インポテンツ提督がヤンデレ鎮守府を切り抜けるようです   作:赤目のカワズ

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第10話

 連日連夜に渡る西村艦隊の快進撃。昔日の醜態を感じさせないその獅子奮迅ぶりに、俺は舌を巻くばかりだ。

 彼女達が砲弾を放った途端、深海棲艦は木端微塵に散華する。その血を啜り、グロテスクな美しさへと昇華された彼女達は、正に戦場の女神と謳われるに相応しい。これならば、今は営倉入りしている武蔵との関係修復も、そう難しいものではないだろう。

 だが、その活躍を誇らしく思う一方で、過日より続く上層部との衝突に俺の精神は酷く疲労困憊し切っていた。原因は、自業自得の一言に尽きる。

 夜。中天に差しかかった月が、闇夜に紛れるようにして光り輝いている。閑散とした夜道は、身を震わせる寒さも相まってか、まるで鋭く尖ったナイフのように俺の心身をズタボロに引き裂いた。

 その一方で、共に連れ添った秘書艦は笑みを絶やさない。

 上層部からの呼び出しをくらい、偶々その日の秘書艦であったからという理由で道連れの憂き目にあった彼女は、長時間に渡る叱責を受けたにも関わらず、こちらをからかう気概までも見せつけてみせた。

 

「うふふふふ、お馬鹿さんよねぇ」

 

「うるさい」

 

 左腕にしがみ付いてくる少女を振り解く気力さえ、今の俺には残されてなどいなかった。

 愉快げに口角を吊り上げる彼女の笑みは、その未発達な身体が振りまく大人びた雰囲気と重なり合って、妖艶な印象を俺に植え付ける。

 朝潮型四番艦荒潮は、身の丈に合わぬ成熟さを兼ね備えた少女である。一般的に幼気ないケースの多い駆逐艦達を思えば、これは珍しい事だ。

 穿き揃ったスパッツに外側に跳ね返った髪の毛と、外見こそ溌剌とした性格を想起させるものの、その言動は何処となく雲を掴ませるようなものが多く、そうかと思えば、戦場においては烈火の如くその身を血に染め上げてみせる。

 しかし、杳として掴めきれない人物像とは裏腹に、一番艦譲りの気真面目な業務遂行は十分評価に値するもので、急な出頭要請を受けるにあたって彼女が秘書艦であった事は渡りに船であったのかもしれなかった。

 とはいえ、その歯に衣着せぬ物言いも今宵ばかりは勘弁してもらいたい所で、次第に自分の口調が荒々しくなっていく事が肌で感じ取れる。

 

「扶桑にあげちゃったアレには、ケッコンカッコカリが戦場においてどのように発揮されるのか、そういった実地データ収集の意味合いも含まれてたのに、本当に提督はお馬鹿さんよねぇ」

 

「ええい、何度も言わんで宜しい! 確かに、俺が悪かったさ! だがな、果たしてあんな長時間に渡って怒鳴り散らすまでの事か!?」

 

「扶桑にあげただなんて、馬鹿正直に言うから悪いのよ。テキトーに誤魔化しとけば良かったのに」

 

 休日でも、はたまた休暇申請をした訳でもないのに遥々鎮守府を離れる事となった俺がようやく帰路に就いた頃には、沈みかかった夕陽が世界を灼熱に燃やし尽くしていた。

 耳がタコになるまで怒声を聞く羽目になったのだ。募った苛立ちは、鎮守府が目と鼻の先にまで近づきつつある今となっても、決して解消されてはいなかった。

 頭に血が上った上層部の面々の表情と、本来であれば厳かなる面持ちを蓄える夕陽が被る。暫くの間は夕方がめっきり嫌になりそうであった。

 経費削減の名目の元、途中から徒歩に切り替えて鎮守府への帰り道を辿る羽目になったのも、込み上げるむかむかとした感情を形成するのに一役買っていたに違いない。

 

「全く、今日は本当に酷い目に遭った。……すまなかったな。わざわざ付き合わせてしまって」

 

 絞り出す様な謝罪が、そこにはあった。どうしても恥が勝ってしまっているせいか、彼女に視線を合わせる事が出来ない。

 堰を割ったかのように早まった足並みに、荒潮は戸惑っているようだった。左腕が置き去りにされつつある。

 けれども、やがて彼女の方からこちらの歩調に合わせると、

 

「うふふふ、いいのよ~。それに、間違っていたとは思ってないのよねぇ?」

 

「……それは、そうだ。それに、あの調子の扶桑ならじきにデータも取れるようになるだろう。全く、爺どもめ、物事は俺のようにどっしりとだな……」

 

「提督はあの人達が嫌いなのねぇ。まあ、私も嫌いだけど」

 

 何気ないその言葉に、俺は思わず目を丸くした。足を動かすのもそこそこに、傍らに侍る少女を強く注視してしまう。

 

「……驚いたな。だがな、そういう気持ちは胸に仕舞っておけ。誰が聞いてるか分かったもんじゃない。それに、一度口に出してしまった言葉は取り消せないもんだ。そういう言葉ばかり口にしていると、いつの間にか攻撃的になってしまうぞ」

