インポテンツ提督がヤンデレ鎮守府を切り抜けるようです   作:赤目のカワズ

14 / 19
第14話

 走る。走る。走る。

 陽光を目一杯に浴びたコンクリートは、ぎらついた様相を呈す。靴の内部で籠った熱は、地面を蹴り上げる度にその度合いを増したように思えた。

 俺が呼吸に息苦しさを覚え始めた一方で、道を先行する部下は変わらぬペースを保っている。面を上げ、胸を張ったその走り方は見事の一言で、遮二無二上下する二の腕は波面を漕ぎ分けるオールのようにして、彼女の肢体を前へ前へと運んだ。

 やがて足並みが止まったのは、見覚えのある風景と何度目かの再開を果たした時で、空母飛龍は弾けんばかりの笑みを浮かべつつ振り返る。

 その上気した頬と滝のような汗が、短いながらも濃密な時の流れを物語っていた。

 

「はいっ、お疲れ様です! んー、五キロを二十分ペースかー。いいじゃんいいじゃん、いい感じじゃんー?」

 

「いや、まあ、この程度はな……しかし、流石だな。俺は、それなりに呼吸も乱れたものだが」

 

「あはは、このぐらいで根を上げてたら、多聞丸に笑われちゃいますから!」

 

 鼻周りを特に赤らめた健康的な笑みを見るにあたり、声高な主張を続けていた胸の痛みが和らぐ。

 彼女は疲れこそ見せなかったものの、ざっくばらんに後ろで纏めてみせた髪の毛は汗を滴らせていて、いやに扇情的だ。額にへばりついた前髪も、水気を吸ってへちゃむくれた様相を呈している。

 オレンジ色のランニングウェアまでもが胸元をしっとりと湿らせているものだから、先ほどまでとは趣の異なる鼓動が胸を突いた。不届きかつ邪な視線をいつまでも続ける訳にもいかず、自然と俺は彼女と目線を絡ませる。

 休日。主だった用事もなければ、差し当たり緊急の案件も存在しない。普段日がな一日執務室に張り付いている事を考えれば、ちょっくら外に足を向けたくなるのも致し方のない事と思えた。久方ぶりに顔を覗かせたお天道様も、それを歓迎しているかのように見える。

 とはいえ、大っぴらには公言し辛いものの日本国は目下戦争継続中である。

 いくら現状が小康状態に落ち着きつつあるとはいえ、国家防衛を金科玉条としている関係上、軍人たる俺が長い間鎮守府を離れる事は流石に憚れた。

 又、本来であれば提督不在時の臨時指揮権なども存在自体はする訳だが、部下達との協議の結果、こちらはなし崩し的に有耶無耶なものとなっている。

 指揮系統の乱れ、臨時指揮官との歩調等の理路整然とした筋論が話題にのぼる頃合いにもなると、反対意見は自ずと尻すぼみとなって立ち消えてしまったのだ。

 しかしこの結果に対し、躍起になって反論を口にしようと思う気持ちは不思議と湧いてこなかった。

 確かに遠出の機会が失われたという点においては如何ともし難い所があったが、楽しみは平和になった時にまで残しておいても問題はないだろう。

 事実として、鋭い棘を思わせる形で深海棲艦らが脳裏に居座り続ける限り、真に日常を謳歌する日は訪れまい。確信めいた想像は、場の空気に反する言葉が飛び出る事を封殺してしまっていた。

 それでも、休日は休日。単なる街歩きであってもそれなりの価値を見込んでいた俺からしてみれば、近所のランニングコースを汗だくになって走った事は多少なりとも不本意な形であると言えた。だが、せっかくの飛龍のお誘いを断るわけにもいかない。

 当然の事だが、軍部に所属している以上形式は遵守しなければならないものである。

 飛龍含む艦娘に外出許可を出すことには相応の申請が必要であったし、ある程度我慢させてしまう分、彼女達のために出来る事があるならば、出来る限りその意向に沿う形で、休日を十全なものにしてやりたいというのは本心であった。それは、たとえ自分の都合を潰す事になっても、である。

 とはいえ、鎮守府務めから来る運動不足に著しいものがあったのは事実で、おくびにも充実した一日を過ごせているとは言い難い。滴る汗は、拭っても拭っても滲み出るのを止めようとはしなかった。

 

「……しかし、何でまたこんな事を?」

 

