わたし達のユニットの話は瞬く間に学園へと広まった。余談だが、お姉ちゃんには全て決定してから話した方が楽だと理解したらしいのんちゃんは、インタビュー後にSNSでユニット結成を告知するまで、お姉ちゃんには一切話を通さなかったらしい。お父様にはしていたみたいだけれど。
「陽!!」
「うるさい、しつこい。大体、お姉ちゃんには関係ないでしょ。わたしがやってみたいって思ってるんだから、いちいち口出ししないで」
「陽……!?」
お姉ちゃんは大好きだし、抱き着いて来ようとするのを受け止めてあげたい気持ちは山々なのだけれど、十王星南としてとわたしのお姉ちゃんとしての感情が入り交じったその嘆きはあまりにもやかましい。
「会長、陽ちゃんだって年頃の女の子です。縛り付けておくだけがあなたの愛情なのですか?」
「私から奪った本人に言われるとはね……」
「まぁ。わたしはただ、陽ちゃんの傍に居る権利を貰っただけですよ。僻みはやめてください」
「くっ……どうやらやる気のようね……!」
「ねえ。本人に失礼だと思わないの、そういうの。大体、お姉ちゃんは秦谷さん相手に張り合ってどうするわけ?明らか姉妹の方が有利でしょ、馬鹿じゃないの」
2人が張り合っている理由が"そう"じゃないことくらい、分かってはいるのだが。それにわたしが触れても仕方がないような気がした。何しろわたしは、お姉ちゃんからの恋心をどう受け流せばいいのかを分かり兼ねているのだ。秦谷さんからの好意も含めて。
「陽、私は……」
「会長。それを今、陽ちゃんに言う必要は無いはずですよ」
「……そうね」
ここが往来の廊下だということも含めて、さっさとお姉ちゃんをあしらって1年の教室のあるフロアに向かう。少し緩やかな歩調は、わたしも気づかないうちに同行者に合わせていたのだと思う。
「助かったよ、秦谷さん。あぁいうお姉ちゃんへの対処は面倒だから」
「いえ。わたしの方も、ただの善意ではありませんから」
「……」
ユニットメンバーとして同じ時間を過ごすことが、以前と比べたら格段に増えた。それでも、秦谷さんはわたしに好意を伝えてくることはないし、わたしもそれを問いたりなんてしていない。顔を合わせることが気まずくなったかと聞かれればそれもまた違うし、有り体に言うのならば以前と何一つ変わっていないのだ。
わたしが、秦谷美鈴に追い掛けられる側であることも。わたしが、秦谷美鈴を追い掛ける側にいることも。何一つ。
「……ねえ。聞いてもいい?」
「まぁ、なんでしょう?」
「君、やろうと思えばわたしから学園3番手を奪えるでしょ。どころか、燕や星南さえ抜き去れる。やらないのは、月村さんのライバルでいたいから?」
「……少し違います。わたしにそこまでの理由が無いからです」
「前へ進むのに、理由なんているの?」
「陽ちゃん。それは、あなたにも言えることでは?」
踏み込み過ぎか。穏やかな表情だが、目は笑っていないように見える。秦谷美鈴の怖いところ。
「そうだね。のんちゃんにも言われたんだ、わたしはお姉ちゃんを追い越すことを怖がってるって」
「……」
「お姉ちゃんを傷つけたら、そう思ってるんじゃないかって。でも、違うって分かってる。わたしは星南に、ライバルとして見られていない今が嫌い」
お姉ちゃんからのプロデュースを蹴った時、ようやくそのスタートラインに立てたと思った。彼女の妹から、ライバルと呼ばれるべきアイドルに。
「……星南がアイドルを続けるかどうかは、もうどうでもいい。でも、続けたいと思わせられるようなアイドルで在りたい。だからわたしは星南の前を行く。そのためには変化が必要なんだ、停滞じゃない。甘えから来る傲慢なら、それは弱さとも言えるよね」
進もうとしなかったんじゃなくて、それはきっと確かなわたしの弱さなんだと思う。他のアイドルから後ろ指を刺されていたように感じていたのも、全てわたしが星南というアイドルに哀れみを抱いていたから。
「……でも、止まれないんだ、星南も。お姉ちゃんである限り、わたしの前に立ち塞がろうとする。そういう生き物」
「……ふふ」
「だったらもう迷わない、わたしは一番星になりたい。星南や君、他のアイドルの目が眩むほどのアイドルに」
「もちろん。わたしが陽ちゃんを、そこまで導きます。あなたの傍で、ずうっと」
