十王陽。私の妹。誰よりも大切で愛おしい、私だけのもの。
内部生だけの成績で言えば、陽は問答無用でトップを名乗ることが出来る。首席を逃しただなんて些細なこと、私にはどうでもいいものだ。その程度で揺らぐほど、陽の実力は低くない。
生徒会における陽の役割は、最初から副会長と決めていた。もちろん、1年生が副会長に就任することへの、生徒からの反応だって理解した上だ。しかし初星学園内における、私たち十王姉妹の評価はトップクラス。陽が副会長として活動していくことに賛成はあれど、否定は無いだろう。
何より陽が副会長なら公的な場で公に連れて歩けるから。これが1番大事。
陽にも言ったけれど、まずは目の前のライブからだ。全校生徒に、引いては世間に陽というアイドルを知らせるチャンス。すでにある程度の知名度がある彼女だから、焦らずともトップまでの階段は長くない。
高いパフォーマンスと表現力、それを活かせる身体能力にビジュアル。我が妹ながら、これまで燻っていた理由が分からないほどだ。
「陽、調子はどう?」
「どうも何も……」
レッスン中の陽の様子は何度も見ている。ダンスのキレも声の出し方も、指先ひとつの魅せ方さえ完成度が高い。1年生はもちろん、3年生ですらあまりいない確かな才能。
手の甲で汗を拭う彼女にタオルを手渡す。その間にペットボトルの蓋を開けて渡せば、少し眉間に皺を寄せて陽が私を見上げていた。
「……お姉ちゃん、ちょっと来過ぎ」
「なにが?」
「確かにこれは授業のレッスンじゃないよ。でも、こうもお姉ちゃんがわたしを見に来ると、他の子が集中出来ない」
あぁ、なるほど。
確かに今のレッスン室には、陽以外にもチラホラと生徒が見られる。たまに感じる視線は彼女たちからのものだろう。でも、そうね。
「私の知らない陽を他の人に見られるのは嫌よ」
「なにそれ……」
「それに、陽のプロデューサーとして、状態を把握することも大事なんだから」
「ばっかじゃないの!?」
何かに驚いた陽は慌ててその小さな手で私の口を覆う。珍しく近くまで来てくれた。彼女の腰に手を添える。怒られない。
「陽?」
「見られてんだから軽率なこと言わないでよ……!」
ザワザワと、同じ部屋でレッスンをしていた生徒たちがざわめき始める。何かあったのだろうか。
そんな私を見て、陽はため息を吐いた。そして背伸びをして顔を寄せてくる。
「……お姉ちゃんがアイドル辞めるって、みんなそう思っちゃったじゃん」
「……あ」
耳元で聞こえてきた言葉に、ようやく納得がいった。確かに、文脈だけを見ればそう取られてしまっても仕方がない。
「この人、わたしに他のプロデューサーがつくのが嫌なだけだから、心配しなくていいよ」
「……そう、なの?」
「行くよ、お姉ちゃん。誰かさんのせいでレッスンにならないから」
「……ごめんなさい?」
そんな、姉からの過干渉に困っていますみたいな顔をしないで欲しい。困っている子は私に大人しく抱きしめられていないだろうし、何よりある種のマウントを取っていることに気がついていなさそう。
「陽?」
「なに」
「どこ行くの」
「お姉ちゃん、生徒会の仕事放って来てるでしょ」
「なぜそれを」
「燕と姫崎さんからメッセージ来てたから。行くよ、ほら」
「レッスン、いいの?ライブがあるのに」
「別に、たった数時間落としただけでパフォーマンスは落ちないし」
その言葉に、レッスン中の生徒たちがピクリと反応した。大人しそうな顔をして、誰よりも強気な言葉を吐く子だ。
これこそ、十王陽のカリスマの正体。
裏付けのある確かな実力、そこから来る事実という傲慢。誰も否定出来ないからこそ、陽のカリスマ性として光るもの。まるで"王様"みたいなそれ。
「……」
「ええ、そうね。ふふ」
「なに、笑って。ばかにするなら置いてく」