 吹き込んだ風が、火照った体を不躾に慰める。

 ベンチに座り込んだ二人の違いは一目了見だ。折り畳むようにして体をくの字に曲げた俺とは異なり、飛龍はピンと背筋を立たせている。

 遂に漏れ出た純粋な疑問に対しても、飛龍は疲れを感じさせぬ出で立ちで事もなげに答えてみせた。

 

「だって、最近は雨続きで運動らしい運動も出来ませんでしたし。それに提督も最近は運動不足気味、よね? あっ、少し休憩取ったらもう一本行くけど、その前にちゃんと汗は拭くこと! はい、これタオル! 体が冷えちゃいますからね!」

 

「う、うむ。あー、それで何だが、お、お前が見ていないだけで、屋内であろうが運動は続けていてだな。その、鎮守府にはそういった設備も整っている事であるし」

 

 思わず口から飛び出たでまかせを、飛龍は即座に看破して一刀両断してみせる。

 

「あー! 嘘はめっ! ですよ? 提督が気づいていないだけで、私はちゃーんと見てるんですから!」

 

「……ええい、分かった分かった! 分かったから、もう少しだけ休ませてくれ! ……全く、こうなる事を知っていたなら、きっと断っていただろうさ」

 

「もう! それじゃあ理想の提督への道は程遠いですよ?」

 

 まんまと言質を取って見せた飛龍の笑みとは対照的に、苦虫を噛み潰したような表情が俺の顔に浮かびあがったのは当然の帰結であった。

 今となっては自販機で買ったスポーツドリンクの清涼感ばかりが心の拠り所で、ひしゃげたペットボトルは俺の内心を克明に写し取る。

 熱を帯びた体を吹き抜ける一陣の風も、当初こそ心地よいものに感じはしたものの、時間が経つにつれて酷薄なものへとその姿を変貌させていった。まばらな人気がそれに拍車をかけるようにして、閑散とした雰囲気を醸し出す。

 珍しい面々を見かける事となったのは、汗が完全に引き、事前に持ち合わせたタオルが無用の長物となりつつあった正にその時だ。耳目を引きつけるその出で立ちに、図らずも注意を向けざるをえなくなる。

 それは同時に、悪夢の幕開けと言えるものであった。飛龍の愉快気な眼差しに思わず頭を抱えたくなるも、一欠けらの矜持が踏ん張りを見せつける。

 

「……ふーん?」

 

「…………言っておくが、あれは別に俺の趣味じゃない。趣味じゃないからな。大事な事だから二回言わせてもらったぞ」

 

 連れだってスタート地点に姿を現したのは、偶さか非番が重なったのであろう潜水艦の人員が一部である。その身を着飾るは、見慣れたあの服装ではない。

 普段であれば揃いも揃って水着姿の彼女らも、陸でまで同じ格好を貫く訳にはいかなかった。そこまではいい。そこまでは。水着で街を出歩かせているようでは、長期に渡って築き上げてきた近隣住民との信頼関係も水の泡だ。

 しかして、その代わりとして彼女らが選んだ服装がいただけなかった。よりにもよってブルマーと体操着。ブルマ―と体操着と来た。

 機能性に富んでいる等といった葉が免罪符になり得るとは甚だお門違いもいい所で、一体全体どういう発想からそれをチョイスした!?

 暫くしてあちら側も俺たちに気づいたらしく、先導していた少女が駆け足でこちらに近寄ってくる。

 猪突猛進をかます様は、その青みがかった頭髪とは対照的にとても情熱的に映るもので、伊一九と呼ばれる少女の美点と一つと捉えられる。

 

「てーいーとーくー! イークーなーのーねー!」

 

「お、おう。イクは本当にいつも元気だな、うむ。良いことだ」

 

「いひひっ、イクってば褒められちゃったなの」

 

 軽い衝撃と共に懐に飛び込んできた少女は、凶悪なまでにグラマラスな肉体の保持者だ。

 付け根から晒したむっちりとした太腿、弾けんばかりにたわわに育った豊満な双丘。あどけない童顔とのミスマッチが伊一九と称される少女の魅力をより一層引き立てる。現状、潮、夕雲らと共にトランジスタグラマーの名を恣にしていると言っていいだろう。

