新入生歓迎のミニライブ。講堂で行われるそれは、初星学園の全生徒に簡単なパンフレットが配られるほど、イベントとしてはきちんとしたものだった。アイドル養成校ならではの手厚さ。出来れば、お姉ちゃんにはこのイベントの企画をもう少し練って欲しかったくらいには。
出演するアイドルは生徒会のメンバーを抜いた成績優秀者がほとんどらしいと姫崎さんに聞いたのは、このパンフレットをデザインするために作業していた時だ。出演者欄の1番下に書かれる、十王陽の名前。備考として、生徒会副会長と記載されている。何もかもが異例の一文。
当然、これが配られたその直後、わたしはクラスメイトに囲まれることになった。
「陽、これ。聞いてないんだけど」
「君に一から十まで説明する義理は無い」
「これって新歓だよな?1年って参加出来るもんだっけ」
「新入生歓迎のミニライブは基本的に、生徒会か教師からのオファーがあって出ることになる。成績優秀な上級生がほとんどだね」
「つまり、陽っちは来たってこと?」
「……まぁ」
月村さん、藤田さん、紫雲さん、葛城さん、それから花海さん。5人に囲まれ質問攻めに合い、返答を余儀なくされていた。あるいは、この5人しかいないことに安堵した方がいいのだろう。
わたしの在籍する1組は、1年生の中でも更に成績が優秀な者が割り振られるクラスである。中でもこの5人は特に目を引く存在で、授業やレッスンで何かと張り合っているところを良く見る。主に花海さんと月村さんが。
初星学園にとって、どれも魅力的な才能の原石とも呼べる彼女らだけれど、わたしからすれば煩わしいことこの上ない。星南のライバル足り得ないのに、お姉ちゃんの視線を奪う可能性があるのだから。
特に、藤田さんは。
「そもそも、生徒会副会長だもんナ〜……そういうのやりたがるとは思わなかったから意外だわ」
「待遇には興味無いけど。お姉ちゃんも燕も過保護だから、良い看板を下げさせたいんだろうね」
「……ん?」
「生徒会室に行くたびに生徒会長のデスクに座らされるわたしの苦労、多分誰にも理解出来ないよ」
「あー……そっか、そういや会長って超シスコンか」
「そういうこと。ミニライブの出演も、星南の思惑あってだから、わたしには拒否権無いよ。演出も、私に希望なんて聞かなかったしね」
さすが藤田さん、星南のレーダーに引っかかるだけはある。だが苦労人を見る目で見ないで欲しい、わたしはわたしのために星南の策に乗っているだけである。
「……陽ばっかりずるい」
「そんなこと言われても」
「ずるいずるい!」
「子供みたいに駄々をこねないで」
「私もライブしたい!」
「月村さんが1人で?無理でしょ」
「なんでそんなこと言うの!?」
「ばっさり言うね〜……」
賀陽さんや秦谷さんが一緒ならともかく。月村さんを1人でステージには立たせられない。確かに歌唱力なら問題なくある、どころか、正直歌声での表現ならわたしも少し焦るくらいではあるのだが。
「たった1つ尖ったものがあったところで、それを持っているアイドルは他にもいる。どころか、上に行けば行くほどより多くのものを持っているんだから、それじゃあ足りないんだよ」
「……」
「努力家なところは尊敬するよ、わたしはどちらかと言えばサボりたい派だからね。でも、ちょっと不器用過ぎ」
「どうすればいいの、それって」
「秦谷さんに聞けばいいでしょ」
「嫌。喧嘩中だし」
「……走り過ぎ、立ち止まって周りを見る余裕を作れるようになろう。それから、……誰かの真似が悪いって言いたいわけじゃないけど、君には向いてないよ」
「アドバイスかディスるかどっちかにしてよ!」
「どっちもアドバイスのつもりなんだけど」
「ナチュラル毒舌家なんだねぇ、陽っちは」
「さっきからその呼び方なに?許可した覚えないんだけど」
「いいじゃん、可愛いっしょ」
「……まぁ、なんだっていいけど」
紫雲さんがそう呼びたいのならそうすればいい。他の生徒のように一線を引いて近づいて来ないより、わたしから何かを吸収しようとする人の方がよっぽど関わりやすいから。
「……葛城さんも。わたし、苗字で呼ぶのはちょっと難しいでしょ」
「えっと……じゃ、じゃあ……陽、ちゃん?」
「うん、それでいい」
正直な話をすれば、馴れ合うことは得意じゃないのだけれど。それでも、こうして歩み寄ってくれる人たちを遠ざけるほど意固地でもない。というか、友達が多少はいてくれないと、わたしの噂だけが独り歩きをしてしまう。
「陽って、もしかして有名なの?」
「咲季たちは知らないよな。陽は中等部ん時にすげー有名だったんだぞ」
「私の方が人気だったし」
「3人のユニットとソロを比べるなよ」
「実際、アイドルとして外部の仕事が多かったのはわたしの方だよね」
「それはだってそっちには100プロの後ろ盾があったからじゃん」
「ないよ。身内を贔屓するような社長なら、100プロのアイドルもたかが知れていることになるから」
お父様が甘くないというか。お爺様とお姉ちゃんがわたしに甘過ぎるというか。わたしに仕事が来るのも単純に、中等部のアイドルで単体の名が売れていたのがわたしだからであり。
「……別に、いいんじゃない。君の今があるなら、仕事なんか来てなかったとしても。大差ないよ」