「違うのよ陽、待って」
見惚れていた、なんて。言ったところで信じてくれないだろう。呆れたようにレッスン室から出る陽の背中を慌てて追いかけた。
小さな彼女には、玉座が似合う。
彼女のライブ衣装はどんなデザインにしようかしら。中等部の頃のものを使うのは嫌だ、あれは私の手が加わっていないものだ。
「お疲れ様、姫崎さん」
「お疲れ様、陽ちゃん。会長も」
「ええ、お疲れ様」
生徒会室には莉波がいた。すごくナチュラルに彼女の隣に座ろうとしている陽の手を慌てて掴んだ。
「……なに?」
「駄目よ。あなたはあっち」
「だからさぁ……生徒会長の札が下がってるのは星南の席でしょ、わたしじゃない。というか、さすがに見苦しい」
「み……っ!?」
「姫崎さん、わたしが隣はいや?」
「ううん、おいで。一緒にお仕事しようね」
「ん、やった」
私は思わず膝をついた。我が妹ながらあまりにもあざとい。甘えん坊の末っ子気質はアイドルとして明確な強み、彼女がそれを使わずにトップ層に居ることも含めてずるい。というか私を断られたことがショック過ぎる。
「会長……!?」
「いいよ、気にしなくて。あれは拗らせたシスコンだから」
「……陽ちゃんが言うんだ?」
「わたしあれほど酷くない」
言の葉の刃が容赦なく私を貫いた。今日も辛辣である。
大人しく私も席に着いて書類を捌き始める。合間に陽の衣装のデザイン案を書き出した。中世ヨーロッパの貴族のような高貴さと、スカートによる少しの幼さを魅せたデザイン。裏地が赤の白いマントはパフォーマンスの邪魔にならない程度の長さで、重くならないように金属の飾りも着けたいところ。
何を着ても似合う彼女は、きっと中世ファンタジーのような衣装も映えることだろう。
「……あら?」
気がつくと陽がいない。どこに行ったのだろうと莉波に視線を写せば、少し困ったように眉を下げていた。
「陽ちゃん、帰っちゃいましたよ?」
「……」
「お仕事はちゃんと終わらせてくれています。会長にも声は掛けていたんですけど、聞こえていないようでしたから」
「そんな……」
気付かぬうちに帰っていたと知り、私は再び落胆した。どうして置いて行ってしまうの。
「……会長。陽ちゃんには少し、プレッシャーになってしまいませんか?」
莉波が不安に思うのも無理はない。
今回の新入生歓迎のミニライブは生徒会の主催で行われるものだ。上級生のアイドルは基本的に生徒会や教師陣から推薦で選ばれた出演になるのだが、その中でたった1人、陽は新入生の身でありながら出演する。
今回のライブがそのまま成績に直結するわけでも、100プロの目に留まるわけでもない。ただこれからのアイドル活動の足掛かりになることは確かで、そのチャンスを逃したくないのは全生徒同じである。
「陽がプレッシャー?無いわ、断言する」
「そうですか……?」
「大人しそうな顔をしているから誤解されがちだけれど、あの子は誰よりも負けず嫌いよ」
「それはなんとなく分かりますけど……」
「近道だとでも思っているはずよ。私へのね」
陽は勘違いしているようだけれど、ユニットでのネームバリューと、1人でのネームバリューでは当然1人の方が少なく見えるに決まっている。むしろこの場合怖いのは、たった1人で3人ユニットと同等の人気を博していること。
一番星の妹、十王星南の妹。
陽にとってその言葉は、耳を塞ぎたくなるほどのものだろうけれど、それを掛ける側の心情はとことんまで読み取れていない。
あれこそ、"次の一番星"。
初星学園に在籍するアイドルにとって、ある種の恐怖対象なのだ。暴力的なまでにその才能を振りかざし、当の本人は周りを見ることなくただ私を見上げるばかり。限界が見える私と違って、伸び代がある陽の才能を、伸ばして行きたいと思うのは。
私が、誰よりもあの子に夢を見ているからだろう。