 てか、この子が着てる体操着、なんかサイズ小さくない? なんかさぁ、胸のところ引き伸びて横シワ出来てるしさぁ。もうこれ使い物にならないよね? もらっちゃ駄目かな? 衆人環視の只中にあってなお抑えきれない男のSAGAが恨めしい。

 一気呵成に押し寄せてきた邪念をかろうじて退けた俺は、窘めるような視線を伊一九に送る。

 己の不徳を棚に上げ、さも聖人めいた台詞をつらつらと上げて見せる俺は果てしなく滑稽であった。あまりの情けなさから、傍らにいるであろう飛龍に視線をくれる事すら罪であるかのように思えてくる。

 

「えー、ごほんごほん。あー、いいか、イク。確かに機能的、であるのかもしれないが、そういった服装は出来るだけ慎むようにする事。人の口に戸は立てられんしな。確かに、休日にも関わらず上司面を引きずるのは好ましくない。また、俺としても休日ぐらいは上司部下関係なく、一個人としての付き合いをお前達と築きたい。だが、時として心を鬼にせずにはおれぬ時も存在する。今後は、普通にランニングウェアやジャージを使うように」

 

「でも、提督も男だから、きっとこーいうのが好きなのね」

 

 鋭利に研ぎ澄まされた槍先を受け切れず、俺は思わぬ形で答えに窮する事となる。

 重たい沈黙が尾を引いたのは言うまでもなく、絞り出した言葉は明瞭さの点において欠けていた。

 

「…………いや、そんな事は、ないぞ?」

 

「ほんとに~? 怪しいの~」

 

「お、おい……」

 

 小悪魔めいた囁きが耳元を襲ったのはその時だ。自身の胸元を押しつけるようにして詰め寄ってきたイクに、思わず動揺が走る。

 目と鼻の先にまで肉薄した少女に退路を断たれた俺は自ずと身じろぎを繰り返したが、それ以上を許すイクではなかった。

 投げ出された少女の肢体が、立ちあがろうとする俺の体を押さえつける。首に回された二の腕は、視線を逸らそうとする事すら咎めているように思えてやまない。

 

「いひひひっ、顔真っ赤なのね~」

 

「か、からかうな馬鹿者! これは、だ! さっきまで走っていたからでだな! お、お前もいい加減離れろ! 汗の臭いが移るぞ!」

 

「そんなに恥ずかしがる事ないのね。提督は好きな時に、好きな風にイクで遊んでいいの。伊一九の胸部装甲も、提督のために存在してるのね。それこそ、玩具みたいに弄り回していいんだから」

 

「ばばば、馬鹿ッ! 人の目がある所でそんな事を言うもんじゃない! そ、それにだな! 俺は遊び人じゃないし、まかり間違ってもお前をそんな風に扱うつもりはないぞ!」

 

 摩耗しきった理性を火種に、しな垂れかかったイクの身体を強引に押しのけると、驚くべき事にイクばかりでなく飛龍までもがつまらなそうな目でこちらを見やった。

 予想だにしない展開を輪にかけて彩ったのが彼女らの告げた辛辣な言葉の数々である。

 

「つまんないのね」

 

「うーん、今のは理想の提督像からは程遠いわね……。受け入れるにしても断るにしても、もっと堂々としなきゃ! そういう訳なんで、減点一です!」

 

「……ええい、何とでも言え!」

 

 轟々として鳴りやまぬ非難を前にし、俺はとうとう不貞腐れてそれ以上の問答を打ち切った。蓄積した理不尽に耐え切れず、受け皿が音を立ててひび割れたのである。

 そもそも、飛龍の非難はともかく、どう考えてもイクの物言いは常軌を逸しているというのが正直な所だ。

 真っ昼間の屋外で乳を捏ね繰り合った日にゃ、俺の社会的地位はいとも容易く失墜する。それこそ弁明の余地なんてものは一切合財取り掃われて、健闘空しく後ろ指を指されながらの潰走に陥る羽目となるだろう。

 顔を見合わせて同調する二人を意識の彼方へと放逐していると、残りの潜水艦の面々がようやく間近にまで姿を現した。こちらもブルマ―と体操着姿で、やはり何かに悪い影響を受けたとしか思えない。

 合流した二人の内、イクとはまた異なる明朗さを見せたのが伊五八である。負けず劣らずの快活ぶりが魅力的な少女で、どちらかと言えば幼さの目立つ発言が多い印象だ。

 もっと正確性を期するのであれば、感情表現に裏表がないと言った方が正しいのかもしれない。

 

