インタビュー当日。訪れたのは100プロである。今回の仕事を受けるにあたって、どうやらのんちゃんが最大限の譲歩を探ったらしい。出来うる限りこちら側にメリットがあるようにと、100プロでインタビューを受けることを約束させたと。プロデューサー科1年のくせに仕事が出来過ぎるとは、その話を通したお父様の言葉だ。
「おはようございます、初星学園生徒会の十王陽です」
「同じく、秦谷美鈴です」
現場にはすでに、向こうのアイドルユニットが揃っていた。事前に少しは情報を入れてきたのだが、こうして対面して思ったのは、意外とその辺に居そうだなとだけ。あどけないというより、若々しいというより、なんと言うのだろう。少なくともわたしより知名度を稼いで行けることは無さそうだと思う。これが、のんちゃんの言う傲慢さから来る感想かは分からないけれど。
「お久しぶりです、十王さん」
「お久しぶりです。今回もよろしくお願いします」
「しかし驚きました。あなたがまさか、ユニットを組むなんて」
「彼女のプロデュースには期待しているんです。ですのでどうか、才能の芽を摘まないようにしていただきたい」
馴染みの編集者に挨拶を。隣で少し背筋を伸ばした秦谷さんには悪いけれど、この人はわたしのことを知っているから何の問題もないよ。
「それはもう、こちらとしては。お相手がどうかは分かりませんが」
「嘘偽りなく掲載してくれること、祈っていますよ」
「お任せください」
「陽ちゃん、お話終わりですか?衣装にお着替えしましょう」
「うん、頼んだよ?」
「任せてください!私、多分星南さんの次に陽ちゃんのこと着せ替えられる自信あります!」
「その自信はしまっていいよ」
どうしてこうも、わたしの周りにいる年上は少し変なのだろう。のんちゃんは自信満々にわたしを引いて控え室へと向かう。秦谷さんは穏やかに笑うだけだし。さっきわたしの発言に冷や汗をかきそうになっていたとこ、見てたからね。
「確認です。陽ちゃんと秦谷さんは、特に何も考えずに受け答えして大丈夫ですからね。インタビューの内容は全て、私も同じ部屋で聞きますし、それは向こうのマネージャーも同じです」
「つまり、過度に荒立てなくていいってことね」
「はい。それと、編集社の担当さんと陽ちゃんはお知り合いなんですよね。事前の打ち合わせで、片側に寄った質問などは作らないようにお願いしてありますが、万一向こうに寄った場合、100プロの社長にお伝えする旨も共有済です」
「……」
のんちゃんの言葉に、耐えきれず秦谷さんと顔を見合せた。
「え、私何かおかしいこと言いました??」
「逆です。如月さん、本当に19歳なんですか……?」
「誕生日まだなので18ですね」
「やっぱこの人おかしいよ……」
前言撤回。わたしの活躍を持ってして必ずこの人を100プロに入社させる。他のどこにも渡したくないマネジメントの才能だ。これがわたし達と3つしか変わらないっていうんだからすごい。
「よし、準備オッケーです。秦谷さんも、動かないでください」
「自分で出来ます」
「駄目です。大袈裟に言うと、政治が絡まっていると思ってください」
「笑えないくらいにはあるんだよな……」
「だとしてもせめて陽ちゃんがいいです」
「わたし?」
「駄目ですか?」
「うーん……」
それでいいならいいのだけれど。
「わたし、お姉ちゃんや燕に遊ばれてたから、自分であんまりメイクしないよ?」
「普段はどうしてるんですかそれ」
「してない。ライブの時とか、撮影の時はメイクさんがいるし」
「……これが顔面偏差値ですか」
「言っておきますけど秦谷さんも同じですからね」
「さすがに陽ちゃんほどでは」
「ねえ2人とも失礼だとは思わないの?」
本人の目の前だよ。貶しているわけではないにしろ。
「……はい、終わりです。とても綺麗ですよ、お2人共」
