その子のことが"特別"なんだと気づいたのは、わたしが目で追いかけていることを指摘されたからだ。
中等部の頃。SyngUp!!であるわたし達と人気を二分していたのは、たった独りで重たい名前を背負った小さな女の子だった。
「相変わらず十王は成績優秀だな」
「ありがとうございます」
「お姉さんとは話してるか?」
「……まぁ。あの人はあの人で、忙しそうですけど」
「姉妹揃ってこの才能だなんて、先が楽しみだ」
とても、とても窮屈そうだと、そう思った。
広い世界、狭くない学園内で、あの子だけが肩身の狭い思いをしているんだなと、何も写さない横顔だけで分かったくらい。
最初は、だからどうしたと言わんばかりに、わたしも特に気にしてはいなかったのだけれど、それでもやっぱり、その表情が続けば自然と気になってしまうもので。
だから。だから、陽ちゃんが誰かのことを特別に想っていなくて、よかった。
(……あなたは本当に、不思議な人)
誰にも関心を持たず、興味があるのは姉である会長だけ。それも、アイドルとしての会長でなければ陽ちゃんの中心にはあらず、そして姉でなければ許されない。まるで、気分だけで生きている王様のように。
「探したよ、秦谷さん」
陽ちゃんはいつも、お昼寝をしているわたしを探しに来てくれる。言葉では面倒そうでも疲れた様子は一切見せず、つまりは探し回ることなく真っ直ぐにわたしの元へ辿り着いてた彼女。以前は一体どうしてすぐに見つけてくれるのだろうと不思議に思っていたのだが、彼女との付き合いも3年になれば理由は分かる。
「こんにちは、陽ちゃん。お昼寝ですか?」
「うん。隣、いい?」
「もちろん。どうぞ」
わたしの隣に座り込む陽ちゃん。他人との間に線を引く彼女が、唯一踏み込んでくる瞬間だった。陽ちゃんはわたしと同じ。
「先ほど、如月さんが陽ちゃんのことを探していましたよ。いいんですか?」
「レッスン出ろってだけ。のんちゃんは強制したいんじゃなく、わたしが次の"一番星"として相応しい状態にあるべきと考えているから」
「なおのこと行かなくてはならないのでは」
「なんで?レッスンしなくても、星南以外を抜くには十分でしょ」
わたしは多分、人のことは言えないのだけれど、陽ちゃんのそういうところが王様みたいだなと思うのだ。
「ふふ。あなたのそういうところ、らしくて好きですよ」
「大概、君も人のことを言えないと思うんだ」
「ところで、例の件ですが」
「ああ、あれね。のんちゃんから連絡あったの?」
「はい。当日はわたしも一緒にお仕事です」
「嬉しそうだね」
「もちろん。陽ちゃんと一緒ですから」
「そう。わたしも、君がいるなら気が楽かも」
その言葉に嘘はなく、そしてまた含みも無い。心からの評価と言うには少しばかり言葉は足りないけれど、それこそが陽ちゃんの優しさだ。
「お仕事の打ち合わせ、全ては如月さんに委ねているのですね」
「うん。そんな面倒なことをやりたくないのがひとつと、……向こうの思惑が分かっている以上、のんちゃんが連れて行ってくれないから」
「……そうでしょうね」
今回のお仕事。それは、とある新人アイドルグループとの合同インタビュー。初顔合わせから聞かれることは、双方の認知度とそれから実績とか。陽ちゃんはそこで、初星学園側がこき下ろされるのではないかと懸念している。何しろ向こうは仮にもプロとしてデビューしていて、わたし達は養成校のトップ層とはいえ学生でしかないのだ。
陽ちゃんはわずかに眉を寄せて、それから小さく呟いた。
「全部、潰す。わたしの邪魔をしていいのは星南だけ、他の事務所のアイドルなんかじゃない」
「それは……わたしも、そこには立っていないということですか?」
「君、アイドルのわたしには興味ないでしょ。星南を越したいわたしと、月村さんと一緒にアイドルになりたいっていう君じゃあね」
「……」
「ごめん。同じステージに立ちたい気持ちはあるよ、本当に」
