷さんの方も、やる気がないのではなく、全力を出す理由がありません。なので彼女も、それらしい理由さえ見つかれば上がっていきます。放置でいいです」
「それじゃあ、私は?」
「全力を尽くせばもちろん、優勝だってあるでしょうね。でも、それは星南さんの目的じゃない」
「……」
「あなたはあくまで、H.I.Fの3連覇を目標としている。理由は至って単純、最愛の妹に誇れるアイドルでいるため」
「ええ、そうね」
「N.I.Aはあくまで外部で行われているイベントです。初星学園における重要性こそ高いですが、全員が参加しているというわけでもない。この点はH.I.Fにも言えますね」
「学園には、すでに芸能界で活躍しているような生徒もいるからね。強制参加なんて手を取っても、アイドルによっては劣等感を煽るだけだから」
「はい。なので星南さんは、N.I.Aを蹂躙して戻る陽ちゃんを、H.I.Fで迎え撃ちましょう」
なるほどね。
陽が外部のアイドルと競い合い、高め合うことで、それを打ち破る私の実力も証明される。もちろんそれが簡単じゃないことも、陽と私の才能の差を考えた上での発言であることも、彼女は分かっている。
陽は、私の目も眩むほどの太陽だ。私が勝てないと思うほどの、強い輝きを放つアイドル。誰かが暴君と呼び始めたように、その余りある才能を翳して駆け抜ける、次代のトップアイドル。
その妹が、私を倒したいと言ったのだ。
その舞台から逃げるつもりなんて、毛頭ない。
「……いいの?あなたはだって、陽のプロデューサーじゃない」
「今は星南さんと秦谷さんのプロデューサーでもあります」
「私が……私がもし、陽に勝てたら。3連覇の偉業を成すことが出来たら。あなたと、陽の夢はどうなるの?」
「難しいことを言いますね……」
プロデューサーはこちらを見た。その瞳に迷いはなく、あるのはただ強い決心だけ。かつてこれほどまでの情熱を、私たち姉妹に注いでくれるようなプロデューサーはいただろうか。私のようなアイドルを願われた陽に、自らが作り上げた偶像に焦らされる私に。ここまで、真摯に向き合ってくれる人。
「私は確かに、陽ちゃんのパフォーマンスに惹かれて声を掛けました。それは今でも変わりません。王様のように高みへ登っていく彼女の傍で支えられたら、そう思います」
「……」
「同時に、陽ちゃんの望みをなんだって叶えてやりたくなりました。だって私は"如月望"です。誰かの希望になれたなら、誰かの願いを叶えられることが出来たなら。そう思ってプロデュース科に進学したんです」
「……そうね。かつて、アイドル科の生徒だった、如月望さん」
私たちのプロデューサー、如月望。
18歳、私の1つ年上のこの人は、とてもそうは思えないほどの采配を見せてくれる。陽や美鈴に取ってくる仕事、より効率の良いトレーニング。それから、担当アイドルの目指す先への近道も。恐ろしく視野が広く、そして冷静。怖いくらいに。
その理由は単純だった。彼女もかつては、私たちと同じように、トップアイドルになることを志していた元アイドル。私が良く知らなかったことが不思議なくらい、才能のある側の人。
「私の芯は最初から変わりません。私が惹かれたアイドル"たち"の掲げた夢を、叶えるために私がいます。だから、星南さんは全力を出して陽ちゃんを迎え撃ってください、私と共に。そして陽ちゃんも、あなたを全力で倒しに来ます。彼女もまた、私と共に」
「……ふふ」
「全部、私の夢です。私の夢ですし、何より陽ちゃんの夢なんです。十王星南の輝きを見ていたいのは、私も陽ちゃんも同じなんですよ」
「ええ。悪かったわね、少し自信をなくしていたみたい」
私には、アイドルとしての才能はない。
ただ積み重ねてきた努力が、その回数が、時間が、今はまだ陽の少し先に立てるだけの結果を出してくれているだけ。
私が1歩進むのに必要とする時間で、陽はきっと2歩3歩と進んでしまうことだろう。でも、だからどうした。今さらそれで、それだけが理由で止まれやしない。止まりたくない。まだ、あの子のライバルでいたい。
「ところで、星南さんこそいいんですか?あなたが培ってきたものを、1度全て崩してしまう行為ですが」
「まさしくそれを求めているのだから良いのよ。私がこの先のステップに進むには、私以外の視点から私に必要なものを探す必要がある。それも、より私に拘らない人の」
それを勇気のある停滞と見るか、はたまた退化と見るか。人によって意見は分かれることだろうけれど、少なくとも私にとって、先へ進むためには外せない工程だ。
「私が星南さんに拘らないは嘘だと思いますよ?」
「そうかしら」
「だって、アイドルを辞めたのはあなたを見たからですもん」
「……はい?」
「私、H.I.Fには出場しなかった側なんですけど、あなたに勝てるビジョンが見えなかったんですよ。勝てるというか、観ていたいって思ってしまって」
とんだ爆弾を落とされている気がする、陽がいなくて良かった。
「羨ましい、じゃなくて、良いなって思ったんです。プロデュース科を志望したのも、星南さんみたいなアイドルを伸ばしたいって思ったからですし」
「……あなた、もしかして」
「こう見えても、十王姉妹に惹かれる理由だけは揃っているんですよ。まるで、藤田さんみたいに」
「えっ」
「あれ、知りませんでした?藤田ことねさん、好きなアイドルは十王姉妹ですよ」
「いやうんそっちも初耳だけれど」
ことねと同担と知り、複雑な気持ちである。
如月望はアイドルを辞めたんじゃない。誰よりもアイドルとして、他者の煌めきを待ち侘びている。私の、陽の、美鈴の。次のステージを待ち望んでいる。
「……あなた、まだ輝けるじゃない」
「嫌ですね、私は諦めたつもりなんてありませんよ。ただその方向性が変わっただけです」
「詭弁ね。どうりで私の提案を飲んだわけだわ」
「ふふ。そのくらいがちょうどいいんでしょうね。陽ちゃんやあなた、秦谷さんを導くにはきっと」
自分のことを、運だけで成績を出していると思っていると、思っていた。
でも彼女は誰よりも分かっていた。プロデューサーの立場が、アイドルに左右されることくらい。アイドルの才能が、プロデューサーに左右されることさえも。
全部を知っているからこそ、その道を選んだ人。
「……敵いそうにはないわね」
「何か言いました?」
「何も。ねえ、私にもお仕事をちょうだいね」
「いいですよ。というか、生徒会のお仕事はいいんですか?」
「いいのよ。次の生徒会長も"一番星"も決まっているようなものだから」
玉座は陽を待っている。
けれど、みすみす手放すつもりはない。
私に出来るのは、私たちを信じてくれるこの人を信じて、陽が望む場所まで駆け抜けることだけ。それが簡単ではないことも、その道が近くないこともまた知っている。
私は、私に才能が無いことを知っている。その穴を埋める術も知っている。知らないのは、暗闇の中でもがき続ける理由だけだ。