「こんにちはでち、提督!」

 

「ああ、こんにちは……で、だ。繰り返しになるが、一体全体どういう魂胆からそんな格好で外を出歩いているんだ、お前らは?」

 

「? 機能美に溢れる、提督指定の服装ですよ?」

 

「テキトーぬかすな! 俺は一度だってそんな事は……! ああ、もういい! いいか、ユー! お前も、嫌な事は嫌だって言っていいんだぞ!?」

 

 ゴーヤの背に隠れるようにしてこちらの様子を窺っていた少女は、話の矛先が自分に向った事を知るや、びくりと肩を跳ねさせた。

 罪悪感を煽るその姿に、自分自身の口調が酷く攻撃的になりつつあった事を悟る。青く透き通った瞳は、まるで罪科を映し出す鏡のようだ。

 ハッとして我に返った俺が口にした言葉を、彼女はおずおずとして受け取った。

 

「ああ、いや、すまん。怒った訳じゃないんだ」

 

「いえ、大丈夫……です。それに、郷に入っては郷に従えって、聞いてたから」

 

「いやいやいやいや、その、だな。ブルマや何だかが日本共通のものであったのは一昔前の事だし、その時だって皆下はジャージだったしで、ちょっと間違った固定観念に足を踏み込みかけてるからな? ゴーヤとイクを見本にする事はほどほどにな?」

 

「あー! 酷いよ酷いよぉ! ゴーヤ、泣いちゃうでち!」

 

「提督は嘘つきなのね~」

 

「お前らはいい加減黙らっしゃい!」

 

 再三に渡っての横槍を無理やり抑え込んだ俺は、改めてその青い瞳と向き合った。

 薄いプラチナブロンドに、色白の肌。華奢な体と相まってか、その存在はどこか希薄だ。

 U―511は数月前から当鎮守府に駐在している独生まれの少女で、数少ない海外艦の一人として名を連ねている。

 ドイツは艦娘開発においては後発組ではあるものの、その技術水準は日本を凌駕する所も多く、最近ではイタリアにおけるリットリオ、ローマ建造に携わった事でも記憶に新しい。

 U―511においてもそれは顕著に表れており、艤装は先端技術の駆使されたワンオフの一品物。先の戦闘で破損した際は技術的な問題から修復が不可能である事が発覚し、仕方なしに日本製の艤装を間に合わせで支給している有様である。

 そうした事情から日本式の艤装にも慣れを覚えつつあった彼女も、流石にブルマ―と体操着は予想の範疇を超えていたらしい。

 ほっそりとした二の腕がひっきりなしに腰回りを右往左往し、恥ずかしげに視線を迷わせる。

 露出した太腿をしきりに気にするのを見るにあたって、保護欲という名の表皮を被った何かが股ぐらでいきり立つのに、そう時間はかからなかった。いんや、別に物理的に立つ訳じゃないけどね。

 直後、語りかけるような口調を装ったのは、彼女の内面に巣食う不安を一時であれ消し去りたいと思ったからであった。

 少なからぬ同郷の者が当鎮守府にもいるとはいえ、ここは異国の地。周りのペースに振り回される日々が多い事は容易に想像出来る。

 同僚との関係自体は良好と思えるが、隠れ蓑に依存しざるをえない現状はあまり楽観視できるものではないだろう。

 

「あー、うむ。異国の地に赴任する事になって大変であるとは思うが、あまり自分のペースを崩さぬようにな。人間、そう簡単に変わる事は出来んし、急いで変わる必要性もどこにもない」

 

 取ってつけたような言い方だ。

 それ故、反論が波となって押し寄せてくる事は想定内であったものの、次の瞬間ユーの零した言葉には流石に固まらざるをえなかった。

 

「……でも、提督は、こういう格好が好き、って聞きました。合ってる、でしょ? イクが言ってました。早く、ここに溶け込めるようにしなきゃ」

 

「………………」

 

「うーん、減点ね……」

 

 思わず天を見やったのは言うまでもない。飛龍の毒舌めいた批評は耳に残りはしたものの、それに反駁してみせる気概も余裕も、あまり残されてはいなかった。

 だって、仕方ないじゃない。男の子だもの。往年のアニメのワンシーンが唐突にフラッシュバックしたのは言うまでもなかったが、坐してこのろくでもない評価を甘受するつもりには到底ならなかった。あの手この手でいたいけな少女を言い丸めようと思考回路が奔走する。