 

「提督はいいのかしら?」

 

「む。た、確かにそれはそうだが……。そもそも、お前とあの方々は今日が初対面の筈だろ? 一体何が気にくわなかったんだ? アレか? やっぱりハゲてるからか?」

 

 まだ髪の心配をする齢ではないものの、こういった女性目線は時として重要になってくる。

 俺は固唾を飲んで今後の展開を見守ったが、果たして荒潮の回答は要望を満たすものではなかった。

 

「提督は、あの人達が嫌いなのよね?」

 

「ま、まあ、そうとも言う。だが、別にそこまで嫌ってる訳では」

 

「じゃあ、理由はそれだけで十分よ~」

 

「お、お前な」

 

 『こてこて』の喜劇物であったならば、一つすっ転んでみせる頃合いだろう。

 これは一番艦にも言える事だが、彼女達は少々素直すぎるきらいがある。俺の判断を前提にして何でも決めるというのは、一概に褒められるものではない。

 腰を屈めた俺は、まるで諭すような口調と共に彼女と目線を合わせた。彼女の両肩にかけられた都合十本の指指に、自然と力が入る。

 

 「いいか、荒潮。お前も子供じゃないんだ。俺の言葉通りに動く事はないし、俺の考えに、無暗やたらに賛同する必要だってありはしない。そりゃあ、お前達は兵器な訳だから、時として命令には従わなくちゃならん。けどな、何も戦場に出てない時にまでそうする事はないんだぞ」

 

「だって私、提督の事、信頼してるもの。信じてるもの。提督が嫌いって感じてるなら、きっと、それは正しい事なんだわぁ」

 

「それは思考の放棄だ。かつての大戦時、哀れな兵士達がどのような末路を辿ったか知っているか? 訓練により思考能力を奪われた彼らは確かに命令に忠実で、それこそ扱いやすい駒だった。だが、判断能力の低下は、彼らから戦場における身の振る舞い方さえも奪い取った。時には、自分自身の判断こそが活路を開く時もある。確かに、不確かな状況の時、他者の意見を強く反映してしまうのが人というものだ。だがな、人につき従っていればいいという訳でもない」

 

 荒潮の大きな瞳が、僅かに濁りを見せる。肩ごしの感触は強かな拒絶を伝えてきたが、それをよしとする訳にはいかなかった。

 部下の誤りを野放しにする事は、此れ放逐と同じである。真に彼女の事を思うのであれば、心に鬼を宿らせねばならない。そして、それは今この瞬間にこそ発揮されるべきものであった。

 遠方を見やれば、目を凝らすまでもなく、鎮守府の灯りが方々についている事が確認出来る。

 しかし、暗澹たる夜空と相反するように光り輝くそれも、俺達の間に生まれた僅かなズレを晴らすまでには至らなかった。俺と荒潮の視線が絡み合っていたのも、数瞬数秒の事である。

 彼女は僅かな隙を突いて俺の軍帽をかっさらってみせると、瞬く間に鎮守府への遁走を開始した。

 

「あっ、こら!」

 

「うふふふふ、私を捕まえてみてぇ。ほぉら、こっちよー」

 

「荒潮! こら、待て!」

 

 荒潮が駆けだす。快活な足取りはその小さな身体を躍動させると、途端に彼我の距離は引き離され始めた。

 時折こちらを振り返るその横顔には、いじらしくなるような笑みが浮かんでいる。呆れかえりながらもその後ろ姿を追いかけ始めた俺の脳裏を、身に覚えのない青春の一幕が過ぎった。

 ここで失念していたのが、俺はたかだか一人の人間に過ぎず、彼女が泣く子も黙る艦娘であった事である。

 無尽蔵の体力と、人の箍から大きく外れた身体能力。その二つを擁する彼女を追いかけ追いつく事なんざ、出来る筈もなかったのだ。

 

「はぁぁぁっ、はぁぁぁっ」

 

「あらあら、提督は遅いのねぇ」

 

「はっ、あらし、はっ……はぁっ」

 

 どれほどの時間が経ったであろうか。遠くから、小馬鹿にするような荒潮の声が聞こえてくる。

 当初こそ楽観的な考えを筆頭に四肢に力を入れていた俺も、一向に縮む気配のない彼我の距離に、ようやく我を取り戻した。追いつける訳がない。

 一度心に入りこんだ認識は、途端に俺の肉体から活力を奪った。とうとう背中が折れ曲がったかと思うと、膝に手がつき、あれほど健脚を誇っていた筈の二足が立ち止まる。荒い息が吐き出され、滴った汗は蹂躙するようにして口元に飛び込んだ。

 唾と共に吐き出したそれは、酷い怠慢性を帯びて、磨き上げられた靴へと不時着する。もはや飛距離を伸ばす余力さえ、俺には残されていなかったのだ。

 

「はっ、あらしお、お前」

 

「本気になっちゃって。提督ったら可愛いわぁ」

 