この日のために用意したお揃いの衣装なんてものはなくて、2人バラバラなもの。落ち着いた秦谷さんと比べて、わたしはこの間の新入生歓迎ライブでも着た衣装を身に纏う。バランスが悪いなとは思いつつ、まぁユニットを組むことになったのは昨日だしなとも思う。
余談だが、世間に公表されるのはこの雑誌のインタビューが終わった数時間後である。あまりにも急過ぎないかとのんちゃんには聞いたのだけれど、これが終われば次は自治体が主催するイベントでのミニライブが待っているのだとか。曰く、わたし達だからこそ急ピッチで仕事を取って来ていると。揃いも揃って天才肌とか、言わなくていいんだっての。
「それではインタビューを始めます。まずは……そうですね、初星学園のお2人から自己紹介をしてもらいましょう」
「改めて、初星学園生徒会副会長、1年の十王陽です」
「同じく生徒会の会計、1年の秦谷美鈴と申します」
「それでは次、○○の皆さんお願いします」
相手のユニットは聞いていた以上の情報を語るわけもなく。腹の探り合いとも取れるインタビューが始まる。
「この度ユニットを組むことになった十王さんと秦谷さん。お2人は初星学園中等部の頃からアイドルを続けられているんですよね」
「はい。わたしはユニットとして活動していくのは初めてになりますから、その辺は秦谷さんに教えていただこうかなと思います」
「秦谷さんの方は以前、SyngUp!!というユニットで活動されていたんですよね」
「はい。出来ればあの2人とまだ続けていたいのですが……どうせなら、羨ましがられるようなことをしようかと思いまして」
「初耳だな。月村さんはともかく、賀陽さんも?」
「陽ちゃん、中等部の頃からずっと学園内でも人気ですよ?」
「そうなんだ。同い年は君以外を注視したこと無かったから」
「残酷なことを言いますね」
「珍しいわたしの弱音でしょ?」
「ええ、その相手がわたしで嬉しいです」
同級生のアイドルに負ける可能性があるとしたら、それは大義を見つけた秦谷さんなんだろうなと思う。今の彼女が本気で走る理由が特に無いのもそうだし、それはわたしにも言える。
のんちゃんに指摘された、星南を追い越してしまうのが怖いという、わたしの矛盾した感情。相反している理由は単純で、お姉ちゃんのわたしへの気持ちがどちらに振られるか分からないから。
わたしがお姉ちゃんの在学中に一番星になれば、星南もアイドルを辞めないでいてくれるかもしれない。でも、同じくらい、わたしという才能のために今の立場を捨て去る可能性がある。そのどちらにも、わたしへの恋心というものがある。それが煩わしくて、唯一嫌いなお姉ちゃんの1面。
「××さんは十王さんのファンなんだとか。十王さんを知ったきっかけはなんですか?」
「私はアイドルが好きなんですけど、小さなライブハウスでやるようなライブにも行くんですね。それでたまたま行った日に陽さんがいて、パフォーマンスを見た瞬間に好きになりました!」
熱意がすごいな。一体いつのライブの話だろう、覚えていない。
「ほら、今度、生徒会で行くライブハウスでのライブですよ。2年前です」
「なんで覚えてるの」
「行きましたから」
「……今度から、わたしに何も言わずにライブ観に来んの禁止ね」
「はい、もちろん。次は一緒にステージに立つ側ですからね」
にこにこと秦谷さんは言う。この人がそんな顔をする相手、月村さんだけだと思ってた。わたしも世話を焼かなきゃ生きていけないとでも思われているんだろうか。
「すみません、ズレました。続きを聞かせてもらえますか?」
「はい!私は今年18になるんですけど、自分より若い子があんなにすごいパフォーマンスするんだって、ものすごく感動して……!アイドルを目指したのも、陽さんがきっかけなんです!」
「それは……光栄ですね。わたしも、今回のインタビューがきっかけで皆さんのパフォーマンスを観させていただきました。高い完成度に、フォーメーションの切り替えの速さ。デビューして間もないと伺っていたので、疑ってしまいました」
