十王陽という才能の前に、私はどれだけ無力なのだろう。そう思う。
しかしプロデュースの話を持ち掛けたのは、何も無計画から来る賭けなんかではなくて、純粋な気持ちからだった。彼女を支えたい、1番近くで見ていたい。
だけど。だけど、彼女のために私に出来ることって、一体なんだろう。
「あさり先生、どう思いますか?」
「その文脈で私への質問だったことにビックリですよ」
「十王陽という才能は、きっとこの先も他のアイドルを食い潰して行く。問題は、それにあの子がどう思うかです」
「……」
「ライブに向けて意識を変えさせましたが……正直、たった一言で変わるのなら、今まで緩やかな成長ラインだった理由がより分からなくなるとも思います」
星南さんに勝ちたい、それでも追い越して傷つけてしまうのが怖い。陽ちゃんが無意識にでも手を抜いてしまうことへの原因は、そう仮定した。ここに、1ヶ月の休養を挟む必要のある怪我をしたことも含む。
でも、そこがまずおかしい。
陽ちゃんなら、星南さんのいる場所ギリギリで立ち止まることが出来るはずだ。少し頑張れば済むような、そんな場所で。
しかし今は、あくまで学園No.3。雨夜燕さんの下に甘んじている理由は、きっと。
「……あさり先生。はいかいいえの2択で答えてください。ウミガメのスープをしましょう」
「はい、いいですよ」
言質は取った。
「十王陽はこの学園を引いて行ける器である」
「はい」
「彼女は過去に、十王星南に関することで心に傷を負った」
「それは、私の判断で構いませんか?」
「ええ。先生があの子を見てどう思うかをお願いします」
「でしたら、はい」
十王星南に関する、十王陽がトラウマとも呼べるような出来事。
「それは第三者からの影響である」
「はい」
「陽ちゃんを傷つけたのは"生徒"である」
「……はい」
「……陽ちゃんに掛けられた言葉は、"星南先輩のようなアイドルじゃない"、ですね」
「……はい」
ほらね。
陽ちゃんは他人に無関心なわけじゃない。自分の心を、そして何より他人を傷つけないように遠ざけているのだ。
星南さんのアイドル性は、一番星の名に相応しいカリスマから来るものだと思う。誰もが目標にしやすく、そして同時に惹かれて止まないような。
しかし陽ちゃんは。
傍若無人とも言えるほど追随を許さない圧倒的な才能。星南さんとは真逆のアイドル。
「……同じにはなれない。それを理解した上で比べられて、同じでないからこそ卑下された。陽ちゃんはきっと、そうして自己肯定感を下げて行ったんでしょうね」
「……」
「あの子が病的なまでに星南さんをライバル視している理由が分かりました。追いつけないからと言い訳して、自分が星南さんのようなアイドルにはなれないことから逃げたいんです」
「如月さん、」
「……もっと早く、あの子の側にいたかった」
陽ちゃんのために私が出来ること。
それは決して多くないけれど、少なくとも私がいることで、陽ちゃんは独りを選ばなかったかもしれない。でも、なおのこと今の私に出来ることは。
「ありがとうございました、あさり先生」
「……いえ。先生は何もしていませんよ、君がひとりで辿り着いたんです」
「陽ちゃんのことを見ていてくれて、ありがとうございます」
私は再度、あさり先生に頭を下げて職員室を出た。私に出来ること。それは、何がなんでも秦谷さんとのユニットを継続させること。
秦谷美鈴さんは陽ちゃんに星南さんを重ねることをしない。それこそ、陽ちゃんの方が驚いてしまうくらいに。例えそこに、陽ちゃんが気づくことの出来ない恋心と呼べるものが含まれていたとしても。
合同ライブがやって来た。余談だが、当然のように私の隣にいる秦谷さんは、なんとも厄介なタイプの陽ちゃんファンらしく、至極当然のように学園から出てきた。授業は受けるべきだとの私の言葉に、くすりと笑って無駄な時間だと答えるところまで、なんだか陽ちゃんに似ているような気がしている。あの子は笑わないのだが。
「秦谷さん、一応の確認ですが」
「はい」
「取らなくてはならない単位などは」
「ありませんよ。こう見えてもわたし、成績優秀なので」
そうですか。つくづく私の担当アイドルは、偶然にも不良を2人も引き当てただけあることで。期待通り過ぎてびっくりな回答に、私はタブレットに視線を戻した。この問題児たちの才能は計り知れない。だからこそ、今回のライブでは暴れて来いと言ったわけで。
「……大丈夫ですか?陽ちゃん」
「心配には及びませんよ。それに……不安に思うべき理由は、他にありますから」
そう。再三言うが、今回のライブは初星の企画したものではない。N.I.Aという祭典における合同ライブ。何の偶然か、十王陽という異色の天才の隣に並ぶ、"白草四音"の文字。
極月学園で最も名の知れたアイドルと言えば、恐らく白草月花のことを指すだろう。白草四音はその妹である。
「……」
「姉に対して強い憧れと、それを上回るほどのコンプレックスを持つアイドル。高い技術力を裏付ける、確かな才能。陽ちゃんと似ていますね」
「でも、陽ちゃんの方がすごいです」
「ええ。全てを理解した上であえて立ち止まることを選んだ、うちの陽ちゃんの方が優れています」
「あのさ。だから、それらを全て本人の前で言うのはなに?」
おっと。振り返れば、支度を終えた陽ちゃんがジト目で見上げていた。私たちの王様は今日も可愛い。
「おかえりなさい。今日もとてもお似合いですよ」
「そう。のんちゃんの褒め言葉は最早聞き飽きてきたね」
「本心なんですけど」
「それより、段取りの確認を。あと……やたらと敵意を向けられるんだけど、あの黒髪のアイドル、知ってる?」
陽ちゃんは表情をひとつも変えず、チラリと白草四音さんを見て問う。他人に興味が無い陽ちゃんらしい。
「白草四音さん、月花さんの妹です。極月ではかなり上位に位置するアイドルだそうですよ」
「ふぅん……でも、学園内だけでしょ。わたしが知らないってことはその程度」
強いなぁ、この子。白草さんが纏う空気がより1層ピリついた。特に意識してもいないのに煽るだなんて、秦谷さんより何倍も性質が悪い。胃が痛いよ。
「ふふ。陽ちゃんは今日も陽ちゃんですね」
「褒めてるの、それ」
「もちろん。可愛くて綺麗で、とてもかっこいい陽ちゃんです」
「……うん、まぁ、コンディションは悪くないよ。君のおかげ」
「まぁ。ふふ、ふふふ」
「……壊れた」
「陽ちゃんのせいですよ」
微笑んで君のおかげなんて言われたら。恋する乙女はイチコロでしょうよ。
「……プロデューサー」
「はい?」
「"出来る"よ。この小さい箱、全部。わたしから逸らせない」
「はい。信じています」
小さく手を振ってステージに向かう彼女の背中。いつも以上に逞しくて、そして同時に、少しの恐怖を感じさせるほどだった。