 たしなめるような言葉遣いに顔を見上げると、荒潮が踵を返してこちらに近づいてくるのが分かった。本当に目と鼻の先だ。それこそ、手を伸ばせば届く距離である。

 かぁっと、顔が先のも増して赤くなるのを感じ取った俺は、機能停止に陥っていた身体に活を入れると、遮二無二大地を蹴りあげた。

 

「っ、お前、俺はしつこいぞこの野郎!」

 

「きゃあっ! ほらほら、鬼さんこちら、ここまでおいでー。うふふふふふ」

 

 再び駆けだした荒潮に追い縋る形で、夜道を走る。

 いつの間にやら、見る見る内に鎮守府の灯りが強くなっていくのが目に入ったが、それを一々気にしていられるような余裕は持ち合わせていなかった。

 息切れ一つ起こさぬ彼女の後姿は絶望感を覚えるには十分過ぎるものであったが、ここまで来て黙って引く事など、出来る筈もなかった。年甲斐もなく、必死の形相で少女の後ろ姿をおっかけるその様は、ともすれば変質者の誹りを免れぬものであるに違いない。

 だからであろうか、もはや彼女の姿しか目に映していなかった俺は、不意に急停止してみせた荒潮を脇目も振らず抱きしめてしまった。

 

「はっ、はっ、つ、捕まえたぞ荒潮!」

 

 身長差があるものだから、必然的に腰を折った形になる。覆いかぶさるようにして彼女を包み込んだ俺は、胸の方に回された指が柔らかな感触を伝えてくるに至るまで、己の愚行に気付かなかった。強引な手並みを受けて、しっかりとアイロンのかけられた彼女のそれがくしゃりと歪む。

 自分が何をしでかしたのか気付いたのは、 息遣いがようやく平常のものに足をかけはじめた頃だ。

 

「はぁ、はぁ、す、すまん! どうかしてた!」

 

 冷静さを取り戻した俺は、自分が、鎮守府の門が見える所にまで来ている事を把握した。夜もふけきった頃合いだ、門は完全に閉め切られている。

 目的地を前にして立ち止まってしまった荒潮を不審に思いながらも、鉄鎖が塞ぐ出入り口の方に目をやっていると、一人の少女が門番然として立ち尽くしているのが確認出来た。

 

「……あれは」

 

 呼吸を十分に取り戻してから、促すように荒潮の背を押すと、彼女はようやく足並みを取り戻したようであった。

 成程、直立不動でこちらに目を向けられたともなれば、驚いて足を止めてしまうのも道理であろう。連れ立って門の所にまで辿りついた俺達を、門番は敬礼と共に出迎えた。

 

「司令官! お疲れ様です!」

 

「ああ、見張り御苦労」

 

 屹然とした態度でこちらを見つめ返してくるのは、朝潮型駆逐艦ネームシップでもある、朝潮その人だ。ぱっちりとしたライトグリーンの瞳は、吸いこまれてしまいそうな美しさを秘めている。

 真面目一辺倒が取り柄の少女で、少々堅苦しいのが難点ではあるものの、軍人然としたその姿にはなかなかどうして、学ぶべき部分も多い。特に、粉骨砕身の働きは特筆すべきものがあった。

 彼女の労をねぎらった俺は、相も変わらず直立不動を貫くその姿勢に苦笑しつつ、休みをとらせる。

 緊張を緩めた朝潮は、不意にその姿勢を崩すと、未だ荒潮の手にあった俺の軍帽を強引に取り上げた。

 

「荒潮! 司令官に迷惑をかけない!」

 

「ああもう、今日は朝潮ちゃん非番でしょう? びっくりしちゃったわぁ」

 

「荒潮が何かしでかすんじゃないかと思ったら気が気でなくて、無理言って代わってもらったのよ」

 

「信用されてないのねぇ。悲しいわぁ」

 

「そういう訳じゃ……」

 

 傷ついたとでも言いたげに顔を覆う荒潮。勿論見せかけの演技ではあろうが、上手い形で言い包められる羽目になった朝潮の表情には、確かな動揺が広がっていた。

 戦場での活躍ぶりをまるで感じさせない朝潮の動揺ぶりは、見る分には愉快なものであったが、何時までも放置しているのはあまりに不憫で冷徹である。

 三流役者の滑稽な演目に終止符を打つべく、俺は荒潮の頭頂部に向けて軽く手刀を放った。

 

「あいたっ」

 

「ほら、朝潮をからかうのもいい加減やめろ」

 

「あう、酷いわぁ。痛いじゃない……」

 

 頭頂部を抑えて蹲る荒潮。道化じみた仕草はもうこりごりだ。

 双眸に涙を蓄える彼女を尻目に、今度は朝潮の方へと視線を向ける。

 

「自業自得だ、全く。……しかし朝潮。心配だったからといって、いくらなんでも見張りを代わりに務める事はないだろう。休む事だって重要な任務だ」

 

「ですが……」

 

 そう言って言葉尻を濁らせる朝潮に業を煮やした俺は、有無を言わせぬ勢いで彼女に迫った。

 

「だがもしかしもない。お前が人一倍任務を果たそうとしている事は十分伝わってるんだ。お前の頑張りは理解している。だから、休める時はしっかり休んでくれ」

 

「…………分かりました」

 

