インポテンツ提督がヤンデレ鎮守府を切り抜けるようです   作:赤目のカワズ

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久しぶりにマルドゥック・スクランブルを読んだので、一つ。


第1話

インポテンツ提督がヤンデレ鎮守府を切り抜けるようです

 

「艦娘ってのは黄金の鼠なのさ」

 

いい得て妙な表現であると俺は感じた。成程、言われてみれば、この現状を正確に言い表した言葉はこれ以外に存在し得ない。俺がインポテンツなのは全て黄金の鼠のせいだ。

 

艦娘。

正味な話、それがどういう存在であるのかさえ、俺は知らない。世間様の言葉を引用するなれば、深海棲艦がどうの、大戦中の記憶がどうのとの事であるが、真相は闇の中だ。

指揮系統を預かる身でありながらそれは如何なものであろうかと、表沙汰になれば近隣住民からの苦情が燃え上がる事間違いなしではあろう。

 

――――突如として一鎮守府の一提督として栄光の架け橋を原付バイクで駆けあがる事となる俺を待っていたのは、二十三十の倫理、人権、その他多岐に渡るカウンセリングであった。

 

曰く、艦娘なるモノは一見人間と全く変わらず外見をしており、曰く、艦娘を兵器として運用するにあたり、人権団体からの抗議は根強いものがあり、曰く、護国の第一線を往く者として艦娘に劣情を催す事は決してあってはならない事であり、曰く、曰く、曰く、曰く…… 

 

長い旅路を終えた俺は見事に勃起不全に陥っていた。ロリにもJKにも熟女にも、俺の息子は答えてくれない。今や俺の息子は小便を垂れ流すだけの要介護者だ。全国津々浦々、様々な鎮守府でこのような悲劇が溢れている事に涙を禁じ得ない。

 

所が、どうやらインポテンツにまでなったのは俺ぐらいで、他の同僚達は普通に健康体らしい。死ね。まあ艦娘に手出したらアウトであるため、その手の不安がなくなった事だけは、パンドラの箱に残った最後の希望であった。

 

と、つい最近まで思っていたのだが…………

 

「………………」

 

見られている。だが、何処からは分からない。

質素を重きにおいた執務室に、僅かに緊張が波立てた。だが、それを気づかれてはならない。あくまで、素知らぬふり。一瞬止まりかけた手を再起動させ、書類に目を動かす。

 

「……………」

 

見られている。だが、その視線を探してはならない。その行動の先には、仄暗い水の底を覗いた時のように、暗い未来が立ち込めている。

緊張で充満する部屋の空気が張り裂けたのは、正にその時だ。

 

「HEY! 提督ゥ! Lunchお持ちしましたネー!」

 

「……お前か、金剛」

 

「What?」

 

「ああいや、なんでもない。それと、扉を開ける時は必ずノックする事」

 

「Boo! 私と提督の仲なんだから、固い事は言いっこナシでショ?」

 

「全く……」

 

勢いよく開かれた扉の先には、お盆に昼食を乗せた金剛型の少女がいた。ウィンクをしてみせる彼女の気安さに、思わず顔が綻ぶ。

彼女の到来を機に、背筋に走り続けていた悪寒が途端に霧散する――同時に、粘度を帯びたあの視線も。

 

「提督、どうかしましたカ?」

 

「な、何がだ?」

 

「何だか顔面がブルーマンみたいネ」

 

「…………」

 

「HAHAHA、ブリティッシュジョーク! ……っと、冗談はさておき、ちょっと体調が悪そうデース」

 

「ああ、大丈夫、大丈夫だよ」

 

股間の紳士は機能不全のままだけどな。

思わず口を滑らせたくなった所をぐっと我慢して、俺たちは昼食に移る事にした。今日の献立は、食堂から取り寄せたカレーである。

直接食堂に赴いても良かったのだが、俺のサインを必要とする書類が殊の外多く、今日は金剛にわざわざ出向いてもらう事になった。

海軍仕込みのスパイスの香りが執務室に蔓延る。ほんのりと湯気立つそれにスプーンを忍ばせ、抉り取った腸を口に放り込むと、咀嚼する度に美味しさが増すように思えた。

 