驚いた。拗ねたふりをしてみただけなのに、陽ちゃんは少し焦った様子で訂正を入れてくる。前の彼女なら有り得ないことだったのに、短期間で何かが変わっている?それは如月さんの影響なのか、それとも__
やめよう。わたしからすれば、やっと陽ちゃんが振り向いてくれた証拠ではないか。それならその理由まで探り当てなくたって良い。良いはず、なのに。
「……どうでしょう。陽ちゃんは、いつもいつもわたしを置いて行ってしまうから」
「置いてく?」
「プロデューサーの件も、……生徒会の件も。せめて一言でも、わたしに言ってくれたなら」
全部、わたしのエゴでしかないのだけれど。
陽ちゃんが背負っているものも、これからまた背負っていくものも、その重さはわたしには分からなくて、彼女が分け与えてくれることもない。
それでも、わたしは。
倒れてしまう前に支えてあげたい。隣にいたい。例え恋人にはなれなくても、ずっと傍に居られたら。
「……無理はしてないよ。でも、その辺はわたしよりのんちゃんの方が言語化するのが上手いかも」
「そうなんですか?」
「うん。今が楽しくて仕方ないとまでは言えないけれど……でも、苦しいだけだった頃より、幾分かマシ」
ずいぶんと晴れやかな横顔だ。とても綺麗。
わたしも、陽ちゃんと同じものが見られたならいいのに。
「こんにちは、秦谷さん」
「はい、こんにちは。ところでひとつ、お伺いをしても?」
「どうぞ」
「そちらは一体、何のつもりでしょう」
雑誌のインタビューの前日。話があるとのことで如月さんに呼び出されたわたしは、彼女が学園から借りているという部屋に訪れていた。彼女が居るはずだと期待して来たわたしが主に悪いのだけれど、まんまと釣られてしまった。いや、居たんだけど。陽ちゃんの寝顔を見られる席に通されはしたんだけれども。今日のお昼寝スポットに選ばれたのは、どうやらわたし達のお気に入りでは無かったらしい。
「何の、も何も。要件はすでにトークで送信しました。確認をしたからこそ、ここに来てくださったわけでしょう?」
「はい。ですが、正気ですか?わたしと陽ちゃんを、"ユニット"としてデビューをさせるだなんて」
「可能だと思いますよ、私は。そもそも、この学園のNo.1は誰ですか?」
「……十王星南会長です」
「では、今現在の学園における、最も十王星南に近いアイドルは?」
それは。
「……」
「言い淀んでることこそが正解です。私はね、秦谷さん。あなたと、陽ちゃんのどちらかだと思うんですよ」
「……違います、」
「はい。とっくに、星南さんを超えていますよね、陽ちゃんは」
「……」
この人、見かけに寄らず性格が悪いんだ。でもなければこんな話、わざわざわたしに持って来たりしない。
だって。この人は、わたしが陽ちゃんのことを好きだということに気がついているのだから。どんな形であれ、傍に居られる方法を探していることにさえ、気がついているのだから。
「十王星南さんに陽ちゃんが勝てないと思っている理由。それは、"あの十王星南を追い越した"という実感が、彼女の元へ来る日がないからです」
「……陽ちゃんが、お姉さん大好きな子だからですね」
「そうです。陽ちゃんが星南さんに対して抱いている感情は、本人ですら整理がつけられていないほど大きく、そして拗らせています。お姉さんに見ていて欲しい、見てもらえるアイドルを目指す。それなのに、その瞳の奥にはずっと、星南さんがいるんですよ」
言い方は悪いが、陽ちゃんは何のためにアイドルを続けているのか、分からなくなる時がある。
「心の何処かで、勝てる日が来るのか、追いつく日が来るのか。その恐怖と戦っているように見えて、真面目にレッスンを受けたりはしませんよね。それって、秦谷さんのような傲慢さとは、また少し違うような気がしませんか?」
「まあ。それではわたしが、如月さんの言う傲慢に当てはまると?」
