「陽ちゃん、そろそろ出番です」
「うん、分かってる」
N.I.Aのランキングが加速していく。オーディションの終わりが近づくにつれ、参加しているアイドルが様々な方法でファンを引き連れているからだ。それはわたしも例外ではない。
突如決まった、ドリームライブ。
その参加者はやたらと豪華で、そしてハコまで良いものを抑えられている。その理由は単純、圧倒的に不利な環境をわたしに強いるためだった。
「あら、ずいぶん余裕そうじゃない。安心したわ、傲慢なあなたが、あなたのままでいてくれて」
「久しぶり、賀陽さん。元気そうでなによりだよ」
「ええ、久しぶり。珍しいわね、こういった場所に来るだなんて」
「そっくりそのまま返すよ。そもそも、このライブから逃げたら、そちらに何を言われるか分かったものじゃないしね」
極月学園が主催の今ライブ。出演者は、極月から賀陽燐羽、白草四音、藍井撫子、そしてわたし・十王陽。向こうからすれば本命の主力を温存した上で、わたしに対して強く出れるアイドルを揃えた形なのだろう。だが無駄だ。
「安心したよ。君が、わたしに敵うと思って向かってくること。諦められていたら、この後は蹂躙になってしまうでしょう?」
わたしの煽りに、あからさまに表情を変えるのは白草さんと藍井さんだけ。賀陽さんは知っている。中等部の時ならともかく、今のわたしたちには実力差があることを。知っているからこそ、彼女はわたしを見ているだけ。
「勘違いしないで。私は、陽に美鈴が扱えるのかを見たいだけよ。あの子、自分より実力のある相手じゃないと、言うことを聞かないから」
「あぁ、それなら心配しないで。従順だよ、驚くくらいにね」
というか、過保護だな。仮にも自分から手放したくせに、美鈴を心配してわざわざ出向くだなんて。月村さんにも同じことをしているんだろう、時折話題を耳にした。
「……さっきから聞いていれば。あなたの視界にはその蝙蝠女しかいないようですね。群れる雑兵に足を掬われても痛くもないといったところでしょうか」
「さぁ、どうだろうね。賀陽さんが対等なライバルだとも、わたしは言った覚えがないわけだけれど」
わたしに勝つ理由なんて無い賀陽さんが、このライブでわたしのライバル足り得るわけがない。
「陽ちゃん、行ってらっしゃい」
「行ってきます、プロデューサー」
幕が上がる。誰も彼も、わたしの眼中には無い。
ライブは終了。ライブとは言っても、持っている意味は公開オーディションだから、審査員はそれぞれを採点していく。
当然というか、分かっていたというか。
審査員たちからわたしへの評価は、パフォーマンス面のみだった。アイドル性というものが言語化出来るのなら、それにわたしは当てはまらない。
かと言って全くの点が入らないわけでもない。審査員の他には、ライブを観に来てくれたファンが投票をするからだ。
わたしのファンは盲目的なまでにわたしに着いて来る。それがどんな会場であろうと、どんなライブになろうとも。だから、これだけの人数が入る会場を抑えた時点で、わたしの負けは無い。
白草さんと藍井さんを置いて控え室に戻るわたしに着いてくるのは賀陽さん。やけに楽しそうな声がわたしの耳を揺らす。
「相変わらず。まるで教祖様みたいね」
「妄信的なファンは君にもいるでしょう。わたしはやるべきことをやっただけ」
「良く言うわ。そうしたのは陽、あなた自身のくせに」
「……まぁね。わたしは星南にはなれない、でも、星南よりすごいアイドルに成る。その信頼がどうであれ、これもまたカリスマと呼べるようになるまで、ずっと」
わたしはわたしのままでいいと、そう教えてくれた人たちがいる。ずっと、星南のようなアイドルに成ることを求められていたわたしに、わたしを求めた人たち。