 だが、膨らんだ言い訳を何時までも口内に留め、その巧拙を競い合わせたのは明らかに失策だった。先手を取った伊一九が、ユーに耳打ちする。

 

「うんうん、それでいいのね。提督の好みの子は、沢山、沢山いた方がいいの」

 

「そうなの、イク?」

 

「いーや違う! 信じるなユー! お前もお前だイク! 一体何の意味があってそのような嘘を言いふらす必要がある!?」

 

 痺れを切らした俺がとうとう立ち上がったのは言うまでもない。

 唯一の救いは、ユーがあまり意味を理解していなかった事だろう。赤子に教鞭を振るうという訳でもないだろうが、彼女のどこまでも純粋無垢な性格を思えば、男女の機微なんぞを理解するのはまだまだ早すぎる話だ。

 さて、言葉に火を灯しはしたものの、怒りや苛立ちという感情とは無縁もいい所であるのが実情であった。

 どちらかといえば気恥ずかしさや動揺といったものの方が色濃く、実際イクの放った次なる言葉によって、俺は更なる困惑の渦へと叩き落とされた。

 

「提督は、牛のどこの部位が好きなのね?」

 

「何?」

 

 話の繋がりをどこにも見出す事の出来ない、意味不明な質問である。

 しかし、その言葉を皮きりに次々と問いかけが投げかかってくるものだから、俺はとうとう本心を問いただす術を見失ってしまった。

 

「カルビは好き?」

 

「……好きだな」

 

「ヒレは好き?」

 

「好きだ」

 

「バラは好き?」

 

「ああ、好きだな」

 

「ハラミは好き?」

 

「よく食べるな」

 

「レバーは好き?」

 

「普通に食えるな」

 

「ハツも、好きなんじゃない?」

 

「ああ、美味しいよな」

 

 禅問答であったとしてももここまでの陳腐さは持ち合わせていないのは、誰の目にも明らかだ。

 それどころか、そのフレーズが胃袋を鷲掴みにし、問答の枠組みを超えた事態を生み出す事になってしまう。ぶっちゃけた話、腹が減ってきた。

 果たして青写真を描いたゴーヤなんぞは迂闊にも涎を垂らし、あわてて手の甲を口元に滑らせる。そのだらしなさに笑みを浮かべたのと、イクが満面の笑みを象ったのは同じ瞬間であった。

 きっと、彼女もゴーヤの事が可笑しかったからに違いない――――一時はそう思った俺も、イクの見せた不可解さの前には首を傾げざるをえなかった。

 

「いひひひっ、イク、これってすごいと思うのね。精一杯生きてる牛の、その体の殆どが、人間に食べられるためだけに存在しているんだから――――イクも、見習いたいのね。いひひっ」

 

「……? 待て待て待て、訳が分からなくなってきた。その、牛の話か? それと、ユーにブルマを穿かせた話が、一体全体どう関わってくるんだ?」

 

 それは当然の疑問であったように思う。事実、噴出した疑念は掘り起こされた泉の如く、収まる所を知らない。

 しかして、謎で彩られた結び目を紐解く時間が残されているかと言えば、そういう訳にもいかなかった。見れば、ゴーヤ、ユーの両名が手持無沙汰で退屈を持て余している。

 また、いくら雨の後で気温が上がっているとはいえ、恰好が恰好だ、何時までも放置するにはどうにも罪悪感の方が勝った。何より、あれほどまでに不明瞭さの漂う会話であったのだ、イクがこちらの言葉を欲しているとはとても思えない。

 案の定こちらの回答を期待していなかったイクは、うんと一伸びしてみせるやいなや、準備運動を始めてしまった。

 

「んー! それじゃあ、そろそろイク達は一っ走りしてくるなのね!」

 

「う、うむ。分かった……あー、今回は許すが、次回からは本当に頼むぞ。ご近所さんの目に煩わされるのはもうこりごりだ」

 

「えー、ゴーヤはこれ、好きなんだけどなぁ。だってせっかくの提督指定だよ! もったいないでち!」

 

「だから、俺は一言もそんな事言ってないと、さっきから言ってるだろうに……ああ、それと。ユーの事、これからも宜しく頼むぞ。潜水艦同士、仲良くやってくれ」

 