「違います?」
「違わなくはないかもしれません」
「話を戻しますね。陽ちゃんの傲慢さ、あるいはプライドの高さ。あれがもし、十王星南さんから得た評価に寄るものだとしたら?」
「……」
「ね、陽ちゃん?」
如月さんは淡々と仮定を話しているように見えて、どこか確信を持っている様子だった。呼ばれた陽ちゃんはと言えば、会長と同じ色の瞳を鋭くしてこちらを見ている。今日もかわいい。
「……なんなの、君。わたしよりわたしのこと知ってるじゃん」
「褒め言葉として受け取っておきますね」
「陽ちゃん、どうなんですか?」
「……確かに、わたしが今の地位に居られる理由だとは思ってたよ。お姉ちゃんが、わたしはすごいアイドルなんだって、言ってくれるだけ。それだけで、不思議と自信がつく」
「……」
「でも、……星南は一度も、そんなこと言ってくれないんだ。この先も変わらずアイドルである自分を想像出来ない星南には、その先にいるわたしが、きっと見えないんだと思う」
少しだけ、ほんの少しだけ聞いたことがあった。会長が、卒業したらアイドルを辞めてプロデューサーとして活動していくつもりだということ。初星学園には如月さんのようにプロデューサー科に進学する人もいるし、アイドル科であればそのまま100プロに所属する進路もある。
それでも、会長が選んだのは、トップアイドルの戦線から退くこと。陽ちゃんのように、他の誰でもない確かな才能を磨く道なんだって。
「お姉ちゃんに見て欲しい気持ちも、星南を追い越したい気持ちも。全部がわたしの持つアイドル像であることには変わりない。だからと言って……秦谷さんと組んで、何が変わるんだろうって、そう思う」
「……わたしも、同意見です。わたしにとってユニットは、あの2人のことを指します。決して陽ちゃんでは不足だと、そう言いたいわけではありませんが……」
「改めて、私が2人にユニットを組むことを提案した理由をお話しますね。単純に、学園内外問わず、誰にも手が付けられないからです」
「……その、問題児みたいに言うの、やめてくれない?」
「才能があり過ぎるお2人は、だからこそ焦ってレッスンせずとも結果を出す。陽ちゃん、あなたがあまり練習を重ねないのは、一度体を壊しかけたからですね?」
「なんで知ってんの……」
それはわたしも初耳である。学園で1番陽ちゃんから話しかけてもらえると自負していたのに。というか、プロデューサー科の人ってアイドル科の生徒について、どこまで調べられるのだろうか。如月さんはわたしのことも知っていたし。
「悪い言い方をしますけど、陽ちゃんが一番星になった時、H.I.Fの結果を見れば火を見るより明らかじゃないですか。だって、ユニットでの実績だと思っていたら、陽ちゃん単体の実力なんですから」
「つまり、わたしを足掛かりにすると?」
「はい。秦谷さんにはそんな用事、ないでしょう?」
「そうですね。ですが、それではあまりにもわたしにとってメリットが無さ過ぎませんか?」
いや、陽ちゃんと一緒に居られるだけでも結構あるのだけれども。
「学園で1番実力のある人とユニットを組んでいたようなアイドル。その人に誘われて意地だけで断れるほど、月村さんや賀陽さんは強情でもないでしょう」
まりちゃん、りんちゃん。
離れ離れになってしまった2人のことを思う。わたしにとってユニットは、あの2人と活動していたSyngUp!!だけ。なのに。
いつもよりやる気に満ちた瞳がわたしを見ている。それが、わたしを踏み台にしてでも見たい頂点への焦がれなのか、わたしと共に歩き出す覚悟なのか。分からない。
「君の判断に任せるよ、秦谷さん」
あぁ、ずるい人。誰よりも眩しくてずるい陽ちゃんだから、わたしは。
「……受けます。陽ちゃん、わたしで良ければ、よろしくお願いしますね」
「うん、こちらこそ。お互いのため、頑張ろうね」
見ていて欲しいって、そう思うんだ。