「美味しいですカー?」

 

「ああ、美味い、最高だ」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「フフッ、それは良かったデース。提督の笑顔を見ていると、それだけでお腹が一杯になりマース。正に、幸せ太りという奴ですネ」

 

「それは語弊を招く危険が……。まぁ、いい。お前もさっさと食え。冷めるぞ」

 

「yes! 腹が減っては戦が出来ぬ、ですネ?」

 

「その通り」

 

深海棲艦との戦いは過酷かつ激務で、こういった日常のひと時を味わう度、その大切さを噛みしめる事となる。お釣りとばかりに、自分の息子の具合ばかり気になってしまうのは困りものではあるが。

それにしても、こうやって食事を共にしていると、艦娘という存在が一層興味深く思えてくる。何せ、どこをどのような角度から見ても、人間とまるで変わらない。

スプーンを口元に寄せる仕草、立ち振る舞い、どこをとってみてもうら若い、そして可愛らしい少女そのものだ。本当に、艦娘とは一体どのような存在であるのだろうか。

 

不意にふって湧いた私の思案を、金剛は目ざとく見つけてみせた。

 

「HEYHEY! 提督ぅ、私の顔に何かついてますカ?」

 

「ん? いやいや、なんでもない」

 

金剛の言葉に我を返してみれば、手元には己の失態が広がっていた。成程、先ほどまで懸命に動いていたルーチンスプーンが何をするわけでもなく空中で静止していれば、食べるのも忘れて何か考え事をしているのは想像がつく。

俺は小奇麗なお為ごかしも出来ないまま、彼女の質問から顔をそむけた。

そんな態度を示されたのだ、金剛も黙ってはいない。

 

「むぅ、言いたい事があるなら言ってほしいデース」

 

「……そういえば、同型艦がいなくて、寂しくはないか? 俺としても、早く全員を建造してやりたい所ではあるが」

 

「ムッ、あからさまな……まぁ、確かにマイシスター達がいないのは寂しく感じますネ……ハートの隙間を、提督が埋めてくれてもいいんですヨ?」

 

「ははは、それが出来ればどれだけ良かったか」

 

主に憲兵とマイサン的な意味で。

それにしても、俺の打った逃げの一手を快く快諾してくれた金剛には感謝せねばなるまい。

正味な話、この手の話を艦娘自身と話すのはなるたけ避けたい気持ちがあった。深淵と目が合うとはよく言ったもので、後戻り出来なくなってしまう予感がある。

忌避すべきラインギリギリを低空飛行しながらも、金剛との会話はそれなりな弾力を持っていた。

いくらEDであろうと、こんなに可愛い少女と会話が出来るのだから口数も自然と増える。この程度の役得があっても、誰も文句は言いやしないだろう。

 

「さて、そろそろ仕事に戻ろう。……悪いが、下げてくれるか?」

 

「お任せデース! ちょっと離れますガ、寂しがらないでくださいネ?」

 

「ははは、子供じゃあるまいし」

 

お盆を持ち上げ、部屋を出る際に再度ウインクを決めてみせた金剛に、俺は思わぬときめきを感じた。伝説の木が一本二本鎮守府内に生えていたならば、俺は日を待たずに彼女の事を呼び出していただろう。無論、爆弾処理は怠らない。

金剛が飛び出ていった執務室は、にわかに静寂を取り戻しつつあった。こうなってくると彼女の騒がしさが恋しくなってくるが、易々と自分の言葉を翻すわけにもいかない。

シミがつかないよう収納していた書類一式を取り出した俺は、早速仕事に取り掛かる事にした。

鎮守府内での業務は一律俺のサインを必要とする。上層部に提出する際のものは勿論、物資受け取りに至るまで、あらゆる書類は一度俺の手元を通さなければならない。

本音を言えば、大淀や秘書艦あたりに権限を回してもらいたい所なのだが、艦娘という名のオーバーテクノロジーを一手に引き受ける関係上、このような体裁である必要があるらしい。