 渋面を浮かべる朝潮は、言葉でこそ了承の意を示したものの、完全には納得していないようであった。ありありと不平不満が透けて見える。

 彼女を納得させるべく懇々と言葉を重ねるものの、汗で波立った髪が苛立ちを助長させては思考を掻き乱し、頭部から昇る湯気は、行き場のない俺の感情を嘲笑うようにして立ち消えていった。

 思わぬ方向からの助け舟に目をぱちくりさせたのはその時だ。何時の間にやら戦線に復帰していた荒潮は、相も変わらずからかうような笑みを浮かべながら、朝潮の背後に忍び寄ると、

 

「朝潮ちゃんは、休みの時に何をすべきか分からないから、困ってるのよねぇ」

 

「荒潮っ!?」

 

「何、そうなのか?」

 

 それまでの軍人然とした表情を取りこぼした朝潮は、類を見ない勢いで慌てふためいてみせた。

 あたふたと、しっちゃかめっちゃかに四肢を動かすも、取り押さえるようにして背中から腕を回す荒潮の前に無力化されてしまう。

 桎梏の楔に囚われた朝潮にとって、弁解の余地を携えたのは彼女自身の言葉のみであった。しかして、それも荒潮の前では徒労に終わる。

 

「違いますっ! 朝潮は」

 

「私達や敷波とかが居る時は無理矢理連れ出してあげるんだけど、一人の時はねぇ」

 

「だから、荒潮っ」

 

 情け容赦のない背中越しの一気呵成に、朝潮は大分参ってしまっているようだった。睨みつけるようにして研ぎ澄まされた視線にも、覇気がない。

 荒潮の行いは、決して手放しで褒められるものでこそなかったものの、朝潮が抱える問題の深刻性を表面化させるものであった。

 勿論、具体性を伴った例をあげ、それこそ銘文化したそれを朝潮に授ければ、彼女はまるで機械を思わせるような振る舞いと共にそれに従うであろう。

 しかし、それを休日と称して憚らぬのも、少々違う気がするのも確かだ。明確な答えを出せぬ俺は、手持無沙汰に顎を撫でつけながら、

 

「なぁ朝潮、何か、自分のやりたい事とかないのか? せっかくの休日だ、趣味に没頭するのもいいだろう。緊急事態が発生した時を除けばそれは、お前に完全なる自由を保障する時間でもあるんだ。誰に遠慮する必要もないんだぞ。勿論、俺にもだ」

 

 考えもしなかった、とでも言いたげに朝潮の瞳が見開かれる。

 途端に静まり返った彼女の四肢は、金縛りにでもあったかのように膠着状態に陥った。

 

「自由、ですか」

 

「何をしたっていいのさ。お前達は兵器だ。だが同時に、日常を謳歌する権利がある。お前達は生きているんだ。何時死ぬかも分からない戦場に身を置く日々が続くにあたって、自分のやりたい事をやって何が悪い? 誰にも文句は言わせない、俺がそれを保障する」

 

「本当に、いいんですか?」

 

 不安が渦を巻いてその胸中を席巻しているのが、手に取るように分かる。

 いつもであれば聡明な光を携えた瞳も、この時ばかりは消えかかっていて頼りない。重ねる様にして確認を求めてくる朝潮の姿は、まるで暖を求めて震える子犬のようだった。

 自然と、朝潮の頭に手が伸びる。この頃になると、荒潮はもう彼女の四肢を拘束してはおらず、見守るように腰を下ろしていた。

 

「ああ、元々、俺が言うまでもない事だ。好きにやればいい」

 

 頭を撫でまわすそれに対し、朝潮はくすぐったそうに顔を歪めながらも、なすがままにされるを許す。

 気をよくした俺は、朝潮が遠慮がちに声をあげるまで彼女の髪を掻きあげては弄んだ。

 

「司令官、その」

 

「お、おお、悪い悪い。ついつい、長引かせてしまった」

 

「いえ、別に気にしていません。それよりも、今日はご教授ありがとうございました! 朝潮は、これより休日を十二分に過ごせるよう日進月歩していく所存です!」

 

「そんな畏まる事じゃないんだがな……。荒潮も、そう思うだろ?」

 

 そう言って彼女の方に視線を向けると、子供でもあるまいし膨れっ面を作っては不満を露わにする荒潮の姿が確認出来た。

 彼女は酷く機嫌を損ねたようで、眉頭を困ったように眉間に募らせてみせる。

 

「私だけ置いてけぼりだなんて、酷いわぁ」

 

「何だ何だ、お前も撫でてほしかったのか? よしよし、それだったら遠慮なく撫でてやる!」

 

「やあ、もう! ぼさぼさになるからやめて!」

 

「はっはっはっは! これでもか! これでもか!」

 

「――それ以上やったらセクハラで訴えるわよ? さっきの、忘れてないから」

 

「お前、こういう時にマジな反応を返すのやめないか? 普通に凹むぞ……」

 

 一しきり彼女との交流を楽しんだ俺は、朝潮に見張りを切り上げるように伝えた。

 聞く所によれば、次の時間帯はあきつ丸との事だ。既に準備は出来ている筈だし、さんざっぱら屈辱を与えてくれた彼女に、一種の意趣返しの意味も含め早めな招集をかけるのも偶には一興であろう。