お姉ちゃんが、わたしには玉座が似合うと言っていた。王様みたい、物語みたいだって、しつこいくらいに何度も。その理由は分からなかったけれど、今、わたしの前でわたしを肯定し続ける秦谷さんを見て思う。
その席はきっと、確かにわたしを待っているのだろうと。
「そろそろ本腰を入れましょうか」
「脈絡がなさすぎる」
何に?というわたしの問いは華麗にスルーされ、のんちゃんはタブレットの画面をこちらに向ける。そこにあるのは、1週間後のライブの演出概要。
「これ、全力でパフォーマンスをしてきてください。いつものように、無意識に手を抜くなんてことは無いようお願いします」
「無意識を意識しろって、だいぶ無茶言うね」
どうしろと。
「言い換えますね。蹂躙してください」
次のライブは他の事務所や学校のアイドルとの合同のライブ。N.I.Aが本格的に始まった今、わたしと秦谷さんはユニットとしての知名度を上げるついでに個人のランキングを上げるべく奔走中。学園外の大型イベントということで、極月と初星から代表生徒がそのトップを走る。
わたしは現在5位。少し離れた1位にいるのは極月学園の白草月花。すでにトップアイドルと名高い彼女がどうして参加しているのか、曰く星南と競うためらしい。そして、わたしとも。
何はともあれ、わたしは今まで以上に注目を浴びる日々が続いている。それこそ、今日だって学園ではひっきりなしに声を掛けられていたくらいに。逃げ込んだ部屋でこんなことを言われるとは思ってもみなかったが。
「蹂躙はいいけど、相手のアイドルにもよるでしょ。本気出さなきゃ勝てないようなアイドルがいるとでも」
出演者のリストには目を通した。生憎知らない名前しかなかったので覚えてはいないのだけれども。暗に無駄な労力は払うつもりがないと伝えたわたしに、のんちゃんは勝気な笑みを浮かべる。彼女のそういう、大人しい顔をして意外と短気というか豪胆というか、ともかくそういうところは面白いと思う。
「他の出演者目当てで来ている人、そのファンを全て奪ってしまいましょう。大丈夫、陽ちゃんなら出来ますよ」
「いや……うん、分かった」
出来る出来ないを疑っていたわけではないのだが。やけに息巻いている彼女の様子にほんの少しの違和感。さては。
「……星南に何か言われた?」
ピクリと動きを止めた。図星か。
「"その程度のプロデュースじゃ私は越えられない。陽を潰すだけなら下りてもらうわよ"……ってとこ?」
「……陽ちゃんは本当に、お姉さんのことになると鋭いですよね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
あの人からの好意に困っているのはそこが原因だ。わたしというライバルを脅威に感じつつ、どんな形であれわたしの傍に立とうとしてくるから。良くも悪くも、星南がどういう意味合いでそれを望んでいるのかが見えてこないというか。まぁ、わたしには関係ないけれど。
「……でもそっか。星南にはまだ、わたしの上に立っていると言えるだけの自信があるんだ」
それが知れて良かった。
星南がいつまでそう思ってくれているか、確証が得られなかったから。
「あの、星南さんに言われたことは陽ちゃんの予想通りです。ただ少し違ってまして」
「違う?」
「ランキング次第で返してもらうと、そう言われました。ですが生憎、私にはあなたを手放す予定なんて無いので」
「……」
「どうぞ、思う存分、暴れてきてください。誰も止めません、着いて来れない者は置いて行きましょう」
のんちゃんは、どこまでわたしのことを知っているんだろう。怖いなと思った。彼女にはもう何も隠せない。
「……"出来る"よ」
言葉は要らないか。
「プロデューサー。わたしはあなたを選んだこと、後悔してない。前より成長出来ている気がするし……」
「本当ですか?」
「うん。だから、のんちゃんは見ててね。1番前で、わたしのこと」
アイドルにとって、1番最初のファンはプロデューサーであること。これは、わたしが中等部の頃にプロデューサー科を担当していた教員に言われたことだった。当時のわたしはその言葉の意味を理解し切れていなかったのだけれど、今になって思う。
わたしの場合、のんちゃんより先にファンはいたけれど。それでも、最前はきっとこの人の席だから。
連れて行ってあげる。N.I.A、その頂点に。