実際、彼女たちに裏はないように思う。わたしや秦谷さん、ひいては初星学園を下げたいのはプロデューサーや事務所の方だけという印象。
ネットに上がっているライブの様子を観た限り、元は研修生やダンスの経験者が多いユニットなのではないかと思う。そのくらいパフォーマンスのキレは確かだし、華のある集団だった。きっと大きい所まで行けるのだろうなと思わされた。でも、それはあくまでポテンシャルの話。
「そう言っていただけて光栄です」
「……うちの社長も、それはもう惹かれている様子でした。そちらの社長様とは顔見知りとのことですし、そうお伝えいただけますか?」
「ありがとうございます、必ず!」
遠回しに、寄越せとアピール。お父様の発言は嘘でもない。
彼女たちにその事務所はもったいない。100プロで、わたしや星南と競い合って行った方がきっと、高いところまで行けるだろう。
インタビューはつつがなく終了。わたしのファンだという人に握手とサインを求められ、それに応えていればもれなく全員に要求されるところまで。
それも終わる頃にはすっかり疲れ果てていて、なぜだかわたしは秦谷さんに膝枕をされていた。眠たくなるから不思議だ。
「陽ちゃん、お眠ですか?」
「……うん、ちょっとね。最近、色々考え事をしていたから、そういうのも祟っているのかもしれない」
「でしたら少しの間、お休みしてはいかがでしょう。お膝はこのまま、あなたのために差し出しますよ」
「でも……学園に戻らないと」
「ここは100プロです。多少の我儘、陽ちゃんなら許してもらえることでしょう。如月さん、構いませんか?」
「ええ、どうぞ。陽ちゃんの疲労は目に写らないので、私もすっかり頭から抜けていました。お疲れならゆっくり眠ってくださいね」
秦谷さんの手がわたしの頭をゆっくりと撫でた。わたしの方が早く生まれているはずなのに、彼女がわたしのお姉ちゃんは持たない何かを持っているように感じてしまう。それを愛情と呼ぶのだと、頭の片隅でやけに冷静なわたしが言った。じゃあその原動力は一体どこから来るのだろう。
やけに優しい瞳と視線が合った。見覚えのある色。知らなくて良かったはずなのに、どこで見たのかも理解した。お姉ちゃんが、妹以外でわたしを見ている時の色。秦谷さんは、わたしに恋をしているんだ。
「……っ」
「陽ちゃん?」
「いい。このくらいどうってことない」
慌てて体を起こそうとしたのに、一体その細腕のどこからそんな力が出るのか。秦谷さんに肩を押されるだけで彼女の膝へ逆戻り。心臓がうるさい。どうしてこんなに、早鐘を打つのか。わたしに告白する他の人と秦谷さんで何が違うのか。自問自答を繰り返すほどに心臓が痛くて、あの優しい目が離れない。
「……陽ちゃん、無理はいけませんよ。駆け足をしなくても、あなたなら平気です。分かっているのでしょう?」
「分かってるけど……今、それどころじゃなくて……」
君のその瞳を見つめ返せない。そう言えたら楽なのだろうか。言えたら困るか。わたしはそんな気障な性格をしていない。例えば麻央のように、本心からそういう言葉を伝えられるような素直さも無い。わたしに出来るのは、せいぜい好意も心配も全部ひねくれた状態で返すことくらい。
(……どうして、そう言えたら楽なのかなんて考えたんだ)
我ながら、秦谷さんにはずいぶん甘かったのだと思う。でもなければ、のんちゃんが提案したユニットの件も、彼女の我儘半分のこのインタビューも、全て許していないだろう。如月望というプロデューサーが丸くしたのか、それとも秦谷美鈴が少しずつわたしをそうして行くのか。分からない。分からないけれど、もうどちらでもいい。
「……のんちゃん、学園に戻る手配を。来るまで、借りるから」
「はい、もちろん」
結局、わたしは負けたのだ。
柔らかい瞳がくれる暖かさに、この心臓のうるささに。
彼女がわたしに向けるものを恋と呼ぶのなら、なんて幸せで眩しいものなのだろう。少なくともわたしは、そんな顔で見つめられたことは無い。
「……おやすみなさい、陽ちゃん」