 そこまで来て、未だ朝潮に軍帽を預けたままである事に気付く。

 遅まきながら彼女もその事実に気付いたようで、恥ずかしそうに視線を反らしながら、朝潮は軍帽を握りしめた右手をこちらによこした。しかし、

 

「ん、朝潮?」

 

 そのまま手に取ろうと軍帽に指をかけるも、強かな抵抗が、持ち主の元に戻ろうとするのを拒絶する。

 鎮守府の灯りは、軍帽を橋渡しに繋がり合った影を映しだしている。見れば、朝潮が指を離していないのが確認できた。

 

「どうかしたか?」

 

「あっ、いえ、その」

 

「何だ何だ、もしかして、被ってみたいのか? ははぁ、意外と朝潮にも子供っぽい所があるんだな」

 

 悪戯を思いついた時のような、そんな笑みが自分の顔に浮かびあがっているであろう事は、想像に難くない。

 図星を突かれたがために生まれたその隙を見計らって軍帽を取り戻した俺は、押し付けるような勢いで彼女にそれを被せる。

 ぐしゃぐしゃになりつつある彼女の髪の毛に構う事無く、俺は朝潮に並び立つようにしてから、

 

「よし、それじゃあ写真でも撮ってくれ、荒潮。朝潮提督の晴れ姿を残しておきたいからな。おおう、逃げるな逃げるな」

 

「あらあら、朝潮ちゃんったら可愛いわね」

 

 深更たる闇夜を照らすようにして、フラッシュがたかれる。

 荒潮のスマートフォンを覗き見ると、硬直しきった朝潮と、それを愉快げに見下ろす俺の姿が映し出されていた。酷い出来だが、自然と笑みがこぼれる。

 一緒に写真を見ていた朝潮に後で送りつける旨をつけると、彼女は軍帽を不躾に手渡して、さっさとあきつ丸を呼びに行ってしまった。

 ぽつんと取り残された俺達は、やがて見合わせるようにして大笑いを始める。

 

「ははっ、好きなようにやれとは言ったが、まさかああいった要求が来るとは思わなんだ」

 

「うふふふふ、本当にお馬鹿さんねぇ。可愛いったらありゃしない」

 

「それにしても、また荒潮に助けられてしまったな。お前の後押しがなければ、朝潮の悩みを解消させる事も、いやさ、それに気付く事すら出来なかっただろう。ありがとう、礼を言う」

 

「いいのよ、だって、朝潮ちゃんは大事な姉妹艦だもの。それに提督だって、仲間同士助け合う事を望むでしょう? 悩みを溜めこんでいるなら、解決しなくちゃ」

 

「その通りだ。だが、分かっているだろうが」

 

 軍帽を被り直した俺は、問い詰めるような面持ちと共に荒潮に視線を送る。

 この追及路線を受けてほとほと懲りたらしく、彼女もいい加減うんざりしているようにも思えた。

 それでも荒潮は笑みを振りまいてから、

 

「勿論、これは私自身の考えだから、心配しないで大丈夫よー。当然でしょう?」

 

「ならば良し。……ああ、それにしても今日は疲れた。業務云々は叢雲を代理に立てておいたから問題はないだろうが、明日顔を合わせる事を考えると気が重くなる」

 

「うふふふふ、ご愁傷様」

 

「まあ、明日の事は明日考える事にするさ。さっさと汗を流して今日はもう寝る。お前も、もう遅いから夜更かしだけはするなよ」

 

「御心配なく。ああ、それと」

 

 顔を曇らせた俺に荒潮が提案したのは、なかなかどうして拒否しがたい魅力を秘めていた。

 成程、この時間であれば、夜更かしを乙女の対敵と捉える少女達はとっくの昔に入渠を済ませてしまっているであろう。それに付け加え、ドック前で荒潮は通せん坊をしてくれるそうだから、誰かが入ってくる心配もない。

 

「いや、しかし、だな。そうだ、荒潮も早くお風呂に入りたいだろう!?」

 

「読んでる小説が、丁度佳境を迎えた所なのよ。待ってる時間は苦じゃないから、提督は気にしないでねぇ」

 

「いやいやいやいや、その理屈はおかしい! そうだ、朝潮だ! あいつだって、見張りが終わったんだからお風呂に入りたい筈だ!」

 

「でも、私と追いかけっこして提督も汗だくでしょう? 提督が入ってると聞いたら、朝潮ちゃんもちょっとくらいなら待ってくれるわよー」

 

「いや、でもな? しかし、そのだな?」

 

「いいからいいからぁ」

 

 なし崩し的な形で男子禁制の場に足を踏み入れる事になった俺は、暫くの間自己嫌悪で雁字搦めになっていたが、何と言っても禁忌は蜜月の味だ。自分に宛がわれている貧相な設備の事を思えば、荒潮の妙案には抗えないものがあった。

 ドック内に内設されたそれは、大勢の艦娘が一度に利用出来るように改築されたもので、一昔前の銭湯を彷彿とさせるものだ。壁面には日本の憧憬として誉れ高い富士山が描かれており、見る者の心を和ませる。