心からの感謝を伝える場所は、ステージの上であって、他には要らない。
「……眩しいわね、陽は。変わらない」
「ありがとう。君の友人のおかげだよ」
「私ね、陽のこと好きだった」
良く言うよ。ほんの1年前と何も変わらない瞳がわたしを見ている。今も変わっていないくせに。
「……過去形にしていいの?」
「いいのよ。だって、私と陽は同じだと思っていたから。同じ、姉というアイドルを追いかける妹だと」
「……」
「でも違った。陽の方がきっと、もっと先に行くわ。その隣にいるのは私じゃなくて、美鈴の方がいい」
「だからって……別に、君の恋心まで捨ててしまわなくてもいいのに」
「勘違いしないで。私が好きだったのは、私の手で傷をつけられそうなくらいに儚く消えてしまいそうな陽よ。今の、傲慢で強気な陽サマじゃない」
そんなに、消えてしまいそうだったかな。
確かにウジウジと、後ろ指を指されることに大して怯えていたような気はするけれど。傍から見てそう感じるくらい、以前のわたしと今のわたしは違うんだ。
「今の陽が嫌いなわけではないけれど、少なくともタイプではないわ。だって、今の十王星南の方がよっぽど惹かれるもの」
「……星南は、駄目だよ」
「ええ、知ってる。あなた、本当に面倒な子よね」
「そっくりそのまま返すよ、……燐羽」
「あら。ようやくライバル昇格?」
「はあ?君が今しがた星南や美鈴を狙いに来たんじゃん」
「失礼ね、狙ってないわよ」
「どの口が言うの」
はあ。言い争うのが馬鹿らしくなってきた。でもなるほどね、彼女がわざわざ出演を決めた理由は分かったから、それに免じて許してあげる。
「ありがとう。あんなわたしでも、好きでいてくれて。わたしは、あの頃の自分のことが嫌いだった」
「そう?」
「だって。少なくともわたしは、君とわたしが似ていると思ったことはないよ」
眩しかった。姉という太陽に灼かれて満足そうに笑う彼女が。姉という星に焦がれて、藻掻くだけのわたしよりずっと。
「……まぁいいわ。N.I.Aの優勝、おめでとう」
「まだ決まってないでしょう。白草月花を、わたしが下せるとでも?」
「私が個人的にあなたに勝って欲しいだけよ。まぁ……同種のアイドル性であれば、勝ち目はあるような気もするけれどね」
「それは……うん、そうだね。ただの独善性だけではないことは、燐羽も知るところだとは思うけど」
「陽は優し過ぎるのよ。今だってそう、私からの告白なんて、シカトすれば良かったのに」
「逆に聞くけど、わたしに出来ると思う?」
「いいえ?そういうところに惹かれたんだもの」
燐羽は言うだけ言って去っていく。後腐れのない態度は、文字通り彼女の感情が過去のものだったことを教えてくれた。
同じじゃない。
彼女が姉に対して抱いているものも、わたしが星南に対して抱いているものも、何もかも同じなんかじゃない。わたし達のアイドル性がひとつではないように。
(……最初から、分かっていたんだな)
燐羽とわたし。似ているようで、全く似ていない2人の"妹"。
いつかその行く先が正反対に向くと彼女は気づいていて、だからこそ、終わらせに来た。わたしのライバルとして、アイドルとしてステージに立つことさえ、あるか分からないから。
(心外だね。SyngUp!をライバル視していないだなんて、言った覚えはないのに)
のんちゃんに出会って、星南を追い越すことを決めた時。わたしの頭に浮かんだライバルは、燕と美鈴と、それから燐羽だった。
美鈴にはその理由がなかったけれど、燐羽にはあると思っていた。最も、高等部に進学する頃には、彼女の牙は折れてしまっていたようだけれど。
それでも。
これで勝っただなんて、思ったりしない。
彼女と同じステージに立つまで、わたしは賀陽燐羽というアイドルを諦めない。
ハッピーハロウィン