面倒なものだとペンを走らせながら一人毒づく。その一瞬の緊張の緩和を前に、あの視線が黙っている筈がなかった。

 

「……またか」

 

気のせい、と一笑に付すには、くどすぎる。

何かしらの思念。背筋を震え上がらせるほどのそれは、あまりにも強烈過ぎて、もはや執務室の一角を支配する異物感にまでなり果せていた。

窓の方を、見る。誰もいない。誰もいるはずがない。

しかし、一瞬見慣れた物体が横切るようにして窓枠の向こう側へと消えていくのが目に映り、俺は暫し目を見開いた。

電流が走る。

 

「……艦載機?」

 

米国の最高傑作が見るも無残な姿で水底に沈んでいったのは、深海棲艦との戦争が始まってまだ間もない頃だ。

F-35。最強の戦闘機として名を馳せたそれは、なす術もなく深海棲艦の手に堕ちた。今となっては未だに操縦席に骸を抱えたまま、市街地を炎の海で包む最悪の悪魔と化している。

この敗戦を受けて、現代における最高傑作に取って変えられたのが現在主流となりつつある艦載機だ。

玩具を思わせるそれは、見た目に反して凶悪で、今や深海棲艦を両の指では数え切れぬほど落としてきた。艦娘とリンクを果たす事で、そのポテンシャルは無限の可能性を秘める。

とまぁ一般に公開かつ俺の権限で知りうる情報はここまでな訳だが、正直今はそんな事どうだっていい。

重要なのは、艦載機であれば窓から誰には憚る事もなくこの執務室の様子を伺う事が可能だという点だ。俺が視線を窓に向けた所で、窓枠にすぐ身を潜められるという事もある。

しかしその際疑問になってくるのが、一体、誰が、何の意味で?

 

「……現段階では何も言えんが、私的な利用はご法度もんだぞ」

 

俺の心中はおだやかじゃない。

口と眉で必死に上司面を作って見せるも、内心は心苦しい気持ちで一杯であった。

何者かが俺の様子を伺っているならば、それはつまり、俺の普段の様子を求めている事だ。

俺の、提督としての一日を。提督たる人物であるのかどうかを。

 

「…………信用、されていないんだろうか」

 

こちとらインポテンツになってまで護国に勤しんでいるというのに、こんな扱いはあんまりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

「ああ、入ってくれ」

 

暫くしてから、俺はある艦娘を執務室に呼び出していた。

彼女の名前は加賀。鎮守府に名を連ねる航空母艦の一人である。

その凛とした佇まいは、職業柄空母達が嗜む弓道に因るばかりでなく、彼女の気質に因る所が大きい。

静謐な雰囲気をふりまく彼女は、それでいてその意志の強そうな瞳が特徴的であった。

 

「…………何か?」

 

呼び出されるような不手際はした覚えがない。執務机の前に立った彼女はそう言外に言って見せて、手持無沙汰に自前のサイドポニーに指を走らせた。

気圧される自分がいる事を自覚しながら、俺は場を和ませるように笑みを作る。

 

「いや、何、大して重要な話じゃないんだが……ああ、そうそう、先日の戦績、素晴らしかった。言うのは二度目になるが、よくやった」

 

「その程度の事でお呼びになったのですか」

 

彼女の表情筋はあまり豊かでない。しかしそれなりに積まれた彼女との付き合いが、彼女の今の心情を即座に割り出した。

不味い、苛立っている。しかし、この手の話を通すなら最も冷静な彼女を除いて他にはいない。

俺は意を決して話を始めることを決めた。

 

「あー……その、だな」

 

「…………」

 

「実は、相談したい事があるんだが」

 

「相談? なにかしら?」

 

「実は…………」

 

事の次第を説明する。

次の瞬間、俺はこの世のものとは思えないものを見た。

冷静沈着に重きを置くはずの彼女が、顔を思いっきり歪め、舌打ち。

 

「…………加、賀?」

 