 一般的にこの大浴場は日々の疲れを癒すためであって、戦闘による負傷を治療させるためのものは別個に建造されている。予算の都合上量産化の目途の立っていないそちらとは異なり、こちらは何時だって利用する事の出来るプライベート空間として皆に親しまれていた。無論、流れている湯も至って普通のもので、人体に対する有害性は皆無だ。維持管理は妖精任せと、正に至れり尽くせりである。

 整然と立ち並ぶシャワーホースの一角に腰を下ろした俺は、事前に持ってきていたシャンプーを手に取って髪をかき分けはじめてたが、途中から不思議な感覚に襲われる事になる。

 

「……そういえば、彼女達はいつもここで髪を洗ったり、身体を洗ったりしているのか」

 

 洗い流した所で、違和感までは拭いきれるものではない。

 そこまでくれば、躊躇の末に選びとった選択を死ぬほど後悔する羽目になるのに、あまり時間はいらなかった。どう考えたって、ここは男が来ていいような所ではない。

 インモラルな香りが、今更ながらに鼻腔を擽る。くらくらしてしまいそうな強烈な匂いだ。

 続々と入りこんでくる夥しい数の雑念に、俺は頭がどうにかなってしまいそうだった。

 水栓をしっかりと閉めた俺は、滴り落ちる水滴に構う事無く、

 

「駄目だ駄目だ駄目だ! 帰ろう! ああ! それが正しい!」

 

 嫌な予感が胸中に燻りつつあった。

 まるで、何か、あってはならない事が起きつつあるような、そういった漠然とした悪寒が身に走る。素っ裸の身体は仕切りに湯を求めていたが、それを許すわけにもいかないだろう。

 あり得る筈がないと祈るような面持ちに支配されていく中、物音――酷く限定されたそれだ。まるで、浴場と脱衣所を隔てる扉が開け放たれたような、そんな音――がしたのはその時だ。愕然とした衝撃に襲われつつ、そちらに視線を向ける。

 朝潮がいた。

 

「うがあああああっ!!」

 

 たとえ機能不全に陥り錆びついていたとしても、股間の紳士が朝潮の教育に悪影響を与える可能性は、懸念してしかるべきだ。

 そもそも、だ! インポテンツの知識の有無に関わらず、見る影もなく佇むそれを誰それになど見られたくはない! 泥酔時、隼鷹達の所には、それこそ正装のまま飛び込んだんだ! これは、朝潮を女性として意識する以前の問題である!

 脱兎の勢いで駆けだした俺は、彼女に背を向けると全速力で大浴槽に飛び込む。伊401の蛮行を咎めた昔日の姿はそこにない。砲弾の直撃を直に受けとめた水面は、高らかと水柱を打ち立てた。

 やがて天に舞い上がった水滴は、強かに浴槽の底面に膝をぶつけた俺に、後ろ指を差すかの如く勢いで続々と背中に降り注ぐ。

 糾弾の声に対し、痛みに顰めっ面を作るしか能のない俺はあまりに無力で、針のむしろから逃げ出すための退路には文字通り番人が待ち構えているようだった。

 急速に静まり変えりつつあった世界に、突如として朝潮の声が木霊する。

 

「不肖朝潮! お背中を流しに参りました!」

 

「あらしっ、あらあら、あらしっ」

 

「はっ! 司令官の日々の疲れを癒してあげたいといった旨を告げた所、快く引き下がってくれました!」

 

「この馬鹿ちん! 婦女子たるものが無暗に男に肌をさらすな! そういうのは大事な時のためにとっとけ! 荒潮の奴は後で必ずとっちめる! お尻ペンペンだ!」

 

「それと司令官! 所感を述べますと、身体を洗わずにお風呂に入る事はマナー違反です!」

 

「だまらっしゃい!」

 

 怒りに歯を剥いて振り返る。バスタオルで身を包んだ少女がそこにはいた。

 凹凸の乏しい身体を、真っ白なそれで着飾っている。肌身一つの四肢は俺と比べるまでもなく幼気ない。背中に届かんとする黒髪とのマッシュアップが、清楚感溢れる危険な魅力を振りまいていた。

 元々容姿そのものが端麗である事は分かっていたのだ。劣情を催す事こそないものの、彼女もまた艦娘に名を連ねる一人なのだと再確認する。

 いやいやいや、俺は一体何を言っているんだ。そもそも立場が逆なのだ。往年の名作漫画宜しく叫び声をあげるべきは朝潮の方であるのに、何故ああも男らしい態度を貫く事が出来る!? まさかアレか!? 朝潮は男の娘だったのか!? 俺も男らしく堂々としていれば良かったのか!?