「勿論なの! だって、ユーはこれからを担う逸材なのね!」

 

 その言葉に、思わず感嘆の息が漏れる。それは、日々俺が見ていない間にも日進月歩を続けているという事の証左であった。イクをしてここまで言わせるとは、本当に将来が楽しみである。

 イクもその点においては同意見らしく、先と同じようにしてユーにしな垂れかかると、自慢げにこう言ってのけてみせた。

 

「ユーも、きっと素敵な子になるのね。だって、そうじゃないと、おかわり出来なくなっちゃうの! ユー、分かってるのね?」

 

「ははは、ま、別に急ぐ必要はないさ。戦果の有無に問わず、何時だってうちの鎮守府はおかわりし放題なんだからな」

 

「いひひっ、それなら、おかずは沢山あった方がいいのね。同じのばっかり食べてたら、飽きちゃうの!」

 

 連れ立って走り始めたイクを見送る。彼我の距離は見る見る内に離れていって、その後ろ姿たるや、様になって堂々とした部分がある。色々と不安は残るものの、二人に任せておけばユーの事に関しても問題はないだろう。

 だが、そうした何処か誇らしい視線を見咎めるものが一人いた。飛龍である。

 彼女はその秀麗な眉目をこれでもかとゆがませると、一向にその悩ましげな表情を崩そうとしない。

 

「んー…………」

 

「な、何だ飛龍、変な顔して……」

 

「……鈍感なのも減点」

 

「ま、またそれか。一体なんだっていうんだ?」

 

 男としての矜持を逆撫でするその態度に唇を尖らせるも、依然表情を曇らせたままとあっては話も変わってくる。

 苦悩に満ちたその顔を不安げに覗き込んでいたその時、突然彼女は眼をカッと開いて見せるものだから、俺は驚いて後ずさった。

 

「ま、いいや。まだまだこれからだし。大丈夫! きっと私が、貴方を多聞丸みたいに素敵な提督にしてあげるんだから! まあ、期待しててよ! ね!」

 

「いやいやいや、流石にそれは、心苦しい所があるというか、なんというか」

 

「取りあえず、朝はちゃんと歯を磨く事! 今日、休日だからってさぼったよね? それから、執務中はちゃんと集中しなきゃ! 買った小説の続きが楽しみでも、ね?」

 

「ま、待て待て、何でお前がそのことを知ってるんだ!?」

 

 動揺を露骨なまでに顔に走らせた俺を、彼女はしたり顔で窘めて見せる。

 

「ふっふっふ、簡単な事だよワトソン君――――言ったでしょ? ちゃーんと見てるって。ずっと、ずっと……何時だって貴方の事を見守っているんだから」

 

 雨上がりの空に、飛行機雲がかかっていた。

 

 

 
















アニメがブルマだったので一つ。何だろ、別に卑猥な話を書いたつもりじゃないのに、今回は一番そんな匂いが漂っている。

第一話投稿時期を見ればわかる通り、ゆーちゃんは当初の全体プロットにそもそも存在すらしていなかった事ははっきり分かんだね。いーじゃない、好きなんだから。
まあ当初のストーリーに執着し過ぎると、これの投稿が始まってから原作ゲームに登場した新キャラとか一人も登場させられなくなっちゃうからね。しょうがないね。
あ、スーツの構造云々は思いっきり捏造したけど許してくださいでち。

>郷に入っては郷に従え
郷ってどこを指してるんですかね……? あっ……(察し)

あー、それとですね。感想であれほど言われたにも関わらず、またまた性懲りもなく分かり辛くしてしまったので、補足入れます。申し訳ないです。


結局今回がどんな話であったかというと、提督の為になら胸は勿論肉も舌も臓物も心臓も魂に至るまで全て全て捧げたい系女子イクちゃんが、飽きられたりしない用に、あるいは自分だけじゃ足りないと思ってかおかわり(ゆーちゃん)という名の生贄を作ってる最中って話。牛ばっか食ってたら、鶏肉食いたくなるやん?

飛龍はあれ、逆光GENJI計画。そういや第一話で提督の事監視していた艦載機がいたよね――――提督、今回の話の中で全然そのことを思い出してないけど。

あ、でっちーとゆーちゃんは今回サブだよ。片鱗はちょっとあるけど。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。