「誰かは分からないけれど、そんな下らない理由で艦載機を私的に使用するなんて、ね」

 

その言葉に我を返した俺は、しどろもどろになりながらも相槌を打った。

 

「あ、ああ……そうなんだ。無論、不甲斐ない俺が一番悪い事は分かっているんだが、鎮守府内であろうと何が起こるかは分からない。軍規には従ってもらわなければな」

 

「ええ、そうね。取りあえず、皆には私の方から話を通しておきます」

 

「頼む」

 

再び鉄面皮を張り付けた加賀の顔を見て、俺は先ほどの出来事を見間違いであると結論づけた。そうでもしなければ俺はショックで寝込んでしまう。

処女信仰も大概である事は分かってはいるが、女性もあんな表情をするという事実は出来るだけ胸元の奥深くに仕舞い込んでおきたい。

ああ、しかし、もしも俺の性癖がド変態でアレな感じだったら、先ほどの表情に興奮してマイサンも……

 

「提督」

 

「な、なんだなんだどうした! 俺はノーマルだぞ!?」

 

「……? 一体何の話?」

 

「い、いや、何でもない! そ、それでどうした?」

 

「いえ……その……あまり、気にしないで」

 

「何をだ?」

 

急に声色がか細くなっていくのを見て、不思議がった俺は、彼女を体を乗り上げて覗き込んだ。

加賀が後ずさる。ショックだ。

 

「す、すまない」

 

「あ……今のは少し、驚いただけで」

 

加賀はそこから再び、遠慮がちめいた視線を送るだけの人形になってしまう。

何か至らぬ事をしでかしてしまったかと心の汗を掻いていると、一文字に結ばれていた唇がようやく言の葉を発した。

 

「提督は、よくやっていると思うわ。あまり、気にしないで」

 

「そ、そうか? 加賀にそう言われると、ついつい嬉しくなってしまうな……」

 

これは本心だった。実の所、艦載機を飛ばしていたのは加賀ではないかという気持ちも少なからずあったので、その本人から直接このような言葉をもらうとは想像だにしていなかった。

彼女には人を寄せ付けない雰囲気があり、どうにも彼女との交流は深まっていない。

初の第三種接近遭遇が不甲斐ない結果であった事もあり、彼女にはどちらかというと苦手意識の方が強かった。

そう思っていた折、彼女の方からこのような対応をしてもらったとなれば、思わず頬も綻ぶ。

 

「……言わなければよかったわ」

 

「す、すまん……と、とにかく話はこれで以上だ。悪かったな、わざわざ呼び出して。後は宜しく頼む。直接俺が言った方がいいのかもしれないが、いちいち目くじらを立てられては、彼女達も気が気でないだろう」

 

「別に提督は悪くないのだから、気を病む必要はないわ」

 

「ははは、そう言ってもらえると助かる」

 

こちらに吊られてか、加賀の口角が微かに上へ。

やはり美人の笑顔はいい。股間に響くものがある。無論、加賀の微笑は性欲云々を超越した所にあるわけだが。

そのまま暫く加賀と談笑を続けていると、金剛が帰ってきた。

 

「ヘーイ、テイトクー! 資材運搬の方、滞りなく終わったネー!」

 

「…………」

 

「oh……加賀サン……」

 

心底驚いた様子で、金剛は目を見開いた。加賀がいるとは思ってもいなかったのだろう。

 

「どうした金剛? そんな所で立ち止まってないで部屋に入ったらどうだ」

 

「ah…………」

 

「…………?」

 

微妙な雰囲気。奇妙な膠着状態。線上に並ぶ形で、俺たちは口を閉じたまま立ちすくしてしまう。

……仲、悪いのだろうか。

 

「それでは、私はこれで」

 

「ああ……」

 

加賀は矢継ぎ早にそう言うと、踵を返してそそくさと執務室を出てしまった。

入れ替わりになる形で、金剛がようやく部屋に入ってくる。

 

「あー……金剛」

 

「なんですカー?」

 

「……職場関係ってのは大切だぞ」

 

「私、OLじゃアリマセーン」

 


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