 頭のおかしくなりつつあった俺は心の中で咽び泣いた。ただでさえ犯罪的な幼さである駆逐艦に自身の股関を御披露する羽目になりそうな事態に、気が動転している。

 自分を棚にあげるのもそこそこに声を荒らげると、自然とその熱弁にも力が入った。

 

「じょ、上官命令だ! 今すぐ出てけ! 今すぐ、だ!」

 

「しかし、司令官は言ってくれました! 休日は自分がやりたい事をやれと! 朝潮が思うようにやればいいと!」

 

「趣味が悪すぎる! 俺の背中を流してお前に何の得がある!? まさか、金剛あたりにでも当てられたのか!?」

 

「違います!」

 

「違うんかい! ちょっと傷ついたぞ!」

 

 思わず立ち上がりそうになってしまうのをぐっと堪える。

 彼女とは一度、腹を割って話しあう機会を作るべきだという意思が鋼のような硬度を帯びて顔を出してきたが、まずはこの現状を如何にして打破するかが先決と言えた。

 しかし、茹で上がった思考は厄介者で、活路を切り開くに値する妙案はとんとして浮かんでこない。遅々として捗らない俺を尻目に、先手をとったのはまたしても朝潮であった。

 俺の制止を振り切るようにして、朝潮が浴場に足を踏み入れる。

 一歩。

 

「朝潮?」

 

 二歩。

 三歩、四歩、五歩六歩。

 

「朝潮!」

 

 八歩十歩十二歩十五歩! 

 気付けば、俺は断崖絶壁に立たされていた。或いは、断頭台に首ねっこを掴まれた哀れな罪人か。

 浴槽までやってきた朝潮を前に、俺は股間の紳士をひた隠しにする事で精一杯だった。先ほどまで腰を下ろしていた所にタオルを置いてきてしまったのは、完全に失態である。

 反対側の壁にまで追い立てられ、平穏を求めた背中が縋りつくような形でそこにへばりつく。それは同時に、これ以上の後退が許されない事を意味していた。

 朝潮の見下ろすような視線が、こちらに向けられる。だが、五月蠅いくらいに激しい鼓動が最盛期を迎えたのは、むしろここからであった。

 朝潮が、湯に、足を入れる。

 

「あ、ああああ、朝潮! それは不味い! それ以上は本当に不味い! てか、お前のそれもマナー違反だぞ!?」

 

 俺の言葉は、今の朝潮の前にはまるで無力だ。湧きあがる焦燥感を逆撫でするように、朝潮は更にもう一歩踏み入れてくる。俺の動揺と相反するように、水面は静かにその動きを受け入れていた。柔らかな波紋は、それでいて俺の精神をかき乱すようにして殺到する。

 朝潮が口を開いたのは、ようやく俺の要請が彼女に聞きいれられた時であった。彼我の距離は、それほど離れていない。

 朝潮はここにいたっても、真面目腐った態度を取り崩す事は無かったが、その内面にはどことなく、息苦しさのようなものが渦巻いているように思えた。そしてそれこそが、このような事態を招いた原因である。

 

「司令官。朝潮は、司令官の役に立ちたいんです。朝潮が出来る事であれば、何でもしてあげたいんです。これまでは、司令官の迷惑になるかもしれないと思って、二の足を踏む日々を続けていました。けど、もし、司令官が許可してくれるというのなら、私は」

 

 忠誠心と信頼と、あるいは一摘まみ程度の何かが、暴走しているのかもしれなかった。そして、彼女自身でさえ制御不能に陥ったそれを導いたのは、もしかしなくとも俺によるものなのだろう。

 グラスノスチとペレストロイカの再来を見ているようだ。ゴルバチョフ主導の元に与えられた僅かな自由は、ロシア国民に類を見ないほどの爆発的な行動力を持たせるに至った。

ここで無下なく朝潮からそれを取り上げてみせれば、彼女は自由を笠にきて更なる暴走を迎えるに違いない。そう思うと、たとえその方法が間違っていたのだとしても、彼女の不器用な気遣いに応えなければならないといった気持ちに駆られる。

 結局の所、折れたのは俺の方からであった。後生の頼みで彼女に目をつぶってもらった俺は、その姿を仕切りに確認しながら、朝潮の傍を横切る。

 

「司令官」

 

「分かってる! 分かってるさ!」

 

 逃げるつもりはなかったものの、最初から退路は断たれているらしい。

 観念した俺は椅子に腰を下ろすと、せめてもの抵抗とばかりに自身の腰にタオルを巻きつけてから、彼女を呼び付ける。

 浴槽から上がった彼女は、慣れた手つきで俺の背中を洗い流し始めた。姉妹艦にもよくやっているらしい。

 

「司令官の背中、大きいです」

 

「分かった。もう分かったから。早く終わらせてくれ……」

 

 背中をくすぐる感触は、こそばゆいというよりも羞恥心を煽るそれだ。

 そもそも、姉妹艦はまだしも、男に対してこういった事を行うのを、朝潮は本当の所どう思っているのだろうか。

 もしかしなくてもそういう意味合いで取っても良かったのかもしれなかったが、さしもの禁断の果実にまで手を出すつもりはない。朝潮が盲目な忠誠心と無垢な信頼の元に動いている事を切に願わざるをえなかった。

 背中越しに、彼女が語りかけてくる。リズム感を伴ったボディタオルの律動がいやに心地よかった。

 

「それと、一つ司令官にお願いがあるのですが」

 

「ええい、何だ何だ! ここまで来たんだ、大抵の事は聞いてやる!」

 

「司令官。司令官が待てと言うのなら、朝潮には何時までも待つ覚悟があります」

 

「だから何だ!?」

 

 がなりたてるような勢いでそう返すと、それまで背中に宛がわれていたタオルの動きが止まる。もう勘弁してくれ! 