月村さんの才能は目を引くものだ。その使い方や磨き方はわたしとは相容れないものだけれど、それだけ。わたしのライバルを名乗ろうとするのなら止めはしない。
「おぉ……ほんと飾らねーなぁ……」
「……君もだよ、藤田さん」
「あたし?」
「バイトするなとは言わないけど、時間の割き方は考えなよ」
「うん、分かってる。でも見てくれんでしょ」
「まぁ……わたしに時間があればね」
「ことねばっかりずるい、私も」
「嫌」
「なんで!?」
「そういうところじゃないの」
「なんてこと言うの……?」
そもそも人のレッスンや勉強を見ていられるほどの余裕がわたしにあると思ったら大間違いだ。生徒会の仕事にアイドルとしての仕事、わたし自身のレッスンと、この1年は忙しいことが確定しているんだから。
「……ごめん、もう行くね」
「行ってらっしゃい、お仕事?」
「うん。紫雲さん、藤田さん。申し訳ないけど、そこの駄々っ子の相手は頼んだ」
「任せて〜」
「しゃーないか……」
高等部に進級して賀陽さんが居なくなった弊害か、月村さんは今まで以上にわたしのことを構いに来る。悪いとは言わないけれど、それがどういう意味なのかは知りたくもある。世の中には知らなくていいこともあるというのに。
へそを曲げる月村さんを置いて教室を出た。初日と比べてわたしを見る視線の意味は変わって来たけれど、それでも居心地が悪いことには変わらない。
「十王さん、どこに行くの?」
「撮影」
「そっか、頑張ってね」
「……うん」
我が家は多分、他の家庭からすると特殊なんだと思う。お爺様は学園長だし、お父様は芸能事務所の社長だし、お姉ちゃんはこの学園の代表的なアイドル。3代にも渡る名声は、気づいた時にはもうわたしの傍にあった。それに応えられなきゃ十王じゃないと思ってしまったわたしも多分悪い。
でも。
まるで首を絞められているみたいに、息苦しいと感じてしまうのは、一体誰が悪いのだろう。
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「ついに本番ね」
「お姉ちゃん、わたしより緊張するのやめて。自分のじゃしないくせに」
「当然でしょう、私はお姉ちゃんなのよ」
「答えになってない……」
来たる新入生歓迎ミニライブの日、講堂のステージ脇にて。機材に囲まれた暗い空間の中、一際映える白い衣装。物語に出てくる王族のような高貴さと、まだ幼さの残る顔立ちなのに美しいと感じる横顔。今日も私の妹が世界で一番可愛い。
「陽は平気そうね?」
「学園内でのライブなんて、学芸会みたいなもんでしょ」
緊張していない理由にはなっていない。要するに、陽にとっては気負うだけ無駄なのだ。上級生は与えられたチャンスにそれなりの責任感などを背負ってステージに立つが、陽にはそれが無い。
ただ。彼女の心にあるのはきっと。
「星南、目を逸らさないでよ」
私という姉に、私というアイドルに、どこまで自分が通用するか。それだけなのだろう。私からすれば、陽の方がきっと遠いところに行ってしまうのに。盲目なまでに私を信じている彼女には、それは見えない。
「あなたのライバルはわたしだけ。他の誰も、そう呼ばせない。燕にだって」
「……」
「あの場所に座るのはわたしだよ、星南」
「……陽、私は」
伝わらない。いつまでも、陽にだけは。
私は陽のことを、ライバルだなんて思えないこと。陽の方がずっと先に行ってしまうんだということ。
ずっと、私の世界で1番のアイドルは、陽であることさえ。
妹が慕う姉であること、誇りに思っている。けれど、そのせいで陽の才能に蓋がされてしまっている現状だけは、私が変えないといけない。でも、私は悪いお姉ちゃんだから。
どうかそのまま、私だけを見ていて欲しいとも思うのだ。
「……行ってらっしゃい。全生徒があなたというイレギュラーを待っているわ」
陽をステージへと送り出した。今回のミニライブに陽を登録したのは、何も私の職権乱用ではない。燕と莉波とも話し合い、陽の実績や新入生への発破を考えての結果である。
再三言うが、私がもし誰かに一番星という名を渡すとするのなら、それは陽以外には考えられない。そのくらい、誰が見ても分かるまさしく"天才"。
曲が始まった。精査するような目を向けていた生徒たちも、そのパフォーマンスの強さに段々と瞳を輝かせていく。陽に足りていないものがあるとすれば、アイドルであることへの熱意なのかもしれない。
冷たく、そして熱く。青炎のようなステージが圧倒していく。
「……瞬き、禁止だから」
小さく、だが確実にマイクがその言葉を拾った。間髪入れずに歌唱が始まる。焦った、私限定のファンサかと思った。その場合はステージ袖を見るから違うのだが。私も皆と同じ正面から観たかった。
その後も圧巻のパフォーマンスで曲が終わった。拍手と歓声が講堂に響く。これで全生徒が陽の才能を見つけたはずだ、時期にプロデューサー科の耳にも届くことだろう。当然だが、陽のプロデューサーは私なので、彼彼女らには無駄足となるのだが。
「お姉ちゃん」
「おかえりなさい、良いステージだったわ」
「……うん。知ってる」
それは、才能からくる傲慢ではなかった。ただ姉に愛されている自覚のある、甘えん坊の末っ子から放たれたセリフ。穏やかで柔らかい笑みが私の心を温かくしていく。
次はどんな場所を用意しよう。陽のステージなら、主役に負けないライブにしないとね。