 もはや爆発しかねないほどに高ぶった感情を俺は持てあましてたが、俺より深刻な色合いを見せたのは何を隠そう朝潮の方であった。

 ここで俺の疑問は唐突に氷解する事となる。何てことは無い。結局の所、彼女は不安だったのだ。

 

「殺せというのなら、深海棲艦に果敢に挑みかかります。死ねと申されるのなら、何時であれ死ぬ用意があります。朝潮が持てるものは、全て司令官に差し上げます。だから、……少しだけでいいから、理由を与えてほしいんです。朝潮に、司令官のために戦い続けるための理由を、命令を聞き続けるための訳を、朝潮がここにいていいという証明を。扶桑さんに与えたような信頼の証を、朝潮に下さい。朝潮の全てを捧げる代わりに、司令官の何かを戴きたいんです。朝潮は、一体何をすれば、司令官を手に入れる事が出来ますか?」

 

 自分の後ろで、朝潮は一体どんな顔をしているのか。俺にそれを見る勇気はなかった。

 彼女は逃げられない。その運命は彼女が生まれた瞬間から決まっていたものだ。その定めを受け入れられるだけの十分な理由がなければ、彼女はいずれ壊れてしまうだろう。その為に、朝潮はこんな事をしてまで、俺に尽くそうと思っているのだ。

 その理由を俺に求めてきた事を誇らしく思う反面、こんな手段を用いるに至るまで彼女を追い詰めてしまっていた事に、申し訳なくなってしまった。もっと早くその悩みに気付く事さえ出来ていれば、それを解消する事が出来ていれば、このような行為に打ってでる事も無かっただろう。

 自分の頑張りに、何かしらの報いを求めるのは当然の事だ。そして、彼女にはそれを受け取る権利がある。物欲の乏しい彼女がわざわざ俺を指名してきたのだ。物で釣るような事は断じて許されるものではない。

 だが、それはそれ! これはこれ! こういったプレイを思わせる形で押し込み、もし噂の一つでも立てば、ただでさえ心もとない俺の信用が更に地に落ちかねない行動に走ったのは度し難い!

 俺はシャワーホースを手に取ると、腹立ち紛れにその矛先を後方へと据えて水栓を押しこんだ。

 

「あう、司令官っ」

 

「いいか、俺は、とっくの昔にお前達に俺の全てを明け渡してるつもりだったんだ。俺に帰る場所はない。父も、母も、友さえ失った。俺にはもうお前達しか残されていないし、お前達さえいてくれれば、それで良いんだ。だから不甲斐ない事に、俺は疾うの昔に素寒貧だ。過去は焼き焦げたままだし、残った物は全てお前たちに預けてしまったからな。だが、俺の体の一つや二つではお前は満足できないと言う。だったら、俺がお前に与える事の出来る言葉は、一つだけだ――――助けてくれ。俺を助けるために、朝潮にはここにいてほしい。力を持たない人間を、どうか憐れんでくれ。頼む」

 

 朝潮は暫く沈黙を貫いたが、やがて、再び背中をタオルが擦り始めたの受けて、それを了承と俺は受け取った。

 苦い静寂が二人の間に訪れる。耐えられなくなった俺は、とうとう言う必要のない言葉を口に出してしまった。

 

「そ、そうだ、ついでに聞いておきたい事がある」

 

「はい、提督。朝潮に答えられる事でしたら、何でも」

 

「これは、恐らく俺の勘違いだ。ああ、そうであるに違いない。そういった前提を踏まえた上で聞くんだが――――見たか? ちらっとでも、見ちゃったか?」

 

 こういう時ばかり、嫌な予感は当たるものである。

 朝潮はぴたりとその動きを止めると、思いだしてしまったのだろう、必死に意識の片隅に追いやろうとしていた事を無理矢理引き摺りだしてしまったという事実に、俺は頭を抱えた。

 

「…………………………あう」

 

「オーケー朝潮! 忘れろ! いいか朝潮! 忘れるんだ! 忘れてくれ頼むから!」

 

「司令、官。前の方も、洗って、さしあげたいのですが」

 

「あーあー聞こえない聞こえない! 俺も何も聞こえないぞド畜生!」

 

 

 

 

 

















提督「何してもいいぞ。自由だぞ。俺に遠慮する事は無いぞ」

今回の一件は自分から地雷を踏み抜いた提督が悪いってはっきり分かんだね。
朝潮型はガチ。いやしんぼめ! 三個か! 三個欲しいのか!?

司令官の命令には従いますとかいいながら、制止を振り切るようにして浴場に入ってくるとはたまげたなぁ。まあ、俺に遠慮する必要はないとか言いだしたのは提督自身だからね、しょうがないね。

??「(金剛が自分の思考選択決定に絡んでる可能性は零なので)違います」

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